緋髪の槍使い
vs 睡魔
睡魔、という神様がいる。
主に人間の子供達を睡眠へと
だがときまれに、少年の姿をした睡魔がいる。
その個体の多くは人間すべてを睡眠に誘い、その夢を喰らい続け、最後には目覚めないと死に至らしめるという邪神となる。人の生み出す霊力の味をしめ、夢中になってしまうらしい。
そして今、南に位置する砂漠に囲まれた小さな田舎町――レイジタウンに、暴走する少年睡魔がいた。
町の人達は睡魔によって夢の中。全員の体には睡魔から伸びる触手が絡まり、そこから夢を霊力に変えて吸われていた。
膨大な霊力を吸って巨大化した睡魔が、町の上空に浮かぶ。その巨大なシャボン玉の中にいる少年の神様に向かって、飛ぶ影があった。
「でかっ! え、なに、こんなでかいの?!」
純粋というか単純というか、率直な感想が述べられる。
その影を見つけた睡魔は自身の体を覆うシャボン玉から小さなシャボン玉を無数に出し、影に向けて飛ばす。
影はそれを順に撃ち落とし、次々と破裂させた。その手に握られた拳銃が、赤い光沢を光らせる。
『なんだよ、ビビったのか? ミーリ』
パートナーの
鼓舞されたミーリ・ウートガルドはまさかと笑い飛ばし、もう片方の手に握る槍を掌で回した。
「生憎、こっちはわざわざ眠らされなくてもいつでも眠いからね。速攻で行くよ、みんな」
『おぉよ』
『はい、マスター』
『えぇミーリ、行きましょう。私はあなたの槍、必ずあなたを勝たせてみせる!』
乗っている宙を自在に舞う神霊武装、
剣に乗り、槍と拳銃を持って近付いてくるミーリを敵と認識した睡魔は咆哮し、体から生やした無数の触手で襲いかかる。それを躱し、撃ち落とし、斬り裂いて、徐々に距離を詰めていった。
距離があと数メートルと迫って、睡魔は触手を束にして振るう。
それを高く跳んで躱したミーリは睡魔の上空を取り、新たに複製した剣を足場にして蹴飛ばした。
大気摩擦も起こるのを忘れる速度で睡魔を貫き、着地する。貫かれた睡魔は数秒遅れで二つに分かれ、やがて空中分解して消えていった。無数のシャボン玉が空に昇り、消えていく。
睡魔の消失を確認したミーリは、三人の武装を解いた。
一番に解いたのはウィン。窮屈だったと背筋を伸ばし、帽子を正す。
次に解いたのは、魔剣の神霊武装、レーギャルン。自分の背丈よりも大きな箱を背負って、戦いが無事終わったことにホッとした様子で吐息した。
最後に、聖槍――
「お疲れ様、ミーリ」
「はい、お疲れ」
「ミーリ先輩」
頭頂部が猫の耳のように尖った金色の短髪を揺らし、後輩の
その子をそっと受け取り、覗き見る。睡魔は小さなシャボン玉の中で寝息を立てており、やっと見える寝顔は可愛げのあるものだった。
その子に霊力を与えると目を覚まし、小さく細い触手を伸ばし始めた。それを確認するとミーリはその手を高く伸ばし、吹いた風に乗せて飛ばした。
これからこの睡魔は世界中を飛び回り、人々に眠りという生活の一部を与えてくれることだろう。そう思うとちょっと壮大な旅に送りだして、ミーリは今回の神様討伐以来の完了を確認した。
「帰ろっか、レオくん」
「はい」
帰り道は、無限にも思える広大な砂漠を歩く。玲音は剣に乗れないため仕方ないのだが、歩いたそばから足跡が消える砂漠を三時間も歩くのは、過酷そのものだった。ミーリがまったく動じてないのが、みんな不思議である。
「これで
「じゃあ、睡魔に眠らせてもらえばよかったのに」
「ミーリの場合霊力強過ぎて、あの睡魔の催眠効果も弾いちまって寝れなかっただろうけどな」
「そっか……どうりで今まで睡魔に会っても寝れないわけだ」
気付いてなかったんだ……。
三人のパートナー、そろって思う。
「先輩、今回の睡魔はどれくらいのレベルだったのでしょうか」
「そだねぇ。今回は中級天使くらいはあったんじゃないかな。まぁ名前のない神様の中では、一応上の方だったわけだ」
「上級ってことですか?」
「上級って言っても、クラスがずっと下だよ。名前がないのは、神様の中ではずっと格下。実際種類によっては、神霊武装を持ったばかりの二年生でも勝てるんじゃない?」
「じゃあ魔神を倒した経験のある先輩にしてみれば、今回は楽でしたね」
「まぁ今までも俺は、比較的楽な依頼しか自分では選んでないけどね」
「なんでですか? 先輩なら、もっと上の神様を撃退できると思います」
「だって……面倒なんだもん」
それが理由なんですか……。
自分の師匠が根っからの面倒くさがりであることに、玲音は少しの不満を抱いていた。それでも修行や指導には手を抜かないでくれるので、文句はないが。
だが実際、ミーリが名もない神ばかりを相手にするにはべつの理由がある。
それを唯一知るロンゴミアントは、面倒だからというミーリの背中を見つめて一人クスクスと笑っていた。
一度、名もない神ばかりを相手にしていたミーリに、訊いたことがある。まだ召喚されて、間もない頃だった。
――名前のない神様は、倒しても無限に増殖するから、倒してもキリがないでしょ? つまりそんな神様に困ってる人達も、それだけいるってことだよ。そんな人達を助けるんなら、こういう依頼が一番助けられるの。まぁ一時的なその場凌ぎだけど、倒せばその分マシだから
そんなことを言うミーリのことが、そのときより好きになった。そう憶えている。ただ理由はカッコいいのだが、少しは他の人に譲ってあげたらと思ったのも、そのときだった気がした。
「それより、予定開けといてくれた? レオくん」
「は、はい、もちろんです。学園で
「そ、今日学園に戻ったら、そのまま直行するよ。大変だけど、夜汽車に乗ったらすぐ寝れるから、頑張って」
「はい」
季節は夏。
しかしその両方を二か月もまえに堪能したミーリ達がこのあと向かうのは、緑の映える新緑の北山。
会いに行くのはミーリの師匠。人類最後の希望と呼ばれる三人の一人、スカーレット・アッシュベル。
人類で最初に神霊武装を召喚し、契約をした神霊武装召喚の
現時点のすべての神霊武装の使い手の中で、女性最強を誇る人である。玲音を含め、神霊武装を持つすべての女性が憧れ、目標とする女性だ。
そんな人に会えるというのだから、玲音としては予定を開けないわけにはいかない。逃せばこんな機会、二度と訪れるとは限らない。故に予定を開けて、玲音は会える日を楽しみにして待っていた。
「どんな方なんですか? スカーレットさんって」
「どんな……どんな、か……修行に関して言えば、厳しいよ。厳しい。これ以上ないってくらい。だから師匠に修行つけてほしいんだったら、覚悟した方がいい」
「そ、そう、ですか……」
怖い人なのかな……ちょっと緊張してきたな……。
元々そこまで対人に自身のない玲音。師事する先輩に脅かされて、緊張で少し腹部を痛めるのだった。
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