創造神

 ニコラ・テスラを撃破してから三日後の深夜。ミーリ達はグスリカの王室に呼ばれていた。そこは、普段なら入ることは許されない謁見室。他国の王が、グスリカ王に謁見する際に通される大部屋である。

 右を向けば、一面のガラスが夜空を見せる。夜なのにカーテンがしまっていないのは、天体観測が趣味の王の意向らしい。まぁ、暗殺者にも優しい侵入しやすい意向だが。

 その部屋に通されて、ミーリ達はずっと待たされていた。目の前では現在の王、グスリカⅢ世が玉座に座して、その隣にはナツメ姫もいた。

 が、話があるのは彼らではない。話があると呼び出してきたその人は、図々しく後から遅れてくるとのことだった。

 正直サクラも意識を取り戻したばかりだし、空虚うつろも目を覚まさないのでそちらにいたい。だがその人の使いだという人に軽く脅され、ここにいる次第だ。

 ちなみに脅し文句は、ロンゴミアント達にも秘密である。

 そして脅してまでミーリを呼び出したその人が、ようやく現れる。二人の部下を連れてきたのは人類最後の三柱、スラッシュ・ホワイトノートだ。

「すまないね、急に呼び出して」

「本当ですよ。友達が意識不明の重体なんで、離れたくなかったんですけどね。酷く脅されたもので」

「本当にすまない。だが、こちらとしても大事な話だったんだ。来てくれて感謝しているよ。グスリカ王もすまなかったね。わざわざこの部屋を開けてもらって」

 王である男に対して、かなりの上から目線。だが事実、/は全世界のトップ。一国の王よりもずっと、立場は上だ。故に年下である/に、王は静かに頭を横に振った。

「ここはグスリカでもっとも安全な場所だ。話をする上では、ね。王と姫以外に見届ける者もなし、他の誰かが聞き耳を立てる心配もない。秘密を話すには、絶好の場所だ」

「ロン達はここにいても?」

「無論だとも。彼女らは君のパートナー。そんな彼女達にまで耳を塞いでほしいような、危険な話はしないさ。君にはね」

 それを聞いて、ロンゴミアントとレーギャルンは少し安堵した様子。だがウィンは、まだ/を警戒していた。わざわざ脅してまで連れてきたのだ。そう安全な話ばかりではないと察す。

 その/は部下二人に折り畳み式の椅子を組み立てさせると、自分からその椅子に深く座り、安全であると示した。それを見て、ミーリも座る。

「レーちゃん」

「は、はい!」

 レーギャルンが呼ばれる。武器化でもするのかと思ったがそうではなく、単に膝の上に乗せられて、頭を撫で回された。

「ま、マスター?」

「そこにいて。最近かまってあげられなかったから」

「……はい」

 そう言って、ミーリはレーギャルンの髪の毛を手でく。実際に最近は武器になって戦うこともなかったため、この触れ合いがちょっと嬉しいレーギャルンだった。

 そんなレーギャルンを膝に乗せたミーリに、/は構わず口を開く。このときの/の眼中には、話す対象であるミーリ以外の何者も、映ってはいなかった。

「では、早速本題と行こうか。ミーリくん。今日私達が来たのは他でもない。君が持つあるものを、こちらに渡してほしいんだ」

「あるもの?」

妖精石フェアリーストーン

 その名前を聞いて、ミーリは半歩遅れてあぁと思い出す。それを持っているのはウィンで、ウィンは無造作にポケットに入れていた石をミーリに手渡した。

「これか……雷おじさんが使ってた石だけど……やっぱ、ただの石じゃないんですか」

「無論、ただの石ではない。正体は明かせないが、我々にとってはとても大切な石なんだ。それを……」

 ミーリはその場で頭上高く石を上げる。そして石をその掌から落とし、レーギャルンにキャッチさせた。何かとても大切なものじゃないかと、レーギャルンはヒヤヒヤさせられる。

 その扱いに、/の部下二人は言い分がありそうな表情を見せて一歩踏み出した。が、/に手で制される。

「どういうつもりかな、ミーリくん」

「俺は、この石を持ったおじさんと命がけで戦って、そんで勝った。べつにその報酬が欲しいとか、そういうんじゃないけどさ。でもそれでも、せっかく勝ったんだからさ、この石の正体とか知ってもいいんじゃない? /さん。俺には、その権利があると思うんだ」

「……なるほど。それはそうだ。命を賭して戦った君には、たしかに知る権利がある」

「/様!」

「うぅ! うぅ!!」

 おそらくは最重要機密に相当するのだろう。二人の焦り様がすさまじい。とくに顔を札の束で覆った陰陽師のような恰好をしている青年の方は、/のまえを飛び回った。

 それを、/はそっと押さえる。手の力はまるでないが、撫でられると落ち着くのか、彼はあっという間に大人しくなった。もう一人ももう一方の手を出され、制される。

「落ち着きなさい、二人共。彼は命がけで戦った。その戦利品でもある石を、譲ってくれと言っているんだ。彼には知る権利がある。我々が欲する理由。そしてこの石の正体を」

「しかし……」

「心配せずとも、彼は他言などしないさ。そのまえに忘れてしまうだろうからね」

「よく知ってますね。まるで、なんでも知ってるみたいだ」

「私はなんでも知ってるさ。無論、知っていることならなんでもね。まぁすべては、この神霊武装ティア・フォリマのお陰だろうがね」

 全知全能の黄金指輪ニーベルング・リングが、/の左手薬指で光る。

 なんの攻撃手段も防御手段も持たないこの武装が、実は真に最強ではないかと噂されることもあるが、その能力はまさしく全知、すべてを知ることにある。

 相手がどのような武装を用意しようと、どのような戦略を用意しようと、またどのような能力を備えていようと、すべては指輪をはめた掌の上。すべて知っている。その対抗策を練り、弱点を突き、勝利を掴み取るのは造作もないこと。

 そんな武装を手に入れたのが/であることが、さらに厄介。人類で初めて霊術を行使したとも言われる/。彼が手にしたことで、対策も勝利への糸口も、一瞬の内に用意される。故に看破不可。故に最強。

 と、呼ばれることも少なくない。彼が死ぬときは、少なくとも戦死ではない。人々は口々にそう言う。

「その石はね、ミーリくん。とある神様が創った石なんだ。名はないが……人も神も、それを創造神クリエイターと呼ぶ」

 レーギャルンの髪を梳いていたミーリの手が、思わず止まる。そして明らかな驚愕の表情で、/を二度見した。

 創造神。この世界を、神を、生物を創造したというすべての頂点。あらゆる破壊の神であれど、彼女――もしくは彼を破壊することだけは叶わない。彼女――彼の創造は、破壊を破壊する。

 ただし、その存在はもはや伝説。神話の中だけの存在。誰もその姿を見たことがなく、その痕跡すら辿れたことはない。何せ彼女が――彼が創ったものとは、この世のすべてなのだから。

 そんな創造神が、わざわざこんな小さな石を創ったということに驚いた。今は遠い宇宙の彼方で、この宇宙そのものを創っているのではとすらされている、創造神がだ。

「創造神……この石は、その痕跡ってこと? でも、なんで……」

「正確には、この世界のために創られたものではない。この石はとある異世界を創り上げるために、創られた石だ。それがどう間違ったか、この世界に流れ着いた。その石は生物には生命を与え、無機物にはさらなる創造を与える」

「たしかにこれを取り込んだおじさんは、不死身になった。ってことは、これは神様が封じ込められた石……? ブラッドレッドみたいな」

「いや、ブラッドレッドはエレシュキガルが自らの命の終わりを悟り、その霊力を石として封じ込めたものだが、妖精石はいわば霊術が封じ込められた石。霊力に反応して発動する、“命あるものは生き、ないものは与えようプーナ・プーナ・ズィヴォータ”という霊術がね」

「その霊術が発動すれば、誰でも不死身……まさかとは思うけど――」

「おそらく君は、我々がこれを戦争に利用しようとしていると考えているのだろうが、それは違う――いや、違うとも言い切れないか。まぁともかく、君が心配しているようなことじゃない。べつのことに使う」

「べつのこと……?」

「君はたしか、現場にいたね。クリス元学園長が仕組んだ天使襲撃事件。あれを神々は、人類が戦争を始めるための茶番劇だと思っている。その疑いを晴らすために、私は彼らにこう交渉した。君達が求めているものを見つけてくるから、それを渡したらこの件は不問にしてくれまいかと」

「で、神様の方は?」

「いや、勝手に約束してきたんだ。相手の反応はわからない。だが勝手に約束した手前、引き下がれない。故に必要なんだよ。その石が。まさか貴族の令嬢が持っているとは、思ってなくてね」

 嘘だ。そう思う。

 この人はなんでも知っている。おそらく石の場所も、指輪の力ですでに知っていたはずだ。なのに何故手を出さなかったか。それは、グスリカを平穏にしたかったからだと思う。

 もし石をくれとアルカに頼みに行っていたら、/は彼女に見返りを与えなくてはならない。そうなれば彼女は、最高位貴族の座を求めてくるだろう。/の立場を利用すれば、簡単なことだと知っているからだ。

 石を手に入れるためには、彼女の家を最高位貴族にするしかない。だが/は同時、彼女の野望も知っている。彼女を最高位貴族にすれば、グスリカが滅茶苦茶になることはそう遠い未来ではない。

 ならばまだ手は出さない。調度彼女が暗殺の標的にしている最高位貴族の家に護衛がついたようだし、その護衛の活躍でアルカの化けの皮が剥がれ、捕まることを信じよう。

 そしてそうなれば、差し押さえということで石をもらおう。もしその石を魔神が手に入れても、誰かが何とかするだろう。

 そんな計算をしたに違いない。何せ/はアルカの背後に魔神がいたことも、その護衛がミーリ達であることも、全部知っているのだから。

 何もかも全部計算通りに動くと、知っているのだから。

 そして/の知っている通り、石は魔神を倒したミーリの手にある。ここまで完全に/の計算通りに行っていると知ると、なんだかムカついた。

「嫌だな、ミーリくん。私は知っていることしか知らないよ。そんななんでも知ってるから計算もできる、みたいな目をしないでくれ。恥ずかしい」

 しかも心を読んでくる始末。全知だけでなく、全能なのではないかと疑ってきた。

「まぁともかく、どうかな。その石を私に譲ってはくれないだろうか」

「……まぁ、いいですよ? べつに」

「いいのかよ、ミーリ」

 ウィンが椅子の背もたれに、後ろから寄り掛かる。その手でミーリの肩を掴み、囁くように顔を耳に近付けた。あのウィンが、珍しい。

「そんだけすげぇ石なら、おまえの目的達成にも近づけるんじゃねぇか? 戦争なんて、起こるときに起こるんだ。大人の不祥事と都合に付き合うことなんて、まだねぇんだぜ?」

 たしかに、その通りだ。

 /に付き合う必要は、実際ない。おそらく/ならいい言い訳だって思いつくんだろうし、他の策があるだろう。

 それに戦争だって、もう三一年も停止しているのだ。そろそろ何かしらをきっかけに起こるだろう。それが今回の天使事件だったっていうだけだ。

 だが逆に言えば、そのせいで戦争が起こる。そんな反英雄になるつもりは、今のところ微塵もなかった。

「いいんだよ、ボーイッシュ。そりゃ、不死身以外にもこの石はすごいんだろうけどさ。それでもこの石の力はいい。不死身に関してはもう先約がいるしね」

「……そうか。まぁいいよ、俺はおまえの弾丸だ。おまえに付き合うさ」

「ありがとう、ボーイッシュ……そんなわけで/さん、これあげるよ。その代わりと言っちゃなんだけど、二、三個教えてほしいことがあるんだよね」

「構わないよ。知っていることはすべて答えよう」

 石を放り渡し、ミーリはレーギャルンの髪を再び梳く。石は何やら液体が入ったカプセルの中に入れられたが、もう手放したものに関しては興味が無かった。

「じゃあまず一つ。俺の中にブラッドレッド――エレさんが封じられてるのはもう知ってると思うんだけど、その力を使いこなしたいんだ。どこかいい修行場所はないですかね」

「修行場所、か……なら、ここはどうかな?」

 部下の一人に地図を広げさせる。東西南北に分かれる大陸の中で、/が指差したのは調度中央の大陸だった。そこは、東西南北いずれにも属さない大陸にして国家。名を、キーナ。

「ラグナロクのあるエディオンからは少し遠いが、キーナならいい修行場所がある」

「って言うと?」

「世界に数ある危険地域の中でもとくに危険とされる、最高位度危険地域。クラウン・メイヴやアイシクル・クラウドと同じ扱いだが、その中でも最高に危険とされている場所が、キーナにある。名を、ミドル・オブ・ヘル」

 ミドル・オブ・ヘル。聞いたことがある。

 中央大陸国キーナの中心にポッカリと空いた大穴だ。その深さは約六千メートル。太陽の光も届かない、直径二キロの大穴だ。

 そこにはどんな危険があるのかと訊かれると、実際、何もない。クラウン・メイヴのように魔物が住みついているわけでもなく、アイシクル・クラウドのように特殊で厳しい環境であるわけでもない。

 強いて挙げれば、地球の引力によってものすごい重力負荷を受ける場所。そして、そのとてつもない引力によって地球上すべての霊力が集まる場所だ。

 故に穴に落ちればものすごい重力に押し潰され、二度と這い上がることはできないとされている。

「ミドル・オブ・ヘルは特殊な環境でね。地球を流れるエネルギー……地脈というのだけど、そのエネルギーが地球上すべてを流れた後の終着地点と言われている。そこから地脈は地核を通り、再びエネルギーを得るのだとか」

「霊力と地脈……つまり、ものすごいエネルギーが集まる場所……」

「そこでもし地脈のエネルギーをものにできたとしたら、エレシュキガルの死の力にも耐えられるようになるだろう。無論、それ以上の力もね」

「なるほど……でも、一度入ったら抜け出せないんですよね?」

「安心したまえ。それは常人ならばの話だ。霊力を足場に空中を移動できる君なら、いつだって帰って来れる。私やスカーレットも、あそこには何度も出入りしたことがあるからね」

「そうなんすか……」

「ミーリ、ちょっと危険すぎない?」

「マスター……」

 ロンゴミアントとレーギャルンが、心配そうな表情でこちらを見つめる。ウィンもネキも何も言わないが、後ろで心配そうな顔をしているのが安易に想像できた。

 ヘレンは今眠気と必死に戦っているので、話を全然聞いてない様子だが。

 だが迷う。たしかに今の自分なら帰って来れるだろうが、たしかに危険すぎる。仮に地震なんてものが起きた場合には、そこは真っ先に影響を受けるだろう。

 かなりの杞憂かもしれないが、キーナは地震大国と呼ばれるほど地震が多い国。心配は当然である。そもそも地脈なんて初めての力が、どれほどのものかわからない。そういう危険性もあった。

 そう思って、判断しかねているそのときだった。突然、謁見室の大扉が開く。勢いよく入ってきたそいつは手を大きく前に出し、見栄でも切るかのように一歩踏み出した。

「今の話聞かせてもらったぞ! 青の先駆者よ! それならばこの私に任せるがいい!!!」

「リスッチ……? なんでここに?」

 勢いよくダッシュ。/の部下と/の側を通り過ぎ、跳躍。レーギャルンの頭を押さえつけて、その脚をミーリの股の間に入れて顔を近付けた。

「なんでだと? 私と戦人の契約をしておいて、よく言うわ。おまえが呼ばれたならこのブラックリストも呼ばれたが同じ! 向かうのは当然だろう! それより先駆者よ、そのミドル・オブ・ヘルとやら、私を連れて行けば楽に出入りできるぞ?」

「どうやって……?」

 ミーリから距離を取り、鎌を取り出す。そしてそれで背後の空間を斬ると、その斬った空間の中に手を突っ込んだ。

 すると突然、ミーリの髪の毛が一塊持ち上げられて、何かに絡められる。見るとそこには、背後の空間に突っ込まれているはずのリストの手だけが飛び出していた。

「“空間自切スペース・スーサイド”。空間を斬り裂き、べつの空間とを行き来する。私の能力の応用技だ。この技を使って、今さっきサクラ嬢の屋敷からここまで来た。これさえあれば、いつでも好きなときにその穴から抜け出せる。どうだ、青の先駆者よ。おまえの懸念してることはこれで晴れるが?」

「……ってかリスッチ。一緒に来てくれるの?」

「無論、勿論! 私がいなければおまえが孤独に。おまえがいなければ私が孤独になってしまうと言っただろう? それは嫌だ。絶対に。ならば付いて行く! 私は死神の一番弟子! 気に入った奴にはとにかく憑くのが死神流よ! だから連れていけ、青の先駆者よ。私はおまえの敵を屠る、死神となってやる!」

 その意思は固い。そして強い。

 自らを死神の一番弟子と自称するこの、ちょっと中二病が入った感じの彼女のことを、実際はよく知らない。

 だがこの短い期間でわかったこともある。彼女はとても寂しがり屋で、強がりで、そして気に入った相手のためなら命を賭して戦う、人情にあつい人なのだ。

 そんな彼女が、今自分のことを気に入ってくれていて、自分の武器になりたいと言ってくれている。眼帯の下でもおそらく真っすぐにこちらを見つめているのだろうその心意気を、曲げたくはなかった。

 何より彼女を気に入ったのは、こちらも同じである。

「サクラちゃんはいいの?」

「お嬢なら大丈夫だ。近藤こんどうもいるし、沖田おきたもいる。あと頼りないが、土方ひじかたも。死神の鎌である狂気の神霊武装など、あの場には必要ないのだ。きっと、大丈夫だ」

「……そっか。リスッチ」

 ミーリは立ち上がり、手を差し伸べる。その手を取ったリストは、そっと口づけを交わした。ミーリの手に、漆黒の大鎌が握られる。

「ってなわけで。みんな、リスッチが仲間になるよ、よろしくね」

「えぇ」

「はい!」

「また入るのか? ……ハァ」

「主様の御心のままに」

「……眠い」

 鎌から人の姿へと、リストは戻る。するとミーリの代わりに椅子に座り、落ち着いた。どうやら空間移動は体力を使うらしい。そう連発はできなさそうだ。

「さて、移動手段も手に入ったことだし、ミドル・オブ・ヘルに行くよ。/さん、そう師匠に連絡してくれませんか。聞きたいことって言うか、お願いになっちゃうけど」

「あぁ、構わないよ。調度話しておきたいこともあるからね、お安い御用さ」

「……で、最後に訊きたいんですけど……/さん」

 ミーリが今までで一番聞きたかったこと。それはこれ以外にない。故にミーリはこのとき身を乗り出す勢いで、/に近付いた。

「今のユキナの拠点を、教えて欲しいんですけど」

「……彼女の拠点、か……」

 /は脚を組む。今まで脚を組まなかっただけに態度が豹変したと思ったが、そうではない。こういうときの/は話を飲み込むのだと、昔からの知り合いなら知るクセのようなものだった。

「それは知らないな」

「嘘言わないでください。知ってるはずです。今や全世界の敵の居場所くらい、/さんが知ろうとしないはずがない」

「……仮に知っていても、今の君に教えるつもりはないよ。だって今の君じゃ、彼女は打倒できないだろうからね」

 痛いところを突かれた。自分自身でも自覚しているところを、的確に突かれてしまった。

 たしかに修行を先にする。ユキナ打倒はそのあとだ。だがそれは/の目からして、まだまだ当分先の話らしい。そう言われた気がしてならなかった。

「言ったはずだよ、ミーリくん。今の君にそこまで危険な話はしないと。今ここで彼女について教えれば、君は絶対に先を急ぐ。急いては事を仕損じるというが、まさしく君はそういうタイプだ。焦らず、自分のペースでやっていけばいい」

「でも――」

「君にはまだ、死なれては困るんだよ。君達の決着が先か後かはわからないが、いずれ戦争は起こる。そのとき神の力を手に入れている君は、まさしく最高戦力になる。そのときまで、生きていてもらわないといけない。君にはね」

 正直そんな事情知ったことじゃない。今すぐにでも強くなって、ユキナを倒し——いや、殺したいのだ。その後のことなど知ったことではない。

 実際、ユキナを殺した暁には、そのときには……。

「まぁ、君が彼女との決着を急ぎたい気持ちはわからないでもないけどね。だがさっきも言ったが、君は急いては事を仕損じるタイプだ。焦らない方がいい」

「……本当、どこまで知ってるんですか、あなたは」

「私は知っていることしか知らないよ。世界創造時代のこともこれから訪れるだろう終焉時代のことも、私は知らない。私は神様じゃないからね」

 以上で、話し合いは終了。/は二人の部下と妖精石を連れ、グスリカから去っていった。

 その一週間後に行われた神人会談で神々は妖精石を受け取り、戦争の再開は回避されるのだが、それはミーリにとって関係のない話である。

 

 


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