炎の熾天使

 天使バラキエルはビルの屋上で戦いを見ていた。ミカエルとイェグディエル相手に、あの人間二人がどこまでやれるのか。当然賭けるなら天使の方だが、それでもおもしろくなりそうだったのである。

 イェグディエル相手に、ミーリは銃弾を連射する。だがそれらすべてはイェグディエルの目の前で停止され、一つもぶつからない。それでもミーリは放ち続けた。その目で能力を見切ろうと、瞳孔をせわしなく動かす。

「無駄です。この私にそんな攻撃が、届くなどと思ってるのですか」

 すべての銃弾の向きを変え、そして放つ。その速度はミーリの撃つ速度の倍で、すぐにミーリの元に届く。ギリギリ体をひねって躱したミーリだったが、本当にギリギリだった。

 だがミーリは攻撃を躱しながら跳び、銃弾を撃ち続ける。返される銃弾をも撃ち落としながら、連射をし続けた。

 イェグディエルの背後に一丁の銃を回して、そして放つ。イェグディエルは飛び上がって回避し、前方からの連射もすべて止めてしまった。

 だが今の攻撃で、勝機を見出す。止められた銃弾をすべて躱して、ミーリは建物の貯水槽の上に着地した。

「速度の熾天使って言ったっけ、君」

「それがどうしました」

「君の能力は、速度を操るんでしょ。遅くしたり早くしたり。停止もさせてるように見えて、実はものすっごく遅くしてるだけ。違う?」

「……そうだとして、あなたには何か対処ができますか? できませんでしょう。私もこの能力を破れるのは、ルシフェル様だけだと――」

「できないことはないよ。だって今から、君に一撃与えるもん」

 余裕たっぷりなその発言に、イェグディエルは眉をピクリと動かす。大きく咳払いをして、翼をより大きく広げながら瓦礫を浮かせた。

「不可能です。人間ごときが私に傷をつけるなど。ましてや倒すなど、ありえない話だ」

「まぁ見てなよ。論より証拠、そんなことわざが東方にはあるらしいから!」

 ミーリは肉薄し、連射する。それらすべてを止めるイェグディエルの側を通過して、さらに後方から連射した。

 だがそれも、イェグディエルの目の黒いうちにあるものすべて止められる。イェグディエルは今制止させたすべての銃弾の方向を変え、撃ってきた。体をひねり、くねらせ、ミーリは躱す。

 銃弾が尽きると、たった今砕いた瓦礫を浮かべて高速で回転させる。光の速度で回転する瓦礫の渦は颶風ぐふうを吹かす。すぐ側で戦う仲間のミカエルのことなどまったく気にしないで、一帯を破壊する規模で竜巻を作り上げた。

 銃弾など届きはしない、厚く大きい風の壁。しかしそれは、ただの銃弾ならばの話。言ってしまえば、このような強固な壁を貫通する銃弾を今、ミーリ・ウートガルドは持っていた。

「“空貫魔弾ガ・ボルグ”」

 高速回転をかけ、貫通力を上げた魔弾が走る。連続で撃たれたそれらは竜巻を貫通し、中心部にいるイェグディエルに迫った。が、それも止められる。速度を限りなくゼロにされた銃弾は、イェグディエルのまえでゆっくりと回転していた。

「これが証拠? 笑えない、実に。やはりあなたでは、私に勝つことなど……!」

 肩に痛みが走る。見ると、そこから腕にかけて血が流れ、したたり落ちていた。何が起きたのか、まず理解が追いつかない。

 見ると、そこには一つの銃が浮かんでいて、今まさに二撃目を撃とうとしているところだった。間一髪、飛んで回避する。だが逃げた先にもまたべつの銃口が向いていて、イェグディエルの横顔に傷をつけた。

 竜巻が消え去り、現状があらわになる。見ると、イェグディエルの周囲には六つの銃が浮かんでおり、絶えず周回していた。

 高速の銃弾ですら止められるイェグディエルのはずだが、なかなか手が出ない。銃の動きを止めないその様子を見て、ミーリが立てた作戦は成功への第一歩を踏み締めた。

 ミーリが今回立てた作戦の成功。それは同時、イェグディエルの持つ能力の制限を立証することにも繋がる。

 彼の能力は、速度の操作。しかも物を浮かせたり動かしたりもできる、ほぼ無敵の能力と言っていいだろう。しかしそこにも、欠点があったのだ。

 まず第一に、速度を操る対象を視認していないといけない。これは今までの戦闘から見えたことだ。彼は一度たりとも、背後からの攻撃を止めたことはなかった。すべて、回避していたのである。

 だから今、自ら創り上げた竜巻が巻き上げた砂塵が視野を狭め、攻撃を回避し切れなかった。

 第二に、速度を操れるのは方向で数えて二つまで。つまり、二つの方向から来た攻撃までしか、速度を操作できない。これもここまでの戦闘でわかったことだ。故に今、彼は六つある攻撃方向すべてを警戒しているばかりで止めようとしない。

「“四面楚歌バラガルング”」

 縦横無尽に動き回りながら、全方向から連射する。イェグディエルはとっさに翼を広げて、自身を覆い隠した。翼に張られている結界が、銃弾から守る。

 だが攻撃は止まない。絶えず、攻撃を続ける。ミーリはその中で残り三丁の銃を合わせ、細長い銃身を持ち上げていた。

射撃ショット

 青白い銃弾が、煌きを持って通過する。それによって貫通された翼が二枚砕け散り、イェグディエルは落とされた。今さっき射抜かれた肩のすぐ側を、再び射抜かれる。

 痛みで唸るイェグディエルに、さらに銃撃で攻める。翼を再び広げてガードしたイェグディエルだったが、うずくまった形のまま動けなくなってしまった。

 その情けない様を見て、バラキエルは笑う。

「ヒュウ! やるねぇ! イェグディエルをこの短時間で追い詰めるだなんて! でも、相方さんはミカエルに押されてるよ? 大丈夫?」

 バラキエルの視界の中。だがミーリとイェグディエルの戦場からおよそ数百メートル先。ミカエルを任された空虚うつろは、防戦を強いられていた。

 大気中の水分を集めて矢を作るのが、空虚の神霊武装ティア・フォリマ天鹿児弓あまのかごゆみの能力だ。だがその水分が、なかなか集められない。炎を操るミカエルの力が、周囲の大気を乾燥させていた。

 間違いなく、炎の四大精霊サラマンダーを遥かに凌ぐ存在である。七大天使でもルシフェルに次ぐ熾天使セラフィムなだけはある。

 鋼の翼に炎を宿し、ミカエルは突進する。それを躱した空虚はすぐさま矢を放つが、少ない水分で作った即席の矢はまるで歯が立たない。全身鋼の機会の天使には、矢は相性が悪かった。

 距離を取り、もう一つの大砲の神霊武装、国崩しを出す。背後に出した砲口から、砲撃を繰り出す。それらはすべてミカエルに炸裂し、黒煙を上げた。

 だが、比較的至近距離から喰らわせたその攻撃の効果もまた薄い。ミカエルは砲撃を燃やし尽くし、ダメージをまったく負っていなかった。顔がないため表情もないが、至って健全である。

 空虚はそれを見て距離を取ろうとしたが、ミカエルが翼に再度炎をまとわせ、襲い掛かってきた。

 大気を焼き切り、酸素を奪う。息苦しさと乾燥で口の中はもういぶされているようなもので、もはや地獄だった。今すぐにでも、水分を口に入れていたい。

 だがそんな暇はもちろんない。攻撃を躱すとすぐさま跳び、距離を取る。だがその距離もまた詰められて、空虚は休むことなく跳ぶことを余儀なくされた。

 だが飛行能力のある天使が、飛行能力のない人間を捉えることはそう難しいことではない。ミカエルは炎をまとった鋼の翼を叩きつけ、空虚をガラス張りのビルに吹き飛ばした。

「空虚! 大丈夫か、空虚!」

「大丈夫、だ……だが……ここまで相性が悪いとは……サラマンダーのようには、いかないか……」

 ミカエルの目に当たる部分は、空虚の姿をズームで映す。そこから現時点での霊力量と体力を計算して割り出し、勝率を導き出した。

 その確率、九〇パーセント。

 大気を斬り裂き、焼き尽くし、炎をまとった翼を羽ばたかせ、炎の塊である剣を握って降下する。空虚が放つ虚弱な矢など振り払い、猛スピードで肉薄した。

 もうダメか。

 覚悟した空虚は目を瞑る。だが剣がその喉を裂こうとしたそのとき、目の前に並んだ三丁の銃口が一斉に硝煙を放ち、ミカエルの炎で爆発させた。爆発の威力に押されて、数メートルの距離をミカエルが飛ぶ。

 吸い込んでしまった硝煙を咳で追い出す空虚のまえに、ミーリが立つ。その手にはライフル銃と、崩れ続けている天使の翼を持っていた。イェグディエルのだ。

「ウッチー、任せてって言うから任せたのにぃ」

「面目ない……そっちは、どうした?」

 そう訊きながら、国崩しについている望遠眼で確認する。

 三対六枚あったイェグディエルの翼はもう右に一枚しかなく、背中からダラダラと血を流していた。しかもその状態で、まだ絶えず銃弾を喰らっている。このままいけば確実に、ミーリの勝利であった。

「もう勝てるからさ。それよりこっち」

 ミカエルはミーリと空虚を並べて見る。その霊力量を計測すると、ミカエルは翼をより広げ、空高く舞い上がった。

「ミーリ、どうする」

「俺がやるしかないでしょ。ウッチーの神霊武装、相性悪いみたいだし」

『申し訳ない限りです、あるじミーリ』

『ウム……奴は見たところ他の天使とは格が違う。わしやてんでは手に余る』

『情けねぇ話だなぁ、おい。相性くらい霊力でぶっ飛ばせよ、てめぇら』

「ボーイッシュ、あまり強く言わないの。俺達だって、相性悪いんだから」

『ハ! 炎の天使くらい、俺の魔弾で射抜いてやるさ! 存分に使いな! ご主人様!』

「……そっか。頼もしいな」

 ミーリは銃口を向ける。対するミカエルもまた炎の剣を両手に握り締め、突撃の体勢を見せた。

 お互い、スキをうかがう睨み合い。その硬直は、実際の時間にしてみれば短いものの、体感時間としてはかなり長い。故に戦いをよそで見ていたバラキエルは、その硬直が待ちきれなかった。

 手に炎を宿して、投げようとする。だがその直後に青色の炎が降って来て、バラキエルに回避させた。

「誰?」

 そこに降り立ったのは、赤い着物をまとった金髪の女性。その尻尾は九つに分かれ、炎のように煌いていた。

玉藻御前たまもごぜんと見知りおきなさい。わたくしがいる限り、あのお方の戦いに水を差せると思わないことですわ」

「そう? そりゃあ参ったな。僕も人間を掃討しなきゃいけないじゃん? ここで邪魔されたら、戦うしかないじゃんよぉ!」

 そう言いつつ、バラキエルはやる気満々。対する玉藻も霊装である鏡を現出し、指先に炎を灯らせて構える。お互い霊力を充実させ、気が満ちたその瞬間に跳びかかった。

 その閃光は、その場一帯を明るく照らす。その衝突を合図に、ミーリとミカエルもまたお互いの攻撃を交錯させた。


 

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