世界の終わり

 場所は闘技場に戻り、その上空では四つもの戦いが繰り広げられていた。

「ハッハァ!! ハァ!!」

 ガブリエルが降らせる高圧水流の雨を、オルアは結界で受ける。絶えず繰り出される攻撃はまさに猛攻で、防御を崩すことを許されない。防御には自信のあるオルアだが、まったく攻撃に移らせてもらえないのは厳しかった。

「どうしました、どうしました、どうしました?! 守りばかりに徹していても勝てませんよぉ?!」

 オルアの狙いは、至って単純。守り続けて、相手の霊力を空にしてしまうこと。そうすれば、たとえ熾天使セラフィムだろうと、攻撃力の低い守護聖女でも、攻略できる。

「あぁ人の生のなんと残酷なものか。泣けるものだ、嘆くものだ、酷いものだ。だが人々よ迷うな、振り返るな、立ち止まるな。我が旗を見上げよ。神はここにいる! “聖守護領域セイクリッド・ガーディアン”!!!」

 再度結界を張って、攻撃を弾く。ここまで一方的な展開だが、ガブリエルはまったく気にしていなかった。このまま攻め続ければ、いずれ霊力が尽きる。

 お互い狙いは同じ。攻め切るか、守り切るか。二人の戦いは、どちらが先にバテるかにかかっていた。

 その上空でも、一方的攻防が繰り広げられていた。ただし攻めるのは、牛の尻尾と巨大な角、そして黒い巨翼を持ったティアだった。

「“有翼牡牛クサリク”」

 翼を羽ばたかせ、角で突こうと突進する。だがセアルティエルもまた翼を広げ、自身を覆い隠して防御していた。

 防御には自信がある。そう公言していたセアルティエルだったが、防御に徹するほかないくらいにまで猛攻を受ける。

「“蠍尾龍ムシュフシュ”」

 翼と角を引っ込め、牛の尾から三つの堅い尾に変える。尾の先が分かれて龍の口になると、たった一本の牙を剥いて襲い掛かった。防御する翼の上に乗り、猛毒を持つ尾の牙を連続で打ち込む。

 だがその猛攻にも、セアルティエルは屈しない。翼で絶えず攻撃を受け続け、反撃の機会をうかがっていた。

 そこからまた少し距離を離したところでも、戦いは繰り広げられる。数体の天使に囲まれた武神ドゥルガーは、肩から生えている両の手を合掌した。

「“衝指千万しょうしせんばん”」

 計十本の腕を広げ、指先から光線を放つ。そのまま体を回転させると縦横無尽に光線が駆け巡り、天使達を貫き斬る。だがその中でラファエルは攻撃を躱し、翼を羽ばたかせて肉薄する。

「そんな攻撃、躱すのなんてわけねぇんだよ、バァカ!」

「“千手必勝せんてひっしょう”」

 十の腕を振り回し、殴る、殴る。それすべてをラファエルは受け、三度みたび吹き飛ばされた。本当に、千の連打を受ける。

 だがラファエルはほとんど無傷で、再び平然と飛び上がる。だが攻撃を喰らったこと自体不服で、悔しさのあまり量の拳を握り締めた。

「んの野郎……! 調子に乗るんじゃねぇぞ!」

「調子? 乗る? なんのことですか。私は先ほどから、正々堂々と戦っています。おごりも余裕もすべて捨て、全力です。調子になど乗れましょうか」

「そうかよ……だったらてめぇは、俺には勝てねぇぞ、あぁん?!」

 掌に小さな竜巻を創り出し、突撃の構えを見せる。ドゥルガーもまたすべての手をそれぞれ構えさせ、突撃の構えを見せた。

「エン、エン、エンジェル! エンジェルバスター! イェー!」

 フィールドに降り立ったアリスは、相手であるウリエルに翻弄されていた。翻弄というか圧倒というか、ただその濃いキャラクターに、押されているだけなのだが。

「おまえは俺の技に圧倒されル。覚悟しな、ベイベー!」

「フン、何が圧倒だ。私はおまえのような雑魚には決して屈しない!」

「口だけは達者だナ。だが、口先だけが強くてモ、俺には勝てないゼ!」

「御託はいいわ。とっとと来なさい」

 翼を羽ばたかせ、肉薄する。黒い腕を大きく広げ、アリスの首を狙って振り回した。

「“エンジェルバスター・ラリアット”!!!」

 上半身をのけ反らせて、リンボー状態で躱す。空振りで通り過ぎていくウリエルのことを見つめながら、アリスは口角を持ち上げた。

 ウリエルは旋回し、拳を作る。翼を羽ばたかせて加速すると、連続でアリス目掛けて叩きつけた。

 降りかかる拳の雨を、アリスは華麗なステップで躱す。そしてその腕を掴むと体をひねり、回し蹴りを叩き込んだ。ウリエルは顔面でくらい、吹き飛ばされる。

「遠くに見える私の未来。それは赤? 白? 青? それとも黄色? もしもその未来が僕の知らない色だったら、僕は私の色で染め上げよう。我の仕立てた服を着せて、帽子を被せて、ネクタイで首を絞めてあげよう。それがアリスの未来のあり方。おまえの未来のあり方は? 一体どんな形かしら! “お姫様のおままごとプリンセス・ブックゲーム”!!!」

 ウリエルを蹴り飛ばしたアリスは、霊術を発動させる。どこからか飛んできた巨大な剣の柄を握り締めてその手に収め、高く掲げる。この霊術を発動させるために短剣で差した手の甲はもう傷が塞がっていて、アリスは恍惚と剣を舐めた。

「やってくれるなベイベー。だが、勝負はまだまだこれからダ!」

「そうだね。そう、勝負はこれからだ」

「ウィー!! 喰らえ! “エンジェルバスター・ストレート”!!!」

 正拳突きが繰り出される。だがそれはすさまじい拳圧を生む一撃であったにも関わらず、アリスは片手で受け止めていた。その細い腕では、ありえない力だ。

「ダメよ。このゲームの先攻は、いつでも私なの」

 銀のサーベルが、ウリエルの翼を両断する。真っ二つにされた翼の一枚はまとっていた結界と共に崩れ去り、白い羽を散らして消え去った。

 熾天使の証である六枚の翼のうち一つが斬られ、ウリエルは驚愕する。だがすぐさま振りかぶり、拳でもって襲い掛かった。

 すると今度はアリスが殴り飛ばされる。だがすぐさま立ち上がり、ドレスをはたいてサーベルを振る。土埃を払い除けたそのサーベルは、今度は独りでに何も斬っていないというのに、赤い液体をその刀身にしたたらせた。

「今度は、僕の番」

 片目から血涙を流し、サーベルを振る。そして大きく振りかぶると斬りかかり、今度はウリエルの胸を真一文字に斬り裂いた。白い天使の血が噴き出す。

 体は黒くても、天使は天使か。

 そんなことをアリスに思わせた。

 だがウリエルもまた、ラリアットを叩き込む。それに吹き飛ばされたアリスは闘技場の壁にぶつかると同時に壁を蹴り、サーベルを振るう。

 だが今度は飛んで回避され、距離を取られる。そして全力のラリアットを叩き込まれ、悲鳴を上げた。

 骨だって折れている。肉だって切れている。だがそれは、まともに喰らえばという話だった。アリスには、まったく効いていなかった。

「今は、私のターン!」

 地を掻く剣撃がウリエルを襲う。何度も躱して何度も攻撃を叩き込むが、ウリエルの攻撃はまるで効かなかった。今までの手ごたえが嘘のようだ。

 だがアリスの方にもイラだちがチラつく。それは攻撃が届かないからだった。体格が違い過ぎて、リーチに差がある。このままでは、攻撃など届かない。だがチャンスは、すぐさま来た。

 大振りの一撃を躱し、懐に入る。そうしてウリエルの腹を突き刺し、剣をすぐさま抜いて返り血を浴びた。

 とっさに繰り出された攻撃に吹き飛ばされ、フィールドを転げる。危うく大きく開いた穴に落ちそうになったが、それは剣を手放して捕まり、なんとか落ちずに済んだ。

 が、喰らった一撃は重い。腹に穴が開くと思ったほどだ。その一撃を受けた腹をさすって、這い上がる。攻撃を受けたショックですぐに動けなかったが、それはウリエルも同じだった。

 二度の剣撃によって受けた傷から血を流し、体力を奪われる。傷は熱を持ち、汗がダラダラと噴き出る。体力はみるみるうちに減っていき、やがて片膝をついて残った翼を折りたたんだ。

「オーマイゴ……まさか、ここで俺が……」

 力尽きて倒れる。だがウリエルが倒れても、ルシフェルはただひたすらに霊力を溜めていた。天使の輪を頭に七つ降臨させ、輝かせる。そして一二枚の翼を広げ、誰よりも高く飛び上がった。

「一つ、我は天を統べる。一つ、我を海を統べる。一つ、我は大地を統べる。一つ、我は火炎を統べる。すべてを統べる天界の王より、世界の始まりと終焉を告げる音を授かった。さぁ聞け、そして数えよ、滅びと再生の音を」

 七つの輪が広がり、空を飾る。それはまるで日輪のように、雄々しく美しく輝いた。そして発動する。

「“世界の終わりジ・エンド”、発動」

 天上を光で満たし、夕方を朝に変える。それくらいの光が一瞬光ると、空には七つの光の塊があった。輪が消えた代わりに現れたそれは、よく見るとラッパの形をしている。

 するとラッパから伸びた光が七大天使それぞれを差し、翼を輝かせる。すると押していた天使も押されていた天使もやられていた天使も、何やら力を溢れさせた。

 そのパワーアップは驚異的で、力の差をグッと開く。もう死にかけていたウリエルも、アリスのことを蹴り飛ばして咆哮した。

 ティアに押されていたセアルティエルもまた翼で弾き、フィールドに殴りつける。ラファエルもドゥルガーを吹き飛ばし、膝蹴りを腹に叩き込んで蹴り飛ばした。オルアも結界を破られ、攻撃を受ける。

 強化された天使達が圧倒する様を見下ろして、ルシフェルは遠くで戦うミーリを見つめて寂しそうに吐息した。

 ミーリ・ウートガルド。残念ですが、あなたとはこれでさようならです。この霊術は、世界を滅ぼす。あなた達は、これで終わるのです。

 

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