四大聖霊
デート・オブ・ロンゴミアント
修学旅行三日目。
今日のミーリの予定は、ロンゴミアントとのデートだ。
レーギャルンは
故に久しぶりの二人っきりで、ロンゴミアントは上機嫌だった。手を繋ぐどころか腕まで組んで、胸を押し当てている状態だ。
服もいつもより少しおしゃれに編んでいて、普段胸下までしかないショートコートを膝裏辺りまで大きく伸ばし、背中には結んでいない緑のラインが入った四本のリボンがついていた。
いつもは結んでいない赤の緩いネクタイが、胸の膨らみを少し強調する。
さらには昨日初めてドライヤーを使った髪はさらさらで、煌くようなツヤを持っていた。
元々いいスタイルの持ち主であるところのロンゴミアントは、周囲の視線を集める形となったのである。
が、その大半が――主に男子が落胆する。
それはロンゴミアントがほかでもない、
いつかレーギャルンと話したことがあったが、神霊武装に子供を産む能力はない。生殖器官が存在しないからである。
故に生殖行為――その人物の転写、もとい子供を産むことを最終目的として恋をする人間にとって、神霊武装と恋をすることは、ただの時間の無駄であり、行為の無駄と捉えられていた。
それでも神霊武装を人として扱い、恋をする人間はいる。彼らにとって子供を産めるかどうかは大した問題ではなく、彼女達と一緒にいられるかどうかが問題なのだ。
だがそれは、限りなく少数だ。
故に、だからこそ、ロンゴミアントは嬉しかった。
こうして神霊武装と腕を組んで、デートしてくれる。一人の人間のように扱ってくれる。それが心の底から嬉しかった。
きっといつか、ミーリは他の人間の女性と結婚するのだろうけれど、それでも今、こうして普通にデートしてくれる。それが嬉しかった。
だから大好きなのだ。ミーリ・ウートガルドというこの異性が。
ロンゴミアントが連れて行ったのは、アクセサリーショップだった。ミーリが度々女子を連れて行き、驚かせている高価な宝石ではなく、貝殻やサンゴといった海のもので作られたものを扱っている店だ。
指差したのは、おそろいのペアリング。一方は赤でもう一方は青。それをペアで合わせると紫色になるという、珍しいサンゴから作った腕輪だった。
値段はリーズナブル。付けていても戦闘には困らない。
そして滅多におねだりなんてしないし、普段家事をやらせているだけあって、ミーリとしても何かご褒美をあげたいところであった。
そんな二人の意図が相まって、結果ミーリはそれを買った。青を自分、赤をロンゴミアントにあげて、早速腕にはめる。近づけてみると本当に双方紫に変色し、光を反射させた。
二つで一つのものを買って、より親密度というかペアリング度が増す。より体を密着させて腕を組んだロンゴミアントは、島で唯一の本屋に連れて行った。
学園の図書館並みに広い本屋で、ロンゴミアントはとある本を持ってきた。この島のモデルとなった島の伝説が書かれている本だ。
この島で復活するかもしれないという存在について、何かわかるかもしれない。そう思って持ってきていた。
早速二人並んで、本を開く。そこにあったのは、この世のものとは思えない、形もなく、姿もない、本当に色んな生物から無機物から、すべてが混じった何かだった。
その何かを、本を書いた著者は色んな言葉で言っていた。
混沌の魔獣。混沌の具象化。混沌の怪物。この世の混沌。混沌する神。混沌覇王。
様々な呼び名をつけていたが、その名前は混沌の二文字から離れなかった。事実、その神は本当に混沌に無理矢理形を与えたような姿であったらしいが、それでももっと呼び名はあったのではないだろうか。
ここまで混沌を連呼されると、もう野菜か何かの一種にしか聞こえなくなってくる。
それに気付いたのか、著者は最後に混沌とは全く別の名で、その混沌を呼称していた。
ナルラートホテプ――架空支配者の一柱。
「あ」
本屋で一つの情報を収集したミーリ達は、憩い場で
この島で唯一着物を着ているため、西洋人に取り囲まれている。しかも俳優か何かかと思われてるようで、サインや写真撮影をねだられていた。本人は仕方なく了承しているようだが、その表情は固い。
そして向こうもミーリ達に気付いたようで、手を振って助けを求めてきた。
しかしこの状況下、どう助けていいかわからない。それでも蒼燕が助けを求める目をしているので、ミーリは仕方なくその人だかりの中に入った。そして思い切り殺意と威圧をこめた霊力を一瞬解き放ち、その場を一気に凍らせる。
動けなくなった人達の間から蒼燕を救出して、一先ずその場から離れた。
「いやぁ。すまない、ミーリ殿。おかげで助かった」
「西洋の島国で着物なんて来てたら、そりゃ珍しいから囲まれるって」
「でもあなた、どうしてあそこにいたの? パートナーはレーギャルンと一緒でしょ?」
「あぁ……それが……」
言いにくそうというか、恥ずかしそうというか、そんな状態の蒼燕のことをからかいたくなったミーリは、視線と威圧で問い詰め、白状させた。
聞けば初日、この島に来たときに話しかけてきた蒼燕から見て一つ下の後輩と、待ち合わせをしていて、そこへ向かう途中にあの騒ぎになってしまったのだという。
で、待ち合わせをして、果たしてその彼女と何をするのかというと、いわずもがな、デートである。
ただしこの
故に待ち合わせの時間の二時間もまえに出て、島を丸まる一周するくらいの気持ちで遠回りして、どうしようか考えながら待ち合わせに行こうとしていた。
「ミーリ殿はどうだ? こんなとき、というより初めてのデートのとき、どうした。参考までに聞きたいのだが、今まさにデート中である先輩に」
「初デート? といってもなぁ……何せ俺、初デートが七歳のときだったからなぁ……正直、ただ遊んでただけなんだよね」
「で、ではこういう……なんだ。要するにデートをしたときはどうしたのだ」
言っている意味はわかっている。だが一口にデートと言っても、それはする人によって形態も資質も、すべてが変わってくるように思える。
予定をびっしり詰め込んだデートもあれば、散歩しながら見つけた店に適当に入るというデートもある。そのどちらがいいのかは、正直その人による。
ミーリとしては後者を推したいところであったが、簡単に、こうした方がいいと言えないのが、人との交流の仕方の一つ、デートであった。
だがそれでも今ここで、ミーリは困っている後輩に助け舟を出さなくてはならない。しかもただの学生としての先輩ではなく、人生経験での先輩として。
「
「そうなのか?」
「そうだよ。だからデートの前はドキドキするんじゃん。今日見られる相手の一面が、また新しいかもしれないっていうワクワクだよ」
へぇ、ドキドキしてくれてるんだ。
隣で話を聞く中で、ロンゴミアントはそう思った。それを聞いて、ちょっと嬉しい。
デートの相手としては、そういう緊張もあってほしいと思うものである。無論、それは個人意見だが。
「だからね、蒼くん。今日初めて、しかもまったく知らない相手とのデートなんて、初めての発見の連続だよ? だから蒼くんは今日、彼女に自分の一面を見せればいいの。そっから交流が続くか終わるか、それだけの話だよ」
「……なるほど。ミーリ殿は、大人だな」
あれ? もしかして今まで先輩として見られてなかった?
なんだかそんな不安に駆られた。
その後は蒼燕と別れ、また二人でのデートを再開した。今度はテーマパーク付近のカフェに入る。
昨日リエンと入った場所とは違って、少し高価。ジャズの流れる落ち着いた場所で、本も多く置いてある図書喫茶と呼んでいい場所だった。
読書が趣味なロンゴミアントとしては最高で、そこを選んでくれたミーリのことがますます好きになった。
早速棚から一冊取り出し、紅茶が来るまで読みふける。内容は、一人孤独に旅する男がこれまた一人の少女と出会い、二人で旅をしていくという物語だった。
ただ衝撃というか、驚愕というか、その女の子は人間ではない違う存在という設定で、最期にそれを男を告白して死を選ぶのだが、男はそれを否定して少女と共にいることを選ぶという、結局恋愛物語だった。
少女には共感するが、物語としては二流。それが今回の評価だった。
「おもしろい?」
ミーリに渡して、読ませてみる。
ミーリは文章を読むのがものすごい早くて、ロンゴミアントが一時間半かけて読んだその小説を、わずか十分程度で読んでしまうだろう。
それで何故内容を理解できるのか、いささか疑問である。
「ところで……ミーリ――」
「わかってる」
ロンゴミアントは紅茶をすする。だがその神経は舌先まで他の方――主にミーリの背後に向いていた。今ミーリと背中合わせに座っている彼が、どんな行動に出てきてもいいように。
そしてその先は気取られないよう、紙ナプキンに文字を書いて交換し合った。
いつからつけられた?
多分、蒼くんと別れてから
何が目的なのかしら
さぁ
どうするの?
迎え撃つよ。ここを出たら、ひとけのない路地裏に行こう
調度小説を読み終えて、頼んでいたコーヒーを飲み干す。そして小説と代金をテーブルにおいて、カフェを出た。
出る直前から、手を繋いでおく。だが腕は組まない。その意味は、異性同士のパートナーを持つ人ならわかる。つまりはこれも、一つの臨戦態勢ということだ。
が、そうでない人間には――ましてや神の類にはわからない。故に二人を追うその一人はひとけのない路地裏に誘い込まれ、待ち受けられてしまった。
ミーリの手首に口づけし、ロンゴミアントは槍へと変わる。
「なんで俺が槍を持ったか……わかってるよね?」
全身黒布で覆ったそいつは、両手を合わせる。それが術か何かの発動条件だったようで、ドロリと溶けた地面が触手のように伸びて、そいつの周囲で乱舞し始めた。
「やるよ、ロン」
『えぇ。私はあなたの槍、必ずあなたを勝たせてみせる!』
伸びてくる地面を切り裂き、両断する。だがそれでも地面は無限に伸び、追いかけてくる。
キリがないことを悟ったミーリは、すべての触手を六等分にすると、再生するよりも早い一瞬で駆け抜け、そいつに肉薄した。
「“
とっさに張られた霊力の幕を貫通し、岩の鎧をも貫き
「まだやる?」
紫の槍が、霊力を帯びて怪しく光る。そいつを貫いた際に飛んだ血をすべて吸い上げて、槍自体の霊力は増していた。
それを見て、そいつは勝ち目がないと悟る。自分の足元を液状化させると、ズブズブと底なし沼にはまったように地中に潜って消えていった。
そいつの霊力が感じられなくなるまで構えていたが、結局不意打ちをしてくることもなく、ミーリは槍を下ろした。
人の姿に戻ったロンゴミアントが、改めて周囲の霊力を探る。
「もう来ないかしら」
「実力差を知ったんだろうね。多分もう来ないかな」
「あいつ、一体なんだったのかしら」
「さぁ。でもあいつに殺意はなかったみたい。捕まえてどうにかしたかったんじゃないかな」
「なんのために?」
「それこそわからない。でもさっきの俺の霊力を感じて俺を狙ったんなら、もしかして……」
そこから始まる憶測は、所詮憶測。故に喋ることはしなかったが、だがおそらく、この勘は合っているという気もした。
師匠の勘がよく当たるのは、こういうことなのかもしれない。勘と言いつつ、確信がある。
だがこの勘は、できるなら外れていてほしい。もし当たっているのなら、考えられる被害だけでも計り知れない。それを思うと、悔しかった。
「ミーリ?」
少し怖い顔になっていたようで、ロンゴミアントが心配そうに見つめてくる。ミーリはその頭を撫でると、おもむろに手を繋いだ。
「さ、デートの続きしよ」
「……えぇ!」
ロンゴミアントが、また腕を抱く。
その後も二人であちこち回って、結局、楽しいデートであった。
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