女王vs姫

 翌日、ミーリは頭が痛かった。二日酔いだ。梅酒を一口飲んだだけで、どうして二日酔いするまで酔っぱらうのか、不思議なものである。

 歓声もアナウンスも実況も何もかも頭に響く中、ミーリは水をガブガブ飲みながらリエンの出番を待っていた。

「全学園対抗戦・ケイオス、八日目! 本日も熱気と声援に包まれるここ、黄金劇場ドムス・アウレアより、お送りいたします! 実況はもはやお馴染み等々力三島とどろきみしま! そして本日の解説はなんとこの人! 開催委員長のスラッシュ様でぇす!」

「よろしく、みなさん」

「さぁ昨日はミーリ・ウートガルド選手とスキロス・ヘラクレス・ジュニア選手による激戦が繰り広げられましたが、/様、本日注目するポイントをお聞きしてもよろしいですか?」

「昨日は、ウートガルドくんと雪白ゆきしろくんが素晴らしい戦いで勝利を治めた。今日試合をする彼らも、きっとそれに負けないくらい素晴らしい戦いをしてくれるはずだ」

「つまり、いつでも目は離せないと! わかりました! /様も注目される二回戦! 早速参りましょう! 二回戦、第三試合の開始です!」

 選手入場の拍手と歓声が、また頭に響く。ミーリは辛さに耐えかねて、ネキの膝の上に頭を置いた。かなり気持ち悪いらしい。

「まずは北の対神学園・ミョルニルより! 氷の女王! ミスト・フィースリルトぉぉぉ!!!」

 凍てつく刃を持つ剣氷の刃アルマスを手に、ミストは入場する。観客席に手を振らない、視線も送らない。笑みなんてもってのほか。そんな彼女の冷たい態度に、ミョルニルの生徒以外はちょっと引いた。

 無論、中にはその冷たさもいいと言う人もいるようだが。

「そして、様々な疑惑渦巻くこの人の登場! 対神学園・ラグナロク、リエン・クーヴォぉぉぉ!!!」

 二酸化炭素ガスが吹き切ると同時、リエンが入場する。すると客席からはものすごい声量のブーイングが起こり、物という物がリエンに向かって投げられた。

「皆さん物を投げないでくださぁぁい! いやぁ/様、リエンさんに対しての客席の怒りはかなりのものですが」

「今回の試合で晴らしてくれることを、祈っているよ」

 そのために来たんだろ、リエン。

 リエンのあとに付いてきているのは、カラルドとエレインの二人。さすがにエレインだけでは不安だったのだろうかと、ミーリは膝枕の上で頭を働かせた。

 ちなみに試合は、生徒証のTV機能で見ている。その場で生で見れるのに、だ。

 カラルドとリエンの距離はいつもの調子だが、エレインとは少し遠い。どうやら未だ、前回の試合での亀裂は入ったままのようだ。それでも使おうとしているのは、やはり意地だろう。

 カラルドと二言三言交わして、リエンは手を伸ばす。それに応えるようにして、エレインはリエンの前で強くフィールドを踏み締め、黒剣となって突き刺さり、その手に握られた。抜かれると同時、ドス黒い霧を放つ。

 フィールドは氷の刃の冷気と湖の乙女の剣アロンダイトの霧とで満たされ、怪しい雰囲気になっていた。

「よくこの場に出てこれたわね」

 リエンは答えない。だがそんなことは、ミストからしてみればどうということはなかった。何故ならもし同じ状況なら、自分だって何も言わないからだ。

「一回戦、どんな手でイアを倒したのかは知らないけど、同じ手が私に通用すると思わないことね」

「……もう二度と、あんな手は使わない。使ってなるものか」

「決意しても、弱ければ何も変わらない。そういうものよ」

 神聖帝国イエラ・アフトクラトリアによって、フィールドは姿を変える。数重の岩の壁が無造作に並ぶ、岩のフィールドだ。

「さぁいよいよ、試合開始です!」

 試合開始のブザーが鳴る。

 リエンは速攻で斬りかかり、ミストはその一撃を受けきった。霧と冷気がぶつかり、噴き出す。霧と冷気であっという間に地上は満ちて、結界の中が早速見えなくなった。

 だがこんなときのため、神聖帝国にはモニターがある。モニターは霧と冷気の混じる視界の遮られた場所にいる二人を、なんとか見つけ出した。

 剣撃と剣撃がぶつかる度、霧と冷気が噴き出す。それはやがて、人の肉眼では姿を捉えきれなくなるほどにフィールドを満たし、とうとうモニターできなくなっていった。

 またその作戦かと、観客席は再びブーイングを浴びせる。だが実際、フィールドを満たしているのは霧だけでなく冷気で、ミストの攻撃もまた目隠しの手助けをしてしまっている状況下にあった。

 そんななかで、リエンはミストから距離を取る。霧と冷気が満ちる中、岩の陰に隠れて息を潜めるのは、そう難しいことではない。だがそれを見つけるのもまた、容易いことだった。

 霊力探知で探せばいい。リエンを見つけ出したミストは剣を振り、半月型の氷の塊を出した。岩を粉砕し、リエンをあぶりだす。

「“氷結爆発アイスバーン”」

 自身の足元を剣の柄で叩いてフィールドに巨大な氷の花を咲かせ、出てきたリエンを襲う。それが躱されると、空中に跳んで回避したリエンに斬りかかり、魔剣の刀身を凍り付かせた。

 さらにミストの追撃は続く。リエンをフィールドに叩き落すと、巨大な氷の柱を伸ばして潰しにかかった。それも躱されると着地と同時に切り払い、氷の斬撃を飛ばす。

 斬撃の連続を斬りさばいたリエンだが、自身の感覚の狂いに気付く。

 手が指先から痺れ、言うことを聞かなくなってきた。凍傷だ。すさまじい冷気に、体がやられ始めている。

 ならば速攻で決めるしかない。リエンは大きく振りかぶり、勢いよく斬りかかった。が、軽々と受け止められる。

「“瞬間氷結アイスロック”」

 瞬間的に魔剣の刀身が凍り付き、さらに伸びてリエンの手まで凍らせてくる。直接氷漬けにされて、リエンは思わず声を上げた。痛いなんてものじゃない。

「リエン選手の腕が凍ったぁぁ! 氷と冷気の洗礼が、リエン選手を襲うぅ! これは万事休すか?!」

「そうだ! 負けちまえ!」

「おまえはここまでだ、リエン・クーヴォ!」

「イアちゃんに卑怯な手を使った罰だ!」

 リエンがやられていることに、観客席から声が出る。次第にその声の数と大きさは増えていき、ついに闘技場全体の声となった。

 もはやリエンの味方は、ラグナロクにもそうはいない。ここまで恥をかかされたことで、不安は完全な不満となって爆発していた。

 リエンに対する負けろコールが、闘技場に響く。

『大した人気だね、リエン』

「おまえのおかげでな……!」

『あぁ怖い怖い。じゃあさっさと勝ってよ、私もう眠くて……』

「だから寝ていろと言っているだろう」

 フィールドを殴って氷を砕き、開放する。手にまだ力が入ることを確認すると、勢いよく斬りかかった。

 激しく霧を噴き出しながら、休む暇もなく、休ませる暇も与えず斬り続ける。だが手の力が著しく弱まっているため、ガードしている剣を吹き飛ばすこともできなかった。

 それに関して、エレインはまたあくびする。リエンは一度距離を取り、自らの剣の刀身を叩いた。少し、手が切れる。

『何やってるの』

「おまえにまた勝手されたら困るのでな」

『じゃあさっさと勝ってよ。私、もうとっとと寝たいの』

 この睡眠欲の塊を寝かせるには、攻め続けるしかない。攻めることが、彼女にとっての子守歌。守りはただの雑音で、眠りの妨げでしかない。

 彼女を寝かしつけられるかが、湖の乙女の剣を暴走させずに使えるかどうかに関わってくる。

 リエンは攻めた。負けまいと、暴走させまいと攻め続ける。たとえ手の力が奪われようとも、脚の動きが鈍くなろうとも、自らが持ちうる最高速度で攻め続けた。

 結果、それはエレインを寝かしつけることには繋がったが、勝利には遠くなった。体力を無駄に消費しただけで、浪費しただけで、勝利への糸口にはならなかった。

 無駄だ、諦めろ。

 攻めるリエンに、とうとうそんな言葉が出てくる。だがリエンは諦めない。諦めず、攻め続ける。無駄な抵抗。無意味な時間稼ぎ。周囲の目にはそうとしか映らない行動を、リエンはしばらく続けたのだった。

 だがそんな行動、続くはずもない。誰かがその行動が無駄だと気付いた時点で、それはやがて終わる。人間の行動とは、悔しいかなそういうものだ。

 結果、攻め続けたリエンは疲労から両手をついた。手の感覚はもうなく、体力は底にまで達していた。

 ミストの剣が、大きく振りかぶられる。そこから繰り出されるのは、一回戦を勝利に収めた氷の一撃。完全に、とどめを刺す態勢にあった。

「あなたでは勝てなかった、それだけのことよ」

 上から勢いよく叩きつけられる――となったそのときだった。魔剣から、大量の霧が噴き出したのは。その霧の勢いにミストは飛ばされ、リエンは立ち上がらされた。

『やっぱり寝れないよ、リエン』

「エレイン! 待て! 私はまだ――」

『待てないって言ったんだよ』

 冷気も氷も吹き飛ばして、霧がまたフィールドを包み込む。その中はモニターでも見えなくて、ミストの視界は奪われた。

 またなのか、また私は……。

 涙は出さない、流さない。だが悔しい。また御し切れなかった。御し切ることができなかった。また、また……。

 聞こえるブーイングの嵐。飛び交う野次。物という物が投げられている光景もまた、安易に想像できる。

 だがこれも当然の結果だ。すべては、御し切れなかった自分が悪い。一体なんのために、この数日また修行したのだろうか。あらゆる世間の目を掻い潜り、師匠の元へ行って、修業をつけてもらったのはなんのためだったのだろうか。

 すべての努力が無駄だったと、嘆く。

 だがそのときだった。一つの声が聞こえたのは。それはブーイングの嵐も野次の応酬もすべて静まり返らせ、闘技場全体を静けさの中に沈めてしまった。

 その声は、闘技場全体に響くほどの声で言ったのだ。

「何やってるの、リエン! いい加減にしてよ!」

「ミーリ……」

 全員の視線が、頭を抱えているミーリに向けられる。ミーリは普段出さない大声を、闘技場中に響かせた。

「なんでブーイングだの野次だのさせてるの! 俺はね、今日二日酔いで頭痛いの! 頭に響くの! わかる?!」

 なんの話してるんだ、こいつ……。

 全員、応援だと思っていたのに、まさかの苦情。ロンゴミアント達パートナーも、さすがに予測できなかった。かなり恥ずかしい。

「だから今日、騒がしいのはゴメンなの! だからさっさとその人に勝ってよ! 君の試合終わったら俺、帰るつもりなんだから!」

 ようは早く帰りたいのか。要約するとそういうことだ。まったくもって応援ではない。

 だが、しかし、それはリエンの口角を持ち上げさせ、あまつさえ、魔剣の霧を止めさせた。

 魔剣をフィールドに突き立て、リエンは手を伸ばす。するとずっと後方に待機していたカラルドが跳んできて、その姿を聖剣に変えてリエンの手に握られた。

 周囲が暗ければ暗いほど、暗黒に包まれていればいるほど、剣撃の威力を上げる聖剣、王選定の剣カリバーン。その特性故、普通は明りの少ない夜に戦うのが、戦略的に好ましい。

 しかし今、フィールドは湖の乙女の剣が出した霧で漆黒に包まれていた。霧の中で、聖剣は光る。

「“絶対エクス”……!!」

「! “氷河烈刃アイス・カッター”!!」

 地面を這う氷の斬撃が、走る。だが次の瞬間、氷もフィールドも空間もミストも、すべて切り裂く一閃が、繰り出された。

「“王者の剣カリバー”ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 フィールドを、結界までもを破壊しかねない一撃。そのあまりの眩しさに霧は晴れ、光が闘技場全体を包む。人々がようやく目を開けると、そこには満身創痍で立ち尽くすリエンと、倒れているミストの姿があった。

 しばらく、沈黙が続く。

「し、し、試合終了ぉぉ! 勝ったのは、リエン・クーヴォ! 最強の剣の神霊武装をもって、ミスト選手に勝利しましたぁ!」

 そう、リエンが最強の剣の神霊武装を持っていることは、対神学園に通う人なら大半は知っている。どこからどうやって伝わったのかは知らないが、最強クラスの神霊武装が誰の手に渡ったのかは、伝わっていた。

 そして同時、聖剣が光の神霊武装であることも知っている。故にこの試合、決着の瞬間が光で見えなかったが、それがこの聖剣の決着の仕方であることは皆知っていた。

 故にブーイングも、野次も出せなかった。さっきまでしていた客席は少し苦い顔をして、とりあえず拍手だけを送る。それが精一杯の、祝福だった。

「……これが、最強の剣……なるほど、そうなのね」

 うつ伏せ状態のまま、ミストは呟く。剣から漏れる冷気に身を包ませ、熱を持つ体を冷やしていた。

「凄まじい威力。でも、最強の盾とぶつかった瞬間、果たしてどうなるのかしら……最強の剣と、最強の盾……それは、矛盾。最強を手にするのはあなただと、もはや決定づけられているのかもしれないわね」

 それは、皮肉をたっぷり込めたミストなりの激励。リエンはミストが担架で運ばれていくまで、頭を下げ続けた。

 そしてミーリもまた、それらを見届けてさっさと帰る。

「安心した? これで少しは、リエンの立場も回復するでしょうし」

「まだあの魔剣を制御し切れてないから、半々だろうね。まぁ今回の試合は、あとでTVが解説してくれるよ。最新のカメラとか使って。これで/さんも、とりあえず一安心できるだろうね」

「? なんであいつが安心するんだよ」

「知らないの? リエンの師匠だよ、あの人」

 全員、知らなかった。

 そういえば度々、同じ三柱の一人だとは言っていた気がするが、まさか/だとは思わなかった。パートナー組全員、固まって止まる。

「ホラ、さっさと帰ろ? 俺もう寝たいんだよ」

 その後、第四試合は当然ながらディアナ・クロスが勝ち進め、二回戦は何事もなく幕を閉じた。そして、三回戦準決勝の組み合わせは、以下の通りになった。

 第一試合、リエン・クーヴォ対雪白白夜ゆきしろびゃくや

 第二試合、ディアナ・クロス対ミーリ・ウートガルド。

 まさかの東の学園同士の決戦。この組み合わせに、観客席は大いに沸いた。そしてこの組み合わせに一人、高笑う。

「ついにか! ついに奴と戦えるのか! ミーリ・ウートガルド!」

 全学園最強、ディアナ・クロス。その牙が今、ミーリに向けられようとしていた。

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