作戦T
修学旅行六日目ももう夜になり、エリア・クーヴォは自分の部屋に戻った。本日もとくにこれという収穫はなく、ずっと持っていた双眼鏡と共にベッドに落ちる。
さて今日は一体何を報告したものかと困り果て、生徒証のメール画面を閉じたり開けたりを繰り返した。
「カラルド、行くぞ」
「はい、マスター」
隣の部屋が何やら慌ただしい。姉のリエンの部屋だが、何かあったのだろうか。
そう思ってドアを開けると、調度リエンとパートナーのカラルドが出て行くときだった。いつもの鎧姿でいる姉の顔つきに、何かしらの危機を感じる。
「姉様!」
「エリア……!」
エリアの小さな肩に、リエンの鎧で覆われた手が乗せられる。重くそれを乗せるリエンの表情は落ち着いていたが、虹彩の奥に緊張の色があるのを察した妹は、すぐに事態が何やら動いたことを察知した。
「何かトラブルですか?」
「……いいか、よく聞け。この島に、神と呼べる存在がいると思われる。破壊をもたらす邪神の類だ。しかもそれが復活しつつあるらしい」
「! い、急いで先生達に連絡を――!」
「待て、エリア。先生達は大方知っている。だからおまえは、先生達の指示に従って動け」
「姉様は……」
「私は今いる
「そんな――」
「まったく……エリア、驚け。これらのことを、あのミーリ・ウートガルドが調べていたんだぞ」
「あの、男が……?」
「私は彼とデートした二日目以降、ただボーっとしていただけだった。家の重圧に、押し潰されそうになっていたんだ」
そんな弱音を吐く姉の姿を、妹は初めて見た。
いつだって、どんなときだって強かった姉。その姉が弱弱しく見えたのは、このときが初めてだった。
ラグナロクを、全学園最強に伸し上げる。そしてクーヴォ家次期頭首として、恥ずかしくない実績を残していく。それらすべてをこなしてみせると思っていた姉が、なんだか心配になってしまう。
それは、妹からしてみれば限りない弱体化。そんな姉が、許せなかった。そして許せなかった――
「だがその二日目が、私の支えだったんだ。彼との初めてのデート……楽しかったな」
「何を……姉様! 目を覚ましてください! 姉様がそこまで弱くなっているのは、あの男のせいではないのですか?!」
「それは違う。弱いのは元からだ。私は弱い。なのにそれを鎧で覆い、隠してきた。父にも、おまえにも、誰にも見せまいと隠してきたんだ。だがあの男は――ミーリ・ウートガルドは、私より強い。自分のことを、ときに強いと言える。ときに弱いと言える。そんな強さに、私は憧れたんだ」
女性の目。
もし今の姉の目を例えるなら、妹はそう答える。そんな姉の姿も、正直初めて見た。いつも凛々しかった姉の、強かったはずの姉の、弱い姿。弱い目。すべてが今、初めてだった。
「なぁエリア。おまえはどちらが強いと思う? 自分の強さも弱さも認められる者と、そうでない者。強がる者と、弱弱しく装う者と、自然体でいる者。果たして、誰が強いと思う? ミーリ・ウートガルドは、私が憧れる強さを持った人だ」
「……だから、あの男が好きなのですか? 姉様は、自分よりあの男が強いから、あの男を好きになったのですか……?」
「……そうだな。憧れが彼に
「マスター、そろそろ」
「ではな、エリア。部屋で待機しているんだぞ」
エリアが止める暇もなく、二人はそそくさと行ってしまった。
結局そのときは最後まで、部屋に戻ってもわからなかった。ミーリ・ウートガルドという男のことが。
何故姉は、あの男に恋心を抱いたのか。焦がれたのか。好意を持っているのか。それら色々がわからなかった。
エリアと別れたリエンとカラルドは、自分達の部屋から四階上のミーリの部屋を開けた。そこにはすでにミーリとオルアと
その場の空気は、入った直後に寒気すら感じられるほど張りつめているかと思ったが、実際は和気あいあいとした雰囲気だった。
待ち合わせに五分程度遅れたくらいの感じで迎えられたところなんて、まさしくそうだ。
だがメンバーが全員集まっていざ話になると、空気はどっと重く苦しくなった。息もまともに吸い込んでないのに、いきなり水中に叩き落されたような感じだ。
とくにその落差を見せたのは、呼び出したミーリだった。まぁもっとも、ミーリ以外にそんな方向転換の効く人物はそういないが。
「状況はどうなっているんだ、ミーリ・ウートガルド」
「全部わかってるわけじゃないから、俺の想像が大部分だけど……でも、もしそうなら最悪の状況かも」
ミーリの話はまず、この島にいるという混沌の魔獣の伝説から。その伝説にあった奴の正体と、邪神としての危険性を話す。
そして次に、自分の師匠が送ってきた妹弟子について話した。彼女とは結局二日目以降会えていないが、彼女は状況が悪ければ悪いほど連絡をしてこない。連絡がないのは元気な証拠というが、彼女の場合はそれが真逆なのだ。
故に最悪の状況に陥ってることは、兄弟子として想起できることだった。
そして最後の本題に、ロンゴミアントが見つけたという魔獣と見られる神の居場所について。
ロンゴミアントから聞いた話によると、それは復活を手助けしている何かと一緒にテーマパークの人工火山の裏――元々建設作業員用の待機所になっていた天然の洞窟。そこにいるという。
現在神の居場所が判明していることと、復活に必要と思われるもの。さらにその神が復活したときのことを考慮すると、五人の主人が導き出す答えは、同じものだった。
「今から特攻した方がいいと思うんだけど、どう?」
「私もだ」
「うん、多分神様の復活に、多くの人が犠牲になってるし……復活は阻止しないとね」
「先輩方と同じ意見だ。即刻向かおう」
「ミーリ、皆の意見は一致した。行こう」
よし、と立ち上がる。だがそこに、外で待機していたはずのレーギャルンと
「マスター!」
「蒼燕様、大変です!」
「どうした巌流、何があった」
「島中に
説明不足のその一言で、五人は一斉に部屋からテラスへとサンダルも吐かずに駆け出した。
見ると、外は逃げ惑う人々と、それを追う土でできた武装の軍勢、そしてそれに立ち向かおうとしているラグナロクの生徒達でごちゃごちゃになっていた。ところどころで、戦火が上がっている。
そして実際、土塊達は逃げ惑う人々には目もくれず、倒した生徒とそのパートナーの
それを見て、蒼燕と巌流の二人が一七階の高さから飛び降りる。空中で自らの手に口づけさせた蒼燕は、
「ここは私がやろう! 先輩方は柱まで急いでくれ! なるたけ早く頼むぞ?」
「……オルさん、頼める?」
「よし来た!」
ミーリに訊かれ、オルアも躊躇なく飛び降りる。着地した彼女は純白の旗を風に吹かせ、高く掲げて叫んだ。
「あぁ人の生のなんと残酷なものか。泣けるものだ、嘆くものだ、酷いものだ。だが人々よ迷うな、振り返るな、立ち止まるな。我が旗を見上げよ。神はここにいる! “
光の結界がホテルを覆うように張られる。その結界の中に入れない土塊達は、結界を破壊しようと試み始めた。
それを、蒼燕が片っ端から掃討していく。するとどんどんと土塊達が結界の周囲に集まってきて、一般人を放置し始めた。
それを見たミーリは生徒証で電話を掛ける。相手は友達の
「じゃあさぁ、一般人の非難が終わったら、こっち――ホテルの方戻ってきてくんない? ちょっと頼みたいことがあってさぁ……うん、あのね――」
ミーリのお願いは二つあって、一つはとても重要なこと。もう一つはそのお願いを、他の生徒達にも頼んでほしいということだった。
この場合、学年どころか学園を通して情報を知っている暁人の方が、はるかに向いているからだ。明らかミーリより、連絡帳の数は多い。
「頼んでいい? 俺これからボス戦行くからさぁ」
「わかった! 任せろミーリ!」
電話を切ると、暁人は背後から来た土塊を両断して、ゴーカートの上に乗った。周囲では、他の生徒達が土塊と戦っている。
「今ここにいるラグナロクの生徒! 学園のエース、ミーリ・ウートガルドからの要請だ! ここをさっさと終わらせて、ホテルに戻れぇぇっ!」
全員、それぞれの形で応える。学園最強のミーリからの頼みというのは光栄なことであって、とくに後輩勢は士気高揚した。
もっとも自分にそこまでの影響力があることなど、ミーリ本人は知らないだろうが。
そのミーリは電話を切ると、レーギャルンを手招きして片膝をついた。そしておもむろに抱き寄せて、口づけを交わす。レーギャルンの姿は箱と共に消え、ミーリの手の甲に刻印が現れた。
すぐさま剣を複製し、その上に飛び乗る。
「乗る? 結構速いけど」
しかもかなりコツがいる。
ミーリはいとも簡単に乗っているが、ボードよりもバランスがいるし、しかも刃が高熱を帯びていて直接は乗れない。足の裏に霊力を流し、それを挟んで乗っているのだ。
霊力操作に自信がないと、できる芸当ではない。
だがそこは七騎の二人。お互いそれぞれのパートナーを武装すると、ミーリが出した剣の上に飛び乗った。
「じゃ、行くよ!」
三人、空中を行く。
どんな怪鳥よりも速く、戦艦よりも機動性に優れたそれは、目の前の雲を切り裂いていった。
「じゃあ行こっか。作戦T! 突撃ぃ!」
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