vs シルフィード

 マスターパラケルススの死を、シルフィードは察知した。

 風の知らせ――いや、厳密にはパラケルススの放つ霊力を感じ取れなくなったわけだが、とにかく、パラケルススが死んだのだと理解した。

 ゆっくりと、大木に張り付いているその身を剥がす。そして周囲の大気を集めて、消し飛ばされた片腕と脚を修復した。

 その治った腕で、現出したライフル銃を抱える。そして治ったばかりのその脚で地面を蹴り上げて飛び、襲い掛かってくる銃弾を回避した。

 だが回避したその目の前に、銃口が現れる。そして声高らかに響かせた銃撃を、飛行速度を加速させて回避した。とっさの加速に体がついていかず、少し振り回されるが、すぐに態勢を立て直す。

 その状態に放たれた三発の銃弾を、シルフィードはライフル銃で撃ち落とした。

 空中にいては的になる。そう考えたシルフィードはすぐさま降下して、森の中に隠れた。

 が、相手であるウィンからしてみれば、どこにいようと関係はない。霊力探知で居場所さえ掴んでしまえば、あとはそこに向けて銃口を現出し、銃弾を放つだけだった。

 すぐさまシルフィードを見つけて、その目の前に銃口を出す。そして銃弾を放ち、シルフィードが撃ち落とすか躱すかをしたのを探知すると、すぐにシルフィードを視認しようと走り出した。

 ここまで戦場をテーマパーク周辺の熱帯雨林に変えてから、これの繰り返しである。影から相手を撃ち抜くスナイプスタイルは大嫌いだが、皮肉にも、その戦法が一番自身の能力と相性がいいことを自覚させられていた。

 昔のパートナーが、このスタイルで行きたがっていた理由もわかる。

 だがウィンはこれ以上ないくらいに、この戦闘スタイルが嫌いだった。コソコソ隠れて敵を撃つなんて、真正面から戦えない臆病者のすることだ。そう思うと、許せなかった。

 故にこの戦いにおいても、このまま姿も見せずに決めるつもりはない。最後は真正面から撃ち抜いてやる。

 一方のシルフィードは、接近するつもりもさせるつもりもなかった。武器がライフル銃である時点で、彼女の戦闘スタイルはウィンの嫌うスナイプスタイル。影から狙う遠距離戦が望ましいのだ。

 故にシルフィードは身を隠せ、なおかつウィンが狙える場所を探していた。が、ウィンの銃口がどこからともなく出てくるので、探す暇がない。

 再び襲い掛かってきた銃弾を躱すと、思い切り地面を蹴って跳び上がり、ひと際背の高い木の上に飛び乗った。

 掌に風を集めて作った銃弾を装填そうてんし、構える。木の上にいることまでは探知できておらず走り回っているウィンを見つけ、息を殺して狙いを定めた。

 大気を貫通する弾丸が、ウィンの脚を掠めて切る。その方向からシルフィードの位置を把握したウィンは、怪我していない方の脚で地面を蹴り、木の幹を蹴り上げて、木々の上に飛び出した。

 数十の銃口を出現させ、一斉に発砲する。襲い掛かる銃弾の雨を躱そうと自らバランスを崩して落ちたシルフィードは、より低い木の中にまた身を隠した。

 が、ウィンは逃さない。銃口の向きを変えるとまた一斉に発砲し、逃げるシルフィードの体を掠め切った。

 少し着地に失敗し、切り傷だらけの体で地面を転げる。

 そこに追い打ちの銃弾が襲い掛かってきて、即座、風を操って飛んだ。低空飛行で、木々の間を縫うように駆けていく。

 着地したウィンは全速力で追いかけながら銃口の現出と発砲を繰り返し、銃口の一つを抜き出して拳銃を手に取った。

 このままではいずれ追いつかれる。そう察したシルフィードは木の幹を蹴ると方向を変え、ウィンに肉薄した。

 ライフル銃と拳銃が、霊力を散らせて激突する。その勢いでウィンの足元に滑り込み、銃を構える。そして下顎目掛けて引き金を引いたが、その銃弾は背を反らして躱された。

 足元を通過したシルフィードに、背を反ったまま拳銃を向ける。そしてすかさず引き金を引いたが、三発撃ったすべてが撃ち落とされた。

 木の根を蹴り上げ、また高く飛ぶ。そして狙いを付けると同時に放ったが、その銃弾は銃弾を当てられ、軌道を逸らされた。お互いの側を通り過ぎる。

「やるじゃねぇか」

「そちらこそ」

 お互い銃口を向けたまま、相手の次を窺う。お互い即時動けるように次の動作を用意していたが、相手がそれに構えているのに気付いて動けなかった。

「ところで、ミーリに何かあったようですね。向かわなくていいのですか?」

「動揺でも誘ってるのか? てめぇの主人に関しちゃ、霊力すら感じられねぇが、復活した神に消されたんじゃねぇのか?」

「……そうかもしれませんね」

「ならなんでてめぇは戦ってる。消えた主人の弔い合戦なら、相手が違ぇんじゃねぇか?」

「たしかに……ですが、マスターがやられてしまったから戦わないでは、この騒動を起こした責任がない。私も、神復活を手助けした精霊の一体。ここで引くのは、筋違いではないですか」

「親の責任は子の責任、か? 本当の親子でもねぇくせに、よくできた奴だな」

「親子ですよ。だってマスターは、私を生んでくれました。子を産むのが母親ですから、マスターは充分に、母親と言えるでしょう」

 ウィンは拳銃を手の上で回す。その行動に、一瞬銃を構えたシルフィードだったが、戦闘にはまったく無関係だと悟ると引き金から指を引いた。

「言わねぇよ。子供を産んだ奴を、母親とは呼ばねぇ。子供を作るのが親じゃねぇ。子供を育てるのが親だからな。俺は神霊武装ティア・フォリマだから、親子の関係にとやかく言う権利はねぇだろうが、それだけは思うぜ。子供を育てねぇ親は、親じゃねぇ。他人だ」

 拳銃の回転を止め、再び構える。その指はしっかり引き金にかかり、シルフィードの胸元を狙っていた。

「そんな他人の責任を、子供が背負う必要はねぇよ。てめぇの親が、てめぇを育てなかったらの話だけどな」

 寂しいことに。悲しいことに。ウィンの言うことがその通りなのだとしたら、シルフィードにとってパラケルススは、自分を作り出しただけの赤の他人だった。

 親ではない。創造主であって、親ではない。つまりはそこに生じる責任はなく、彼女が背負うものが何もないと言うことだった。

 そうだ、マスターは――パラケルススは言っていた。

――君は私の手足となるために、私が創ったんだよ

 知識はすべて創られた段階で与えられ、本当に彼女の手足として動いていただけだった。それが俗にいう育成なのかどうかは、聞くまでもない。

 彼女にとって、自分達がどういう存在であったかどうかは決まっている。子供ではなく、眷属けんぞく。さらに言えば、奴隷だろう。

 その程度の認識であった彼女を、果たして親と見ることは正しいのだろうか。

 だがシルフィードは、銃口を下げられなかった。下げるわけにはいかなかった。今ここで銃口を下げ、引いてしまうことで、彼女の言う通りにしてきた今までが、すべて否定されてしまう気がした。

 たとえ彼女が、自分を創っただけのただの誰かだったとしても。

 その手は震え、銃身は下がりそうで下がらない一進一退を繰り返していた。それを見かねて、ウィンが動く。

 数十の銃口を現出し、一斉に発砲する。それらを紙一重で体をくねらせて躱したシルフィードは、その場から離脱した。距離を取り、また隠れて撃つつもりだ。

 だがウィンは逃さない。現出した銃口に飛び乗ると蹴り飛ばし、森の上に飛び上がった。そしてまた銃口を現出し、連射する。森の中に入って再び低空飛行で滑空したシルフィードは、その銃弾をことごとく躱した。

 落下の途中で掴んだ枝を握りしめ、勢いそのままに一回転する。そしてその枝に足が乗ると蹴り飛ばし、目の前の木に飛び移った。止まることなく、次々に枝を蹴り飛ばして移動する。

 その調子でシルフィードの上を取ると、握りしめていた拳銃でシルフィードの腕を撃った。

 衝撃で回って風の操作を誤り、シルフィードは落下する。勢いそのままに地面を抉り、目の前の木に激突した。

 その彼女が激突した木の上に飛び移り、飛び降りる。起き上がろうとする彼女の上に乗ると、その後頭部に拳銃を当て、四肢を銃口の先で押し当てた。

「まだやるか?」

 ……負けた。

 認めてしまうと、体の力は楽に抜けた。震えもない。戸惑いもない。恐怖もない。勝敗はあっという間に、あっけなく決着してしまったけれど、非常に楽になった。

 ライフルを消し、全身から力を抜いた状態で無抵抗を現す。するとウィンはそこからどき、拳銃と銃口を消して帽子を脱いだ。

「さてと。てめぇはどうする? 俺は今から戻るけどよ」

「……私も行きます。マスターのしたことの結末を、この目で見ておかないと。それがせめてもの、私の責任です」

「ハ、まったく出来のいい奴だぜ」

「……心配ではないのですか? ミーリ、先ほどから感じられる霊力は、あまりにも――」

「ハ! それこそ心配してねぇよ!」

 ウィンは帽子を被り直し、笑む。その表情と言えば明るくて、実際、本当に心配していなかった。

 ブラドの時だって、ミーリの怪我を見るまでは、そこまでの心配をしていなかったのである。探している最中だって、命の心配までは実はしていない。ロンゴミアントとレーギャルンに言うと、怒られそうだが。

「行くぜ。てめぇもよく見てるんだな。架空支配者の一柱が、あっけなく負けるところをよ」

 実は結構信頼しているのは、本人には内緒だった。


 

 

 

 

 

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