vs ナルラートホテプ Ⅳ

 武装を解かれたロンゴミアントは、ウィンと新たに上位契約を結んだミーリに対して頬を膨らませる思いだった。

 上位契約による武装を、同時には行えない。それは理論的にでも物理的にでもなく、ミーリの実力的にという話だ。二つもの大きな力を身に留めていると、その分負担が大きい。

 故にできないのではなく、しないと言った方が正しい。戦場で自ら命を削り、その結果寿命を縮めるなんて、馬鹿馬鹿しいにもほどがある。そんな考えがあって、ミーリは二人の武装を解いたのだった。

 ロンゴミアントだけでなくレーギャルンの武装まで解いたのは、ここまでの戦闘で減ってきた霊力を温存したいがためである。自身の最高値を十とするなら、すでにここまでで七は消費していた。

 残りの三を、今ここで費やす。

「さて行こうか、ボーイッシュ」

『あぁ。あの気色悪い箇所、全部撃ち抜いてやれ』

「援護します、ミーリ」

「ありがと、フィーさん」

 風による援護を受けて、ミーリは一気に加速して肉薄する。接近してくる敵を見つけた呪いはナルラートホテプを動かし、二股に分かれた尾を向けた。

「“空貫魔弾ガ・ボルグ”」

 二股の間から放たれる光線と、大気を貫く銃弾がぶつかる。そのたった一発が光線を貫き、相殺した。

 地面を蹴って、風の力を借りて高く跳ぶ。ナルラートホテプの頭上を取ると、自身の周囲に浮かぶ銃で順に発砲した。

 それに対して翼となっている腕が伸び、銃弾を弾く。そして大きく羽ばたいて飛び上がり、ミーリの上を取った。二股の尾で撃ち落とす。

 その一撃を銃で受けたミーリは風に吹かれて飛び上がり、追った勢いで地面に着地したナルラートホテプに連射した。銃弾がことごとく、硬い翼に弾かれる。

 ミーリはそのまま飛び、そして渋りながらもまた走り続けているジェットコースターに飛び乗った。

 強風と突風を受けながら、なんとかシルフィードの風に守られて立つ。そしてナルラートホテプの周りを半周するコースで、銃弾を連射した。左右背後から来る攻撃に、たまらず飛び上がる。

 列車に乗っているミーリを見つけると追いかけ、二股の尾を向けて光線で追い始めた。背後からの連射に対し、ミーリも連射で迎え撃つ。

 三六〇度の回転でも風の力を借りて踏ん張り、なんとか耐え切った。本当のところ乗りたくなどないのだが、この方が速いし霊力も温存できるから仕方ない。

 本音としては、一刻も早く降りたかった。

「ボーイッシュ! あれ使わして!」

『構わねぇが、外すなよ?!』

 翳した手に、骸骨の印が刻まれた赤黒い弾丸が出る。それを手にしている銃に装填そうてんし、構えた。自身も相手も動く中で、ひたすら銃口を向ける。

 連射される光線を他の銃で撃ち落としながら、ひたすらに銃を構えた。

 背後を一瞥する。すると本来は終わりの終着地点まで来ていて、もう何週目かわからない数をまた走ろうとしていた。

 時速九〇キロで駅を通り過ぎ、また坂を上っていく。絶えず連射される光線を撃ち落としながら、ミーリは一つの賭けを思いついた。

――め……め、目を、目を、破壊、する。呪いの、混沌の、目……混沌の目、を、破壊、する……すれ、れれ、ば……

 目。今見える目は三つ。最初からあった両眼と、額に現れた大きな血眼。それらすべてを撃ち抜けばいいのか、どれか一つでいいのか。もし後者なら、確実に射抜くべき目はわかっている。

 そして今から訪れる、

 それらを頭の中で整理して、一つの策を思いつく。それを実行に移すため、ミーリはときを待った。

 待ち時間は、実際七秒。その七秒が特別長く、ゆっくりで、まだかとさえ思った。そして、その瞬間は訪れる。

 上昇からの急降下。客を楽しませる最初の加速。ほぼ垂直に落ちるそれを追って、ナルラートホテプは肉薄してくる。

 そしてその一瞬、光線を放つのをやめた一瞬に、ミーリは八丁のうち四丁で撃った。銃弾が交錯し、ナルラートホテプを囲う。その銃弾の逃げ道は、一つしかない。

 その逃げ道である接近をしてきたナルラートホテプに、残り四丁で放つ。するとナルラートホテプは両肩の人面と額の血眼から光線を放ち、それらを撃ち落としてミーリに浴びせた。

 が、それをミーリは飛んで避けていた。ミーリの落下する速度より、ナルラートホテプの突撃の方が当然速い。故に二人はぶつかり、ミーリは額の血眼に銃口を向けた。

「“縦横無尽の魔悪フライシュッツ・イヴェルズ”」

 ゼロ距離で放たれた銃弾は血眼を抉り、撃ち抜く。

 ミーリは風を受けて飛び上がり、着地したが、ナルラートホテプはそのままレールにぶつかって、土煙を上げて落下した。

 額から血飛沫を上げて、ナルラートホテプは絶叫する。翼も尾も人面も砕けて、崩れ去っていった。

 だが、撃ち抜かれた血眼が崩れない。血眼から無数の文字列が彼女の体に流れ出し、それが覆い、やがて彼女を中心とした一本の螺旋の大樹となってその場に君臨した。

 幹には、無数の目玉が生えている。これが、架空支配者の一柱と呼ばれる所以か。

 その姿を見た瞬間に、ミーリは倒れた。何か見えない攻撃を喰らったわけではない。“縦横無尽の魔悪”を使って、霊力が尽きたのだ。

 ウィンの武装も解ける。

「ミーリ! しっかりしやがれ! ホラ、また契約してやっから!」

「ダメだって……もう、契約のときの霊力量じゃ、足りない……もっと、もっと多くの霊力が……霊、力が……」

 柱の目玉が一斉に向き、光線を溜める。そして発射されるとなったその瞬間にシルフィードが風を操り、二人をその場から離脱させた。

「ミーリ!」

「マスター! ウィンさん!」

 着地はしたものの、また倒れる。だがそれでも立とうとするミーリに、ロンゴミアントは手を伸ばした。

「ミーリ……」

「約束、しちゃったんだ……呪いを解く術があるなら助ける。ないなら殺すって……んで、その、方法があった……なら助けなきゃ。あの子は言ってた、攻撃しちゃうって……やりたくないんなら、やらせちゃいけない。あの子に、これ以上の破壊はやらせちゃいけない!」

 全力で、残っている力で立ち上がろうとする。だがその腕は力が入り切らず、ミーリはまた倒れてしまった。

 霊力も、もう体力も限界だ。視界が霞んできた。声も聞こえなくなってきた。感覚がなくなってきた。眠くなってきた。意識が、遠くなって――

「お兄さん」

 そこは天も地も、すべてが歯車によって成り立っている世界だった。その世界の中央にいるのか、最端にいるのか、海にいるのか地上にいるのか、すべてがわからない。

 そんな中確かなのは、今自分に膝枕をしてくれている小さな少女が、神様であるということだけだった。その正体も、名前も、わかっていない。だが何故か、ただ忘れているだけのような気もしていた。

 だからこそその手を伸ばし、少女の頬を擦るように撫でる。その力はすぐに尽きてしまったけれど、その手を少女は掴み取った。

「力が……霊力が、いるんだ……貸して、ほしい。お願い……」

「はい」

 額に回る歯車を、そっと押し付ける。冷たい金属の感触と、手を握っている肌の温かな感触とが同時にきて、不思議な感覚に包まれた。

「マキナは、お兄さんが大好きです……マキナは、お兄さんのために、力を貸します。お兄さん……」

「マ、キナ……」

 ありがとう。その一言が出てこなかったけれど、思い出した。それは次の瞬間には忘れてしまっているのだけれど、それでも、思い出せてよかったと思った。

 薄れていく意識の中で、そっと彼女の手を引いて、その甲に口づけした。

 目を覚ますと、自分の両手は握りしめられていた。そしてその甲に口づけされ、さらに顔を抱えあげられて口づけされた。

 二つの下位契約と一つの上位契約。さらに神からもらった大事な霊力。四つの霊力が一気に体に流れ込み、吸血鬼の血までも呼応する。

 ミーリはゆっくり立ち上がり、片手に拳銃、片手に槍。そして背に箱を背負い、霊力をまとう。その両目は一方は戻り、一方は進む時計となって、べつべつの世界を見つめていた。

『ミーリ、行ける?』

「次の一撃に全部使う。みんな、限界まで霊力を振り絞って」

 全員、霊力を振り絞る。そしていざ突撃の構えをすると、槍を握る手をシルフィードが握りしめた。

「私の力もお貸しします。ミーリ、どうか、ご無事で」

「ありがと、フィーさん」

 シルフィードの風も受けて、ミーリは飛び上がる。螺旋の大樹の遥か上を取ると、数百の剣と銃口をその周りに現出した。紅色の槍を引き、投擲の構えを見せる。

 大樹は目玉が飛び出しそうなほど見開かせて、その瞳孔に光を溜める。そして一斉に発射する瞬間を見せたそのとき、すべての剣が駆け銃口は火を噴いた。

「“槍持つ者の投擲ロンギヌス・ランス”!!!」

 光を切り裂き、目玉を撃ち抜く。弾ける閃光が大樹を包み、一瞬で姿が見えなくなった。

 宙を掻き、槍がミーリの手元に戻る。目の前には朽ち果て、焼けた大樹が灰色になってそびえていた。すべての目が潰されて、血がとめどなく流れ出る。やがてその幹は崩れ、中にいたナルラートホテプが力なく出てきた。

 数歩歩いて、そして倒れる。

「う、うぅ……」

「よかった。呪いが、解け……」

 ミーリが倒れる。その意識はすでになく。完全に限界だった。三人はすぐに武装を解き、人の姿に戻る。

「ミーリ!」

「マスター! マスター!」

「二人共落ち着け。霊力が限界に来て、気絶しただけだ。すぐに起きるだろ」

 さすが、今まで一人で戦ってきた元七騎しちき。冷静な状況判断が二人よりもできる。ウィンは倒れているナルラートホテプを担ぎ上げると、大きく吐息した。

「ったく……呑気に寝てやがる」

 ちょっと微笑ましい寝顔を見て、スキができた。そのスキをついて、ユキナの蹴りがウィンを飛ばす。街灯にぶつかったウィンは、そのまま力尽きてしまった。

「ウィン!」

 ナルラートホテプを担ぎ上げて、その頭を撫でる。ユキナは地面を一蹴りで飛び上がると、空中で一度クルリと回った。

「お疲れ様、ミーリ。安心して? ナルラートは私が責任を持って預かるから。いつか彼女が、私達に合う素敵な舞台を用意してくれるわ。だからそれまで、ゆっくりおやすみ、ミーリ」

 行こうとしたユキナの元に、スサノオが飛んでくる。両腕に巻いていたはずの籠手は片方なくて、もう片方もボロボロだった。頬にも切り傷がある。

「どうしたの? あなたがそんなにやられるはずないと思ってたのだけど」

「いや、二人まではよかったんだがな……三人目が強かった。正直、今の私では歯が立たない」

「三人目? それって――」

 二人の背後、街灯の上に降り立つ影。

 赤の布地に橙の紅葉もみじが刻まれた着物。そこから肩と胸元をはだけさせ、肘まである長手袋をした手で青の刀身を持つ長刀を握る。

 その灰色の前髪の下で、緋色の虹彩に後姿を映した。

「見つけました、ユキナお姉ちゃん」

「あぁ、あなただったの。大きくなったわね、樟葉くずは

 

 

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