vs カミラ・エル・ブラド Ⅱ

 時蒼燕ときそうえんの秘剣、“燕返つばめがえし”。

 目にも留まらぬ速さで繰り出す連続斬りを、一瞬のほぼ同時に繰り出す剣技。最大で十連。

 それが可能なのは、蒼燕の巧みなまでの剣術の才と、反射速度を限界まで底上げするという、物干竿ものほしざおという長刀の能力があってからこそである。

 だがその秘剣の構想自体は、その長刀を手に入れるまえからしていた。実現できるまで剣を握り、振り続け、五年という歳月をかけて、完成させた。

 当時の最高連撃数、三連。

 ただしそれでも、常人の辿り着けぬ領域。人はもちろん、低級の名もない神をも、秘剣は斬り裂く。その技で、蒼燕は出身の村一番の剣術使いになった。

 これさえあれば、神すら切れる。これなら、いつかできる大切な人をも、守ることができる。そう、思っていた。

 しかしそれも、井の中のかわず。対神学園に入学すると同時、大海を知った。

 神霊武装ティア・フォリマという、より高位の神を仕留められる武器を持った先輩達。彼らの武器を生かした技術が、自分より遥か上にあると知ったとき、愕然とした。

 能力に頼る生徒もいる。その力で、七騎しちきと――最強の座になったものもいる。だがその中でも最強になったのは、神霊武装もただの武器とした、術技に長ける青年だった。

 そのほかにも、能力に恵まれないというだけの人がいる。その分術技に長けた人がいる。その人達に、自分は遠く及ばなかった。

 故に神霊武装を召喚するとき、能力には恵まれないものを希望した。希望したところで望み通りの武装が出てくるわけではないが、それでも熱く希望した。

 その結果召喚したのは、反射速度を底上げする長刀。人の姿の名は巌流がんりゅう。 

 彼女を召喚したとき、蒼燕は歓喜した。これ以上自分に合う武装はない、そう思ったからだ。

 その後は愛刀となった物干竿を手に、秘剣の精度を高めた。そしてついに、十の連撃にまで進化させた。

 その秘剣は、未だに自身の誇り。負けたことなど、一度しかない。故に誇り。蛙が大海に挑むための、唯一の武器。

 この先も、この秘剣で負けるつもりは、ない。

「“秘剣・燕返”!!!」

 手始めに繰り出すのは、決まって五連。これで敵の力量を図る。

 無論、適材適所で繰り出す秘剣の数は変わってくるが、それでも最低限繰り出さなければならない数は決まる。連撃の数が足りなければスキが生まれ、そこをつかれかねない。

 しかも、今の蒼燕の限界につき、十連撃というのをそう連発できない。故にもし最低必要回数が最高数だった場合は、最悪の展開である。

 七連。今回はそれが最低数。

 それより連撃が少ないと、確実に弱い。ブラドの弾き方、弾く力、その際見せる技量で計る。それで抱く感想は、色々あった。

 ミーリ殿の話によれば、今この神は正常まともでない。それでさえこの力量……体に染みついた技は抜けないときたか。上等!

 一度跳んで距離を取ってから、すかさず肉薄する。突進の威力も合わせた剣撃で、ブラドを槍ごと押しとどめた。

 後退もせず、だが前進もさせない。純粋な力のぶつかり合い。お互い得意分野ではないために、踏ん張るしかない。

 得意なのは、技術で敵の意表をつく技量戦。だがお互いの得意分野であるがために、そこに持っていけば、下手をすれば首を持っていかれる。

 だが不死身のブラドは本来、そんなことは心配しなくていいはず。それでも一撃を警戒し、勝負を遠ざけているのは、人間時代の名残であった。

 だが、このままではお互いらちが明かない。仕掛けなければ、勝負すら始まらないだろう。

 どちらが先に仕掛けるか、それで戦況は大きく変わる。

「……! “秘剣・燕”っ――!」

 仕掛けようとした蒼燕よりも早く、ブラドが仕掛けた。槍を自ら蹴り上げて、刀を弾く。槍を捨てて一気に懐に入ると、新たに握りしめた槍で蒼燕の胸座を刺しにいった。

 その一撃を、蒼燕は柄でガードする。長刀故に柄も長いことが、ここで幸いした。刀身を掴んだため、手が切れる。

 今度は蒼燕が槍を蹴り上げて、そのまま横に刀を切り払う。だがその一撃は身を低くして躱され、槍を顔面に突き付けられたのを一歩下がって躱した。

 槍が目の前を通過する。

 すぐさま距離を取って刀を収め、スキをうかがう。ブラドは槍を持ったまま、ジッと蒼燕を見つめていた。

 正常でないはずのブラドだが、まるで蒼燕と同じでスキを窺っているようだ。

 そんなブラドが突撃の構えをした瞬間、蒼燕は肉薄した。ブラドの目の前で刀を半身抜き、そのまま居合切り――と見せかけて一度後方に跳び、左に回る。そして角度を変えて突撃し、払うのではなく叩き切る形で刀を振り抜いた。

 二度のフェイントにブラドは一瞬硬直したが、その硬直も振り払って、肩を軽く斬られはしたものの槍で防ぐ。

 さらに蒼燕はたたみかける。再び距離を取ると数度のフェイントを混ぜて斬りかかり、ブラドを翻弄ほんろうする。

 ブラドは槍で防ぐが、度々その切っ先がかすり斬られた。

 フェイント込の攻撃の効果を、実感する。おそらく正常なブラドなら対応してきたのだろうが、考えが単調になっている今は充分に効果があるようだった。

「カミラ・エル・ブラド……覚悟っ!」

 肉薄し、刀を振るう。縦横無尽の剣撃が、槍を砕き、削っていく。

 槍の表面を滑らせて首筋を狙い、背を反らせて躱したブラドの腹目掛けて、体を回転させた剣撃で襲う。だがそれも新たに現出された槍で止められ、後方に跳ばれてしまった。

「“秘剣・燕返”!!!」

 距離を取ったブラドに、自慢の秘剣で攻めたてる。

 上下左右、八方向からの同時攻撃に、ブラドは槍を回転させて迎え撃つ。だが当然それではさばき切れず、全身に切り傷を作って蒼燕を横切らせた。

 自身の体から、血が流れる。その血を掌に溜め、そして舐め取ると、ブラドは高く飛び上がった。

 逃げるのではないかと、遠距離狙撃のできる生徒達が狙いを定める。

 だがブラドは逃げることはせず、槍を振り回し、そして落とした。

 それが何の技か。その場の大半が予測する。そして次の瞬間には、その全員が逃げ出していた。

「“串刺し狂乱カズィクル・ベイ”」 

 地に溶けた一本の槍が、無数に湧き出る杭の泉となって襲い掛かる。だが蒼燕はその杭を足場に跳び、ブラドに肉薄した。刀を収め、そして居合の構えを取る。

「……“居合・秘剣・燕返”!!!」

 居合切りで繰り出す九連撃が、ブラドを斬り裂く。

 ブラドは蒼燕と共に落下して、杭の中で自ら串刺しになった。

 対して蒼燕はこれをギリギリ跳んで躱す。だが計算外の事態で杭の発生が止まらず、背後から生えてきた杭に背中を切られてしまった。

 すぐにまた跳んで、串刺しを回避する。木の上に着地して、串刺しになっているブラドを見下ろした。

『蒼燕様、大丈夫ですか?』

「何、これくらい……なぁ巌流、あの吸血鬼、本当に不死身なのだな」

『どうされたんですか?』

「何、今こうしている間も奴は杭に突き刺さっているというのに、まったくこちらから眼光を外そうとしないのでな……少々、肝が冷えたという話だ」

 ブラドが再び飛び上がる。体中に開いた穴を塞ぎながら、槍を持ち、蒼燕をジッと見つめていた。周囲に警戒していた最初とは、明らか違う。何か興味が出てきたようだ。

 時蒼燕という、一人の人物に対して。

「来るぞ巌流。援護頼む」

『御意。どうか気を付けて』

 大気を蹴りつけ、ブラドが肉薄する。距離にして数十メートルを二秒で縮めたブラドの槍は重く、鋭く。気を付けてと言われたそばから、捌き切れずに頬に切り傷を作ってしまった。

 さらに蹴り飛ばされ、森の中に叩きつけられる。そこに追撃で槍を突き刺してくるブラドを、蒼燕は転がって回避し、刀を立てて立ち上がった。

 反応がさっきまでと違う……この速度、八連でも捕らえ――!

 考える暇もなく、ブラドは追撃する。槍の一撃で蒼燕を押し出すと、槍を振り払って地面を掻き、木々をなぎ倒し、刀で受けた蒼燕を吹き飛ばした。

 しかもそこからさらに追う。地に足着いていない蒼燕の真上を取り、槍で叩き落す。

 蒼燕の体は地面を一メートル程度掘り進め、大木の根に激突した。

 ブラドはその大木に槍を突き刺して止まり、そのまま幹を切り裂いて落ちる。そして足元の敵を切らんと、槍を振るった。

 それを、蒼燕はとっさに転がって避ける。

 ブラドは蒼燕を見つけると、追撃せんと跳躍の構えを見せた。

 このままでは……!

 確実に殺される。そう想起したのを気付いたように、隠れていた生徒数人が、一斉に飛び掛かった。背後からの一撃、今のブラドは躱せる態勢にない。

 だが蒼燕は叫んだ。

「何をしているよせ!」

 予感は的中する。

 ブラドはその場で槍を落とし、地中に溶かしてそして呼んだ。無数の杭を。そしてあろうことか自分ごと彼らを串刺しにし、噴き出す返り血を浴びに浴びた。

 顔にかかった血が、一筋垂れて口に入る。するとブラドの吸血衝動ドラキュリオンは触発され、胸が串刺しにあっている状態でも自分にかかった血を舐め続けた。

 蒼燕はその光景に硬直する。これが吸血鬼の姿なんだと改めて見せられた気分で、酷い吐き気がした。

 だが刀から手は離さない。離せば即、次は確実に自分が串刺しにされる。故にブラドが一通り血を舐め終えるまで、斬りかからなかったし余所見もしなかった。

 ブラドが飛ぶ。両手に槍を握って降下すると、交差させる形で振り払った。体重もかかった一撃が、蒼燕の刀を弾く。

 ガラ空きになった腹部に回し蹴りを叩き込み、さらに体を回転させて槍で貫いた。さらに槍で追撃し、薙ぎ払う。

 二本の樹木を叩き折り、三本目にぶつかった蒼燕は吐血する。腹も大層な量を吐いており、命の危機を悟った。

『蒼燕様!』

「武器化を解くなよ、巌流……! 私はまだ、まだ、戦えるのだからな……」

『無茶です。ただでさえ疲弊しているのにその怪我では――』

「そんなこと言ってられないだろうよ。この作戦、しくじればおそらく全滅。成功しても、何十人という犠牲がいる。ならば、私の役目は……この作戦成功のために出る犠牲を減らすため、命をとして戦うこと……! それが、神と戦うということだ!」

 珍しく声を荒げて、蒼燕は突進する。真正面から行くと見せかけて横に回り振り切った斬撃は、槍で応じたブラドの片腕を斬り落とした。

「逃がさん!」

 後退しようと一歩引いたブラドを、剣撃が追う。肩に脇腹、胸元と剣撃は斬りつけたが、仕留めるまではいかなかった。

 だがそれでいい。

 目的は仕留めることではなく、怪我をさせ体力を奪うこと。勝利は後に控えるいわば本陣に任せる。

 だが諦めきれないのもまた事実。

 故に蒼燕は浴びた返り血を手に溜めると、それを投げつけてブラドの目を封じた。

 突然の痛みと暗闇に襲われ、ブラドは慌てて目をこする。

 その大きくできたスキに、蒼燕は斬りかかった。全身全霊の一撃――否、十連。最高速度で放つ秘剣。

「“燕返”!!!」

 上下左右前後、全方向から襲う剣撃が、風を置いてけぼりにしてブラドを通過していく。

 それらは決して一つたりとも、ブラドの命までは届かない。だがたしかな手応えと共に、蒼燕は歓喜を吐息として吐き散らした。

 ガードしたブラドの槍が砕け、後ろに倒れる。背後でそれらの音がしたことに、蒼燕は歓喜した。

 だが残念なのは、今それを片方の目が見れないこと。

 交錯する攻防の最中で、ブラドの指が蒼燕の左目をえぐりだし、潰していた。

 眼球を無くした左目から、滝のようにとめどなく血が溢れ、流れ出る。腹の傷もさらに大きく開き、血が飛び出た。

「やれやれ……眼球一つか。やりたくは、なか、った……」

 蒼燕は意識を消失し、その場に崩れた。刀が手から離れ、二転三転する。

 それに対して、ブラドはゆっくり起き上がった。眼球を握り潰した手で払い、後ろの蒼燕を見下ろす。

 そしてその首筋に牙を立てようと馬乗りになって、顔をゆっくり近づけた。

 が、その顔が射抜かれる。

 頬に穴を開け貫通したのは、青白い閃光を放つ矢だった。距離にして八〇メートル以上先の森の中で、撃った空虚うつろは小さく息を吐いた。

「よくやった、時。あとは任せろ」

 ブラドを囲む、十数人の生徒達。だがブラドは状況の理解が追いついてないのか、頬が再生中の顔で周囲を見渡して、ようやく蒼燕から離れるように立ち上がった。

 二本の槍を持ち上げて、吸血鬼が肉薄する。

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