聞いてくれるか

 出発を翌日に控えたその日は、ミーリと空虚うつろとオルアの三人で連絡を取り合って、全員それぞれの形で休息することになった。

 空虚のパートナーであるてんいくさは二人で学園に登校し、ウィンフィル・ウィンはゲームセンターへ。

 レーギャルンは闘技場で他のチームの練習を見学しに行き、ロンゴミアントは図書館で神話を辿る。

 オルアは不明。空虚は植物園に向かっていった。

 そしてミーリは、賽銭を投げていた。

「狐参上!」

 飛び出してきた九尾を持つ女神、玉藻御前たまもごぜんが賽銭箱に乗る。たった今お賽銭が入ったその箱に頬を擦り当て、尻尾を振って喜んだ。

「久しぶりのお賽銭、久しぶりの登場、色々と久しぶりですわねぇ、ミーリ様。わたくしあなたを待ちすぎて、尻尾がもう一つ増えそうでしたのよ?」

「ごめぇん。まぁ色々忙しくてさ」

「まぁいいですけど、もう少し来てくださってもよろしいのではなくて? 私実際、あなたとこうして話すことが、なんだか楽しみになりつつあるのですよ」

「それは無理。俺にも財布事情ってのはあるからさ。会うたびにお賽銭入れる約束なんだから、そこは相談させてよ」

「誰とですの?」

「財布と」

 まぁ、と狐は笑う。頭についた耳をピクピクさせて喜ぶ姿は本当に楽しそうで、ミーリも連られて笑みをこぼした。いつ以来か。

「それで? の情報はつかめた?」

「えぇ、一つだけ。四年前から使われていなかった、とある東の貴族の別荘に最近、神が住みついたと聞きましたの。そこに入り込んでみましたところ、いたのがあなたのいう特徴を持つ少女でしたわ」

 つまりそこが、今のユキナの拠点……。

「ふぅん、じゃあご褒美をあげよう」

 ミーリがポケットから取り出したのは、袋につまった油揚げだった。近くのショップで特売だった奴である。

「ミーリ様、さすがに狐が油揚げ好きというのは……さらに言えば、私は九尾の狐。自分で言うのもなんですが、妖怪の頂点とする存在。そんな油揚げだけを出されても、困るだけですわ」

「じゃあいらないの? なんだせっかく買ってきたのに――」

「何もいらないとは申し上げていませんのよ?!」

 狐の目が、油揚げを追う。耳と尻尾をピクピクさせて、物欲しそうに前のめりになった。口からはもう、よだれが出そうな勢いである。

 ミーリはそれがおもしろくて、油揚げを右手から左手へ、左手から右手へを繰り返し、狐の反応を堪能した挙句、賽銭箱の上に乗せた。

「持ってても困るし、あげる。煮るなり焼くなり、好きにすれば?」

「で、では稲荷寿司いなりずしにでもいたしますわ」

「お、いいねぇ。東洋のスシはウッチーに薦められた和食の中で一番好きぃ」

「ではご一緒なさいます? お米とお酢はありましてよ」

「どうやって炊くの?」

「神になると、火の扱いもお手の物でしてよ」

「そりゃあ便利だねぇ」

 九尾の狐というのは火を吐き散らす神としても伝説になった大妖怪。故に火など、手を翳せば簡単に起こせてしまう。

 神社の奥の台所でお米を炊いた狐は、爪先で油揚げを中に詰められるよう切り始めた。ミーリは酢飯にするため、熱々のご飯と格闘中である。

「ミーリ様、普段は台所など立たれないでしょう」

「まぁね。パートナーのロンがさ、ご飯作るのうまいんだ。だから困らない」

「それはそれは、恵まれておりますこと」

「本当、恵まれたよ」

 パートナーには。

 昔のユキナの笑顔が、ミーリと呼んでいる姿が脳内をチラついた。

「でも神様にだってパートナーみたいのはいたでしょ。お賽銭する人もいたんだろうし」

「そりゃいましたわ。これでも私、三度ほど結婚も経験しましたのよ。でも結局、人間は人間。私を妖怪と知るや否や、態度を変えて私を殺そうとしましたわ。まぁ結局、殺されはしなかったのですけど」

「あぁ……なんか、ごめん」

「いいですのよ。もし仮に追い出されなかったとしても、人間は百年もすれば死んで逝く。結局一人でしたわ。だから羨ましいですのよ、というご関係が」

 神霊武装ティア・フォリマとの契約は、主人が死んだ時点で切れる。

 そうなれば神霊武装は次の主人を探し、もし見つけられなければ霊力が切れて霊界へ強制退去させられるという。

 もしくは神霊武装自信が破壊されたとき、一時的な死をもって霊界に送られる。そして新たな主人の召喚を待つのだ。

 だから死ぬまで一緒という言葉は、ある意味正しいのかもしれない。たとえパートナーが死んでも、殺されるまで死なない神々からしてみれば。

 今は不信心に殺されそうになっている狐ではあるが、その言葉はミーリには痛く沁みた気がした。

 そんなちょっとしたしょっぱさも含めた酢飯ができて、二人で油揚げに詰めていく。慣れないミーリは苦戦しつつ、不格好な稲成寿司を作り上げた。

「フフッ。学園最強と称されるお方にも、弱点はありますのね」

「なんだ調べたの? できるのは戦闘までだよ。勉強は……まぁボチボチ。あとはみんな初心者だよ」

「そうですの。では私が教えて差し上げますわ。料理ができる男はモテますのよぉ?」

「マジ?」

 事実、すでにモテているミーリには必要ないのだろうが、そんなことなどミーリ本人は知るよしもない。故にモテるというキャッチコピーは、ミーリの心をまだ充分に動かせた。

「面倒だけど、やってみようかなぁ……」

「ではお待ちしておりますわ。ミーリ様、頑張ってきてくださいまし」

「うん、絶対帰ってくるからね。引き続きよろしく」

 その後稲成寿司を腹に詰めたミーリは神社を出て、ブラブラ歩き始めた。満腹のせいで、眠気に襲われる。

 その脚で適当に向かった先は、植物園のある公園だった。ずいぶんと神社で長居したらしく、日は傾き始めていた。

 噴水の側のベンチで眠気に負けてあくびし、そして夢の中へと誘われる。

 夢の中で目を開くと、そこは天地を大小異なる無数の歯車で埋め尽くされていた。自分はその中の一つの上で、中心に立って回っている。

 前後左右を見渡しても、広がっている地平線が先の果てしなさを教える。どこまで歩いていったって、同じ景色が広がっているだけなのだろう。

 ここから出るには夢から覚めるか、もしくはあの子にその手段を訊くしかない。前方で回っている、少女に。

 動く歯車の動きに、ときに合わせてときに逆らいながら行く。いくつもの歯車を跳び越えてようやく着いたそこで、少女の目の中の秒針は、それぞれ進んでいて、戻っていた。体にもいくつか歯車がつき、回っている。

 そんな不思議な少女の姿を見て、ミーリは大して驚かなかった。理由は――わからない。

「君は誰? この世界の案内役なの?」

 少女は答えない。

「ここは夢の中……でいいんだよね?」

 少女は答えない。

「えっと……君、名前は? もしかして君も迷子だったりする?」

 少女は答えない。

「もしかして、言葉が通じない?」

 少女は答えない。

 完全に無言を貫かれ、多少なりともショックを受ける。というより壮絶にショックだ。言葉が通じないにしても、何かしらの反応があってもいいのではないだろうか――なんだ、まえにもこう思った気がする。そんな感覚に捕らわれる。

 ミーリはおもむろに腰を低くして、少女と目線を合わせた。こうすると、彼女が反応する――それを知っている気がする。

「俺、ミーリ・ウートガルド。君の名前は?」

 少女の頬が紅潮し、うつむく。青と紫のオッドアイがあちこちに動き、中の秒針が止まりかけた。さらに指を絡ませて、息を乱し始める。

「緊張しなくていいんだよ、マキナ」

 ふと、彼女の名前が自分の口から出る。それは後から思えば不思議なことであったが、そのときは何も思わなかった。知っているから出た、それだけの――自然なことであった。

「お兄さん……マキナは、マキナはどうすればいいですか?」

「どうしたの?」

「お兄さんに、力を貸したい。それがマキナの望み……でもマキナが力を貸したら、お兄さんは神様に近付きます。マキナは……マキナはどうすればいいですか? お兄さんを、独りぼっちにさせたくありません。だから……」

 少女の頭を、額の歯車を避けて撫でる。そうすると彼女は落ち着いてくれることを、やはり知っていた。

「あれ、俺……」

「お兄さん?」

「あ、いや……マキナは気にしなくていい。これは俺が決めたことだよ。俺が決めて、マキナが決めた。そうでしょ? だからさ。俺のために迷わないでよ。俺、ダイジョブだかんさ」

 少女が抱き着き、ミーリがそれを受け止める。それもまえにしたことがあるような気がしたが、違和感と呼べるものはなかった。

「お兄さん、マキナは……マキナはミーリお兄さんが大好きです」

「ありがとう。俺もマキナのことが好きだよ。神様の中で、一番」

 すべての歯車の動きが加速する。その回転の中で、少女はその唇を――

 目が覚めた。

 日はもうすっかり沈み、辺りは暗くなって街灯がついていた。噴水の側ではカップル達がイチャつき始め、独り身はさっさと退散しろ的な雰囲気が流れている。

 なんだか前に来たときも、こんな感じだった気がする。

「帰ろ」

 邪魔者はとっとと退散しますよと、見せつけているカップル達に視線を配る。だが行こうとすると、上着の裾を掴む手があった。

「あれ、ウッチー」

「ミーリ……少し、話をしないか?」

 ベンチに二人で座り直して、お互い無言のまま噴水を見つめる。たしかまえにも、こんな感じでやや遠い距離で、同じベンチに座った気がした。

「とうとう明日だな、調子はどうだ」

吸血伯爵イアル・ザ・ドラクル、最強の吸血鬼でしょ? 正直不死身っていう時点で相当、えるよね。まぁ、勝つけど」

「それは余裕か? それとも虚勢か?」

「虚勢だよ、紛れもない。でもそれくらい張れないとさ。そうでないと、あいつは……」

 ミーリの言うが、学園を襲撃した少女であることは理解できた。濁した先の言葉が、何を言おうとしているのかもわかった。

 だが少し嬉しかった。もしその先をはっきり言われたなら返す言葉を失っていただろうし、ミーリとこれ以上いるのが辛くなりそうだった。

「そうだな……ミーリ、おまえは私が守る。おまえにはあの少女と決着をつけるという義務があるのだろう。だから、私が守る」

「ウッチー……あんがと」

「それで、だからというわけでは……ないのだが。この討伐依頼が終わったら、言いたいことがあるんだ。聞いて、くれるか?」

「いいけど、今じゃダメなの?」

「実際、今でもいい。だが話した結果、明日の討伐に響いては意味がないのだ。だから、終わったあとだ」

「……わかった。じゃあ約束ね」

「あぁ」

 そのあとは二人で途中まで一緒で、翌日に向けて早めに帰った。 

 家に着くとお互い自分のパートナー達に迎えられ、今日はどこで何していたかという話題をしてから夕食を取り、そして早めに就寝した。

 誰一人夢も見る暇もなく熟睡し、万全の状態を持って、翌日を向かえた。



 

 


 

 

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