死後流血

vs カミラ・エル・ブラド 

 カミラ・エル・ブラドは周囲を見渡し、見下ろした。

 おそらく自分以外に飛んでいるものがいれば、容赦なく薙ぎ払い撃ち落としただろう。そんな動作を予想させるように、彼女は槍を持っていた。

 だがすぐさま敵を見つける。山の頂上――自分の縄張り内に。

 ブラドが何か考えるように、停止したのはほぼ一瞬。次の瞬間、ブラドは急降下して襲ってきた。

 一撃で三人が槍に薙ぎ払われ、五人がそれに叩きつけられる。

 それに反応した周囲の十数人が一斉に飛び掛かるが、槍の振り回す圧に飛ばされ弾かれる。

 さらにブラドは地面を蹴って槍を投げ、正面にいた一列四人を串刺しにした。さらに目の前の二人の頭を鷲掴み、硬い大地に叩きつけ、砕く。

 一瞬の停止を狙って背後からきた二人を振り返らず蹴り上げて、両手に現出した槍で刺し殺した。

 ここまでの攻防、わずか三〇秒。死者八人。怪我人二二人。最強の吸血鬼からしてみれば、この程度はまだ序の口である。

 だがその段階でも、怯む生徒は無論出てくる。とくに実戦経験の少ない下級生は、脚が笑いだした。

 そんな中、先陣を切る生徒が一人。対神学園・ラグナロク五年の生徒会長、ヘインダイツ・ローだ。神霊武装ティア・フォリマは黒縄、神縛る縄グレイプニル。 

 縄を振り回してから投げ、ブラドの首に巻き付ける。それを引っ張ってブラドを倒すと、背後に控えていた生徒達に目で合図した。首が締まらんとしている今のブラドに、抵抗の術はない。

 合図を受けた生徒達が、一斉に斬りかかる。槍や剣がブラドを突き刺し、硬い大地に張りつけた。

 だがそれは一瞬。ブラドの殺意込みの霊力に全員震え、臆した一瞬ですべて払われ起き上がられてしまった。

 ローはすかさず縄を引く。今度はブラドも倒れまいと応戦するが、それがローの狙いだった。

 踏ん張るブラドのまえに、生徒が一人降り立つ。対神学園・ラグナロク五年、アンドロシウス。神霊武装は鎖鎌、英雄の斬首鎌ハルパー

 アンドロシウスはブラドの顎を蹴り上げて、上に持ち上げる。ローの縄に引かれて宙で停止したブラドに向けて鎌を投げると、鎌はブラドの側を通過した。

 だがそれでいい。鎌の柄と繋がっている鎖を思い切り引っ張る。すると鎌が急速に引っ張られ、結果それはギロチンがごとく、ブラドの体を両断した。

「“英知の斬首塔ギロチン・タワー”」

 戻ってきた鎌を手に取り、アンドロシウスは自身が磨き上げてきた技名を呟く。その顔には普段容姿端麗で人気のある、笑顔溢れる女性の姿はなかった。美しさの中に、殺気を感じる。

 上半身だけになったブラドを見つめるその目は、実に冷静で静かだった。

 だがそれは生徒会長も同じ。たとえ標的が上半身だけになろうと、縄は緩めない。むしろきつく締める。

 下半身が再生しかけているブラドを叩きつけ、山を抉る。さらに自分の指腹を爪で切り、染み出した血を縄に付けると、縄の表面のところどころに刻印が現れた。

 能力発揮である。

「“神縛りの命縄ライフ・バインド”」 

 絞められている首から、全身に力が巡る。ブラドの持つ力を徐々に奪い、死滅させていく。

 下級聖霊や神なら、その能力まですべて奪うが、ブラドほどの高位神祖となればそうはいかない。不死身の能力は死滅させられず、縄が首の骨を折っても、彼女はまだ生きていた。

 故にローは縄を引く。首筋に無数の爪痕を残してまで外そうともがくブラドを引っ張って、そして再び目で合図した。

 再び複数の刃が、ブラドを貫く。だがブラドは止まらない。体に穴が開こうと、剣や槍が刺さったままだろうと、再生した脚で立ち上がり、霊力で周囲を吹き飛ばした。

 さらに吹き飛んだ生徒達に追撃をかける。現出した槍を地中に溶け込ませ、そして呟いた。

「“串刺し狂乱カズィクル・ベイ”」 

 湧き出る杭の群れが、次々に串刺しにしていく。噴き出る返り血を浴びて、ブラドの虹彩はより煌々と光る。吸血衝動ドラキュリオンは誘発され、さらに霊力と凶暴性を増して飛び上がった。

 首に縄が締まったまま、ローを逆に引っ張り上げる。上空数十メートルまで飛び上がると急カーブして、ローの顔面を捕らえた。

 そのまま急降下。大気摩擦で火の出る速度で落下し、叩きつける。

 とっさにブラドを絞めていた縄をほどいて自分の頭を掴む手ごとグルグル巻きにし、衝撃を緩和したローであったが、その衝撃に頭蓋はヒビを入れ、意識を飛ばされた。

 脚は力なく倒れ、縄も力が解けてほどける。

 ブラドはおもむろに手を抜くと、槍を現出して振り下ろした。

 危うく、ローの腹に穴が開くところ。だがその一撃を、生徒の一人が受け止め凌ぐ。

 止められたブラドの首に、今度は鎖が巻き付く。

 アンドロシウスは他二人の生徒の力も借りて引っ張り、ブラドの動きを止める。

 だがブラドは途中踏ん張ることをやめ、引っ張られる方に跳んで槍で生徒二人を斬り裂き、アンドロシウスを貫いた。

 だがアンドロシウスもまた、ただでは倒れない。鎌を投げつけ、ブラドの頬を切る。さらに鎖を引いて戻ってきた鎌が、ブラドの首に切り傷を与え血を噴き出させた。

 負けじと微笑むアンドロシウスの首筋に、ブラドは牙を突き立てる。そして溢れ出る血をすすり、アンドロシウスに膝をつかせた。

 完全に吸われる前に生徒が一人斬りかかりブラドを飛ばせたが、出血多量のアンドロシウスは倒れてしまった。すぐさま治療できる生徒数人で処置に当たる。

 だがそれがよくなかった。血を飲み干せなかったブラドの吸血衝動はより強く触発され、霊力と凶暴性をさらに増す結果となってしまった。

 そんなブラドに、立ち向かう生徒がまた一人。対神学園・アンデルス六年、ブラスト・バール。その神霊武装は名もない拳、故にフィスト

 五本のうち二本を露出した皮手袋で、手の甲には術に使われる陣が刻まれている。ブラストはその両拳をぶつけると、大きく吐息した。

「カミラ・エル・ブラド。相手してもらおうか」

 ブラドが肉薄する。

 その拳を受け止めたブラストは両腕の血管を膨れ上がらせて、握りしめる。するとブラドの両手は骨から砕け、グチャグチャに変形した。

 だがブラドはうろたえない。怖気づきもしない。むしろ冷静になったように静かになって、ブラストを凝視する。そしてとっさに脚を持ち上げて、ヒールのかかとでブラストの顔を切り裂いた。

 肉が削がれた頬を持ち上げ、ブラストは笑む。それはべつに戦闘が楽しいからではなく、彼女に屈しないという意思から出るものだった。

 握り潰した手をさらに握りしめて、ブラストはブラドの片腕をへし折る。そしてその手を離し、思い切り殴りつけた。

 吹き飛びそうになるブラドの体を、手をしっかり握りしめてその場にとめる。自らのパンチ力でもう片方の腕がボロボロになりながらも、その手は離さなかった。その後も同じ力で殴り続け、そして止める。

 だがそれらの拳をすべて受け、全身グチャグチャになりながらも、ブラドに効いてる素振りも何もない。むしろただ受け続け、この連続技の終わりを待っているかのようだった。

 そして、疲労と腕の限界を迎えたブラストの攻撃に、終わりが来る。

 膝をつくブラストに対して、ブラドは平然と立ち上がり、息を切らすブラストを見下ろした。変形した全身も傷も治り、元の綺麗な姿に戻る。

 そしておもむろに脚を持ち上げ、かかとをブラストの脳天に叩き落した。足元が歪み、へこみ、隕石が落ちたかのようなクレーターが完成する。

 とっさに霊力で頭を覆ってガードしたブラストだったが、脳を揺らされ両手を地につく。ブラドの足はまだ頭にあって、その重さがジンジンと伝わってきた。

 おもむろに、ブラドが足を下ろして片膝をつく。そして大口を開け、ブラストの首筋に噛みつこうとした。

 が、ブラストはその顔を止めた。そして拳を構え、叩きつける。両の拳で豪雨がごとく連続攻撃を降らせ、ブラドに叩き込んだ。

「“超激連弾ミリオン・フィスト”ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!」

 その数は億とはいかないまでも、有数にして強力な粉砕の拳。そのすべてがブラドを捕らえ、確実に叩き潰した。最後の一撃が、ブラドを転がし山頂の山肌に叩きつける。

 だが渾身の一撃も、不死身のブラドには効果はない。すぐに再生し、立ち上がる。だが再生したばかりの腕に、縄が巻き付いた。

 ローの神縛る縄だ。

「対神学園を……舐めないで、もらおうかぁぁぁぁぁぁっ!!」

 伸縮自在の縄を一度縮ませて引っ張り、持ち上がったところで大きく伸ばす。はるか上空までブラドが飛ぶと、そのまま背負い投げの形でブラドをエリアまで投げ飛ばした。

 叩きつけられたブラドが、土埃を舞い上げる。

 そのさまを見届けたローは縄を解いて縮ませ、そして振り返った。ところどころで倒された生徒達の治療が行われている。が、気になるのは一人。

 一番の深手を負っている、アンドロシウスの元へ向かう。彼女の怪我は見た限り、悲惨以外の何物でもなかった。気の弱い生徒に見せれば、嘔吐したかもしれない。

「彼女、容体ようだいは」

 手当てをしてくれているのは、主に南の対神学園・グリムの生徒達。彼らに訊いてみたが、誰一人としていい顔をしてくれる人はいなかった。

「……手は尽くすが、出血が酷い。今ある輸血パッドで足りるかどうか。たとえ助かっても、彼女はもう二度と戦場には立てないだろう」

「そうか……頼む。助けてやってくれ」

「あなたも酷い怪我……こちらで手当てします」

「悪いね」

 そう言いつつ、本心は戦場が気になって仕方なかった。本当なら手当など待たずに、自分も戦場に合流したい。だが今行っては足手まといにしかならない。

 それが理解できてしまう今の自分が、さかしいのだか情けないのだかよくわからなかった。

 だがおそらく、ミーリという男なら……。

「すぐに僕も行きたい。急いでくれ」

 一方、ブラドはおもむろに立ち上がり、周囲を見回していた。周囲の木陰で、自分の様子を窺っている複数の影には気付いている。

 彼らが一斉にかかってくれば、死にはしないが苦戦はするだろう。それを直感的に察して、ブラドは槍を握りしめると構えた。理性を失っても、その構えに今まで同様スキはない。

 あれに無策で飛び込めば、即座突き殺される。それは生徒達も理解している。

 故に迂闊うかつには飛び込めないのだが、一人、おもむろにブラドへと歩み寄る生徒がいた。

 対神学園・ラグナロク三年、時蒼燕ときそうえん

「お初にお目にかかる、吸血鬼の魔神。私は時蒼燕というもの。そなたが連れ去った、ミーリ殿とは親しい仲にある。そなたの腕前は聞いている。是非、手合わせ願いたい」

 ブラドは牙をむいて唸る。だが蒼燕はひるむことなく、刀を抜いた。刀身は約一メートル弱。反射速度を上げる能力を持つ長刀、物干竿ものほしざお

 その刀身を向けると、タイミングを計ったかのように雲がかかり、ポツポツと雨が降り始めた。

「いざ、参る!」

 ブラドの槍と、蒼燕の刀が、ぶつかる。

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