ミーリの弟子
事件が起きてから一週間。
島にようやく船がつき、島にずっと残っていた生徒達を乗せて、大陸へと引き返していた。
総勢五〇組いた生徒達は全員無事で、結果、島一つが半壊するという規模だったにも関わらず、死者ゼロという奇跡的戦果で――パラケルススと精霊達に捕まっていた人達も霊力を吸収されたものの、命までは取られなかったのである――治めることができた。
それに貢献したのは、その場にいた
普段は映画などを見るためのシアタールームで、重傷の
そして待つこと五分。鳳龍が満を持して投影されたスクリーンの中に現れる。自身の座る椅子の隣にパートナーである少女を立たせ、組んだ脚の上で頬杖をついていた。
話の前に、まず吐息を一つ。
「今回はよくやってくれたね。よく頑張ったっていうのと、勝手に行動してくれたって、この二つの意味を重ねて言うよ。まぁ、死者ゼロという奇跡は褒めるべきか。ナルラートホテプが人間の霊力だけをもっていく神だったことを、幸運に思うべきだね」
「学園長。早速五人の処分について、お願いします」
教員の一人が急かす。
鳳龍は自分のペースでやりたかったようで、急かされたことに少しむくれた態度を見せた。だがそこは学園長。何も言わず、はいはいとだけ返事して進行した。
「五人にはそれぞれ、二か月以内に神様を討伐してきてもらう。ノルマは五体以上。天使は中級以上が絶対だ。それを今回君達に課す罰とする。わかってもらえたかな?」
「「「はい」」」
「それと、ミーリ・ウートガルドにはもう一つ」
「え……」
「なんで俺だけって顔だね。覚えがないのかな? あれだよ、ミーリくん。上・位・契・約……したでしょ?」
基本、上位契約は学園の生徒が許可なくしていいものではない。身に余る力は、時として己を滅ぼす。その恐れを減らすためである。
まぁそれなりの実力者は、先生や学園長の許可をもらえれば契約できるものなのだが。今回は許可なし命令なしの、完全無視だった。ロンゴミアントとの契約以来、二回目である。
というか、何故バレているのかが不思議でしょうがなかった。
「なんでしょう」
「潔くていいことだねぇ、ミーリくん。さてどんな罰にしてやろうかな。君だけ討伐数を倍にしても、君にとっては楽でしかないよね。かといって勉強させても、君はその場凌ぎで済ませてしまうだろうし……さて、どんな罰がお好みかな?」
できれば罰がないのが好みです。
そんなことは言えない。というか、こういう意地悪なことを言うときは実際、すでにもう彼の心の中で、何かしらが決まっているのを知っている。
滅多に話すこともないのだが、それでも一応彼が長を務める学園の生徒で、現最強という立場だ。他の生徒よりは接する機会があったし、その分少しは知っているつもりだ。
だから知っている。もうすでに学園長の腹の中では、どんな罰にしようか決めてある。絶対に。
「俺にできることなら、何でもしますよ」
「そうかい? そりゃあよかった。実は君に一つ、頼もうとしていたことがあったんだ。それを今回は、君への罰としよう。というわけで来てくれるかい?」
扉を開けて、入ってきた。扉というのは学園長のいる向こうではなくて、ミーリ達のいるその部屋の扉だった。
その扉を開けたのは教員の一人で、入ってきたのは少女だった。
猫の耳のように二股に尖った金色の頭髪。先生達の中にいては埋もれてしまうのではないだろうかというほど小さな体。その細い腕には、黒い手錠が繋がっていた。
初見、どこかの刑務所に繋がっていた何かをしでかした人だと思ったが、よく見てみると、ミーリは彼女の罪状を知っていた。
というより、彼女のことを知っていた。
「お久し振りです、ミーリ・ウートガルド先輩」
「レオくん……え、レオくん?! 嘘ぉ!」
「はい、
「今日から釈放でね。ミーリくんには、彼女の面倒を見てもらいたいんだ。彼女の師匠となって、色々教えてあげて欲しい」
「自分の師匠越えもしてないのに、師匠ですか……」
「それがイヤだったら、このまえ君が蹴った護衛依頼にするけど、どうする?」
それっていつの話ですか。ってかまだ誰も護衛に行ってないんですか?
思わず、吐息が出る。
「わかりました。レオくんのことは、俺が見ます。護衛の件は、まぁ……他の人に回してください」
「わかった」
まぁ、君をご指名の依頼なんだけどね? ミーリくん。
「なら決定だ。今日から彼女のこと、よろしく頼んだよ」
そのあとは学園長が七騎を褒めて終わり、四人はそれぞれ部屋に戻ったり、部屋の外で待っていたパートナーに今回受けた罰則について話にいったりした。
ミーリもまた玲音を連れて、ロンゴミアント達が待つ部屋に戻る。
「ところで髪どうしたの?」
「こっちが地毛なんです。まえは染めてて」
「あぁそうなの」
玲音はつい先日彼女自身が無罪だと決定され、今日釈放となったらしい。
よく無罪と決まったなと思ったら、彼女のパートナーだったドヴェルグが脱走し、彼が狂化系の
とはいっても、操られていたとはいえ多くの人を傷つけた玲音は、すべての被害者に謝罪しに行った。ときには追い返されることもあったが、最後には許してもらえたのだという。
それ故か、彼女はまえより少し明るくなった気がする。以前会ったときは、もっとオドオドしていたような気がしたが。髪の色を変えなくなったからだろうか。
とにかく、これからはまた対神学園の生徒になる。それに従って、玲音にはまずやらなければならないことがあった。
新たな神霊武装の召喚である。前回はドヴェルグが玲音を利用するという目的で近付き、一年生から組んでいたが、本来は二年生になってから神霊武装を自らの手で召喚するのだ。
無論ミーリのような一年生ながらにして召喚を許される例外も、なくはないが。
「とにかく、召喚はちょっと待ってね。俺より召喚の
「召喚の専門家……差し支えなければ、お名前を伺ってもよろしいですか?」
ミーリは立ち止まり、周囲を見渡す。そして唐突に玲音の肩を掴み、顔を思い切り耳元に近付けた。
そして囁く。誰にも聞かれないように、細心の注意を払って。
「す、スカーレット・アッシュベル?!」
「シー! レオくん、シー! 声大きい! 大きい!」
せっかく声をひそめた意味がない。すぐさま玲音を抱きしめるように覆い、周囲に誰もいないことを確認した。
幸い誰もいなくてよかったが、名前を聞かれたら大変である。
何せ師匠はかつて神との戦争で人類を守った一柱。神と戦う人達からしてみれば、本物の神様よりも神様な存在なのだ。声が大きくなるのも、実際無理もない。
スカーレット・アッシュベルは人類で初めて神霊武装を召喚し、契約した人間。そのメカニズムを解明したのも、彼女だ。彼女以上の召喚の専門家は、まだいないだろう。
「今年の夏、会いに行く予定なんだ。そこに君も連れて行く。そこで召喚しよう」
「でも……大丈夫、でしょうか」
「何が?」
とは訊いたものの、正直その通りだと思った。
狂気の神霊武装と相性がよかったのだ。彼女の霊力に惹かれる神霊武装は、その類のものだろう。おそらくだが、狂気をまとったものである確率が高い。
神霊武装の召喚とは、そういうものなのだ。
今では三種の武器を扱うミーリだが、もしすべて自分で召喚するとなったら、
故に彼女が臆するのもわかる。今度は自らの手で狂気を召喚し、それに堕ちてしまうのが怖いのだ。今度は、抗えるとも限らない。
そんな恐怖心を瞳に浮かべている玲音の頭を、ミーリは撫でた。ただ大丈夫とは言わない。変に彼女を安心させて、絶望したときのショックを大きくはしたくなかった。
「じゃあ早速だけど、これから二日間の船旅だからね。ここでもできることを叩き込むから、覚悟はしてよ?」
「は、はい! よろしくお願いします、先輩」
こうして、ミーリ・ウートガルドに一人、可愛い弟子がついた。そのことをミーリの師匠、スカーレット・アッシュベルが知るのは、この日から二か月後の夏のことだった。
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