vs カミラ・エル・ブラド Ⅲ

 時蒼燕ときそうえんがやられたのを、ミーリはキャンプ近くの木の上から見下ろしていた。

 その後生徒達がブラドを囲って襲うものの、蒼燕のようにブラドと善戦できる人はそういない。何せ彼らの攻撃に速度はあれど、決め手に欠けるからだ。

 決め手は、自分達第三隊が引き受けている。その人数、わずか四組。

「戦場が気になりますか、ミーリ様」

 隣の木に立つのは、南の対神学園・アンデルス四年、アスタ・リスガルズ。

 南の対神学園・アンデルスで最強を誇る。雰囲気としては左片眼鏡といい黒いスーツといい手袋といい、どこか貴族の執事を思わせる。だが実際そうで、彼は優秀な執事を輩出する家系の一人息子らしい。

 神霊武装ティア・フォリマはミーリと同じく槍で、名のとおり灰色の長槍、灰色の脇グラーシーザだ。

「そっちこそ、気になるの? もう槍なんて持って」

「えぇまぁ。我が学園の先輩後輩もいます。みなさんが怪我をされないよう、祈るばかりです」

「ふぅん……」

 ふと下の方に目をやる。そこにいたのは真っ黒なボサボサの長髪で顔の見えない女子生徒で、体育座りをしたままずっと地面に円を描き続けていた。

 対神学園・グリム五年、金陽日きんようひ

 南で最強の対神学園で、歴代最強の座を勝ち取った女子だ。素性が一切不明のグリム以上に詳細不明で、謎の多い女性である。

 唯一わかっているのは彼女の神霊武装の名で、化血神刀かけつしんとうという短刀だ。

 人の姿はまったく喋れない男の子で、今は彼女の側で四つん這いになり、揺れる草花でじゃれている。もはや赤子だ。

 そんな無邪気な神霊武装と引き換えに、彼女はここまでずっと心を閉ざしたまま。誰とも話さず誰のことも気にかけようとしていなかった。

 まぁこちらとしても、そのあまりにも暗い雰囲気には、近付き難いものがあるのだが。

 果たして彼女が噂通りの実力者なのか、試したいところもある。

「それにしても、ミーリ様は槍使いと伺っていたのですが」

「今は剣も使うし銃も使うよ? まぁ一番得意なのは槍だけど、今は訳あって不在なんだよね。何、もし槍を持ってたら、そのときは手合わせとか望んでた?」

「まさか。この事態に、そんなことは言ってられません。ただ、一縷いちるの興味と言うものが、わたくしにもございまして。東の学園の最強の実力を、見ておきたかったなと」

「東の学園って言ったって、うちはエデンじゃないんだよ? そこまで期待されてもね」

「ですがラグナロクのミーリ様といえば、歴代全学園最強の呼び声高いお方。現在のエデンの首席と互角と聞いておりますが?」

「どうだろうね。試したことないから」

「それはそれは。今年の全学園対抗戦――ケイオスは、例年以上の盛り上がりになるでしょう」

「持ち上げるのがうまいねぇ、さすが執事」

「お褒めいただき、ありがとうございます」

 同じ槍使いとして気が合うようで、話す二人をオルアは見上げる。

 それぞれの学園最強と要であるオルアのこの四組が、ブラドを倒す最後を任されていた。

『マスター……』

「ん? 大丈夫だよ、レーちゃん」

 頭の代わりに、刻印が刻まれたミーリの手の甲が撫でられる。いつ突撃してもいいように武装形態でいるのだが、実際頭を撫でてほしいと思った。

 だがそうもいかない。ここで出遅れて、ブラドを討てなかったではすまない。故に常時臨戦態勢を解くわけにはいかない。

 今もこうして話すミーリでさえ、いつ出撃になっても出れる態勢でいるのだ。自分が迷惑をかけられない。

「にしても……大丈夫かなぁ、向こう」

 蒼燕のような手練れがいない第二隊は次々と斬られ、突かれ、倒されている。これではブラドの体力を削るまえに、こちらが消耗してしまう。

 蒼燕の戦いで消耗しているとはいえ、それはほんの少し。ブラドの体力の四分の一程度が削れたに過ぎない。

 残り四分の三をどれだけ削れるかというその勝負が、正直劣勢にあった。

 出て行きたいところであるが、自分が今行って消耗しては意味がない。だがもし出られれば、確実にあと四分の一――いや、四分の二は削る自信がある。

 それだけブラドのクセは見抜いたつもりだ。たとえ剣でも、できるはず。

 そんなもどかしさとかゆい所に手が届きそうで届かないような感じに、ミーリは苦悩した。

「心配しないでください、ミーリ様。彼らも対神学園の生徒、我々の仲間です。信じましょう」

「信じた結果死なれても、俺は全然嬉しくない」

 ここからでも剣を複製して射出するか。

 そう考えもしたが、やめた。上位契約もしたのだ、確実に巻き込むだろう。やはりもどかしい。

 そんなことを考えている間に、第二隊はもう三分の二がやられた。ここからブラドの体力を削ろうなんて、無謀でしかない。

 向こうには空虚うつろもいる。仲のいい友達だ。ひいきはしたい。

 命令無視なんて今まで何度もしてきた。今回もするか? 

「みなさん」

 アンデルスの学園長、クリス・ハンスが現れる。片方の真眼で四人を見渡した彼は、言いにくそうにしてから告げた。

「状況が変わりました。今すぐ戦場に向かってください。上位契約も、私が許可します――」

「ミーリくん!」

 クリスの口から聞きたいことは聞けたので、即座に跳ぶ。その速度は一瞬で最高に達し、ブラドを捉えて両断した。

 さらにミーリは高く跳び、両手の剣を投げつけて、背をのけ反らせているブラドを貫いて地面に張りつける。そして背後に百数本の剣を複製して、一斉に射出した。

「“裏切りの厄災レイヴォルト”!!!」

 弾ける灼熱が、周囲の生徒達を吹き飛ばす。着地したミーリはすぐに剣を両手に持って、地面に突き刺して踏ん張った。

 焼ける大地の真ん中で、灰になれきれず立ち尽くす影が一つ。

 不死身故に無限の痛みを味わう彼女に、思わず同情しそう。そんなことを考える余裕がまだあることが、ミーリには意外だった。

 ブラドのことを、一体どう考えているのやら。自身に問う。

 だがその答えはこの今一瞬で出てくるわけはなく、ミーリは握りしめた剣の切っ先を、ブラドに向けた。

「ここまでの戦いはどお? 吸血鬼最強のミラさんからしたら、ちょっと物足りない? でもここからは俺もやるから、少しは満足できると思うよ」

 背後に複製した剣の群れが二重三重の輪になって、ミーリの後ろで後光がごとく光る。その一つ一つが灼熱を持って、吸血鬼の体を灰にせんと、刃を震わせていた。

「剣の名前は、害なす魔剣レーヴァテイン。上位契約名は、フレイール……災害の太陽。灼熱の星と同等の熱を放つ流星群で、君を……ノックアウトしてみせるから覚悟してよ?」

 次の瞬間、ミーリが消える。

 再生を続けていたブラドは目が追いつかず、見失った。

 それは、ただの高速移動。目にも留まらぬ速さ、の実証である。さらに次の瞬間には、ミーリの剣がブラドの腹を貫いて、その身を中から、焼いていた。

 炎を嘔吐したブラドに、ミーリはさらに剣撃を叩き込む。交差に切り込み、突撃で貫き、体を回転させて斬り払う。

 片腕を斬り落とされ、上半身は穴があけられた挙句下半身と分離される。そこまでのことをされても、ブラドは反撃してこない。むしろ攻撃をさせているよう。

 だがミーリは気付きながらも、構わず攻め続けた。

 再生しようとする場所から斬り落として、ブラドをダルマにしていく。そして思い切り上空に蹴り上げると、数千の剣の群れで球体になるよう囲った。

 熱を持つ剣が数千と行き交うその中心は、地球の地核と表現してもいい霊力による圧と、灼熱があった。ブラドの体が溶け、グチャグチャに変形する。

 そのさまは外からは決して見えないが、ミーリはその中心に一本の剣を突撃させまいと構えていた。無限の複製を可能とする害なす魔剣の、オリジナルである。

「日は光と熱を抱いて、昇る」

 射出された剣は球の中に突撃し、貫通する。すると球体の熱が弾けて誘爆し、数千の剣を一斉に粉砕して灼熱を弾けさせた。そのさまはまるで、光と熱を放つ太陽。

「“日はまた昇るライジング・サン”」 

 霊力でかけていた圧が解け、煉獄がごとく灼熱の風を吹かす。空にもう一つ太陽が昇ったような光に、生徒達は目をつむって顔を逸らした。

 周囲の木々が燃え盛り、隣に燃え移すまえに灰となって朽ち果てる。さらに徐々に降りてくる太陽が放つ風圧に、さらに遠くの木々はなぎ倒された。

「爆発を繰り返し輝く星の煌焔こうえんは、やがて涼しく鎮火する。ぜろ、天空の星」

 太陽を囲うのは、また数千の剣の星々。それらは太陽に引き寄せられるように星に突き刺さり、やがて太陽は金属の刃の塊となって、地上に落ちた。

 帰ってきたオリジナルの魔剣を手に、ミーリは地面の数センチ上を滑空する。そして、一閃。

「“死に逝く太陽フリージング・サン”」 

 刃の塊は叩き切られ、銀色の粉塵をまき散らして消えてしまった。ブラドの体ごと。

 剣を振り払ったミーリは吐息する。しまったと思ったのは、そのときだった。

 粉々にしてしまうなら、オルアの結界が張られてる間にすればよかったのに。そうすれば、すべて終わったというのに。

 失敗が後悔に、そして、痛みへと変わった。

 片腕と顔半分までしか再生してないブラドの槍が、背後から刺さる。胸座を貫かれたミーリは吐血し、そのまま固まった。

『マスター!』

「れ……“裏切りの厄災”!!!」

 背後に剣を複製し、ブラドを上から刺し貫く。地面に張りつけられたブラドの手から槍が離れ、槍はミーリから抜け落ちた。

 背中から流れる血が、体力を奪う。両膝をついたミーリは剣を落として、また大量に吐血した。

 その血に、ブラドは這い寄る。体中に剣が刺さったまま地面を這って、ミーリの血だまりに顔を沈めた。舌を出して舐め回し、すくい取り、体にミーリの血を入れる。

 すると再生したばかりの腹部のタトゥーが赤く呼応し始めて、ブラドは夢中で血を吸った。

 その姿を振り返り見て、ミーリは再び剣を握る。そしてそのまま剣を飛ばして、自分を少し遠くへ引っ張らせた。寄り掛かれる木を見つけて、その根元に座る。

『マスター、大丈夫ですか?』

「ダメかも……このままじゃ――」

 自分の体から、羽虫が這うような音が聞こえる。その気持ち悪い音のする胸座を見ると、刺された傷口が塞がって、止血していた。胸には傷のの字もない。

 ブラドが与えてくれた血の力が発動したのだ。これでもう傷を塞ぐことはないだろうが、今この状況で死ぬことはない。

 ミーリはゆっくり立ち上がると、害なす魔剣に乗って木の上まで飛んだ。

 ブラドはもう立ち上がり、自分に刺さった剣を抜いて再生している。

 ミーリはおもむろに指を鳴らして、それらの剣を起爆した。ブラドの体がまたバラバラになる惨状を、その目で確認する。

 死にはしないだろうが、再生にはそれなりの体力を使うはず。

 実際不死身の力の根源である血の力で二度復活したミーリは、傷の完治直後にものすごい体の重さを感じていた。

 おそらくブラドもそうだ。故に不死身であれ、正常まともな状態のときは攻撃をガードする。体力の低下は、彼女自身避けていたはずだ。

 そしてここからは想像だが、おそらく傷が深ければ深いほど――深い傷が治るほど、体力を使う。

 ならばと思ってここまで最高でブラドを粉塵にまで変えてみせたが、効果はあったようだ。

 再び再生して立ち上がろうとするブラドの息切れを確認する。今までどれだけ戦おうと息を切らすことは滅多になかった彼女だ。相当に追い詰められたはず。

 吸血衝動ドラキュリオンの反動という可能性もあるが、とりあえず自分の理論が正しかったと思い込んだ。

「ミーリ様」

「ミーリくん、大丈夫?」

 オルアとアスタ、陽日の三人が到着する。アスタと陽日に至っては上位契約を済ませたようで、先ほどよりも霊力で満ち足りていた。

「遅いよみんなぁ」

「ミーリくんが速いんだよ。単独先行とは、感心しないな」

「まぁミーリ様のお陰で被害が抑えられたわけですし、いいとしましょう。それより……」

 アスタが槍を振り回す。その視線の先ではブラドが両手に槍を持って、四人を見つめて固まっていた。

 待っているかのようだ。

「ではオルア様、結界の方をお願いします」

「言っとくけど、そう長くはたないからね? 十分以内には決めてよ?」

 陽日は刀を握りしめ、頷いた。彼女なりに、協力する姿勢らしい。

「……じゃま、改めて行きますか」

 ブラドの赤い虹彩が、煌き光る。

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