賢者の石《ワイズマンズ・ストーン》

 到着したミーリは、ロンゴミアントとウィンフィル・ウィンの二人を即時、召喚することはなかった。

 レーギャルンの武装も解かず、一人ロンゴミアントが教えてくれた洞窟に入っていく。すると大して奥に進むこともなく、いきなり巨大な螺旋の柱が現れた。

 柱のところどころから生えている人の顔のような物体に見つめられながら、ここで二人を召喚し、武装を解く。

 その目で柱を見上げたレーギャルンとウィンは、柱に満ちている霊力を感じ取って言葉をなくした。そこまでの量を溜めるために、一体どれだけの人間が犠牲になったか計り知れない。

「ミーリ……」

 三人、主人に判断を仰ぐ。そしてミーリがおもむろに伸ばした手に、ロンゴミアントは口づけした。

「壊せるかなぁ……これ」

 聖槍を手に、高く跳ぶ。落下の衝撃も合わせた一撃で、根元から突き崩してやるつもりだった。

 だがそこに、三発の弾丸が撃ち込まれる。すべてを槍で払いのけたミーリだったが、攻撃に移れず、結局そのまま落ちて着地しただけだった。

 銃弾はその着地をも狙ってくる。計八発。

 だがそれらはたった二発、横から来た銃弾に弾き飛ばされた。

「ナイス、ボーイッシュ」

「下手な狙撃だな! 出てきやがれ!」

 柱の影から現れた、緑色のマフラーを巻いた銀髪の少女。彼女とは、ミーリとウィンの二人が今日の昼間に会っていた。

「てめ……!」

「フィーさん……」

 ウィンは驚くが、ミーリに驚いた様子は見られない。それはミーリが心構えをしていたからで、風で霊力を察知させまいとしていたと仮定した場合、彼女が人間ではないと考えられたからである。

 だがそれでも、驚愕した部分はある。まさか想定通りに彼女が人間でなくて、しかも敵として出てくるとは。あまりにも構えていた通りで、自分の直感が少し怖かった。

 師匠のよく当たる勘がうつったかもしれない。

「ここで何してるの?」

「ミーリ……私はシルフィード。マスターパラケルススから生まれた、風の精霊です。私は、マスターの意思に背くわけにはいきません。それが、私が生まれた理由だから」

「生まれた理由、か。フィーさん、そういうのは自分で見つけるんだよ」

「……自分で?」

「俺もそういうこと考えたことあるよ。自分はなんのために生まれてきて、なんで生きてるのか。でも誰に聞いたって、そんなことは誰もわからない。答えてくれたとしても、それは単なるこじつけなんだよ。だから自分で見つけるんだ」

「でもそれも、単なるこじつけなのでは?」

「かもしれない。いや、絶対そうなんだ。でもね。自分で見つけることに意味があるんだよ。自分で見つけられた生きることへの意味は、もう意味じゃない。自分自身への約束なんだ」

「約束……」

 何故だろう。その言葉は強く響いた。

 たった今日会ったばかりで、大して互いを知らないという関係のはずなのに、彼の言葉には大きな衝撃があった。

 それはおそらく、彼は見つけたからだ。自分が生きる、その理由を。だからこその説得力に違いない。

「ミーリは……どうして生まれたと思っているのですか?」

「俺にしかできないことをするためだよ。それはきっと誰かの真似で、他の誰かがやってくれるのかもしれないけど、でも俺は俺でしかないから。俺の代わりを誰かがやってくれるかもしれないけど、でも俺になることは誰にもできない。だから俺にしかできないことは、俺がやるしかないんだ」

 感銘を受けたわけでもなければ、感動したわけでもない。ただその言葉の衝撃に、少しやられていただけだった。

 自分の代わりは誰にだってできる。それは随分と前から、理解できていた。というより、マスターがよく言っていた。

 安心しなさい。たとえ死んでも、また創ってあげるから。

 その言葉で安心したことはないけれど、自分が死んでも代わりはいるんだと理解した。だから死んだところで、心配なんてされやしないんだと思った。

 だがマスターは心配してくれた。他でもない、シルフィードのことを心配してくれた。だってシルフィードは、自分以外にもう創れないのだから。

 代わりならいくらでも創れるけど、シルフィードは創れない。だから心配してくれた。それは今でも変わらない。

 そうだ、そうだった。

 シルフィードは、自分しかいないんだ。

 感銘を受けても、感動してもいない。ただ思い起こせば、たしかにそうだった。そんな衝撃を受けた。

 ならば、今自分がやるべきことは――

 シルフィードは手を翳す。するとその腕を中心に突風が吹きすさび、純白のライフル銃となって握られた。

「なら私にしかできないことは、今ここであなたたちを止めることです」

 そうなっちゃうのか……。

 ミーリは槍を構える。だがその目の前に、勢いよく腕が伸びてきた。

「俺がやる。おまえはこの柱をなんとかしろ」

「やれる?」

「安心しろ。これでも元七騎しちきだ。神霊武装ティア・フォリマが単体でも強ぇってとこ見せてやる」

「じゃあ頼んだわ」

「させはしません!」

 再び台風直撃並みの風が吹く。その風の威力にレーギャルンが飛ばされそうになり、ミーリはとっさに手を掴んで槍を地面に突き刺した。

 ウィンもその場で片膝をついて踏ん張る。そして自分の周囲四方に外を向く形で銃口を出し、銃を乱射した。霊力が込められた銃弾は大気を貫通し、風の流れを断ち切る。

 結果突風は治まり、レーギャルンは無事着地した。

「させねぇのはこっちも同じだ」

 お互い、銃口を向ける。そして同時に一発相手に向けて撃つと、外に向かって走り出した。

 相手に向かって撃ち、銃弾を弾くように撃ち、障害物を狙って撃つ。お互いの銃口がそれぞれを狙いながら、二人は洞窟の外の森へと出て行った。

 そうしたのは、この狭い洞窟内での銃撃戦では、お互い実力の半分も発揮できないからである。だがそれが、ミーリとしては幸いだった。おかげで誰にも邪魔されず、柱の破壊に専念できる。

 ただし、シルフィード以外に誰もいなければ、の話ではあったが。

「そこにいるんでしょ。出てきたら?」

 促すと、それは柱の奥から姿を現した。

 シルクハットにジャラジャラとアクセサリーをつけ、青と黒のロングコートを着た桃髪の少女。その正体はまだ予想であったが、霊力が人のものでないと察知すると、予想はほぼ確信に変わった。

「君かな。フィーさんの言う母親――いや、マスターっていうのは」

「いかにも、私がマスターパラケルススだ。さっきは興味深いことを聞かせてもらったよ。人は自分にしかできないことをするために生まれてくる、か」

 太ももから紫の刀身を持つ短剣を抜き、その切っ先で差す。その霊力は大したものだったが、正直、ブラドと比べてしまうと小さく感じた。

「違うね。生物はいつだって利用されるために生まれてくる。利用する側に創られる。神が人を創ったのだって、この星が繁栄するためだった。そのために利用しようと生み出したのさ。でもそれは失敗した。だから神は人間を滅ぼすんだ。わかりやすいだろう? 抵抗なんかしないで、君達も利用されて死んでいくべきではないのかい?」

「それが今回の騒動を起こした理由? 随分と――」

「違う違う。その柱を――ナルラートホテプを起こす理由はそんなんじゃないよ。ただ私は今回これを利用して、あるものを創ろうしているだけだよ」

「あるもの?」

賢者の石ワイズマンズ・ストーンって知ってるかい?」

「知らない」

 実際、ミーリは授業で習っていた。ただ忘れているだけだ。ここまでスッキリ忘れられていると、教師としては爽快というか、残念というかである。

「とある錬金術師が創れると提唱した錬金物さ。土地によっては不老不死の秘薬なんて言われてる。すべての錬金術師が最後に目指す、最高到達点と言っていい。だが今まで誰一人として、創り上げた人はいない。無論、私も含めてね」

「ふぅん……それを今回、挑戦すると」

「今まで惜しいところまでは行ったんだ。なにせ四大精霊の核は、私が創った賢者の石一歩手前を元にしているからね。でもそんなんじゃ満足できない。私は今度こそ、賢者の石を錬金してみせる。今度こそ成功させてみせる。そのためにも、ナルラートホテプを復活させ、その混沌たる肉体から創り上げてみせる。それが今回の私の目標だ」

 切っ先に、光が収束する。地水火風。四大の属性が集まって、紫色の光の塊となっていった。

「そのために、少々人間には犠牲になってもらう。まぁこれも、創生における尊い犠牲という奴だよ。許しておくれ」

「……俺、思うことがあるんだけどさ。尊い犠牲って言葉使う人に、良い人全然いなくない?!」

 槍を手に、ミーリは跳ぶ。柱を蹴り上げ、高く跳んだミーリは、落下も含めた一撃を振りかぶった。

「“槍持つ者の投擲ロンギヌス・ランスゼロ”!!!」

「“完全なる紫の剣アゾット・ソード”」

 二つの光がぶつかり弾ける。洞窟内は大きく揺れ、人工火山はたまらず噴火した。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る