vs ウンディーネ
修学旅行五日目。
ミーリは浜辺で寝息を立てていた。パートナー三人とは別行動で、一人で波音を子守歌にして、スースー眠っていた。
「
目を開くと、
そして格好は、水色のビキニだった。
「君がいるってことは……近くにウッチーがいるの?」
「はい。今日は三人で海水浴なのです」
「み、ミーリ?!」
「おぉ! こんなとこで会うとはなぁ!」
噂していると、空虚ともう一人のパートナー、
普段軍服の戦も水着で、大きなシャチの形をした浮き輪を抱えている。天の耳打ちによると、言い出しっぺなのに泳げないらしい。
そして無論、空虚も水着だった。普段ストレートの黒髪を結び、それに負けず劣らずの黒いビキニ。それ故に白肌が暗明で映え、正直かなり魅力的であった。
ミーリの見る目も、自然と変わる。
そしてそんな姿を見られたことが恥ずかしすぎる空虚は、恥じらい顔になりながらなんとか手と腕で隠そうとしていた。その仕草にまた、男心をくすぐられてしまう。
さすが、今の彼女と同じ黒髪色白なだけあって、なかなかの破壊力であった。
「うっす、ウッチー」
「み、ミーリ……な、なんでここ、に……?」
「いやぁ、みんな今日は予定あるらしいからさ。だからのんびり、昼寝でもしようかと思って」
事実、それは嘘だった。
ウィンはゲームセンターから帰ってこないのだが、ロンゴミアントとレーギャルンはそれぞれ分かれて、この島にいるかもしれないという存在を探していた。
ミーリも寝息を立ててはいたが、実際は島全体に霊力を巡らせ、存在の位置を探る繊細な作業中だった。結構神経をすり減らすため、寝てないとやってられないのだ。
自ら探しに行ってもよかったが、戦う人間として体力を削っておきたくはなかった。
「そだ。ウッチー、ちょっと話があるんだけど……」
空虚に自分の上着を貸して、隣に座らせる。友達としてではなく、同じ
天の計らいに感謝して、空虚に話す。
すでに昨日の時点で一応、教員グループには話をしたのだが、この島にいるかもしれないという存在についてだ。
その存在の危険性と、憶測上での正体。それにまつわる伝説。わかっていることをすべて話した。
そしてこれだけは教員に話していないのだが、自分の師匠が妹弟子を調査に派遣するほどの緊急事態だということも、空虚には話しておいた。
事の重大さと危険度を理解した様子の空虚は唸り、腕を組んだ。
「そうか……いや、先生から昨日、連絡はあったんだ。だからオルアとも連絡して、今日は街中をオルアが、私が海辺を警戒する予定だったんだが……」
「そっか。ごめんね、せっかくの旅行なのに」
「べつに、ミーリが悪いわけではないだろう? 大丈夫、気にしていないさ。それに観光客を不安にさせないためとはいえ、私もこうして楽しませてもらっている。何も不満はない」
「そっか……で、これは言っていいのかな?」
「?」
「その……似合ってるよ、水着」
空虚の顔が一瞬で火照る。一番言ってくれないと思っていた人からのいきなりの一言を、彼がかけてくれた上着と自分とを一緒に抱き締めた。
「あ、あり、がとう……ミーリ」
ときどき。ほんのときどきなのだが、女子は可愛い瞬間というか、綺麗なときがある。そんな気がする。
それが空虚の場合、今だった。もちろん普段も綺麗だし、可愛らしいとも思う。でも今この瞬間が、より可愛さが際立って見えた。思わず見惚れて、見つめてしまう。
そしてその目つきにまた、空虚は照れていた。
初めて見る、友達でも仲間でもなく、異性を見る目。その目すら、惚れている方としてはカッコいいものであり、獲物を狙う肉食獣のようなその鋭い目つきは、また惚れる材料であった。
そんな二人が、見つめ合う。そのままキスさえしてしまいそうな雰囲気に、周囲すら近付くのを躊躇った。
だがキスはしなかった。邪魔をしたのは、爆発したように上がった水飛沫と、そこから伸びている八本のタコの脚を思わせる触手だった。一本が一人の人間をさらっている。そしてその中には、空虚のパートナー二人の姿もあった。
「戦! 天!」
「なんなのだこれはぁぁ!」
天は弓を現出し、水を集めて矢を作って放つ。触手は風穴を開けてボトリと先端から落ちたが、すぐに再生した。
そしてそのまま、みんな海の中に引きずり込まれる。浜辺はもちろんパニックで、みんな海から離れようと逃げていく中、ミーリと空虚は海に駆け込んだ。
「戦! 天! ……!」
「待ってウッチー!」
「止めるなミーリ! 二人が――」
ミーリはその場で水の中に手を沈め、砂浜に翳す。すると足元に
「我は魔剣を掴み取る者。遠き地の果ての燃える魔剣よ、今我の眼前に
陣が一瞬を光で満たし、時空を繋ぎ、レーギャルンが召喚される。首を振って霊力の滴を飛ばした少女は青年に抱かれ、おもむろに口づけを交わした。
レーギャルンはミーリの腕の中で背をのけ反り、体と箱を消してゆく。そのすべてがミーリの中に溶けていって、両手の甲に赤い刻印として現れた。
「上位契約・
『……マスター?』
突然の召喚と契約に、レーギャルンの理解は追いつかない。だがミーリの表情を見る限り緊迫した状態であることは確かで、すぐさま自分も臨戦態勢に持っていった。
「ウッチー、五分後に潜って」
剣を一本握りしめ、首を鳴らす。そして吸うと吐くの呼吸を繰り返し、肺を膨らませ始めた。
「まさか、ミーリ!」
「じゃあ行ってくる!」
剣を海中に飛ばし、それに捕まる形で潜っていく。すると海底には八本の水の触手とそれに捕まっている人達。そして触手を操っているのだろう人型の水の塊がいた。
姿はドレスを着た女の子だが、全身水でできている塊だった。果たしてあれに意思があるのだろうか。誰かに命令されている気しかしない。
そんな彼女はミーリを見つけると、触手の数を倍にしてそれを伸ばしてきた。
対するミーリも剣を三〇ほど複製して一斉に射出する。触手をことごとく切り裂き、剣と剣をぶつけて爆発させると、捕まっていた人達を逃がして自分は両手に剣を握った。
水の彼女は逃げていく人達を再生した触手で追いかけるが、すべてが新たに複製された剣に斬り刻まれた。
それを見た彼女は、追う対象を変更する。触手を四方八方に伸ばし、ミーリを襲い始めた。
四方八方から、一本一本が海流のごとく、強い流れとなってミーリを襲う。そのすべてを射出した剣で断ち切り、剣を爆発させて海流となった触手を無数の気泡に変えた。
さらにミーリは海上に複数の剣を複製し、待機させる。剣が持てる熱量を最大まで上げて、海中の彼女目掛けて一斉に突撃させた。
“
水の彼女と触手にことごとく突き刺さり、ミーリの手指揮で自爆する形で爆発した。海上に、いくつもの水柱が立つ。
だが彼女はすぐさま海水を吸って再生し、触手を向けてきた。
すぐさま剣を複製、射出して対応する。だが斬られながらも伸びてきた一本が、ミーリの腹部に突進してきた。思わず息を吐きだす。
さらに追撃の触手が次々伸びてきて、ミーリを襲う。繰り出される連撃を水中では
酸素不足で体の自由が利かなくなってくる。これはヤバイと急いで海上に向かって泳いだが、また伸びてきた触手がミーリの脚を捕まえ、サンゴが集まる海底に叩きつけた。
その触手もすぐに斬り刻んだが、またすぐに再生する。このままでは息をしようにも、また触手に引きずり込まれてしまう。
だがこの危機的状況の中で、ミーリの心中は、ある一つの心情の中にあった。
再生。
不死身。
それは……あの
彼女の足元に剣を複製し、斬り上げるように胴体を貫く。そのまま彼女を海上より高く飛ばし、剣を爆発させた。胴体に大穴が空き、下半身と分かれる。
その彼女目掛けて飛ばした剣にしがみつき、水柱を上げて海上を飛び出した。
「今宵の月夜は美しい。夜のウサギも狂喜する。人は踊り、犬は喰らう。あぁなんと
詠唱したところで、その霊術が使えるわけではない。
だがそれでも詠唱したのは、これから繰り出す技のためと、あの吸血鬼への敬意の現れだった。
ここまであの神様のことを想っていたのかと思うと、自分でも意外である。
「“
落下する彼女の側を通り過ぎる。その直後時間差で、彼女の全身が灼熱の斬撃に斬り刻まれ、その傷口という傷口が火を噴いた。
初めてここで、彼女が絶叫する。生まれて初めて痛みを経験したくらいの絶叫を出しながら、彼女は海に落ちていった。
ミーリは剣の上に乗り、ようやくまともに呼吸する。だがすぐさま無理矢理に呼吸を整えると、彼女が落ちた海にまた潜った。
すると海中で、彼女は体を
そして最後のあがきで、彼女は触手の数を一気に十倍近くして襲い掛かってきた。が、すべてミーリの一掻きで消えた。数十を超える数百の剣に、串刺しにされる。
すると彼女は自ら突進してきた。自爆に巻き添えしてきそうな勢いである。それを察したミーリはすぐさま剣を複製し、それを掴んで離脱した。
「“
水中を駆け抜ける青白い一閃の光。通過したあとを遅れて気泡が立ち、波を起こす。その一本はそのとき頭部に会った彼女の核を射抜き、粉々に粉砕した。
彼女の体が崩れ、海に溶けていく。海はすべての生命の母だと言うけれど、それを体現したかのように、彼女という存在は消えてなくなった。
海面に立つ空虚を見上げ、ミーリも海面に顔を出す。少し飲み込んでしまった塩水を吐き出し、大口を開けて息を吸い込んだ。
「あぁ! 死ぬかと思っ――」
海に溶けた彼女の最期の抵抗か。大波がミーリを呑み込んだ。
まともに空気を吸えなかったミーリは流されて、数秒後に浜辺に打ち上げられた。
海面を歩いて、空虚がミーリを見下ろす。
「大丈夫か、ミーリ」
「少し砂食べた……ペッ! ペッ!」
口の中のジャリジャリを吐き出し、レーギャルンを人の姿に戻させる。初めての水中戦で緊張していたようだったが、無事に終わってホッとしていた。
「しかし今のは何だったのか」
「わからない。また出るかもしれないし、もう出ないかもしれない。俺としては倒し方がわかったとはいえ、もう出ないでほしいんだけどな……」
彼女が溶けていった海を見つめて、ミーリがその言葉をこぼした同時刻。彼女――ウンディーネの消失を、マスターであるパラケルススは察知していた。
「参ったな……ウンディーネが消えちゃった」
目の前の柱――ナルラートホテプを仰ぎながら、落胆でもなく落ち込むこともなく、淡々と呟く。手に握っている短刀の刀身が、しかし暗めの表情になっている魔神の顔を映した。
「核も砕けちゃったし……もう一度作るのもなぁ……」
実際、今はノームが核を少し傷付けた状態で帰ってきて、その修復もしたい。また一から核を作り、ウンディーネを復活させることは、今は時間の無駄であった。
何よりそれに時間を
天才でも、時間のかかるものはかかるのである。
むしろより時間をかけて一流のものを作れる者を、人は天才と呼ぶのだ。決して短時間で一流を作れる者を言うのではない。それはただの手抜きだ。
故に短時間で適当な核を作るという選択肢はない。一流の天才として魔神になった、プライドというものがある。それを踏みにじってまで作る気概は、持ち合わせていない。
「シルフィード」
その場に風が吹き
「なんでしょう、マスター」
「ウンディーネがやられた。以降、君にはウンディーネを倒した人間を探ってほしい。彼女が残した霊力が、人間にひっついてるはずだ。でもいいね、絶対に殺さないこと。ウンディーネを倒せる人間の霊力だ。きっとこの計画の成功を早められる」
「かしこまりました」
柱の中に、人間達が取り込まれる。彼らの絶叫も、悲鳴も、涙も骨も肉体も、すべて取り込んだ柱は霊力を吸い、震えあがった。
ナルラートホテプの復活まであと、二四時間を切っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます