愛してるから
第一闘技場・リブルにて、練習試合が行われていた。
相手は神討伐を想定した作られた、龍を模した霊力の塊が三頭。桁外れな生命力を誇示する龍種を再現し、不死にも近い性能を持つ。
そんな三頭を相手に、ミーリは肉薄した。接近しながら拳銃を乱射し、龍の体にいくつか小さな傷をつける。
同時に肉薄していたオルアは途中で停止し、旗を足元に突き立てた。
「あぁ人の生のなんと残酷なものか。泣けるものだ、嘆くものだ、酷いものだ。だが人々よ迷うな、振り返るな、立ち止まるな。我が旗を見上げよ。神はここにいる! “
光で張られた結界が、ミーリと三頭を囲う。
ブレーキをかけたミーリは複製した剣を、一斉に突撃させた。龍の体が斬り刻まれて、血の代わりの霊力の液体がこぼれ出る。普通ならすぐさま傷が塞がってしまうはずだが、傷に塞がる様子はなかった。
さらに
そのスキを見逃すことはなく、紫の長槍が刺し貫いた。龍が次々と力尽き、霊力へと帰る。
「ウム! 二分ジャストだ! お疲れだったな皆の衆!」
タイムを計っていた空虚のパートナー、
「しかし、わしも戦いたかったぞ」
『戦は派手なので、練習で使ってはあとでここを使う皆様に迷惑です。我慢してください』
「まぁ本番ではおまえの力も必要になる。そのときは頼むぞ、戦」
「ウム! 任せるがいい!」
頭を帽子越しに撫でられて、戦は上機嫌。その様子から立ち尽くすミーリへと視線を移したオルアは、その違いに小さく吐息した。
『ミーリ、オルアの結界の力は本物よ。何が不満なの?』
ロンゴミアントが訊くと、ミーリは槍を振り回して天井を仰ぐ。その目はさらにどこか遠くを見ていて、意識はそこにはない雰囲気だった。
『ミーリ、あの女には多分通用しねぇよ』
ウィンの言葉にミーリの拳銃を持つ手に力が入る。
『この結界は、あくまで不死の力を無効化するっていう、
ミーリは無言のまま、どこにもぶつけようのないものを抱えたまま、フィールドを去る。おそらくそれはチームの不協和音にもならぬまま、ミーリは戦場に持っていくのだろう。三人の神霊武装は、それが心配だった。
そんな心配を感じてか感じてないのか、ミーリはその後一人でシャワー室に入った。水と一緒にそのモヤモヤを流したかったが、そうはいかない。
生憎と故障ぎみのシャワーからはときどき水も出たが、今のミーリにとっては温度などどうでもよくて、いつまでも首筋に浴び続けた。
おもむろに、顔を濡れた手で覆う。
あの日、燃え盛る別荘で、告白した。
殺したいほど愛してる。
彼女はそれを、直接的に受け入れた。彼は私を殺してくれる。愛してるから、と。
だが実際それは事実で、本当にそう言ったのだ。
殺したいほど愛してる――愛してるから、殺す。
彼女にはそれだけの罪があり、彼女に対してそれだけの愛情と殺意がそのときあった。今はどうかと聞かれると、首を傾げて考えるところである。
愛してるのは当然だし、殺したいのもまた当然。だが――
「何を考えているの?」
不意に、女の子の声がした。下を見ると、腰に手を回して後ろから抱き着く腕が一本。その子が誰かなんてことは愚問で、ミーリは振り返ることなくシャワーも止めず、その腕だけを見つめ続けた。
「今調度、君のことを考えてたとこ」
「そう、嬉しい……」
彼女の――ユキナの頬が背中に触れる。強く抱き締める彼女の腕は相変わらず細かったが、おそらく絶対に離さないだろう力を持っていた。
何より彼女の言葉がそうさせない。
「ミーリ、あなたはきっと私を殺してくれる……でも今のままじゃ無理。そんなに弱いあなたに殺されても、私成仏できる自信がない」
「じゃあ成仏できるまで殺してあげるよ。それとも俺に、学園最強より強くなれって?」
「そうね、せめて人間側の最後の砦である三人よりは、強くなってほしい。あなたの師匠、スカーレット・アッシュベルを超えるくらい」
「師匠超えねぇ……まぁいつかはするけどさ。でも大きく出るじゃん。あの三人より強くならなきゃ、殺せないって言いたいの?」
「えぇ。でも、スカーレットでも他の二人でも、私は殺せない。私を殺せるのは、ミーリだけなの……」
ミーリと一緒に濡れながら、ユキナはその背に頬をつけたまま離れない。
そのとき水に紛れて、ユキナの涙まで流れていることまでは、ミーリは気付くことができなかった。
「だから私、あなたに強くなってほしくて、ブラドに頼んだの。あなたと戦ってって」
「ブラド……
「
頬を擦りつけ、濡れるミーリの背中で笑む。
学園最強は自分に向かってくるだろう吸血鬼最強を想像して、大きく吐息した。
「勘弁してよユキナ。俺なんか悪いことした?」
「あなたはしたんじゃなくて、されたんだけど……そうね、強いて言うなら、あなたが私以外の神様に愛されて、神様に近付いているから」
「何それ、知らないんだけど」
「そのうち知るわ。自分が罪な人ってことに……」
ユキナはミーリの背に口づけすると、そっと腕を離し身を引いた。水を踏む裸足の足音が鳴る。
「じゃあねミーリ、彼女達によろしく言っておいて」
「ちょい、彼女達って誰」
「それもすぐ、わかるわ」
濡れた裸足が床をこする音がすると、そこから足音はしなかった。シャワー室の外は濡れた何かが水滴を飛ばしたかのように壁や床が濡れていて、足跡などはなかった。
ミーリはおもむろにシャワーを止めると、思い切り顔を上げて髪の毛の滴を飛ばした。そして一息。
それと同時に、ロンゴミアントがシャワー室の前までタオルを持ってきた。
「ミーリ、もう出る? タオル持って来たんだけど――」
突然、扉が開く。そこには当然裸のミーリがいて、ロンゴミアントは慌てて後ろを向いた。
「ど、どうしたの?! 急、に……」
背後から、ロンゴミアントを抱きしめる。
ミーリは何も言わなかったが、今にもすすり泣きそうな呼吸を漏らしていることに気付いて、ロンゴミアントも何も言わずに抱かせた。体が濡れることなど構いもしない。
「ミーリ……」
首だけ振り向き、そこにあったミーリの横顔に唇をつける。濡れた髪の触感とが頬をすり、少し痒い。だが構わない。何故なら彼が今、辛そうだから。
「私はあなたの槍、だから頼って。私を取って。私を握って。そうすれば、私はあなたに応えられる」
その後、ミーリは力尽きるように眠った。結局翌日になるまで起きることはなく、神討伐のための遠征まで、あと一日となった。
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