カミラ・エル・ブラド
胸元には十字の赤水晶が埋め込まれており、太陽の光を受けて光る。
その胸元から腹部までがはだけて露出しており、腹部の真ん中には術発動のために使われる陣のようなタトゥーが刻まれている。
右はすべて、左は膝上までの黒のパンツ。対して履いている赤のヒールブーツはといえば、右はくるぶしまでのショートで、左は膝下までのロングだった。
肩と手首についたファーが白のウェーブのかかった長髪と共に風に揺れ、真っ赤な虹彩で世界を見渡す。
それらの外見を持つ女性こそ、
目覚めたての彼女は今大いに興奮し、感動に浸っていた。
だがその時間は長くなく、すぐさま下で幻覚に陥っている人間達に気付く。手を翳して鮮血を固めたような真っ赤な槍を現出し、握りしめると同時に飛び掛かった。
その槍の一撃を、オルアの結界が受けた。
「ほぉ、我が槍の一撃を受けるか小娘。見たところ、もはや人ではないようだが」
「わかるかい、先輩。出来の悪い後輩で悪いけど、ちょっと相手してもらうよ」
「おもしろい、守ってみせよ……!」
低い男のような――もはや男の――声で笑い、ブラドは旋回する。そして勢いをつけて、結界を貫かんと突進した。
結界と槍がぶつかり、霊力の欠片が火花のように散る。
旗を突き立ててオルアも踏ん張るが、結界ごと徐々に押されていく。さらに結界まで
「もう終わりか? 守護聖女」
「まだまだ……負けられない、負けるわけには、いかない!」
神の使う術、霊術は詠唱を破棄しても使えるには使えるが、極端に弱くなる。それが霊術の弱点だ。
故にこの激突の果ては、決まっている。
結界は破れ、ブラドの槍がオルアの頬を切った。しかもそのまま頭突きを喰らい、後方に軽く吹き飛ぶ。危うく谷底に真っ逆さまという直前で止まり、すぐさま立ち上がった。
ブラドは地面すれすれを滑空し、再び槍を向ける。
オルアも再び詠唱を破棄して結界を張ったが、今度は一瞬で、その一瞬止まったブラドに旗の先で突き上げた。
後方に何度も回転しながら、ブラドは飛ぶ。だが止まったブラドに傷はなく、槍を水平に構えていた。一撃は、槍で受けられたようだ。
ブラドはそこから上昇し始めた。雲を霧散させ、急停止、槍を振り回す。すると腹部のタトゥーと槍が輝きだし、鼓動するように光が暗明し始めた。
「“
急降下した勢いで、オルア目掛けて槍を振る。速度も合わさった一撃は強く重く、そして鋭かった。
オルアは吹き飛ばされ、森の中へ。停止すると同時に飛び掛かろうとしたが、ブラドの追撃がそのまえに襲ってきてまた吹き飛ばされた。
何本もの大木をへし折って、やっと止まる。背中を打ち付けたショックで全身が麻痺し、一瞬体が動かなかった。
一応神なので一瞬で済んではいるが、人間だったならしばらく痺れただろう。だが一瞬とはいえ、この場での一瞬は命取りに繋がった。
大気を
「どうした、この程度か?」
「僕だって神様だよ? そんな……簡単に倒れるわけないでしょ!」
槍を突き立て、結界を張る。上から
「今だよ、僕ごと撃ちな!」
「案ずるな。私はそこらの狙撃手と違う」
距離にして約六〇メートル。オルアが押され、木をなぎ倒してできた一本道を、水色に光を反射する矢が走る。その矢はブラドの背に刺さると、蒸発して消え去った。
撃った
名を――
「
『仰せのままに、我が主』
『空虚、よぉく狙うのだぞ?!』
空虚の虹彩が色を変え、望遠レンズになって、六〇メートル先のブラドの姿を視認する。その体の中心に狙いを定めると、ロックオン表示が虹彩内に現れた。
『射貫け! “
再び、一本道を高速の矢が通過する。通過した後を時間差で土煙が舞い上がり、木の枝が揺れる。ブラドの体を貫通して消え去る頃には、周囲の木の葉は飛び散ってしまっていた。
ブラドが吐血し、片膝をつく。
「なるほどこの結界、我が不死身の能力を打ち消しているわけか」
「起きたばかりで悪いけど、今度は永遠に眠っててもらうよ、先輩!」
「やれやれ調子に乗りやすい後輩だ。まだ神になって日も浅いと見える……どうせ数年前、と言ったところだろう。見くびるなよ、小娘」
槍をさらにオルアの肩に深く刺し、血を噴き出させる。詠唱破棄で発動させた上に現在進行形で傷を抉られ、結界は綻び始めていた。
もう数十秒も持たない。
「ウツロ! 早く!」
「
『よし来た!』
空虚の頭の上、上空で空間が歪む。そこから満を持して登場したのは、大きな黒い砲台だった。弓矢と共に狙いを定める。
ほかの遠距離攻撃を持つ生徒達もまたすでに幻覚から覚め、標準を合わせて向けていた。
「皆私に合わせろ!」
『砲弾充填、目標は吸血鬼! 導火線には火を点けた! やるぞ空虚!』
「行くぞ
天地を轟かす砲撃音と共に、一斉攻撃を放つ。すべての攻撃が一直線にブラドに向かって駆け抜け、そして炸裂した。
雷にも負けない、天地の怒号のような音が響く。炸裂した場所から突風が突き抜け、周囲の大木を根っこから引き抜いてなぎ倒し、小石や土を離れた渓谷の下へと落としていった。
生徒達も無論全力で踏ん張り、地にしがみついてでもその場にとどまる。そしてすべてが治まったとき、誰もが一度は思った。
やったか?
だがこう思ったときこそ、実際やれていないものである。そんなマンガやアニメの王道展開を思い出した生徒数人がいち早く、煙の中で頭部が半分欠けても平然と立っているブラドを見つけた。
傷は再生し、すぐに元に戻っていく。その場は血の溜まり場になり、小さくて赤い池ができた。
技の炸裂と同時に転移したオルアも、ブラドの健在を確認する。だが肩に走る激痛に倒れ、立てなくなってしまった。霊力よりも、体力の消耗が激しい。
「狙いは正確、戦術も相応のものだ。欠点は、単に力不足と言ったところか。不死身の能力を消せたとて、我の体を消滅できねば意味がない」
ブラドは飛び、大きく槍を振り回して槍とタトゥーに光を与え鼓動させる。その鼓動が早まると槍を止め、自身のまえに持って呟き始めた。
「今宵の月夜は美しい。夜のウサギも狂喜する。人は踊り、犬は喰らう。あぁなんと
手から力が抜け、槍が落ちる。だが落ちた槍は地面の中に吸い込まれるように溶けていき、そして戻ってきた。
地面を這う、大量の赤い杭の群れとなって。
足元の至るところから次々に生えてくる杭が、生徒達を襲う。身を切られ、貫かれ、串刺しにされた。すべてを回避できたものなど、誰一人としていない。
空虚も串刺しだけは回避したものの、体中を切られ血を流していた。垂れ落ちる血を吸って、杭は赤く輝き喜んでみせる。
上空からそのさまを見ていたブラドは、生き残った数を見て不満の顔をした。予想したより多く残ったからである。
「参ったな。我が最強霊術を使って、ここまで残るか。二〇年近く寝てては、やはり
自分のことを憎らしそうに見上げている生徒達の顔が、視界に入る。
神を敵対としている今は当然だし、仲間を傷付けられ殺されたとあってはもっともな反応なのだが、それでも思わざるをえなかった。
二〇年、経ってしまったのだな。
「……今宵の月夜は美しい。夜のウサギも狂喜する――」
「まずい、またやるつもりだ……!」
逃げたいが、逃げられなかった。全身の、とくに肩の痛みで動けない。オルアは思わず涙した。
僕は、僕は神様と人を繋ぐ役割があるのに……みんなを、誰も守れなかった。ごめんなさい、死屍神様……! 僕は、僕は……!
撃つか?! いや、射るか?!
撃たれる第二波に、空虚は必死に頭を働かせる。だが砲撃も矢も絶対躱され、詠唱が終わるのが目に見えていた。
他の生徒もそうだ。みんなそれでどうしたらいいかわからなくなって、脳内でパニックを起こしている。
「我はこの月夜を犯しがたい……故に、吸血の神が今宵犯す――」
詠唱が終了し、みんなイチかバチかの攻撃態勢に入る。だがその攻撃態勢に入った瞬間、皆の頭上を、一つの影が通り抜けた。
「“
複数の黒剣が、ブラドにぶつかり爆発する。炎を刃に抱く剣は、互いにぶつかると爆発するのだということを最近になって知った男が、そのさまを見て飛んでいた。
「間に合った……ギリギリセーフ」
「ミーリ!」
生徒達の希望、学園最強の登場に皆が歓喜する。だがその最強も、つい今まで幻覚にやられていたことなど、誰もわかっていなかった。
当の本人は汗だくで、頭にはまだ鈍い痛みが続いている。右耳もまだ聴力を取り戻せておらず、生徒達の声援は半分ほど届いていなかった。
『マスター、大丈夫ですか?』
「正直しんどい……まだ頭がボーっとする」
『あいつと至近距離でやり合うのはマズい。俺とレーギャルンを使ってなるだけ距離を取れ。接近戦は避けろ。不死身の奴を殺せる手段がおまえにねぇ今、勝つのは無理だ』
「ボーイッシュ、もしかして俺のスイッチの入れ方知ってる? ……無理って言われると、やろっかなって思っちゃうんだよね!」
剣の複製と射出を同時に連続で行い、自分は槍を振り回す。数十の剣がブラドを追いかけると、自分もそれに混じって特攻した。
刃に熱を持つ剣と剣が追いかけていく果てにぶつかり、爆発する。ところどころが黒煙に包まれるなか、ミーリは自信が乗る剣を加速させた。黒煙も雲も差別なく突っ込んで、回避するブラドを追う。
現出させた銃口で取り囲み、一斉射撃。ブラドの体に無数の風穴を開けた。
すぐ塞がったが、その間停止する。それが狙いだった。
動きの止まったブラドをあらゆる方向から剣で串刺しにして、爆発させる。さらに追撃で、胸元の赤い水晶体を槍で貫いた。
ブラドは吐血し、うなだれて力尽きる。だがすべての傷が塞がり、胸の傷が槍を掴むと、すぐさま顔を上げて笑みを見せた。
その額にも銃弾をぶつけるが、ブラドは平然と見つめ続ける。このゼロ距離なら即死の魔弾も当たるだろうが、効果がわからないし数があるので、撃つわけにはいかなかった。
故に何度も撃ち続ける。だがブラドは銃弾を浴びながらも、口を開いた。
「貴様、我の霊力に、当てられていたと……思ったが」
「まぁね。でもいつまでも寝てるわけにはいかないしさ。みんなが逃げる時間くらい稼がないと」
「では貴様は……我に殺されに、来たと言うのか」
「ヤだよ、そんな役。俺だって生きたいしさ。だから、君を倒して帰るんだ。そんでロンの脚洗って、レーちゃん寝かせて、ボーイッシュとちょっと話して、そんで寝たい。みんなと一緒に」
ブラドの顔面を撃ち続けていた攻撃をやめる。霊力を普段の倍は込めて攻撃力を上げたが、そろそろ限界だった。
自分を乗せている黒剣も、そろそろ飛ばせているのが辛い。ミーリは槍を引き抜くと、その剣を消した。
無論、足場を失って落下する。だがそのさなか、ミーリはロンゴミアントを人型に戻して、そして肩を抱いた。
「ロン、いける?」
「えぇ、大丈夫。私はあなたの槍、必ずあなたを勝たせてみせる」
ミーリと口づけを交わし、ロンゴミアントは槍になる。紫の輝きを煌かせる聖槍が、ミーリの掌で舞い踊った。
落下しながら、地面と背の距離が縮まりながら、ミーリは槍を構える。腕を大きく引いてでの投擲の構え。
ブラドはそれを見下ろすと、自らの槍を持ってそして落とした。詠唱がすでに終わり、未だミーリの妨害のせいで発動できていない霊術が、彼女にはあった。
「“
「“串刺し狂乱”」
槍が貫き、紫の閃光を弾けさせる投擲と、赤い杭の群れが地中から生えてきて襲う攻撃。どちらも同時に相手に決まり、そして決着した。
そのブラドに、効いている素振りも様子もない。体にポッカリ穴が開いても、平然とミーリを見下ろしていた。
そのときの彼女の顔と言えば、どこか悲しそうというか、寂しそうというか、嘆いているようであった。
その顔を最後の景色に、ミーリは気を失った。次起きたそのときには、見える景色はまるっきり変わっていた。
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