黒髪の開闢龍

六姫一魔

 木々の枝葉が揺れる。

 木漏れ日は森の中に光を与え、風は音と涼しさをんでくる。

 数多くの種類の動物達が住みつくその森は、一時の静けさに支配されていた。

 そんな森の中を、一つの黒い影が駆け抜ける。地面を蹴り、転がっている枝葉を踏みつけ、周囲の草花を自身の風で揺らして四つ足で駆け抜けていた。

 それを追う、木々の上を通過する影もまた一つ。

 その木の中で一番に太い枝を踏みしめて蹴飛ばし、目の前の木に飛び移る。それを何度も繰り返して徐々に距離を詰めていき、ついに地上を駆けるその上を取った。

 目の前に、流れの緩やかな川が現れる。地上を駆けていたそれの速度がそこを渡るために少し遅くなると、そこを狙って影はカッターナイフを巨大化したような刃物を両手に握り、それに向かって斬りかかった。

 だがそれは頭上からの攻撃を跳んで躱すと影を蹴り飛ばし、その勢いで川を渡りきってまた駆けて行った。

 すると今度はそれの行く先に、ドレスを着た女性が立ちはだかる。その裾を持ち上げて一礼すると、長手袋をはめた手を翳して霊力の波を放ち、それを停止させた。

「捕まえました」

 それを追いかけていた影も、その場に合流する。全身を緑の布地で包んでいるのは、とても小柄な少女だった。顔を隠す布の下から、赤い前髪が見える。

「あなたが出ることはなかったですよ、エーラ。これくらい、私一人でも捕えられました」

「強がりはいけませんよ、リングフィンガー。あなただけでは、これを止めるにはいささか力不足です。ここは協力していこうではありませんか」

 そんなこと言って、結局は自分だけが幸せになるつもりなのでしょう?

 その言葉を胸の内に秘めて、少女リングフィンガーは刃物を握り締める。ドレスの女性エーラの術で動けなくなっているそれの首をねまいと、大きく上に掲げた。

 が、それは動いた。厳密には、それの長く黒い髪が。ユラユラと怪しくうごめいて、地面に鋭い爪を立てるそれの顔をさらけ出した。

 そして、それの霊力が流れ出た次の瞬間、二人はその場から離脱した。そうしなければ、それが放つ混沌に飲み込まれていた。

 現にそれの周囲は木も土も大気も構うことなく、真っ暗な闇の中に引きずり込まれた。

 唸り、咆哮する。それ――彼女が放つ咆哮は響き渡り、二人の鼓膜から脳を揺らした。木々も倒れ、遥か数キロ先の動物達でさえ、その声に驚き気絶する。それを近距離で聞かされた二人は立つこともままならず、力なく片膝をついた。

 咆哮を止めた彼女はまた駆ける。そのあとを追うことは、二人にはできなかった。

 と、そこにまたもう一人降り立つ。走り去って行った彼女に負けず劣らずの黒の長髪を持ち、緑と黄色を主色とした着物を着た、これまた小柄な少女だった。

 持っていた鉄扇を広げ、自らを扇ぐ。

「逃げられましたか。まぁいいです、あとは私が追いましょう。エーラ、リングフィンガー、貴方達は下がっていいですよ」

「ちょ! 待って下さい輝夜かぐやさん! 彼女を仕留めるのは、わたくしうけたまわっております! ここは私にお譲りくださいな!」

 ホラ、やっぱり自分の手柄にするつもりでしたよ。あの灰かぶり。

 その言葉も胸に秘め、少女は刃物を背中にしまう。するとそれを合図にしたかのように、木々の上を次々と影が飛んで行って走って行った彼女を追いかけて行った。

 それを見て、エーラと輝夜の二人はリングフィンガーを睨みつけた。威圧的視線に、思わず布地で顔を隠す。

 二人がリングフィンガーに文句を言おうとしたまさにそのとき、三人を足しても遥かに超える量の霊力が、三人から声を一時的に奪った。

「エーラ、輝夜、リングフィンガー。こんなところで何をしているのですか?」

 見上げると、大気を踏みしめて立っていたのは全身真っ黒な隻眼の女性。赤い目玉のような宝玉をつけた杖を手にして、背中を覆うほどの黒髪を風で揺らしていた。

 静かで、まるで今まで騒いだことがないような声で三人の名を呼んだ彼女に、三人は何も言えなかった。その静かな声の中に感じられるイラだちと、膨大すぎる霊力量とが、彼女達を黙らせていた。

 女性はまた、静かな声を震わせる。

「こんなところで言い争っていないで、早く彼女を追いなさい。追っているのは、リングフィンガーだけではないですか」

「ご、ごめんなさい……」

「反省させて頂きます」

 リングフィンガーも頷く。

 女性の言葉にははたから聞けば矛盾があるように聞こえるが、それをツッコむ者はいなかった。女性の言うことが何一つ、矛盾していないからである。

 そんな静まり返ったその場に、また三人の女性が飛んできた。女性同様大気を踏みしめ、上空に立っている。

 真っ赤な着物を着た女性。

 とてつもなく長い栗色の髪の毛を持った女性。

 そして、腰に剣を刺した白髪の女性。

 三人とも、地上の三人と同等以上の霊力を内に秘めている――いや、一人だけ全身黒尽くめの女性と同等の霊力量を持っている人がいた。腰に剣を刺した、白髪の女性だ。

 白く長いまつげの下の青も混じった白眼で地上の三人を見下ろした彼女は、つまらなさそうに吐息した。

 実際、このあまりにも面倒な追走劇に、かなり飽きていたからである。ここで決めてくれよと、三人に対して内心で唾を吐き、実際には鼻を鳴らした。

 その様子を隣で見ていた黒尽くめ女性もまた、吐息する。

「そんな顔をしないでください、スノーホワイト。あなたの求める者まで、もう少しですよ」

「……なら、いいけどね」

「では参りましょう。彼女を仕留め、我々の王国を築きあげるのです」

 計七人の女性が、一斉にその場から消える。

 そこに充満した霊力を受けた生物は三日ばかり失神し、目を覚まさないということが二週間続いたという。北に属する二つの対神学園が調査を行ったが、彼女達にたどり着く者はいなかった。

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