風は吹く

 時間と日にちを少々さかのぼり、事件から六日目の早朝。

 ミーリの部屋にコッソリ侵入した樟葉は、起きていたミーリに今回最後の挨拶に来ていた。

 ロンゴミアント達が寝てる中、お互いヒソヒソ話をするくらいの声のトーンで話す。

「樟葉が今回来たのは、神様がいた場合の一般人の避難と、神様の殲滅。一般人の避難はできましたけど、神様と戦うのはお兄ちゃんに取られちゃいましたね」

「クーちゃんが避難させてくれたお陰で俺らも戦いに集中できたんだし、あいこだよ。でもユキナと戦ったのは、師匠の指示にはなかったんじゃないの?」

「あれは、お兄ちゃんのために頑張ったんです。樟葉はお兄ちゃんの味方ですから」

「気持ちは嬉しいけど、余計なお世話だよクーちゃん。ユキナは俺が倒すんだから。誰にもさせない。させはしない」

「……辛くないんですか?」

「辛いよ。すっごく辛い。でもこれは宿命なんだと思う。逃げちゃダメなんだ。これは、俺がやらなきゃならないことなんだ」

「そうですか、わかりました」

 立ち上がり、振り返り、顔を近付ける。そうしてミーリの頬にキスをした樟葉は、そそくさとテラスの手すりに飛び乗った。

「でも今後、もしユキナお姉ちゃんが現れたら、樟葉は戦います。だから速い者勝ちですよ、ミーリお兄ちゃん。樟葉がお兄ちゃんを守るためにお姉ちゃんを倒すか。お兄ちゃんが宿命に準じてお姉ちゃんを倒すかです。そのことを憶えておいてください」

「……わかった。でもこれも憶えておいてね。俺が戦うのは、妹の敵討ちのためだけじゃない。樟葉、君を守るために戦うんだから」

「嬉しいです。ミーリお兄ちゃん」

 朝焼けに暖められた風が吹く。樟葉の帯を締めるリボンの先についた二人のイニシャルが、その風に揺られてミーリの方を向いた。

「ではまた、二か月後に会いましょう。それまでさようなら、大好きなお兄ちゃん」

 樟葉は颯爽と飛び降りる。その後彼女が地面に着地したような気配はなく、風に溶けたようにして消えてしまった。

 が、それが樟葉だ。実に樟葉らしい。兄弟子ミーリは、そのらしさに微笑んだ。

「またね、大好きな妹弟子。君は俺が必ず守るよ、クーちゃん」

 その後、ロンゴミアント達が目を覚ますと、ミーリは三人を武装して剣を飛ばし、人工火山ふもとの洞窟前に行った。

 そこにはずっとこの騒動で一人生き残ったシルフィードがいて、着いた頃には調度、マスターパラケルススと他の四大精霊の墓を石を積み上げて作っていた。遺骨も何もない小さな墓だが、結構ちゃんとしたものだった。

「ミーリ……来てくださったのですね」

「まぁね。これからどうするか、もう決まった?」

「私は風の四大精霊です。ですから、世界中を旅しようと思っています。風に吹かれるまま、風の向く方向へ。せっかくこうして、生きていることですし」

「そこはまぁ、ボーイッシュの優しさかな」

『殺し損ねただけだ。勘違いすんな』

 そうは言うものの、恥ずかしいのか武装を解こうとはしない。おそらく武装を解いても、帽子を深被りして顔を見せようとしなかっただろう。

 ウィンの帽子はそういうときのためにあることを、ミーリは知っていた。

「ミーリ。とても短い間でしたが、ありがとうございました」

「俺は何もしてないよ。ただフィーさんの中で何かしらの変化があって、俺らを助けてくれた。そうでしょ?」

「えぇ、その通りです。私はマスターの言うことを聞くことだけ、役に立つことだけを生きがいとしてきました。ですが人々のために戦い、自らを削っているあなた達を見て、私は思ったのです。私は何故生きるのか、なんのために生まれてきたのか。それを考えるのは、私のためにではなく他者のために頑張ってから考えようと。ですから私はこの旅で、私に何ができるのかを探そうと思っています」

「……そっか。見つかるといいね」

「はい、いつかきっと見つけます」

 二人の間に風が吹く。それはシルフィードの銀髪とマフラーを浮かせ、大きくたなびかせた。

「それでは、またいつか会えるときまで」

 地面を蹴り上げ、吹かれる風に乗ってシルフィードは飛んでいく。その姿が見えなくなるまで、数分とかからなかった。

 時を今度は進ませて、ミーリ達が島を発ってから二日後。とある北の山脈の頂上で、シルフィードは一人、風に吹かれて立っていた。

 数週間に一度の割合でしか晴れないという雲海に映る、太陽に照らされてできる自分の影をずっと見下ろしながら、風が止むのを待っていた。

 そして、その瞬間は訪れる。

 風が止んだ瞬間に自ら風を吹かせたシルフィードは、握りしめたライフル銃の引き金を引いて、自らの影を撃ち抜いた。

 するとたちまち雲海は晴れ、その下に隠れていた村が姿を現した。周囲を雲に囲まれて、まるで宙に浮いているかのよう。その幻想的な光景を見下ろして、思わず吐息した。

 そしてまた、風が吹く。シルフィードはその風に乗って、その場から飛び立っていった。

 どこかわからない場所へ、誰かわからない人に会いに、飛んでいく。強くも弱くも、その日そのとき風は吹く。

 行く先は風の向くままに。シルフィードは飛んでいく。

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