最強の吸血鬼

我のもの

 あれ、俺、もしかして死んだ?

 目を開いて最初に浮かんだ感想はそれだった。

 目の前では大きなシャンデリアがぶら下がっていて、蝋燭ろうそくの火がその部屋を照らし、数匹のコウモリが自分を見下ろしていた。

 体を起こすとそこは家具も何もない部屋で、あるのは自分が寝ているベッドのみ。横を向くとある窓からは、月光が照らす月夜が広がっていた。

 自分が倒れたのは森の中で、吸血伯爵イアル・ザ・ドラクルとの戦いの最中であったはずだった。

 それがこんなわけのわからない場所にいるのだから、最悪地獄に落ちたのかもしれない。閻魔えんまの怒りを買うようなことはしてないはずだが。

 と、ミーリ・ウートガルドはとにかく動くことにした。

「誰かいるぅ……?」

 扉を開けて周囲を見るが、誰もいない。物静かで寂し気な通路を含め、部屋も壁も床もすべてが真っ赤なそこは、まるで生き物の体内のようだった。

 部屋を出て、とりあえず歩いてみる。すると一羽のコウモリが肩に飛んできて、止まってしまった。

 あれこれやってみても離れないので、そのまま歩く。

 右へ左へ、ときには曲がらず直進して、階段を見つけたら必ず上がるか下がるかをして、とにかく歩いた。だが誰一人として見ないし、その気配すらしない。

 ひたすら寂しくて暗くて静かな通路を歩き続けて、三〇分程度経過した頃、建物の最上階に上がったミーリは、巨大な扉を見つける。その階には他に通路もなく、その扉しかなかった。

 扉にはノックするための金具がついていて、コウモリをかたどった物になっている。

 だがミーリはそれを無視して、おもむろに扉を開けた。

 部屋は自分が寝ていたところと比べるとかなり大きくて、三つものシャンデリアが部屋を照らす。床には一直線にレッドカーペットが敷かれ、その先には玉座が一つ。そこに座っていたのは、赤い虹彩を光らせる女性――カミラ・エル・ブラドだった。

「ようやく来たか、貴様」

「なんで君? ってか、そうなるとここどこ」

「簡単なことだ。我が貴様を連れてきた。この我が結界、バートリ城にな」

「ふぅん……なんで俺を?」

「それもごく簡単なことだ。気に入ったからだ。我が、貴様を」

「どこが。俺、あんたに負けたじゃんか」

「不死身の我が勝つのは道理というもの。ならば決め手は勝敗ではない。勇姿だ」

「勇姿……?」

「貴様は不死身の我に対し、真っ向から挑んできた。他の者は我の不死身の特性を打ち消す結界に、確実必中が約束された遠距離攻撃と、作戦に縛られたような戦い方だった。そんな中で貴様のような奴がいれば、目にも留まる」

 ブラドは立ち上がり、そして歩み寄ってきた。ミーリの肩に止まっていたコウモリがどくと同時、その手でミーリの顎をクイと持ち上げる。

「我のものになれ、青髪の青年。貴様のような奴が、我は欲しい」

 ポカンとした顔で、しばらく見つめる。だがミーリは叩き落とすようなことはせず、その手を取っておもむろにどけた。

「悪いけど、無理。人のものにはなれないし、神様のものにもなれないからさ。それに俺、やりたいことがあるし」

「……そうか、参ったな。断られてしまった」

 あっさりと、ブラドは下がる。玉座に戻ったその顔は寂しそうで、悲しそうだった。だがそれは一瞬で、すぐに堂々とした顔つきに戻る。

「まぁいい。これから貴様には、我の側に居てもらう。我のものになりたくばいつでも進言せよ、歓迎する」

「……ところでさ、話をガラッと変えるんだけど……俺が気絶した後どうなったの? みんなは、どうした?」

「そうだな、気になるのは必然だな」

 ブラドが手を上げたのを合図に、部屋に大量のコウモリが入り込む。そして彼らは密集し、目から壁に向けて光を放った。大きなスクリーンが現れ、映像が映る。

 そこには負傷した生徒達が、手当てを受けている姿があった。

「貴様を負かしたのち、貴様側の援軍が来た。少々面倒になったので、貴様だけを連れて今いる地点に結界を張り、居座ったわけだ。案ずるな、今のところ貴様側の人間は誰一人死んでいない」

「ってかこの映像、今の?」

「我の能力だ。コウモリの隷属を使役し、奴らが見たものをこうして我もまた見ることができる。故にこれは現在、外に飛ばしたコウモリが見ている奴らの姿だ」

 ブラドの言葉を信じるなら、空虚うつろ達は無事らしい。映像には映っていないが、ロンゴミアント達もおそらく無事だろう。

 契約はまだ、継続している。それは感じられる。これで自分の居場所も伝えられたら、どれだけよかっただろうか。

 とにかく今は、ブラドの機嫌を損ねることはしない方がいい。神霊武装ティア・フォリマもない状態で不死身の神など相手にしても、結果は目に見えている。

 実際神霊武装を持っていても、負けてしまったのだから。だが――

「ところでずっと気になってるんだけどさ。ツッコんでいい?」

「何をだ」

「なんで体は女性なのに、声は男なの? 低すぎない?」

 そう、今はブラドの機嫌を損ねるわけにはいかない。

 だがツッコんでしまった。絶対にタブーそうなところを、的確にツッコんでしまった。つい興味本位が勝って、つい訊いてしまった。

 だが後悔はない。恐れもない。不思議と誰かが側にいるように、いつもと同じ落ち着きが持てた。

 案の定ブラドは一瞬イヤそうな顔をして、そっぽを向いてしまった。

 だが――

「我の吸血鬼伝説は、二種類あるのだよ。一つは男として戦争に携わり、敵をことごとく串刺しの刑に処してその血を飲んだ伝説。もう一つは女として貴族の娘を皆殺しにし、その血を浴槽に溜め込んで浸かったという伝説。我はその二つから生まれた吸血の神。故に体は女性だが、声は男なのだ」

 イヤそうでも答えてくれた。

 しかも話したら自分でもそうでもなかったようで、気を損ねた様子はない。一先ず安堵した。

「じゃ、じゃあ気持ちとしてはどっち?」

「ん、そうだな……女、かもしれん。我を形成する記憶は無論二つともある。だがどちらに共感できるかと訊かれれば、よりできるのは女の方なのだ」

「ふぅん」

何故なにゆえそんなことを訊く」

「だってしばらく俺、神様といなきゃいけないんでしょ? どっち扱いしていいか迷うじゃん。声も気持ちも男なら問題ないけど。体と気持ちが女なら、そりゃあ考えなきゃ」

 ブラドが言葉を無くす。だがすぐに口角を持ち上げ、そして笑い出した。

「愉快! 愉快だぞ! ここまで肝の据わった奴は、人の生でも見たことなかったな! まだ敵とみなしている者としばらく居るとなって、男女の扱い方に気を配るか! ますます気に入った!」

 ブラドの人差し指が、ピンと貫かんばかりにミーリを差す。その目は喜々として赤く光り、映る像を歪ませた。

「貴様、名乗れ」

「ミーリ。対神学園四年、ミーリ・ウートガルド。そういや、あんたの名前知らないかも、教えて」

 聞いたにも関わらず忘れているミーリは名前を訊く。ブラドはこれにも笑って応え、自分の顔を覆った。

「吸血伯爵でもいいがな……カミラ・エル・ブラド。それが我の今の名だ。好きに呼べ」

「じゃあ女性だし……ミラさんで」

から取ったのか。まぁよかろう。では眠れ、ミーリ。我もしばし眠る。次どう動くは、そのあとでな」

 ブラドの指が、空気を弾く。するとミーリのいる場所はいつの間にか変わっていて、最初の自分が寝ていた部屋になっていた。

 転移霊術だ。

 一先ず、もう一眠りすることにした。転移霊術と同時に麻酔でもされたか、とてつもなく眠い。

 ミーリはその眠気とダルさに負け、すぐベッドに背中から倒れ、横になった。

――我のものになれ

 そう言われたのは初めてで、少し戸惑ったが、でも意思は変えるつもりはない。たとえあいつに言われたとしても、自分は首を横に振っただろう。

 ミーリは目を瞑ると、夢すら見ない睡眠の奥底へと沈んでいった。


 

  

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