世界の始まり
ミカエルを打倒したものの、戦ったその場はもうそこが街の中心であったこともわからないくらいに崩壊していた。都市全体も、赤と白の血で染まってまるで戦場である。
そのあまりにも変わりすぎた元大都市に、一般市民は落胆していた。助かったとはいえ、自分達の住む街そのものが壊滅したのだ。落ち込まないわけがない。
だが、絶望はしきっていない――いや、絶望させないことが、後の未来対神軍に所属することになるだろう対神学園の生徒達の今の役目だった。
その役目を果たすため、全員立ち上がろうとしていた。
「せんぱぁい、せんぱぁい。どこですかぁ」
「ここ」
「おぉ、先輩いた。無事ですか?」
「平気。だが抜け出せない……」
「じゃあ今どかしますから、頭下げててくださいね」
ミカエルの攻撃で吹き飛ばされ、ヘラクレスは崩壊した建物の下敷きになっていた。ミーリは槍で斬り払い、上空へと吹き飛ばす。そして折り返しまた降ってきた瓦礫を、ケイプでまた遠くへ跳ね返した。
瓦礫がどいて、ヘラクレスはようやく抜け出す。その体にはまるで傷がなく、一緒に戦ったとは思えないほど綺麗な肌だった。アイドルもしているイアは、ちょっと羨ましく見る。
イアと
まったくもって、今自分たち以上にボロボロなのに平然としているディアナが信じられないくらいである。
四人全員の無事を確認したミーリは、空を仰ぐ。気付けばもう空の色は夜で、星と月とが輝いていた。ずっと天使がいた空なので、なんか少し寂しい気もする。同時、スッキリした気もした。
だが空にはまだあれがある。世界を滅ぼす霊術のラッパ。七大天使がやられて霊力の供給は絶たれていたが、まだたしかに存在していた。このまま放っておいても消えるだろうが、それでは意味がない。
あれを破壊することが、神に対する者として最後のけじめだ。
その頃闘技場では、ネキとレーギャルンがルシフェルに霊力を流して治療していた。ロンゴミアントの治療で霊力を多く使ってしまい、すべての傷を治すことはできなかったが、とりあえず命を繋ぐ応急処置である。
ルシフェルはすでに目を覚まし、ずっと空を見つめていた。そして考える。
これから自分は何をして、何ができるのか。どんなことをして、どんなことができるのか。あれこれ考えるが、そこに関しては知識不足で何もわからない。
だがこれから、自分は自由なのだ。答えだって、急がなくていい。これから色々なものを見て、色々なことを知って、色々な体験をして、答えを見つけていけばいい。自由に選んでいけばいい。
そんな自由を、自分は得たのだから。
その隣でまた、ウィンもまた星空を眺めていた。透けているとはいえ、ラッパがあるので少し邪魔だが、流れ星を見つけて指で追いかけた。
オルアもまた体を起こし、カラルドと共にリエンを看ていた。体力を使い果たした様子で、リエンはずっと目を覚まさない。ただ体のどこにも傷を負っていなかったので、心配することはなかった。
エレインはさらにその隣で、寝息を立てている。その手はずっとリエンの手を繋いでおり、絶えず霊力を送っていた。だがそれでも、リエンは目覚めない。
同じく決勝を戦ったミーリがずっと戦っていたことが、オルアには信じられなかった。
「天使の軍勢と戦って、七大天使とも戦って二体も倒して……もう、敵わないなぁ。ミーリくんには」
「神様でもそう思うか?」
ウィンのことを思わず二度見する。
オルアが魔神であることはミーリ以外の誰にも秘密で、喋ったことなどなかったからである。バレるとも思っていなかった。霊力の質も、魔神は神様より人間にまだ近い。
「安心しろ。少なくとも
「ウィンフィルくん……」
「だがもう少しうまく隠せよな。とくにその霊装のことに関しては」
「う、うん……そうだね」
同時刻。
「スカーレット……何をしに来た。もう戦いは終わった。表舞台に出るつもりがないなら引っ込んでいろ。今ケリをつける」
「おまえこそ何をするつもりだ、アンゴルモア。そんな拳など構えて」
「あれを破壊するに決まっているだろうがよ。放っておけば自然消滅するだろうが、それでは意味がない。あれを我らの手で破壊してこそ、我ら人類の
「それはそうだが……果たしておまえの役目か? 今回は違うだろう。私達は外から入ってくる数を減らし続けたに過ぎん。
「だから今回はあいつらに譲れと? 勝鬨の意味も知らない子供にか」
「子供の姿をしているおまえが言うな。いいじゃないか、今回くらいは。どうせ戦争となったとき、勝鬨を上げるのは私かおまえだ。そのときまで楽しみはとっておけ。我々の人生は長いんだ、気長に待とう」
滅神者は構えを解く。熱を持った拳を払って冷ますと、懐から
「いいだろう、今回は譲る。だが戦争となれば話は別だ。あれは我の楽しみよ……誰にも邪魔はさせん。おまえにも、おまえの娘にも、楽しません。あれは我の
「……まったくおまえは、闘争本能の塊だな」
「うるさい。おまえが言うな、年増」
滅神者の視線が、空を行く一体の龍種に移る。仕留めてしまうなら簡単なことだったが、わざわざ引いた拳をもう一度奮い起こす気力は起きなかった。
それと同時、スカーレットは姿を消す。それはまるで風のごとく、視線がうつったのと同時に消えてしまった。背後から気配が消えて、大きく舌を打つ。
「相変わらず、神出鬼没のババァめ」
戦争において、勝利とは敵将の首を取った瞬間のことである。だがそれは遠い昔の話だ。
勝利とは敵の軍を全滅させ、降伏させた瞬間のことである。だがこれもまた、少し前の話だ。
現在。それも神を相手にした戦争の勝利条件は一つ。全滅である。軍も民も、地上に生きるすべてを殲滅した瞬間に、勝利は訪れる。悲しいが、これが今の戦争だ。
だからこそ、自分達の全滅を恐れた双方は戦争を中断した。
だがこの戦いの終結は違う。相手を全滅させていない。逃げた敵も無数にいるが、追ってはいない。それでもこの戦いを勝利したと言えるのは、人類滅亡という危機を脱したからである。
多くの犠牲者を出したものの、全滅はしなかった。戦えない市民の大半を、守り切った。誰が何と言おうとこれは勝利であり、敗北ではない。
もしこの状況を敗北と言うのなら、人類も神も、永久に勝利することなどない。犠牲のない勝利など、人類も神も、未だ為しえたことがないのだから。
今回は、人類が見事勝利を治めた。それを高らかに宣言しなくてはならない。だからこそ、この戦いで一番の功績を治めた者がケリをつけるべきだ。
ミーリは高く跳躍していく。地面を蹴ったあとは空を蹴り、高く高く跳んでいく。空を行く鳥の群れよりも高く跳び、ラッパの上空を取る。そして紫の槍を紅色に変え、霊力を走らせた。
そして放つ。全力の投擲を。
「“
大気を斬って落下し、ラッパの一つに突き刺さる。駆け巡る霊力は膨れ上がり、激しい閃光となって弾けた。すさまじい轟音を響かせて、霊力の塊であるラッパを破壊する。
七つのラッパは粉々に砕け散って、まるで雪のように地上に降り注いだ。さすがに雪と違って、積りはしない。だがそれは人の体に触れると溶け、霊力として体を癒した。
紫に戻った槍を握り締め、その身一つで落下する。数千メートルの高度を急降下していき、闘技場の影が人だと判断できるくらいまで行くと、空中に足場を作って無理矢理停止し、そのあとは階段を下りるように地上までゆっくり下っていった。
「マスター!」
「主様」
「よぉミーリ、無事に終わったな」
ロンゴミアントが武装を解く。治療されたばかりの腹部が少し痛むようで、その場にしゃがみ込んだ。ミーリが手を貸し、壊れていない観客席に座らせる。
「おいミーリ、盾の奴はどうした」
「あぁ、なんか用があるんだって。すぐ戻ってくるって言ってたから、まぁ大丈夫でしょ」
「そうか」
「ともかくみんな、お疲れぇ」
ずっと臨戦態勢で、目つきと気迫を鋭く研いでいたミーリの調子が戻る。あまりにも抜けた言い方に、パートナー達は戦いの終わりを感じた。
そんな中、治療を受けていたルシフェルは体を起こす。まだ万全とは言い難い状態だったが、傷だけは一応塞がっていた。
「ミーリ・ウートガルド……」
「お、ルーシー起きた? ってか見てた? ラッパ、壊したよ」
ミーリが手を差し伸べる。ルシフェルはその手を取り、ゆっくりと立ち上がった。あの日、言葉も忘れた小さな天使だった頃のように。
あの頃よりずっと二人共大きくなったけれど、掌の感触はまるで変わっていなくて。その優しさも気軽さも、まるで同じだった。
「さ、これから君にとって新しい世界の始まり。何もかも新しいことの始まりだけど、一緒に頑張ろうね」
こうして、世界の滅亡がかかった戦いは幕を閉じた。人類は滅びることはなく、また明日を生きることができるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます