スカーレット・アッシュベル

 彼女について、話をしよう。

 とは言っても、彼女は出生はおろか、いつどこでどのようにして生きていたのかさえ、わかっていない。突如戦場に現れ、敵対するすべての猛者共を地獄か天国に送ってきた、最強の女性。

 名は、スカーレット・アッシュベル。だが、それも通り名。

 全身を覆うほどの緋色の長髪を揺らし、かつて、島一つを灰にしたという神格級の偉業から付けられた。その名を気に入った彼女自身、以後そう名乗っている。故に彼女の本名は、誰も知らない。

 それは、後に彼女が面倒を見ることとなる三人の弟子も同じ。一番弟子でさえ、彼女の本名を教えてもらうことはない。何故ならそれは生きていくうえで、まったく必要のない情報だからだ。

 故にわかっているのは、彼女が女性の中で最強であるということと、彼女が神霊武装ティア・フォリマの召喚儀式を発見し、人類で初めて神霊武装を武装したということだけだ。

 その召喚儀式を八つの対神学園の学園長に教え、さらに現在でも五つの学園の実権を未だ握り続けていることから、“影の女王”とも呼ばれている。

 何故“影の女王”かと言うと、彼女がまったく、表舞台に出てこないからだ。三〇年前の神との戦争で戦場に出て以来、彼女は表舞台から姿を消した。今は誰も知らないどこかで隠居していると噂されているし、もしかしたらもう死んだのではないかとも言われている。

 実際はとある北山にある城のような別荘でひっそりと暮らしているのだが、その場所を知るのは、彼女の三人の弟子だけである。

 あとは通り名で言えば、彼女は“緋色の槍使い”とも呼ばれていた。

 スカーレット・アッシュベルという通り名の由来の一つで、緋色の髪だけでなく緋色の槍を握って戦場に立っていたことからついた名だそうだ。主に当時の戦争を知る、今では四、五〇代の人間が呼ぶ名だ。

 緋色の槍で戦場を駆け抜け、名のない神達をすべて一撃でほふってきたその勇猛な姿が、彼らにはとても印象的だったらしい。登場のタイミングに関しては人類がこれ以上後退できないという劣勢なところだったため、彼らからしてみれば、目の前から襲い掛かってくる神々よりよほど救いの神に見えたことだろう。

 スカーレット・アッシュベル。滅神者スレイヤースラッシュ・ホワイトノート。約三〇年前の神との対戦で、人類を守った英雄三人。後に人類最後の希望と呼ばれる三柱。その中でも、彼女は一番神に近いと言われた。

 何せ、人類最強の滅神者よりも多くの人間を救い、当時打倒不可能と言われていた名のある神の一体を誰よりも先に倒してみせたのだから。

 打倒した数を数えられて滅神者に負けてしまったが、それでも女性最強は間違いなく彼女である。

 彼女には戦争のあとで何人もの人が弟子入りを希望したが、全員――総勢七五九二人を一人で相手取り、実力を見て全員を返したとされている。そんな彼女が今三人もの弟子を取っていることを知ったら、果たして人々はどう思うだろうか。

 故に彼女が弟子を持っていることは、同じ三柱の二人とその弟子達にしか知らされていないことだ。世間に公表されれば、彼女の元にまた弟子入り志願者が集まって仕方ない。彼女はそれが、酷く面倒なのだ。だから人里を離れて暮らしている。

 戦争から三〇年。当時が二〇代だったとしても、現在は五〇代。果たしてどんな人なのか。どんな性格で、何が好きで何が嫌いなのか。

 それらすべての情報がないミーリ以外の一行は、出会ってまず、その姿に驚くこととなる。

 前もって言ってしまえばその理由は単純に、そう見えないからであった。

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