風は吹く
時間と日にちを少々
ミーリの部屋にコッソリ侵入した樟葉は、起きていたミーリに今回最後の挨拶に来ていた。
ロンゴミアント達が寝てる中、お互いヒソヒソ話をするくらいの声のトーンで話す。
「樟葉が今回来たのは、神様がいた場合の一般人の避難と、神様の殲滅。一般人の避難はできましたけど、神様と戦うのはお兄ちゃんに取られちゃいましたね」
「クーちゃんが避難させてくれたお陰で俺らも戦いに集中できたんだし、あいこだよ。でもユキナと戦ったのは、師匠の指示にはなかったんじゃないの?」
「あれは、お兄ちゃんのために頑張ったんです。樟葉はお兄ちゃんの味方ですから」
「気持ちは嬉しいけど、余計なお世話だよクーちゃん。ユキナは俺が倒すんだから。誰にもさせない。させはしない」
「……辛くないんですか?」
「辛いよ。すっごく辛い。でもこれは宿命なんだと思う。逃げちゃダメなんだ。これは、俺がやらなきゃならないことなんだ」
「そうですか、わかりました」
立ち上がり、振り返り、顔を近付ける。そうしてミーリの頬にキスをした樟葉は、そそくさとテラスの手すりに飛び乗った。
「でも今後、もしユキナお姉ちゃんが現れたら、樟葉は戦います。だから速い者勝ちですよ、ミーリお兄ちゃん。樟葉がお兄ちゃんを守るためにお姉ちゃんを倒すか。お兄ちゃんが宿命に準じてお姉ちゃんを倒すかです。そのことを憶えておいてください」
「……わかった。でもこれも憶えておいてね。俺が戦うのは、妹の敵討ちのためだけじゃない。樟葉、君を守るために戦うんだから」
「嬉しいです。ミーリお兄ちゃん」
朝焼けに暖められた風が吹く。樟葉の帯を締めるリボンの先についた二人のイニシャルが、その風に揺られてミーリの方を向いた。
「ではまた、二か月後に会いましょう。それまでさようなら、大好きなお兄ちゃん」
樟葉は颯爽と飛び降りる。その後彼女が地面に着地したような気配はなく、風に溶けたようにして消えてしまった。
が、それが樟葉だ。実に樟葉らしい。兄弟子ミーリは、そのらしさに微笑んだ。
「またね、大好きな妹弟子。君は俺が必ず守るよ、クーちゃん」
その後、ロンゴミアント達が目を覚ますと、ミーリは三人を武装して剣を飛ばし、人工火山ふもとの洞窟前に行った。
そこにはずっとこの騒動で一人生き残ったシルフィードがいて、着いた頃には調度、マスターパラケルススと他の四大精霊の墓を石を積み上げて作っていた。遺骨も何もない小さな墓だが、結構ちゃんとしたものだった。
「ミーリ……来てくださったのですね」
「まぁね。これからどうするか、もう決まった?」
「私は風の四大精霊です。ですから、世界中を旅しようと思っています。風に吹かれるまま、風の向く方向へ。せっかくこうして、生きていることですし」
「そこはまぁ、ボーイッシュの優しさかな」
『殺し損ねただけだ。勘違いすんな』
そうは言うものの、恥ずかしいのか武装を解こうとはしない。おそらく武装を解いても、帽子を深被りして顔を見せようとしなかっただろう。
ウィンの帽子はそういうときのためにあることを、ミーリは知っていた。
「ミーリ。とても短い間でしたが、ありがとうございました」
「俺は何もしてないよ。ただフィーさんの中で何かしらの変化があって、俺らを助けてくれた。そうでしょ?」
「えぇ、その通りです。私はマスターの言うことを聞くことだけ、役に立つことだけを生きがいとしてきました。ですが人々のために戦い、自らを削っているあなた達を見て、私は思ったのです。私は何故生きるのか、なんのために生まれてきたのか。それを考えるのは、私のためにではなく他者のために頑張ってから考えようと。ですから私はこの旅で、私に何ができるのかを探そうと思っています」
「……そっか。見つかるといいね」
「はい、いつかきっと見つけます」
二人の間に風が吹く。それはシルフィードの銀髪とマフラーを浮かせ、大きくたなびかせた。
「それでは、またいつか会えるときまで」
地面を蹴り上げ、吹かれる風に乗ってシルフィードは飛んでいく。その姿が見えなくなるまで、数分とかからなかった。
時を今度は進ませて、ミーリ達が島を発ってから二日後。とある北の山脈の頂上で、シルフィードは一人、風に吹かれて立っていた。
数週間に一度の割合でしか晴れないという雲海に映る、太陽に照らされてできる自分の影をずっと見下ろしながら、風が止むのを待っていた。
そして、その瞬間は訪れる。
風が止んだ瞬間に自ら風を吹かせたシルフィードは、握りしめたライフル銃の引き金を引いて、自らの影を撃ち抜いた。
するとたちまち雲海は晴れ、その下に隠れていた村が姿を現した。周囲を雲に囲まれて、まるで宙に浮いているかのよう。その幻想的な光景を見下ろして、思わず吐息した。
そしてまた、風が吹く。シルフィードはその風に乗って、その場から飛び立っていった。
どこかわからない場所へ、誰かわからない人に会いに、飛んでいく。強くも弱くも、その日そのとき風は吹く。
行く先は風の向くままに。シルフィードは飛んでいく。
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