デート・オブ・レーギャルン

 修学旅行四日目。

 今日のデートの相手はレーギャルンだ。昨日蒼燕のパートナー巌流がんりゅうと一緒に遊んだのだが、そのとき連れて行きたい場所があったらしい。

 ちなみにロンゴミアントは、昨日のデートの帰りに買い集めた本を読破するそうで、ホテルで待機。ウィンはまた、ゲームセンターに行っていた。

 そして一応、レーギャルンとウィンの二人には、昨日の襲撃のことは話してある。霊力の塊である神霊武装ティア・フォリマが、狙われないとも限らない。

 だからこそ、ロンゴミアントは室内待機なのだが、ウィンはまったく警戒していないようだった。

「マスター、眠たいんですか?」

「うん? まぁねぇ」

 昨日は夜遅くまで起きて、ナルラートホテプについて調べていた。

 わかったのは、奴が架空の伝説から生まれた存在だということだ。

 元は地上を支配していたとされている神に仕える伝令役で、降り立つ度に地上に混沌と破壊をもたらしてきた。

 さらには多くの霊術を扱い、人々にその力を貸し与えたとされているが、貸し与えられた人々は最期、破滅の道を進んだという。

 そんな架空の伝説から生まれ、世界に破壊をもたらす柱として顕現けんげんした。それが奴だ。

 故に手加減する必要も、手を抜く必要もない。奴は存在そのものが破壊を生む、混沌の化身。もし奴がそれを求めていても、求めていなくても、殺してやるのがせめてもの情けだ。

「ん、どしたのレーちゃん」

 レーギャルンが不意に、ミーリの手にすり寄ってきた。キュッと握りしめて、裾をつかんで、腕に抱き着く。

 その頬は赤く、ちょっと熱があった。

「マスター、私達はマスターのパートナーです。だから、その……一人で考えすぎないでくださいね?」

 ありがとうの意味を込めて、頭を撫でる。

 今日のレーギャルンの格好はまた少し違って、青と白をメインにしたワンピース。ピンク色のシュシュを手首にはめ、いつもは二つにしている髪を、ストレートにしていた。胸ではミーリが買った、蒼玉サファイアのイルカがついたネックレスが光っていた。

 今日のために精一杯おしゃれして、部屋で可愛いのお墨付きをもらって、レーギャルンはご機嫌だった。

 そんなレーギャルンが連れて行ったのは、島の最端にある教会だった。神が敵となっている今、もう誰も何も信仰していないだろうが、そこにはたくさんの子供達がいた。

 全員が首から十字のロザリオを下げていて、二人が入ってきたのに気付くと、パッと明るい笑顔になって集まってきた。妙に気に入られている。

 そこにいた神父に話を聞くと、ここは今は孤児院で、近隣諸国からやってきた子供達が勉強したりして生活している場であるそうだ。

 そして大体の子供が、将来対神学園への入学を希望しているらしい。故に学園最強のミーリは、みんなの憧れの的だった。

 早速彼らから、神霊武装の武装を見たいと要求される。さすがに上位契約はレーギャルンが恥ずかしいので、仕方なく下位契約を見せることとなった。

 手の甲に口づけしたレーギャルンの姿が消え、箱が残る。その箱を背にして手をかざし、とりあえず三本の黒剣を複製した。

 子供達から拍手が起こる。そんな経験はまるでないので、ミーリはおもわず赤面した。というか照れる。

 剣の上に乗ったミーリは、そのまま質問コーナーを設ける。

 そのままやると、興味と好奇心で生きている世代が、何をしてくるかわからない。害なす魔剣レーヴァテインは刃に熱を持つ剣、触ったら大火傷だ。

 さて、学園内で教師が質問のある人に挙手させようとしたりするが、正直、学生はその場では手を上げない。だが彼ら十代前半は、質問を促すと元気よく手を上げてくる。聞かぬは一生の恥なんていうことわざがあるが、まったく、今の学生に聞かせてやりたいものである。

 最初の質問は、集まっている中で一番小さな――身長がの話である――女の子。

 どうして対神学園に入学したんですか?

「会いたい人がいるからだよ。その人に会うには、神様と戦えるくらい強くなきゃいけない。だから、かな。もちろん、悪い神様を倒したいっていうのも、あるけどね」

 二番目は、ミーリ好みのロングヘア―の女の子。

 対神学園には、強くないと入学できないんですか?

「そんなことはないよ? 対神学園だって、戦うばかりじゃない。神様を見つけたり、情報を収集したり、戦う人の援護をしたり。だから絶対強さが必要ってことはないよ。まぁ俺は、元々師匠の下で修業してたから、必然的に戦う分野に落ち着いたけどね」

 三番目。前髪で顔が隠れている男の子。

 師匠ってどんな人ですか?

「あぁ……どんな人、か……そだな。厳しい人、かな。修行には一切手を抜いてくれなかった。まぁ、おかげで強くなれたんだと思うけどね」

 四番目。頭一つ分大きい男の子。

 どうやったら学園最強になれますか?

「男の子らしい質問ありがとね。でも、そだなぁ……どうやったら? うぅん……とにかく自分の神霊武装、パートナーと息を合わせることかな。どれだけ個人が強くても、その武装を使いこなせなきゃ、神様なんて倒せないからね」

 五番目。最後はミーリと同じ青い髪を、一つに束ねた女の子。

 今までたくさんの神様を倒してきたんですか?

「そうだね……倒したよ。人類を守るためだからって、数えたくない数倒したね。でも俺は、本当に人類を脅かす神様とか悪魔しか、倒してないつもりだよ。だって、俺達人間がいい人ばっかりじゃないみたいに、神様だって悪い神様ばっかりじゃないからね。だからみんな、すべての神様が敵だなんて思わないでほしい。俺らの目的はあくまで人類を守ることで、神様を絶滅させることじゃないんだから」

 その後は質問はなく、ミーリとレーギャルンは子供達と遊んだ。鬼ごっこしたり缶蹴りしたり、ケイドロしたりした。

 多分今さっきの質問コーナーで答えたことはいくらか霞んでしまったかもしれないが、それでもいい。結局自分のあり方も、考え方も、他人が左右することはあるけれど、決めるのは自分なのだから。

 結果、その日は子供達と遊んで終わった。

 手を振って見送る子供達に手を振り返しながら、二人は教会をあとにする。

 昨日に引き続き子供達と遊べたレーギャルンは満足のようだが、ミーリとの接触が少なかったことだけが不満で、帰りはミーリの裾を掴んで離さなかった。

 今回のデートはこれでよかったのかと訊くと、レーギャルンは頷いた。

 彼女は今日、彼女なりに、この島にも守るべき人がいるのだと伝えたかったのだ。

 この島にも守るべき人がいる。そう、よりはっきり自覚させておくことで、ミーリのやる気――モチベーションと呼べるものを上げておく。そうすればより、ミーリが強くなって戦ってくれる。そんな設定を勝手に設けて、ミーリを強くしようと考えたのだった。

 だが実際、それは正解である。

 この島の人達を守る、というフワッとした目標よりも、この島にいるあの子供達を守るとした方が、この討伐にも危機感というものが出てくるものだ。

 当然島を沈められれば、子供達だけではなく多くの人間が死ぬ。だがだからこそ、はっきり自覚しておくことで、仮に失敗したときの後悔を重くすることができるのだ。軽い後悔など、それは悔みも何もしていないに等しい。

 まったくもって、よくできたパートナーだ。まだ組んでから半年もしていないが、主人のことをよく理解している。こんないい子を最初に召喚した人間は、どれだけ彼女を重宝したことだろう。

 そんなことを思ったから、ミーリはレーギャルンに一つ何か買ってやる気になった。

 ただこちらも、何がほしいかを訊いたところで、この箱を背負った少女が何もほしがらないことを知っている。そこで絶対に断れない状況――具体的には、雑貨も売っているカフェに連れて行った。

 そこで自分は、シナモンシュガーとバニラパウダーがかかったフワフワのフレンチトーストを注文する。定価一一〇〇円。

 対してレーギャルンはこの状況に、小さな球状のドーナツ六つがついた紅茶のセットを注文した。定価八六〇円。

 レーギャルンが自由に選べるよう、少し高めの奴にしてよかった。なんとなく、彼女が一番安いウーロン茶を頼むのは、いただけなかったからである。

 そんな理由で選んだフレンチトーストだったが、これが結構うまかった。たまにロンゴミアントが作ってくれるのもうまいが、さすが人に出すだけあって格別である。今度からロンゴミアントには、シナモンシュガーを付けてもらおう。

「ところでマスター」

「うん?」

「今回の神様は、倒していいんですよね?」

「……まぁ倒さないと、この島の人間は確実に全滅するからね」

 そう、今回は倒していい。あの白髪の吸血鬼のように、人間を人間とはおそらく思ってはいないのだから。

 ましてや、奴にそんな知識があるのかどうかも怪しいものである。伝説でも無差別に破壊し、無造作に混沌に沈めていたくらいだ。手あたり次第に、といったところかもしれない。

 そんな神様に手を抜く必要はない。手心を加えてやる必要もない。奴は聖槍で貫き、魔剣で切り裂き、魔弾で撃ち抜いてやる。

 そんな心境を語ると、レーギャルンは少しホッとしたようだった。

 それは当然といえば当然で、最近神様討伐に乗る気じゃないミーリが神様討伐をしようというのだ。心配にもなる。また望みじゃない討伐をして、落ち込んでしまってはいけない。

 だからレーギャルンは安心して、小さなドーナツをかじった。上に乗っかっているチョコチップが、ほろ苦くて、甘かった。


 

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