勝負

 南東対神学園合同キャンプ。

 南の二校、東の一校が今回の討伐のために作ったそのキャンプゾーンに、空虚うつろ達はいた。

 ブラドとの戦闘で傷付き、手当てを受けている。とくにラグナロクの討伐隊はオルアが重傷で、起きてはすぐ気を失うことの繰り返しをしていた。

 空虚は脚をやられたが、他は問題なく、今はオルアについて看ていた。

「オルア……こんなときでも、パートナーは顔を出さないのか」

 オルアの旗を見て呟く。その旗が神霊武装ティア・フォリマだと信じている空虚からしてみれば、冷たいパートナーとしてその姿は映った。

 連れ去られた主人を心配し、駆けずり回っているパートナーもいるという現状が、ますますそう思わせる。

 だが同時、その連れ去られた主人のことが、空虚は気掛かりだった。

「ミーリ……無事なのか」

 ロンゴミアントは走っていた。どこか当てがあるわけでもなく、目的地があるわけでもない。ただ走り回って、ミーリを探していた。

 ミーリ! ミーリ! ミーリ! どこへ行ったの、ミーリ! 私はあなたの槍なのに、なのに……なのに……!

 槍脚で木の根を斬り裂きながら、走り続ける。息が切れようと胸が苦しくなろうと、知ったことではなかった。

 それは、レーギャルンとウィンフィル・ウィンも同じこと。ロンゴミアントとは分かれ、それぞれ森を走り回って探していた。

「マスター……」

 泣きそうになるレーギャルン。

 一方ウィンは断崖絶壁をよじ登り、より高いところから見下ろして探そうとしていた。だがそれらしい影はない。

 どこに行きやがった……あの野郎……!

 同時刻、三人が探し続けているミーリはというと、襲われていた。

 向かってくるのは、牙を向けてくる三匹の狼。

 よだれを垂れ流し、舌を出し、どう見ても空腹絶頂である彼らは、ミーリを餌だと思って襲っていた。それを躱し続けるミーリの動きが、野生の狩猟本能を刺激して、余計に興奮する。

 何故こんなことになっているかといえば、ブラドの用意した余興に参加させられた結果だ。

 腹が空いたかの問いで起こされ、頷いたら地下に連れてこられて、フィールドに置き去り。そして、狼と戦えとなったのである。

 要は彼らを倒し、狩れということだ。

 狼を狩って食べるなど気乗りしないが、やらなきゃやられるこの状況下。やるしかなかった。

とはいっても、相手は野生の狼。型が決まった訓練された猟犬でないため、正直やりづらい。

 大口を開け、牙を向けて飛び掛かる。

 後ろに跳んで回避すると、さらにもう一匹が襲い掛かってきた。体を回転させて躱し、そのまま手刀で背筋を叩く。

 霊力も込めた一撃に痺れた狼が一匹、痙攣したあと動かなくなった。だいぶ動きが見えてきた。

 残りの二匹も飛び掛かってきたところを霊力込の掌打で吹き飛ばし、再起不能にした。時間にして、約四分の格闘であった。

「上出来だな。これでしばらくつだろう。大事に食えよ?」

 そう言われたミーリは、調理室に行くと狼を適当にさばき、味付けも何もせず焼いて食った。硬くて筋のある肉だが、食えないことはない。むしろ味のみで語れば、なかなかいけるものだ。

 だが実際、ちゃんと調理されたものが食べたい。このままでは肉ばかりの肉食生活になってしまう。野菜が好きというわけではないが、バランスはよく食べたかった。

 というか、不死身であるブラドにはおそらく食事も必要ないのだろうから、訴えても仕方ないのだろうが。

 そう思っていたのだが、ふらりと寄った最上階の部屋で、ブラドが食事しているのを見た。

 そして以外にも、ブラドは菜食主義者だった。

 ツッコんでみると、ブラドいわく、肉は血と変わらないから、取る必要性が見えないらしい。狼の肉も拒否した。

 吸血鬼なのだから、そこは肉をむさぼり食えという期待を、大いに裏切ってみせた。

 ちなみに食べていた野菜は城の周りに生えていた野草で、ブラドは生で食べていた。口元だけ見れば、まるで羊かヤギのようである。

 食事が終わると、ふと湧いた疑問をぶつけてみた。

「そういや、俺ってなんで無事なの? ミラさんのでやられたよね?」

 ブラドの霊術、“串刺し狂乱カズィクル・ベイ”で刺されたはずの傷口を上から触る。そこには何の傷もなく、目立った痕も感じ取れなかった。

「簡単なこと。我の血を貴様の体に入れたのだ」

「ミラさんの……血?!」

「そう青くなるな。吸血鬼の血は不死身の力の根源。それを貴様に少しやっただけだ。お陰で貴様は死なずに済んだ。おそらくあと二回程度は、死するような傷を負おうとも無事で済むはずだ。むしろ感謝をしろ、感謝を」

 いや、神様の血が流れてるって……しかも吸血鬼……!

「まぁまず、やらなければならないことがある。そちらが先だな」

 ブラドが指を鳴らすと、コウモリたちが群がって部屋に飛んでくる。そして目から光を放っての映像を映し出した。

 映し出されたのは、渓谷からかなり離れたところにある小さく古びた街だった。

 するとブラドは立ち上がり、おもむろに槍を現出させる。

「しばらく留守にする。貴様はここで待っているがいい」

「まさか行く気? あそこに?」

「貴様に血をやったせいで、我の血が不足している。補給せねば、吸血衝動ドラキュリオンが発動するのだ。何心配をするな、吸えば治まる」

 行こうとするブラドのまえに、ミーリが立ち塞がる。ブラドは一気に機嫌を損ねたようで、目の奥の虹彩が真っ赤に光った。

「それ、何人くらい殺す気?」

「そうだな……腹が満たされるまで。ざっと一五人は殺して吸いつくす。たったの一五だ、案ずるな」

「行かせらんない」 

 ブラドとミーリ、双方の霊力がぶつかる。

 学園という小さな囲いの中での最強であったが、吸血鬼最強のブラドと互角の霊力量であった。よって互いの中間で、霊力同士が弾けて消える。

 だが出会った当初は確実な差があったはずで、ブラドは無論、ミーリ自身もこの均衡した状態に驚いた。

 故に気付けなかった。ミーリの片目が今紫の虹彩を持って、秒針を動かしていたことに。それは一瞬のことで、すぐさま消えてしまった。

 その場が静けさに襲われる。だが両者からしてみればそれは狼以下の獣で、打ち払うのは簡単なことであった。

 ブラドが笑う。

「我を行かせんと? 不死身の我を、止めるつもりなのか?」

「止めなきゃ一五人死ぬからね。対神学園の生徒として、止めないのは無理。神霊武装がなくたって、やれるだけやるよ」

「……ならば、勝負をしようではないか」

「勝負?」

「そうだ」

 ブラドが投げた槍を掴む。ブラドは自分も新たな槍を現出させ、その切っ先で差した。

「ルールもまた簡単。先に勝利した方の勝ち。時間は無制限。一度きりの勝負だ。あまり時間をかけるものを催すと、我の吸血衝動が始まるのでな。これで決めよう」

「わかった」

「よろしい」

 ブラドが指で空気を弾く。すると転移霊術が発動して、二人をミーリが狼と戦った地価のフィールドへと移動させた。

 互いに槍を構え、相手の全体を見る。そこから相手の初撃を予想し、かたを見抜き、自分が繰り出す一手を脳内から引きずり出す。

 それらを一瞬にして終わらせたが、問題なのはタイミング。最高の一撃でさえ、出しどころを誤れば致命的だ。

 相手を見て、自分を感じて、タイミングを探る。それは今さっき終わらせた作業と比べると終わりがなくて、途方もないことだった。

 故にお互い、槍を構えてから動かなかった。相手に何かしらきっかけがない限り、動くつもりはない。そのきっかけを探して探して探し続けた。

 きっかけは、お互い相手の突撃だった。




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