時空神・吸血鬼・闇の女神

 そこは、言うならばミーリの中。ミーリ・ウートガルドが持つ、精神世界と言えば正解だろうか。そこは一面に水が張られ、絶えず輝く星空を映す世界。

 そこに機械仕掛けの時空神デウス・エクス・マキナを確立する存在の一つ、エクスが自ら用意した鋼の玉座に腰を落ち着けていた。だがその姿は、今までとは少し変わっている。

 頭の両側についている歯車が回り、目の中では一方が進み、一方が戻っている時計が動いているところまでは同じ。髪の色は赤くなり、その容姿はところどころ――とくに胸部――に肉がついて一回り大きく、大人に成長していた。

 そんな彼女が迎えるのは、一体の魔神と自分より断然格上の女神。彼女らは同時に、エクスの領域に出現した。

 ウェーブのかかった白髪に、胸元と腹部が開いた露出の多い格好。その大きく膨らんだ胸元には、十字型の小さな水晶石が埋め込まれている。

 その姿を持つ彼女が、カミラ・エル・ブラド。不死身の肉体と鮮血の槍を持って、史上最強の吸血鬼と呼ばれた魔神である。

 そしてもう片方が、かの闇の女神エレシュキガル。

 その姿は実に漆黒に包まれている。燃えているかのように揺らめく漆黒のロングドレスワンピースに身を包み、絶えず揺らめく銀髪はところどころがチカチカと光っている。そしてその両の瞳には、美しい銀河が宿っていた。

 二人、エクスが用意した同じ鋼の玉座に腰を据える。マントを翻したブラドは慣れた様子で堂々と座り、冥界の王であったエレシュキガルもまた、その玉座が元より自分のものであったかのような様子で座した。

 一人は時空を操る機械仕掛けの神。一人は神に近付いた吸血鬼。そしてもう一人は、死を司る闇の女神。

 一人の男の精神の中という妙な場所で会合する三人のうち、正当な神様が一人しかいないというのもまたおかしい話だ。だが実際この三人は今顔を合わせ、話し合おうとしていた。

「こうして顔を合わすのは初めてね。まぁ、私はまえからミーリ越しに、あなた達のことを見ていたわけなのだけれど……」

 最初にエクスが口を開く。そこには最初に話を切り出して、主導権を得たいという思惑があった。最初に話を切り出すことには成功したが、主導権は簡単には得られそうにない。そう思わせるかのように、ブラドはいつもの男の低い声で笑った。

「気にするな、時空神。挨拶できなかったことを悔やむ必要はない。我は寛大なのだ。王故な」

「私も特段気にしないわ。こうして会えたんだし、いいんじゃない? まぁどうしても一言言いたいって言うのなら、聞いてやらないでもないわ?」

 二人、この態度である。

 何せこの二人、根っからの王。しかも片方に至っては、創世記より冥府の王として君臨していた存在だ。そんな相手には、ただの時空を司る神の必死さなど、鼻で笑って流せてしまう事柄である。

「そうね。まぁ、それはまた別の機会にさせてもらうわ? それよりも論ずるべきことがあるでしょう? エレシュキガル、あなたのせいで」

「私?」

「そうだな。それは同意する。こうして我らが集まれたのは、他でもない貴様の原因だろうよ冥府の王よ」

「どういうこと?」

 エクスの背後、上空に針のない時計盤が出現する。針がないのは壊れているからではなく元々だが、エクスが論点にしたいのはそこじゃない。その時計盤にある一二の数字が、赤く点滅していることだった。

「私の霊装が、あなたの力に押し潰されかけてる。私と密に連携してるミーリにも、これは大きな負担よ。あなたの力が強すぎるの」

「それは……あなたの力不足じゃないの? デウス・エクス・マキナ」

「違うな。貴様がバカのように力を注いだせいで、ミーリの霊基れいきが壊れかけているのだ。例え我らがここにいなくとも、死の力など注ぎ込まれれば、常人なら即死してしまう」

「まったくよ!」

 二人に責められ、エレシュキガルは拗ねる。彼女は王にして死を司る女神ではあるが、その性格の根は子供。他人に責められれば、拗ねることは確実であった。

 これには立場を失いかけていたエクスもしめたと内心でガッツポーズする。

「まぁ我らがいたお陰で――いや我のお陰でミーリは一命を取り止めてるわけだが? 貴様らはミーリが持つ容量を圧迫してばかりだな」

「な?! ブラドだって、圧迫してるのは一緒でしょ?!」

「我は不死身能力ただ一つ故、容量は少ない。だが貴様は霊装に霊術に霊力と、容量が大きすぎるわ。冥府の女神もまた過ぎた力、同じだけの容量だろう。貴様らが重点的にミーリを苦しめているのは事実。大きな違いだ、これは」

 味方かと思っていたブラドが敵に回る。しかも痛いところを突かれた。これは辛い。エレシュキガルでなくても、言葉をなくして拗ねそうである。

 だがエクスはめげなかった。当然だ。こちらはずっと昔から、ミーリのことを見ているのだ。神の感覚で言えば最近入ったばかりの新人に、負けるわけにはいかない。

 故にここは深呼吸をすることもなく表情を強張らせることもなく、余裕の態度を作り上げた。

「そうね。たしかにそうだわ。でもブラド、それは逆にあなたの助力度の低さを表しているわね」

「何?」

「だってあなたが与えた能力は一つだけ! 対して私は一二の霊術に霊装二本! どう? これ以上ない助力でしょ? というか、私のこれでミーリは完成する予定だったのよ。あなた達が余計なの! わかる!?」

「言うな、時空神。ならば訊くが、与えた能力の数がすなわち、助力した数か?」

「そ、それは……」

 そうではない。助力とはすなわち助けるということ。その回数で言えば、ブラドの不死身能力はこれまで何度もミーリを助けてきた。そう考えれば、ミーリがわざと霊術や霊装の使用を抑えている今、より助けているのは彼女の能力である。

 墓穴を掘った。助力した数でも、圧倒的にブラドが上だ。これはかなり悔しい。

 しかし負けるわけにはいかない。何せ自分はミーリをずっと守ってきた。ミーリが子供の頃から、ずっと見守って来たし守ってきたのだ。譲るわけにはいかない。譲るわけには。

「ちょっと吸血鬼! あなた、私達に引き下がれって言うの?!」

 ずっと拗ねていたエレシュキガルがここでブラドを指差す。しかし子供だ。大人の駆け引きを知らない。

「そんなことをいつ言った? 我々はすでに、ミーリと聖約しその力を分け与えた身。出すも出さないもすべては奴次第。我々には、どうすることもできん。だから引けとは言わないし、出ろとも言わん。だが……」

 ブラドが鮮血の魔槍を取る。そして一瞬で玉座から立ち上がり肉薄、エレシュキガルの首筋に切っ先を向けた。

「力を貸す貸さないは我ら次第……貴様の過ぎた力が、我が愛しのミーリの命を蝕むと言うのなら……我は貴様を、殺す」

「……やれるものなら。ただ一つ言っておくけど、これが脅しだとしたら、これはなんの意味もない。血をすするだけの刃など、恐れるに足りないのだから」

 エレシュキガルの作られたキャラがここで出る。

 だがこれが不思議なもので、エレシュキガルに落ち着きを取り戻させた。悠然と、ブラドの槍を掴んで自らどける。だが事実、エレシュキガルは死を司る女神。死など、恐れるものではない。

 それを改めて確認したブラドは槍をしまうと、再び玉座に座した。

「しかし、これ以上の戦力強化は見込めないな。先ほども言ったが、ミーリの持つ容量では我ら三人で限界。これ以上は体が持たん。後は奴自身に強くなってもらわねばな」

「それなら大丈夫でしょ? この私が見込んだんだもの。彼はこの先もっと強くなるわ。イナンナを倒してくれるくらいにね」

「そこだがな、冥府の女神。貴様何故妹を打倒したい? 我にはそこの動機が見えてこないのだが」

 エレシュキガルはまたキャラを作る。肘掛に肘を立てると顎を乗せ、妖艶な雰囲気を醸し出すおもむろな吐息を吐き出した。

「あの子が何を思って力を貸してるのかは知らないけれどね。でもわかるの……あの子はまだ、想い人を諦められずにいる。彼を手に入れるためなら、手段はえらばないわ。だから止めなきゃいけないの。妹の暴走を止めるのは、姉の役目でしょう? 石になるまで何もしてあげられなかったけど、今度こそ……」

「……フン、ようは姉貴面したいわけか。まったく大した姉だな」

「何よ、悪い?」

「構わんがな。だがそんな理由でミーリの身を滅ぼされては適わん。力に関しては、やはり少しばかり自重してもらおう」

「その必要はないわ。だって、これから彼は修行するみたいだし?」

「修行?」

 三人の意識が、ミーリへと向けられる。いつの間にやら移動していたミーリはそこで、まったく初めての相手と喋っていた。

 

 

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