vs サラマンダー

 テーマパークのところどころで、戦火が上がる。

 全身を黒と赤の鎧で覆った炎の精霊サラマンダーから、大小異なる火球が吐き出される。

 それを避けながら水の弓を作り上げて、空虚うつろは空中で逆さの態勢になりながら連射した。灼熱の体にぶつかった矢は水蒸気となって弾ける。

 ここまで約十発程度ぶつけてやったが、サラマンダーはまったく応えていない。だがそれは、空虚が矢だけでなく砲撃も浴びせているからで、その爆炎を吸収し、サラマンダーは回復していた。

 同じ属性である物質を吸収し回復するそのメカニズムを、空虚はまだ理解できていなかった。

 さらに矢を引く手を怪我しているということもあって、途中砲撃を挟まなければ、攻撃が追いつかなかったのである。

 発射される火炎弾に、空虚は砲撃で対抗する。攻撃力は砲撃の方があるために火炎弾を砕き、サラマンダーに直撃した。が、ダメージはない。また回復される。

 サラマンダーは咆哮すると、肘から炎を噴きだして突進し、燃え盛る拳を振るってきた。

 遠くの敵も見逃さないその両眼で拳を見切り、紙一重で躱す。わずかに触れた毛先を焦がしながら跳び、頭上を取った空虚は、砲撃を食らわせた。

 だがそれもまた、効果はない。黒煙の中から伸びた手は空虚の脚を捕まえて、大きく振りかぶって投げ飛ばした。右足に火傷を負いながら、消火栓に叩きつけられる。

 ずぶ濡れになりながら起き上がり、火傷した脚を噴き出す水に当てて、空虚は弓を構えた。

 サラマンダーが放つ火炎弾を、次々に射抜いていく。だが手の火傷が徐々に手の力を奪っていき、次第に矢が追いつかなくなってきた。すかさず砲撃に切り替える。

 そちらの方が威力もあるし届くのだが、効果がないのが実際である。

 拳を振り回して突進してくるサラマンダーに、空虚は矢を構える。だがその方向は目の前のサラマンダーではなく、自分の頭上に向けられていた。

 天を貫く勢いで放たれた矢は、空を漂う雲に当たると弾けて消える。すると瞬く間に穿たれた雲が広がって、大粒の雨を降らせ始めた。

 その雨に濡れて、サラマンダーの動きが鈍る。炎は消え、体は鉛よりも重くなって、立つことさえしんどくなっていった。その雨の中で普通でいられるのは、発動した空虚のみ。

「“静鳴滝しずかなるたき”」

 決して大きくはなく、堂々たる雰囲気もない。山の奥の小さな滝壺に滴を落とす、無音の滝。それがこの技の名の由来だ。

 そしてその効力は、自分以外のこの雨に濡れた対象の膂力りょりょくを奪い、体の熱を奪い、力を鎮静させること。雲がなければ使えない屋外戦闘専用の技だが、使えれば確実に、敵を弱体化させる。

 そしてこのスキに戦線の離脱や、敵の弱点を探るわけだが、今回は戦線の離脱など考えられない。確実に、弱点を探る。

 普通に考えれば、炎を使う相手だ。属性に従うなら、水属性で攻めるのが吉。ならば当然、水の矢を放つ天鹿児弓あまのかごゆみを主軸に戦うのが理想だろう。

 だが矢を握る手が、今正常ではない。間髪に無効な砲撃を撃たなければ、攻撃が追いつかずにやられてしまう。

 ましてや相手は、時間を置けば回復してしまう。時間をかけて戦うのは、こちらが不利になってしまうだろう。故に決めるなら、短期決戦が望ましい。だがそうする術は、現状、たった一つ。

 相手が回復するまえに、射貫く。

 その考えに至ると、調度雨が止む。弱ったサラマンダーから距離を取ると、空虚は無理矢理矢を作り出して握りしめた。

 弓を曲げ、弦を張り、矢を引く。

 空虚はサラマンダーには元となる核があって、それを射抜かなければ、火を元に無限に回復してしまうという情報を持っていない。故に狙うのは、確実に殺すために頭部、脳だ。

 少し距離を離したが、その程度なら外さない。さらにサラマンダーは、“静鳴滝”で、動きが鈍感になっている。これで外せる条件が、果たしてあるだろうか。

「“天羽々矢あまのはばや”!!!」

 射貫かれた大気が、数秒遅れで吹き荒れる。地上を駆け抜け、目標まで真っすぐ向かう白く透明な閃光を残光にして、空を掻くように羽ばたいて、それは誰の目にも追えない速度で、サラマンダーを射貫いた。

 が、その当たり所はわずかにずれる。

「そんな……」

 二人の間に、燃え盛る大木が倒れる。テーマパークを緑で彩っていた木の一本が矢の向かう先に倒れて、その軌道をわずかにずらしていた。

 結果、大木を射抜いたその矢はサラマンダーの胸部を貫き、鎧を粉々に破壊する。だがそれでも健在で、サラマンダーは鎧を捨てて襲い掛かってきた。

 炎をまとった、硬そうな鱗の生えた全身。長い尾の先は鋭く尖り、槍の切っ先を思わせる。そして額には、煌々と燃える深紅の核が光っていた。

 炎を噴き、牙を剥き、拳を振るう。“静鳴滝”で速度を落としていなければ躱せなかったその速度で振るわれた拳から放たれた炎は、地を這い、遠くのアトラクションにぶつかって爆炎で包んだ。

 跳んだと同時に砲撃し、サラマンダーにぶつける。だがその攻撃は意味がなく、サラマンダーの拳が空虚の腹部を抉った。

 吐血し、遠くのアトラクションまで殴り飛ばされる。だがそこは運よくボートのアトラクションで、焼けた腹部を即座冷やすことができた。

 だが折れた骨はどうにもならない。空虚はなんとか立ち上がると、望遠眼でゆっくりと近づいてきているサラマンダーを視認した。そして即座、右手を水につける。

『空虚! 大丈夫か?!』

「あぁ……なんとか立っているが。腕も脚も腹まで焼けて、もう……限界に近いな。もう一発喰らえば、確実に死ぬ」

あるじ、奴には砲撃が効きません。いくさの武装は解いた方がよいかと。霊力が温存できます』

「そうしたいが……今のこの状態で、戦の補佐なしで矢を当てられるかわからない……さて、どうしたものか」

 こんなとき、あの男ならどうするだろうか。学園最強の男は、この状況をどうする。

 一応友達という間柄。そこから彼の思考を想像し、妄想し、相談したときなんて言いそうかを想定した。

 弱点っぽいところを見つけて突く! 

 弱点っぽいところ……? 一番怪しいのは、額の燃える部分か。

 それが本当に、サラマンダーの弱点である核だということを、空虚はまだわかっていない。だが彼ならこう言いそうだという想像と、一見から見つけた一番気になる部分とが重なり、奇跡的に、奴の弱点に結び付いた。

「狙えるか……? この距離から」

 神霊武装ティア・フォリマの能力で水面に立ち、遠くから歩いてきているサラマンダーにロックオンをかける。

 自分が今狙われていると肉眼で気付いたサラマンダーは、地面を抉って蹴り上げ、咆哮しながら突進してきた。

 手が痛む。脚が痛む。腹部が痛む。というよりもはや、全身が痛む。故に震えるその手で矢を握り、狙いをつける。その狙いは、無論額。

 両腕を炎上させて跳んでくる、サラマンダーの額を狙う。その矢尻からは四本の尾が伸びて、薄く透明な光を蛍光灯の明かりを受けて反射した。

「“濡絁ぬれあしぎぬ”」

 放たれた矢は音も光も置いてけぼりにして、大気を貫き真空を行く。その一撃はサラマンダーの額に刺さり、燃え盛る核を射貫いた。

 さらに矢尻にあった尾が伸びて、サラマンダーの四肢を切り裂いた。

 切り落とされた四肢から、静かに炎が消えていく。そして全身の炎が消え去って、鱗だらけの体は灰になっていった。そよ風に飛ばされ、消えていく。

 その終わりを見届けた空虚は背中から倒れ、水面にボートと一緒にプカプカと浮かんだ。

『お疲れ様でした、主』

『ウム! よくやったぞ!』

「……こんな姿、ミーリには、見せたくないがな」

 

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