vs パラケルスス

 紫の切っ先に、光が収束する。地水火風、四大の属性を集めてできた光は、向かってくる敵に牙をむいた。

「“完全なる紫の剣アゾット・ソード”」

 紫の光線が放たれる。

 ミーリはそれを躱すと後方に跳び、レーギャルンに手を伸ばした。即レーギャルンが口づけし、残った箱を持ち上げる。

「“完全なる紫の剣”」

 襲い掛かる光線を躱し、複製した剣の上に乗る。洞窟の天井付近まで飛び立つと、百にも近い数の剣を複製した。

「“裏切りの厄災レイヴォルト”!!!」

「“対属性アンチ・エレメンタルフレイム”」

 短剣を縦に構え、霊力による障壁を生じさせる。その障壁にぶつかった剣のことごとくは、吸い込まれるようにして消えてしまった。

「四大属性を発見した私に四大属性で挑むなんて、いい度胸してるね。そんなの出すのも消すのも朝飯前だよ」

 ならば無属性攻撃である。ミーリは乗っている剣を飛ばし、槍を振り回して肉薄した。

 だが突如として、視界の中からパラケルススが消える。地面に激突しそうになるのをギリギリ回避すると、再び飛び上がった。

 柱付近に、パラケルススが現れる。突撃の瞬間に転移霊術を使ったことは、安易に予想できた。最近、ブラドの転移霊術を体験したからである。

 しかし困った。

 転移を戦闘の最中してくるということは、最悪の場合、どこかに飛ばされかねない。それは確実に、この島から遥か遠くの地であることは想像できる。そうなれば、もうこの島を救うとか、そんなことを言っていられない。

 それだけは避けなければ。

 だが転移霊術が使えるパラケルススの心中には、ミーリを転移させるという選択肢は存在しなかった。

 彼女としてはミーリを半殺し程度にまで弱らせて、その膨大な霊力を柱の生贄いけにえにしたいのだ。ここから手の届かない遠くへ飛ばしては意味がない。故にここは専門外である戦闘を行って、彼を負かすしかない。転移させるのは、自分だけだ。

「“完全なる紫の剣”」

 紫の光線がミーリを襲う。それを躱したミーリの背後に転移して、再度光線を放った。

 とっさに剣を複製して次々に突撃させ、光線を断ち切る。両断された光線は二手に分かれて、左右の壁を抉った。

「やるね。なら今度は……!」

 紫の光線を細かく連射する。襲い掛かってくるそれを次々に槍で打ち払うミーリだったが、今度は足元の地上に転移されて下からの光線を放たれた。

 とっさに剣を飛ばして避け、光線を喰らって崩れる天上を躱す。

「大人しくやられてくれないかなぁ」

「ヤだ」

 光線を躱し、突撃する。だがまたも転移され、攻撃は躱されてしまった。

 背後から、また光線。その光線には複製した剣を一気に飛ばし、爆発で相殺した。

 ここまで互いに決め手を欠く展開。ミーリの攻撃は当たるまえに転移で躱され、パラケルススの光線は威力が届かない。故にこの後の流れは、先に相手に傷をつけた方が取る展開となっていた。

 だがそんなことは、戦闘に関しては素人程度のパラケルススはわかっていない。わかっているのは、実戦経験豊富のミーリだけだった。

 だがパラケルススにだって考えはある。光線だけで足りないこともわかっている。が、斬りつけに行くという選択肢はない。接近戦に持ち込まれれば一瞬で負ける。そんな自信がある。

 故に遠距離戦は変えない。変えるのは、攻撃手段くらいだ。

 再度、切っ先に光を収束させる。だがそのまま円を描き、光の輪を膨れ上がらせた。

 そして放つ。

 その輪の中で放たれた光線は範囲が倍で、躱すスキを与えなかった。

 故にミーリは数百という数の剣を飛ばす。光線にぶつけては爆発させ、その威力を削いでいった。

『ミーリ!』

「わかってるって! やるよ!」

 紫の槍が紅色に変わる。ブラドとの戦い以来使うことがなかったが、ここでようやく出番となった。

 乗っている剣だけを光線にぶつけ、地に足つけて踏ん張る態勢を取る。そして向かってきた光線に槍を突き立て、正面から激突した。

 腕が軋み、脚が悲鳴を上げる。だが槍は徐々に光線を貫き、切り裂き始めた。ミーリの全身から流れる霊力が槍に集中し、紅色に輝く。

 そして次の瞬間に光線は貫かれ、パラケルススのシルクハットが吹き飛び、ミーリがその胸を貫いていた。

 紅色の槍に、真っ赤な血が滴り落ちる。後ろによろめいたパラケルススは吐血して、引き抜かれた槍の先を握りしめた。

「そんな、バカな……! なん、で……」

「君の霊力量は、正直俺がまえに戦った後輩よりも少ないよ。霊力の塊の光線は厄介だけど、もっと霊力量のある人がうってつけだよ」

 視界がかすむ。意識が遠のく。脚が震える。

 稀代の錬金術師たる魔神は、自らの霊力量も体力量も、決して多い方ではなかった。故に自らの霊力で、神を復活させなかったとも言える。それが彼女のコンプレックスであったことは、誰も知らない事実だった。

 今まで霊力不足でできなかった錬金が、いくつあっただろうか。

 それを知らないミーリに言われてカチンと来たパラケルススは、最期にとんでもないことを思いついた。

 死にかけの最期の霊力を絞り出し、剣の切っ先に光を収束させる。そして倒れる寸前に放ち、柱の根元に激突させた。

 その行動の意味を、ミーリは即座悟る。だが気付いたときにはもう遅くて、柱は光線から霊力を受けて震え、そして輝きだした。

 最後の最後で、彼女は自らの霊力で復活させてしまったのである。

 背中から倒れたパラケルススは、血塗れの口元で微笑する。彼女としては、ざまぁみろといったところなのだろう。

 実際してやられたと思ったミーリには、その笑みはかなり嘲笑っているように見えた。

 螺旋の柱にへばりついている無数の人面が、笑うように揺れ始める。そして次々と砕け始め、それと同時に柱にも亀裂が生じだした。亀裂から、血飛沫のように赤い液体が飛び散る。

 そして柱が跡形もなく砕け、大量の液体を気化させながら、それは多くの人間の裸体の柱の頂点から出てきた。

 青紫の長髪に、その頭部の周辺で浮かぶ四つの人面。小柄な体にくっ付いている四肢の首には、髪と同じ色の小さな宝玉がついている。見るからに、姿形は人間の少女であった。

「あの子が、ナルラートホテプ……?」

 眠たそうな目をこすり、ナルラートホテプはあくびする。自分の足場になっている霊力を吸われた人々を踏みしめて、ゆっくり降り始めた。

 だがその途中、何かに気付く。その視線の先に自分達がいるのに気付いたミーリは、反射的に後退した。

 その直後、ナルラートホテプが跳んでくる。そしてパラケルススの上に馬乗りになると、おもむろに彼女のロングコートを無理矢理脱がせて自ら羽織った。裸だから寒かったのだろうか。

 だがロングコートは大きすぎて袖をだいぶ余らせ、彼女の全身を包み隠した。あまりのブカブカ具合に、彼女自身余った袖を見つめて戸惑っている。

 ここまで見せている可愛らしい一連動作は、彼女が架空支配者の一柱と呼ばれていることを忘却させた。

『ミーリ、本当にあの子がナルラートホテプなの? たしかに霊力はすごいけど、全然殺気とか感じないっていうか……』

 ロンゴミアントの言う通り、彼女からは殺気を感じない。彼女が危険な存在だと言うことを忘却できてしまうくらいに、彼女は霊力以外の何も発していなかった。混沌や破壊とは、無縁のようにも感じてしまう。

 彼女はひたすらに、尋常ではない量の霊力のみを放ち続けていた。さすが、名のある神である。たしかに彼女が暴れれば、ただでは済まないだろう。

 だがその暴れるということすらしなさそうで、正直、このまま放っておいてもいいかなとすら思ってしまった。

「ハ、ハハ……これが、これが混沌の魔獣……」

 コートを取られながらも、パラケルススは虫の息でナルラートホテプを見つめる。その視線に気付いたナルラートホテプもまた、パラケルススを見下ろした。

 そして次の瞬間、パラケルススが消し飛んだ。一瞬のことで、ミーリは自信の目を疑う。

 だがたしかに、ナルラートホテプの周囲を漂う顔面の一つから、一筋の光線が発射され、パラケルススの肉体を消し炭にした。紫の短剣だけが金属音を立てて落ちる。

 あまりにも唐突で、一瞬過ぎるそのできごとに、ミーリを含め武器となっている二人も言葉を無くして固まった。いや二人の場合は、声が出なくなったと言う方が正当か。とにかくその場から、動くことができなかった。

 それは当然で、彼女はただボーっとしていたからだ。目の前で存在が一つ消し飛んだというのに、まったくの無関心、無反応。消えたことには、数十秒遅れでやっと気付いた。

 そんな彼女の反応が、ミーリは恐ろしかった。

 戦士として、相手がやられたことには何か思うはずだし、何かしらの反応があってもいいはずだ。それが彼女にはない。強いて言うなら、無関心こそが彼女の反応だった。

 まるで飼っていた虫が死んでしまったかのよう。いや、虫が死んだことにすら、人はそれなりの反応を見せる。

 国を滅ぼした神でさえ、人一人打ち倒したことにはそれなりに反応する。濃いか薄いかの差は生じるが、その程度である。まったくない、はない。

 しかし彼女にはそれがない。くどいようだが、本当にないのだ。その無関心が、ミーリは恐ろしかった。

 このまま放っておいてもなんて考えを、一瞬のうちに捨て去る。その一瞬で肉薄したミーリは、大きく槍を振りかぶった。

 だがその目の前に、彼女の周囲に浮かぶ人面が出る。そしてその口に当たる部分に光を収束させると、それを一瞬で吐き出した。

『ミーリ!』

『マスター!』

 細く鋭い光線が、ミーリの胸元を貫通する。勢いそのままに倒れたミーリは、ピクリとも動かなかった。

 だがそれに関しても、彼女は無関心だった。無関心で無反応で、無表情だった。

 

 

 

 

 

 

 


 

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