ベルセルク

 ミーリが神殿を破壊したのと同時刻。そこはグスリカから遠く離れた土地。そこでもまた、一つの戦いが繰り広げられていた。

 戦っているのは、三対六枚の巨大な虫の羽に四本の細長い腕を持った悪魔ベルゼビートと、体に熱を持つ巨人、ベルセルク。

 戦いの経緯としては、サクラを追っていたベルセルクにベルゼビートらが遭遇。元々ベルセルクを連れ帰るよう言われていたので連れて行こうとしたところ、ベルセルクが反発。

 仕方なく大人しくさせるために戦っているのだが、もう五日以上も戦い続け、グスリカからも離れてしまった次第だ。

 ベルセルクが咆哮する。その驚異的跳躍力で上空のベルゼビートを捕まえると、地上に叩きつけまいと投げ飛ばした。

 だがベルゼビートは一瞬で体勢を立て直し、地上スレスレを滑空する。着地直後のベルセルクを狙って二本の拳を振るったが、筋肉の壁に威力が殺され、まったく効かない。それどころか腕を掴まれて、今度こそ地面に叩きつけられた。

 さらに追撃の拳が襲う。悪魔の腹を容赦なく抉る拳の連打を受け、ベルゼビートは黒い体液を嘔吐した。

 が、やられはしない。四本の腕で拳を受け止めると、体液を吐いていた口から収束した光線を吐き、ベルセルクにぶつけた。爆煙が巻き起こり、その勢いでベルゼビートは抜け出す。

 今の一撃で殺してしまったかと思ったが、ベルセルクは健全だった。むしろピンピンしている。すさまじい声量で咆哮すると、獣を超える敏捷性でベルゼビートに肉薄、その顔面を殴り飛ばした。

 常人なら胴体と首とがお別れしている拳を受けて、ベルゼビートは吹き飛ばされる。数百メートルの距離を転げ、木々に叩きつけられ、突き出ている岩を粉砕し、ようやく木にぶつかって停止した。

 そしてそこに、ベルセルクが追いついてくる。自分が殴り飛ばしたものに追いついたベルセルクは、両の拳を重ねて全力で振り下ろした。

 だがそこにベルゼビートの姿はない。とっさに全力で滑空、背後に回っていた。そして四本の腕を伸ばし、ベルセルクの巨躯を捕まえる。そして急上昇で上空まで連れて行くと、急降下。スープレックスのように地面に頭から叩きつけた。

 隕石衝突と同じくらいの衝撃で周囲の木々が吹き飛び、地面が抉れる。その衝撃で自ら吹き飛んだベルゼビートは体勢を立て直し、立ち上る砂煙の中からベルセルクを見つけ出した。

 首がスッポリ地面に埋まり、動かない。首から下が倒れると、地面に埋まっていた首も抜け出た。が、動かない。

 やっと大人しくなりやがったか。

 ベルゼビートはそう思って、ベルセルクの目の前に降り立つ。そしてようやく連れて行けると、霊力で作った鎖を伸ばそうとしたそのとき、ベルセルクの眼光が、鋭く光った。

 まだまだ霊力も体力も削れていない。すさまじい咆哮を浴びせて立ち上がり、その拳を振るう。ベルゼビートも対処できない速度で拳を振り、その頭だけを吹き飛ばそうとしたそのとき、ベルセルクは跳んだ。

 ベルセルクがいた場所に、蛇のように唸る鞭が走る。さらに鞭はベルセルクを追いかけ、その周りを周回すると、ベルセルクの首根を捕まえて縛り上げ、一本の木に縛り付けた。

「何をしている、ハエの王」

 上空からゆっくりと降りてきた、全身を赤い布で覆い、顔もまた陰陽の印が描かれた布で隠した軍師の魔神、太公望たいこうぼう。彼の手には、長く伸びてベルセルクを締め上げる鞭の一端が握られていた。

「あなたが暴れたいと言うから任せてみれば……どれだけ時間をかけているのですか」

「いや見てただろ? こいつのバカみてぇな体力と霊力! こりゃあ一ヶ月は寝ずに動けるぜ? どんだけ霊力溜め込んでたんだって話だよ」

「実に長いこと封印されていたからか……それとも元々持ち合わせている霊力の底が深いのか……いずれにせよ、ベルセルクは捕らえた。行きましょう。ユキナ様が首を長くしてお待ちだ」

 いや、真に待つのは彼を殺すそのときか……それとも、自分が殺されるそのときか……。

「しかしうるさいな……」

 首根を縛られても絶えず敵意を剥き出しにして唸るベルセルクに、太公望は近付く。その胸に手を押し付けると、真っ赤な刻印がベルセルクに刻まれ、それが怪しく光ると同時に、ベルセルクは眠ってしまった。

「ははぁん。もしかして、それがあんたの宝具パオペエって奴か?」

霊呪れいじゅ……神専用の拘束具のようなものだ。この程度の魔神なら、制御するのは容易い……行くぞ」

 大人しくなったベルセルクとベルゼビートを連れ、転移して消えていく。そのさまを遠くから見ていたファウストは、途方に暮れたと吐息した。

「やれやれ。なぁんかすべてが丸く治まりそうじゃ。これは長居は無用かのぉ……はてさて向かうは東か、それとも西か。いずれにせよ、今度は一人ぼっちの旅になりそうじゃて」

 そう呟いたファウストの姿もまた、次の瞬間には消えていた。その場からすべての神が消えたその瞬間、大地はホッと安堵でもしたかのように、風を吹かす。そして気分まで晴れたかのように、雲一つない快晴が、天上に輝いていた。

 

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