三人の弟子

 汽車に揺られて五日間。長旅を終えた一行は、北の街アインレイクの小さな喫茶店にいた。

 午後一〇時に集合の予定だが、到着は九時半。少し時間があるので簡単な食事をそれぞれ済ませ、店にあったトランプで時間を潰した。

 そして一〇時。店の閉まる時間でもあるその頃になれば、他の客はもういない。故に店にはミーリ達と店長の男だけがいて、男は何も言わずにグラスを磨いていた。

「ねぇ、僕らもそろそろ出た方がいいんじゃないの?」

 数字の組を作ったオルアが言う。ミーリはオルアの手札から一枚引いても揃わず、手札を数秒シャッフルした。

「大丈夫。ここの店長、師匠とは仲が良くてさ。話は通じてるの。それに、もうそろそろ来る頃だろうしね」

 ミーリの手札からジョーカーを引いた蒼燕そうえんはすまし顔で手札を混ぜる。だが次の玲音にはジョーカーを引かれず、そのときはちょっと顔に出た。

「ミーリ殿の姉弟子と妹弟子だったか。どんな、方々なのだ?」

「どんな、どんな……か。一言で言うと、ちょっと怖い姉弟子と可愛い妹弟子、かな」

「誰が怖いって?」

 ミーリの頭の上に、大きな胸がのしかかる。乗せているのは、全身を黒のローブとフードで覆った、赤茶色の髪をした女性だった。

 フードを脱いで、素顔をさらす。切り傷のついた右目が、ミーリとババ抜きをしている三人を順に見下ろした。

 それを見つめ返している三人をよそに、ミーリは自分の頭の上に胸が乗っていることも気にせずオルアの手札から一枚引く。それでようやくペアを揃えられて、机の上に自分の手札を全部出した。

「久し振り、エリねぇ。元気そうだね」

「えぇ、久し振り。久し振り過ぎて驚いたわ、ミーリ。霊力量も体つきも、まえと比べると圧倒的。本当、犬が喋ったくらいの衝撃ね」

「じゃあ大して驚いてないじゃん。犬が喋るだなんて、飼い主からしてみれば日常茶飯事なんだから」

「たしかにそうね。神様になれば喋る犬もいるし、実はそんなにすごいことじゃないわ。ともかく、会いたかった」

 胸をどけ、今度は後ろからミーリに抱き着く。そしておもむろに頬に口づけし、頬を擦りつけた。

 周囲が見るとちょっと衝撃的だが、その光景には見覚えがあった。よくロンゴミアントが、ミーリにしていたのである。故に蒼燕とオルアはそこまでなかったのだが、玲音は顔を真っ赤にして手札に隠れた。

 そんな三人にようやく名乗るようで、女性は一度ミーリから離れる。熱いという理由をつけてチャックを開けたローブの下の上半身は、隠していなければ見えてしまいそうなほど、露出の多い格好だった。

「ミーリの友達ね。姉弟子の、エリエステル・マインよ。エリ姉と呼ぶことを許すわ。よろしく!」

 まるで元気の塊であるかのような笑顔を見せる。その性格が明るいものであることは、初見で誰もが思うことだった。事実、彼女の明るさは、弟子の中で一番である。

「みんな今回ついてくるのね? 言っとくけど、修業はどこの軍隊よりも辛いから、覚悟しなさい。あと、師匠の居場所を他の誰かに教えたりしたら……消すからね」

 一瞬の殺気に、三人言葉を奪われる。そのあとすぐにエリエステルは冗談だと笑い飛ばしたが、誰も冗談だとは思わなかった。ミーリにもかなり忠告されたが、本気なのがようやく伝わった感じである。

 そして、エリエステルもまた自身の神霊武装ティア・フォリマを紹介する。隣に並んだのは高身長の男女で、顔は綺麗に整った美形だった。

「リール・マナ。ルイド・アンガス。この二人が、今のあたしのパートナーよ」

「初めまして、ミーリ様。お噂はお嬢から伺っております」

 あまりにも礼儀正しくこられたので、思わずミーリも立ち上がる。リールは金髪を一本に結んでそれを肩にかけている女性で、手首と首筋から香水の匂いがした。ちょっといい匂いだ。

 一方、ルイドは寡黙というか人見知りのようで、ミーリを一瞥しては視線を逸らし、そのまま黙ってしまった。

「で? ミーリのパートナーはどの子?」

「この三人だよ」

 ロンゴミアント、レーギャルン、ウィンフィル・ウィンが並ぶ。三人の霊力を順に見たエリエステルは、大きく二度頷いた。

「みんな、ミーリとの上位契約は済ませてあるのね。神霊武装とはいえ、弟が他の女の子とチュッチュしてるとなると複雑だけど……まぁ、色々と修羅場があったようだし、許すわ。よろしく!」

「えぇ、よろしく」

「よ、よろしくお願いします」

「うっす」

 紫髪の槍脚女性に箱を背負った少女、そしてボーイッシュな女子。多種多様な神霊武装に、エリエステルは少し首を傾げる。本来召喚者が同じなら、その系統が似てくるはずだからだ。

 だが実際、ミーリが召喚したのはロンゴミアントだけである。ミーリがそのことを耳打ちすると納得したようで、エリエステルはそういうことかと頷いた。

「ところで、クーはまだ?」

「まだ」

「いえ、樟葉はもう来ています」

 扉が開き、そして閉まる。だがそこには誰もいなくて、誰も入っていなかった。見た限りでは。

 突如、扉の前に人が現れる。橙色に紅葉の柄が入った着物を着た少女で、肩と胸元をはだけさせていた。被っていた布を畳み、懐にしまう。

「お久し振りです、エリお姉ちゃん。そして二か月ぶりです、ミーリお兄ちゃん」

 そう、ミーリは二か月ぶりの少女、祖師谷樟葉そしがやくずは

 エリエステルとミーリの妹弟子で、二か月まえには師匠の使いでミーリの修学旅行先の調査に行っていた。そのときの役目は一般人の護衛と避難の誘導だったので、ミーリ達の知らないところでの活躍となったが、ユキナとの戦いで見せた実力は本物である。

 ただそのときはミーリ以外には秘密の調査だったため、ミーリとロンゴミアント以外には姿を見せていない。故に蒼燕とオルア、玲音に関しては、まったくの初対面だった。

「ミーリお兄ちゃんのお友達ですね。私は祖師谷樟葉と言います。好きに呼んで構いません。ですが一つ言っておきます。もしこれから師匠のこと他の人に言ったら、殺しますのでご注意を」

「気を付けてね。クーちゃんは本気でやる子だから」

「あぁ……クーは容赦しないわね」

 二人のお墨付きがより恐怖を誘う。というより、樟葉がすでに長刀を手にしているのが怖かった。喋りそうなものなら、今すぐにでも斬りかかって来そうだ。

「ところでクーちゃん、今被ってた布は何?」

「まえに戦った、カメレオン型の神様の表皮から作ったものです。被ると周囲の風景に溶け込んで、まるで透明人間なのですよ」

「いいわねぇ、それ。クー、あたしの分はないの?」

「残念ながら、これ一つだけなのです。本当はもっと持っていたのですが、破かれてしまったり飛んでいってしまったり……あと、カッコいいので登場と共に投げ捨ててしまったり」

「あぁわかる。俺もそれやるわ、きっと」

 兄弟子と姉弟子との会話で、樟葉の殺気が薄れる。というか微塵も感じられなくなって、ババ抜きを決着させた三人は安堵した。

 ちなみに、蒼燕の負けである。

 しかし弟子三人、比較すると似ているところがある。

 性格も口調も違うのだが、なんというか雰囲気が同じだった。軽さの奥に強さがあって、それに自信を持っている感じだ。だが決して自信があるというのは、自分が最強だとか自分は誰よりも強いとか、そういうものではない。自分の強さがどれだけのものであって、何ができて何ができないかを理解している、そんな感じだ。

 あと似ているところといえば、ずっと眠たそうな態度くらいか。三人共老いた猫のような目をしていて、ずっと眠そうだった。スキさえあれば、あくびしそうである。

 しかして、この性別も性格も違う三人に共通している部分があるというのは、はたから見るとちょっとおもしろかったりもした。

「さて、じゃあそろそろ行く?」

「そうですね。もう時間ですし、師匠もを用意して待ってくれているに違いありません」

「はいはい、じゃあ行こうか、みんな」

 会計を負けた蒼燕が払って、みんなで店を出る。するとエリエステルとそのパートナー二人が突然走り出し、樟葉もそれに続いて駆け出した。

「じゃあみんな、はぐれないでよ!?」

 突然の全力ダッシュに、全員数秒遅れでついていく。急に始まったことに理解が追いつかなかったが、考えていると遅れてしまいそうなのでみんな全力で走ることだけに集中した。

 蒼燕は巌流がんりゅうを武装して背中に収め、まえを走るミーリに追いつく。

「どうしたのだ、ミーリ殿! 急に走り出されて!」

「師匠の居場所は秘密って言ったでしょ? だから誰にも見つからないよう、誰にも後を追わせないよう、全力で走るの。ホラ、ここから先は舌噛むよ!」

 ミーリの言う通り、道は表から裏へと変わる。舗装されていない、しかも材木やレンガなどがところどころに積まれた障害物だらけの道を、全員跳んで、壁を蹴って、ときにアクロバティックに回転なんかもして、全員速度を落とすことなく全力で走り続けた。

 そんな中、レーギャルンが遅れ始める。元々長いスカートを履いていたので、他の人達と比べると走り辛かった。それに気付いて、ミーリが後ろに跳ぶ。そしてレーギャルンの手を握り締め、それを引っ張り上げて抱き上げた。

 そしてまた、今度はまえに跳ぶ。列の一番前に出たミーリが先導し、より高いレンガの壁を跳び越えた。

「ホラホラ! 置いてっちゃうよ! エリ姉! クーちゃん!」

「おぉ? あたしと張り合おうっての? 少し生意気になったんじゃないの、ミーリ!」

「樟葉は負けません。お姉ちゃんにもお兄ちゃんにも。一番乗りは樟葉です」

「ハハ! クーまで! 二人がたくましくなってくれて、お姉さん嬉しいよ!」

 三人の息がまったく切れていないことに、追いかける全員が驚愕する。だがロンゴミアントとしてはそんなことよりも、レーギャルンが一人だけお姫様抱っこされていることの方が重要で、ズルいと思っていた。

 曲がりくねった道を抜け、今度は右折と左折を繰り返し、また障害物だらけの道を跳んだり跳ねたりして進んでいく。だが途中から、オルアはその道の怪しいところに気付いていた。

 この道、なんでこんなに長いんだろ。

 走っても走っても先がない。再び表に出る気配はなく、ずっと裏道ばかりを進んでいる。しかも走っている先はずっと暗闇で、正直三人が何を基準に道を選んで走っているのかが、わからなかった。

 先に進めば進むほど、暗闇は深くなっていく。しかしそれでも、先頭の三人が速度を落とすことはない。むしろ速く、速く、速くなっていく。それを追いかけ、見失わないことだけが、自分達がここを抜け出す術だとオルアは感付いていた。立ち止まり、彼らを見失えば、もう二度とここを出れない気がする。

 故に走る。息が切れ、肺が悲鳴し、脚が泣こうとも。

 そんな調子で走り続けること、体感時間で丸半日。実際の時間、わずか二分程度。ついに暗闇の中に、光が見える。三人はさらに加速し、その光に飛び込んでいくと、一瞬で呑み込まれ消えていった。

 そこに飛び込むことは、一縷いちるの恐怖すら生じる。だが臆する気持ちを奥にしまいこみ、後に続く全員、光の中に飛び込んだ。

 光の奥は、どことも知れない山奥。そこが山奥だとわかったのは、見渡す周囲すべてが木々に囲まれていることと、下方に今さっきまで自分達が走り回っていたはずの街が見えたからだった。

 全員その場で息を整えようと、それぞれの形で休む。だが例の三人はというと息も大して切らさず、誰が一番で到着したかを言い争っていた。そのあまりにも元気すぎる様子を見て、逆に元気をなくす。

 結果、ミーリに抱かれていたレーギャルンの判定でエリエステルが一着だったと決着し、三人はやっと付いて来た全員の方を向いた。

「へぇ、全員ちゃんと付いて来たじゃん。ミーリ、さすがあんたの友達ね」

「まぁね。これでも俺の弟子と、学園で最強の一角の二人だから」

「弟子? 弟子とはなんですか、樟葉は聞いておりません」

「あたしもだよ。で、どの子? ミーリの弟子って」

「あの子」

 へたへたにへばっている玲音が指差されると、エリエステルと樟葉は、少し言葉を無くした。そしてミーリは肩を組まれ、エリエステルに耳打ちされる。

「なんであんな可愛い子なの?! あっちの美形剣士じゃないの?!」

「なんでって、学園長の指示で。まぁ……面倒見ることになったというか」

「樟葉は認めません。お兄ちゃんの弟子が、樟葉より可愛いだなんて。お兄ちゃんの弟子は男の人か、樟葉より可愛くない人と決まっています。これは天地が返っても変わらない法律です。あの子は樟葉が面倒見ます」

「いや、それだと俺学園長に怒られるからね。そこは俺のために引いてよ、クーちゃん――」

 三人の会話が停止する。一斉に同じ方向を見つめ、しばらく凝視すると、全員いきなり臨戦態勢に入った。

「エリ姉」

「感じてるわ。三体ね」

「では調度いいのです。こちらも三人ですし、一人一殺でいきましょう。樟葉は左、お姉ちゃんは右、お兄ちゃんは真ん中です」

「それがよさそうだね」

 三人の霊力が高まる。風は止み、周囲で声を聞かせていた鳥達も一斉に飛び立った。

 すると突然、目の前の地中から大木よりも太い体をした大蛇が三頭現れ、鎌首をもたげて牙を剥き、襲い掛かってきた。

「ロン!」

「リール!」

「天地を裂け……」

 ミーリの手に紫の聖槍、エリエステルの手に黄色の短槍が握られ、樟葉の掌で長刀が回る。

死後流血ロンギヌスの槍」

英雄の黄槍ガ・ボー

天之瓊矛あまのぬほこ

 一閃。蛇の胴体と鎌首が分かれる。大量の血飛沫を浴びながら槍を振りかざし、付いた血を切り払った。

 だがさらにもう一体、地中から現れる。今倒した三体よりも大きく太い、三つ目の大蛇だ。三人、続いて倒す態勢に入る。

 だがその蛇の上に誰か乗っているのを見つけると、三人共槍を引いた。これ以上戦う必要は、ないと悟ったからである。何せ彼女に目を付けられたものが、無事に生還することなどありえなかった。

 大蛇が倒れ、力尽きる。その頭に乗っていた彼女は長槍を脳天から引き抜き、三人とその後ろにいた全員を見下ろした。そして、そこに転がっている三頭の蛇の死骸を見て、口角を持ち上げる。

「全員、一撃で仕留めたな。エリエステル・マイン。ミーリ・ウートガルド。祖師谷樟葉。四年ぶりだな……会いたかったぞ」

 全身を覆ってしまうほどの、緋色の長髪。握りしめているのは、緋色の槍。赤黒いロングコートの下は上半身ビキニで、下はショートジーンズだった。黒いロングブーツで大蛇を踏みしめ、見下ろすその姿は、まるで女神のようだった。

 人類最後の希望である三柱。“影の女王”。“緋色の槍使い”。

 三〇年前の戦争で倒した名のない神の総数、一億と七千万弱。名のある神の数、三一体。その神話、戦の神として崇められた武神でさえ、彼女には敵わず。故に、女性最強と呼ばれる彼女こそ、スカーレット・アッシュベル。実年齢他、詳細の一切不明の、まさしく女王である。

「君達が、ミーリの手紙にあった友達だな。いつも弟子が迷惑をかけているだろうことを想定して、お礼とお詫びを言っておこう。私が師匠の、スカーレット・アッシュベルだ。以後、よろしく頼むよ」


 

 

 

 

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