世界の終わり

vs ラファエル

 ドゥルガー。

 近付き難い者、を意味する名前を持つ十腕の女神だ。

 戦いから生まれた、戦うために生まれた女神。戦いを楽しみ、心から高揚する戦いの女神だ。

 そんな彼女が現世に転生したのは、およそ二〇〇年前。それは、まだ人々が戦争をしていた時代。神も自らが決めた人間に加勢し、戦争は熾烈を極めていた。

 だがその戦いに、ドゥルガーは参戦しなかった。気に入った人間などいなかったし、ましてや弱い者をただ蹂躙する戦いに、もう飽きていたからである。転生してまでやることではない。

 故にドゥルガーは眠りについた。世界の形が変わったなら、そのとき生きている人間もまた変わっているはず。神も変わっているかもしれない。ならば戦える。戦いを楽しむことができる。

 そしてその期待は、現実となった。

 二〇〇年後、とある霊力に誘われて向かった地で、彼と出会った。名前を、ミーリ・ウートガルド。そのときの彼は修行中で、長槍と短槍を握り締めていた。

 自分を起こし、誘ってきた霊力の持ち主ではないとすぐにわかった。だが彼は、恐れ多くも戦いの女神であるドゥルガーをまえにして恐れなかった。というよりその名前を聞いても、いや誰ですかと返してくるような奴だった。

 武神ドゥルガーもそこまで堕ちるのか。今の人間のレベルを下に見て、眠ったのは失敗だったかと吐息した。そして言う。

――この時代の人間もまた、弱い者ばかりなのですね。

 聞かせるつもりはなかった、小さな独り言。だがそれが聞こえた彼から飛び出したのは、斬撃だった。避けなければ、確実に命を絶ち切っていた斬撃。その斬撃は躱されると、ずっと遠くの雲の群れを霧散させていった。

――昔の人間がどれだけ強かったか知らないけどさ。俺は強いよ。少なくとも君よりは。

 その挑発的な台詞とは裏腹に、態度は余裕。本当に、自分が強いと思っているかのよう。そんな不思議な青年の言葉がおもしろくて、久し振りに高揚した。

――ならば、その力を見せていただけますか。このドゥルガーに!

 一日二四時間――三四五六〇分――二〇七三六〇〇秒。

 それは長いようで、あっという間の時間。人はそのあっという間の時間を日に日に消費し、一生とする。そしてこの日、ミーリ・ウートガルドという青年の一生もまた、一日という区切りを終える。

 一日かけて戦い抜き、倒した彼女は、血塗れの両腕を伸ばして顔を覆った。

――まさか私がここまで弱くなっていようとは……情けない話です。

――いやいや、結構強かったよ? まさか山が一つ消し飛ぶとは、思ってもみなかったくらい

――あなたは、強いのですね……本当に。一体何故、そこまで強いのですか

――目的があってさ。倒さなきゃいけない奴がいるんだ。そいつは、俺よりずっと強い。今の俺じゃ、歯が立たないくらいに。

――そんな相手に戦いを挑むのは、因縁ですか。

――そだね。因縁、そうだ。ちょっと色々あってさ。だから勝たなきゃいけないんだよ。ねぇ、ドゥルさん。君、俺の仲間になってくれない? 俺はあいつに勝つために、今仲間を集めてるの。君みたいのがいてくれると、嬉しいな。

――たった今、あなたが倒した……あなたより弱い神ですよ。それでも、欲しいのですか。

――じゃあこれからもっと強くなってよ。武神なら、朝飯前でしょ?

――簡単に、言ってくれますね。

 その手を取り、ドゥルガーはミーリ・ウートガルドの仲間になった。それからは共に修行を重ね、武神としての力を取り戻していった。

 だが何度勝負しても、ミーリには敵わなかった。だから今も付いていっている。自分よりずっと強い大将。付いていくなら、当然その方がいい。だから今も文句はない。ずっと、ずっと、これからも付いていく所存だ。

 そんなミーリ・ウートガルドが、今そこにいる。闘技場のフィールドで手を差し伸べ、金銀髪の天使を相手に何か言っている。聞こえはしなかったが、あの日のことを思い出せば、何を言ったのかは想像がついた。

 いいだろう。仲間を増やすなら増やせばいい。大将たるもの、常に高みを目指していくものだ。より強く、より強く、あろうとするものだ。

 それに付いていくならば、私もまた強くあらねばならない。これからもこの人に付いていくならば、それに見合う強さを持っていなければならない。ならばこんなところで、一体の天使に苦戦している場合ではないだろう。

 いいだろう。武神ドゥルガーの力、見せるときだ。

 相手は風を司る四大天使であり、七大天使の熾天使ラファエル。幾度となくビルや地面に叩きつけてきたが、ここまで有効なダメージを与えられていなかった。

 首を回して鳴らし、手首を回して鳴らし、風を宿して吹き荒らす。そこまで大きなダメージを与えられていないとはいえ、何度も地面に叩きつけられていることが許せなかった。その怒りが、ラファエルを突進させる。

「てめぇの頭、捻り潰してやらぁぁっ!!」

「“千手必勝せんてひっしょう”」

 千の拳を叩き込み、殴り飛ばす。連打を受けたラファエルは再び吹き飛ばされたが、霊力で足場を作る応用で作った足場を掴み取り、なんとか停止した。

「無駄だっつってんだろ! “嵐嵐ストーム・バースト”!!!」

 巻き起こした突風が、ドゥルガーを吹き飛ばす。三つの建物を貫通して飛ばされた彼女は、四つ目の建物の外壁に叩きつけられて減り込んだ。そこにラファエルが飛んできて、風をまとった拳を叩き込む。

 回避したドゥルガーは高く飛び、拳を引く。そしてまた、千の連撃を繰り出して、地面にラファエルを叩きつけた。だがラファエルはすぐさま飛び上がり、拳を引いてくる。

「だから効かねぇってんだろうがよぉ! バァカァ!! “嵐嵐嵐ストーム・ブラスト”!!!」

 叩きつけられた拳から吹き付ける突風が、ドゥルガーの細い体を突き抜ける。吐血したドゥルガーもまた吹き飛ばされ、空高く舞い上がった。そこに、ラファエルが追いつく。

 両の拳を重ねて結び、腹部に強く叩きつける。再び体を貫通して吹き付けた突風に吹き飛ばされ、今度はドゥルガーが地面に叩きつけられた。

「ハッハァ! 殺してやった! 殺してやったぜぇ! ……んぁ?」

 立っていた。叩きつけたはずのドゥルガーは、息を切らして立っていた。気管につまりそうになっている粘り気の強い血を吐き出して、頭を振るドゥルガーがいた。

 こんなところで負けるわけにはいかない。負けたら、あの人に付いていけなくなってしまう。それはダメだ。あの人以外に、付いていきたい人間など絶対にいない。

 必ず勝つ。勝ってもっと上の高みへ、あの人と行く。

 大きく広く伸ばした手に、風を宿す。その風を掴むと思い切り振り抜き、それを握り締めた。それは、金色の三叉戟さんさげき。長く鋭く、そして輝く金色の槍。それを振り回したドゥルガーは、空を舞うラファエルに狙いを定めた。

「落とす」

「落とす……堕とす、だと……それは神の権限を持つ者だけが許されることだぁ! てめぇごときが軽口を叩くなぁぁっ!!」

 両手に突風をまとわせて、突っ込む。そして両の拳を合わせ、突風を解き放った。さらにそこに、加速して突っ込んでいく。

「砕けろ!! “嵐嵐嵐嵐ストーム・デストラクト”!!!」

 三叉戟。その持ち主は一体の神。

 すべてを破壊し、創造を助長させるその神の名はシヴァ。破壊の先を求めた、破壊の神。

 そんな彼が持っていた槍は、突き刺せば世界に存在するすべてを破壊したとされる。だがその槍は今、彼の手にはない。彼が創り出した神に与え、戦争に参加させたからである。神と神の戦いに。

 神はその槍でもって神を射殺し、貫き屠った。それはいつしか伝説となり、人間達の間で語り継がれるようになった。その、伝説の名を――

「“貫き殺す神の逸話マヒシャマルディニー”」

 その一撃、嵐と呼べる突風をも破壊する。砕けるように風は霧散し、散るように消えていく。加速し切れなくなったラファエルの肩に三叉戟を突き刺し、振りかぶって地面に叩きつけた。

 突き刺した肩から、腕が崩れて破壊されていく。それはもう激痛で、ラファエルは大声でわめき散らしながらのたうち回った。

 三叉戟を振り回して、ドゥルガーは再び構える。振り回す最中にわずかに触れたアスファルトと大気が破壊され、崩れ、消えていった。空間が斬り裂かれ、歪む。

「あなたには称賛を与えます。まさかこの槍を出させるとは、思いませんでした。ですが出したからには、あなたを倒すまで引くつもりはありません。確実に、あなたを倒します」

「調子に乗ってんじゃねぇよてめぇぇぇっ!! 神でもねぇてめぇが天使を堕とすなんざぁ! やっちゃいけねぇことなんだよぉぉ!!」

 片手で暴風を吹き付けて、拳を引く。だがドゥルガーの槍は風を斬り裂いて拳を斬りつけ、その拳を破壊する。そしてさらに胴を突き刺し、大きく薙ぎ払って投げ飛ばした。

 槍が抜け、開いた傷口から崩壊していく。泣き喚き、助けを求めたところでもう遅い。体は破壊され、翼も散っていく。結果、彼は何も残すことなく、ただ消えていった。風を司る天使らしく、風に溶けて。

 三叉戟を消して、ドゥルガーは疲れ果てる。脚の力が抜けたことを理由に腰を下ろし、その場にヘタリと座り込んだ。

 ミスターミーリ、どうやら私は今回はここまでのようです。ですが役目は果たしました。あとはあなたの実力次第……どうか、ご健闘お祈りいたします。

 不安はない。むしろ信じている。彼はきっと、この世界の崩壊をも止めてしまうほどの存在。そう信じている。だから付いていくのだ。

 彼とならきっと、行くことができる。戦いを楽しむことができたあの時代へ。あの、昂る戦場のあった場所へ。最高の高みへ。

  

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