vs ミカエルⅢ

 ウリエルを倒したアリスは、龍となったティアに乗ってドゥルガーと合流していた。ドゥルガーは調度天使を相手にしていて、鉄拳でその頭蓋を粉砕しているところだった。

「ドゥルガー!」

「アリス、ティア。よかった、思ったより無事のようですね」

「私は不死身だもの。むしろあなた達の方が心配だったわよ」

「いらない心配だ。それより、我々も向こうに加勢した方がいいのではないか?」

 ドゥルガーの言う向こうでは、ミーリが先輩達と共に苦戦していた。元々体力も限界に近いうえに、相手は不死身の天使。槍を紅色にできない今のミーリでは、勝ち目がない。

 そこに応戦に行こうと、ドゥルガーはしていた。だがそれを、アリスが止める。

「ダメダメ。僕達は神様なんだ、対神学園の生徒の前に出たら、ややこしくなる。ミーリくんの立場だって怪しくなるよ? それは避けなきゃ。俺達にできるのは、リーダーの手が届かない七大天使を倒すこと。そして、その役目は終えた。あとは見守るだけさ」

「しかし……今のミスターでは――」

「ミーミー、ブンブン。ティ、ジー」

「ホラなホラな? ティアだって信じるって言ってるぜ? 俺らも信じようじゃんか、な? ドゥルガー」

「……わかりました。待ちましょう」

 鋼の装甲を打ち破られ、炎の塊と化したミカエル。その姿に実体はなく、斬撃も打撃もすり抜けてしまう。よって不死身。

 直接攻撃しかできない五人は、ひたすら受け身に回っていた。振りかぶられる炎の剣を躱し、距離を取る。

 ディアナは剣閃を繰り出すものの、炎はそれで一時的に散るだけで、また集結して元の姿を取り戻す。お返しに繰り出される炎の剣閃を躱し、ディアナは屋上から飛び降りた。着地と同時に再び斬り払うが、同じことの繰り返しである。

「天使ごときが……さしずめ万能たる神の護身兵器か。もう天使としての面影はないな」

「こんなの、もう神様と変わりませんわ」

「どうするの? 誰か不死身の神を殺す手段はあるの?」

「龍種の不死身なら斬れたがな……天使は専門外だ、私の剣は」

 オルさんの結界があればよかったけどな……遠いし、あの人多分限界だし……どうしよ。

『ミーリ、私なら――』

 そうだ、死後流血ロンギヌスの槍。霊力最大値状態の紅色の槍なら刺せる。かつて死から再生した神の子を殺した伝説より賜った不死身殺しなら、ミカエルを突ける。

 だがそれには条件がある。槍の持つ血を吸う能力で、限界値まで血を得なければならない。そうしなければ、不死身殺しは発動しない。

 だからミカエルを倒すには、血を集めなければならない。だがそんな時間はない。ついさっきラッパを守るように集まっていた天使を、リエンと共に掃討してしまった。

 そうしなければならなかったとはいえ、今思えばあれら全員を槍で倒していればとも思う。おかげでもう、このシティに天使はほとんどいない。今から探して斬ってでは足りないかもしれないし、時間がかかりすぎる。

「方法はあるのにできないって、辛いね……」

「あるのか、方法」

 ミーリの小言を聞いたヘラクレスが訊く。振られる炎の一撃を共に躱して、瓦屋根の一軒家に着地した。

「あるのか、方法」

「あるんですけど、今使えないんですよ。能力発動のために血が必要なんですけど、足りなくて」

「血、必要なのか」

「それもかなり。普段は相手から吸うんですけど、今回は見ての通りなんで……」

 相手は元は鋼の装甲に身を包んでいた炎の塊。彼に生物として血が通っているとは思えない。仮に通っているとしても、実態を掴めないのでは意味がない。傷付けて血を得ようなど、まず無理な話だった。

 だが――

「血さえあれば、あれ斬れるのか」

「実体がないってところが微妙ですけど、幽霊に近い睡魔とかを斬れたことがあるんで、多分いけるはず……」

「そうか」

 振り下ろされる炎の斬撃を躱す。連続で繰り出される灼熱の攻撃にアスファルトの地面は溶け始め、コンクリートも徐々に形を崩し始めた。

 この場にいるだけで、かなり熱い。焼けてしまいそうである。実際、もう呼吸するのが辛い。

 そんな中で、ヘラクレスは咆哮する。その咆哮はディアナ達女子勢を振り向かせ、耳を傾けさせた。

「ミーリ・ウートガルドに秘策、ある。みんな、血、与えろ」

「何、奴を倒せるのか?」

「そういうことは早く言ってくださいまし! 必死に頭を働かせてましたのよ!」

「ウートガルドくん、本当に倒せるの?」

「まぁ血さえあれば……でも血をやるってどうするつもりですか、ヘラクレス先輩――」

 ヘラクレスがミーリの槍を握り締める。先端を握り締めて自ら刃で手を切り、傷口から血を与えた。紫の槍が、一瞬ながら光をまとう。

「ホントなら、もっとやった方がいい思う。だけど、それだと俺、戦えなくなる。仕方ない」

「……すいません、先輩」

「いい。後輩助けるの、先輩の役目」

「その通り、ですわね」

 イアがミーリの隣に降り立ち、袖をまくって自分の腕を浅く斬る。そしてそこから流れる血を槍に滴らせる。槍はまた煌きを持ち、霊力を上げる。

 それを見たミカエルは突進する。そして大きく振り上げて斬りかかろうとしたが、ディアナが斬り払って吹き飛ばした。

 視線を交わし、コンタクトを取る。ディアナがしばらく時間を稼ぎ、他三人が槍に血を与えることとなった。

 陽日ようひが合流し、すぐさま自分の掌を斬る。血が滴る手で槍を握り締め、紫の槍をさらに霊力で満たした。

 霊力の高まりを感じて、ミカエルの中の危険信号が、異常なまでに鳴り響く。あの槍、もしくは槍の使い手を破壊せよ。そんな警告が脳裏に浮かぶ。

 だが目の前のディアナが邪魔をしてくる。なかなか攻撃に移れない。実体を消して躱すか。だがそんな暇もくれない。

 マズい、霊力が上昇している。危険数値だ。すぐにでもなんとかしなければ。

 神によって与えられた機械的脳細胞をフル回転させ、この状況を脱しかつあの槍を止める術を考える。そして数度の剣撃を受けきる時間の中で、導き出した。

 飛び上がり、翼から炎の槍を上空に放つ。それは何もない空に突き刺さり、高速で回転し始めた。空にヒビが入り、槍が消える。そしてひび割れた空から新たに巨大な赤い槍が現れ、先端から灼熱を宿して落下した。

 大気を貫き、隕石がごとくスピードで襲い掛かってくる。あまりにも巨大で、あまりにも速いその攻撃を見たディアナは、わずかな時間の中で頬を紅潮させ、大きく剣を剣を引いた。

 刀身を光で満たし、霊力で満たし、繰り出す一撃はまた巨大。轟く伝説は光となって、この戦場に再び轟く。聞け、この歌を。戦場に轟く英雄の凱歌を。

「“龍殺聖人伝説レゲノダ・アウレア”!!!」

 十時の剣閃と炎の槍とがぶつかる。二つの力は相殺され、轟音が響く。突風は颶風ぐふうにも匹敵する力で周囲を吹き飛ばし、灼熱は太陽のそれにも近い熱量で溶かしてくる。

 そんな中では立っていることすら非情に難しいことで、ミーリを含めた全員吹き飛ばされた。

 ミーリが飛ばされたのは、どこともわからない家の中。タンスや机などの家具を押しのけて、最奥の壁に叩きつけられていた。槍は先輩達の血を吸って、霊力が上がっている。

 だがそれでも足りない。ロンゴミアントが回復する際、必要だった血の量が多すぎた。掌や腕を浅く斬った傷から流れる血では、到底足りない。

 ならばどうするべきか、考える。だが元々深く考えるなどしてこなかった頭では、安易で危険な案しか浮かばなかった。だが本当に、それしかない。

「ロン、ちょっと目を瞑ってて」

『ミーリ……あなた、まさかとは思うけど――!』

 ロンゴミアントが目を瞑るより先に、ミーリは自らその手を槍で突き刺す。そう、安易で危険。自分を傷付けて血を吸わせる。それがミーリの出した案だった。

『ミーリ!』

「だから目を瞑ってってば……ホラ、集中。俺の血、残さないで飲んでよね」

 ミーリの血を吸い、槍はさらに霊力を上げる。その色は徐々に変わり、徐々に赤みを差し、紅色に近付いていった。

 だがそれでも足りない。次はもう片方の手か。もうこれ以上は吸えないと見て、今槍を握っている手に視線を移す。だが同時、ミーリは妙な感覚に襲われていた。

 誰かに、背後からかぶさられている。

 その手は腕を伝って伸びて来て、一緒に槍を握っている。そして首筋を舐めるように現れたその神様ひとの頭は、まるで紅玉ルビーのように赤い虹彩でミーリの横顔を見つめ、鋭く尖った牙を見せて口角を持ち上げた。

「……ミラさん?」

 カミラ・エル・ブラド。

 歴史上最強の吸血鬼の魔神。

 かつてミーリ達と戦い、不死身の力の根源である血を与えて消えていった神様だ。

 もはやこの場所どころかこの世界にいないはずの彼女が、そこにいた。幻かもしれない。見間違いかもしれない。だが彼女はたしかにそこにいて、笑っているのである。

「嘘、何? 過去に倒した神様の力が目覚めるとか、そういう展開? 期待してなかったなぁ……それは。チョー嬉しいけど……」

「残念ながら、貴様は我の力をすでに持っている。これ以上の譲渡はできん。だが霊力くらいならくれてやる。我が血を通して、貴様にくれてやるぞ……」

「ミラさん……」

「戦え、ミーリ・ウートガルド。貴様はその姿が美しく、勇ましい」

「ありがと」

 ブラドの姿が消える。それと同時、槍は紅色に染まっていた。霊力は今まで以上に満ち、光沢が鋭く光る。

「戦えるか」

 目の前にやってきたディアナが訊く。ミーリはおもむろに立ち上がり、槍を振り回した。滑らかに指を動かして、手首の上で回す。

「最強先輩、ちょっと手を借りたいんですけど……いいすか」

 槍の霊力が消えるどころか上昇していることを感知して、ミカエルは飛ぶ。だがそこに剣閃が飛んできて、両腕を斬り落とされた。すぐさま元に戻るが、停止させられる。

 下には、全身怪我をしたディアナが立っていた。再び大技の剣閃を構えている。

「どうした? かかってこないのか? 来ないなら、こちらから行くまでだ!」

 地面を蹴り上げ、空中に霊力で足場を作る。足場を作っては蹴り飛ばし、また作って蹴り飛ばす。そうして縦横無尽に駆け巡り、ミカエルを翻弄する。

 そして三六〇度、あらゆる角度、方向から斬っていく。その斬撃はまるで効かず、炎の体は斬れては元に戻るのだが、そんなことは知らないかのように斬り続ける。

 結果、ミカエルの修復は追いつかず、体はバラバラに斬り刻まれた。だがそんなものは意味がない。すぐにまた再生、修復される。だがその間、ミカエルは何もできなかった。

 そこに跳んでくる、一本の槍。その槍は炎の体を実体としてとらえ、胸に刺さる。紅色の霊力はミカエルの動きを鈍らせ、修復を止めた。

 そこにさらに跳んでくる。青髪の青年。大きく巨大な霊力を拳に込めて、大きく引いていた。そして撃つ。

 何度も、何度も何度も殴りつける。その拳は槍を殴り続け、少しずつミカエルの体に槍を突き立てた。

「“槍持つ者の投擲ロンギヌス・ランス串刺カズィクル”!!!」

 炎の胸部を、槍が貫く。

 火の粉が舞い散り、消えていく。槍が突き出た背中からは血が溢れ、滴り落ちる。そこからヒビが入り、ミカエルを形作っていた炎は霧散して消えていった。

 槍と共に落下したミーリは、大の字に寝転がってうんと背筋を伸ばす。ヘレンとロンゴミアントが武装を解き、ミーリの側で膝をついた。

「ミーリ、お疲れ様」

「まぁまだ、やるべきことはあるけどね」

 空に並ぶラッパを見上げる。その色は薄く、霊力の流れもまた断ち切られていたが、存在していた。

「あれを壊すよ、ロン」

「えぇ」

 

 

 

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