第II部 遠征篇
序幕 最初の帰還
最初の帰還
ミジンコが
王の近臣一同が暗い廊下に侍っていたが、王の
ミジンコは随分長い間宿舎にて待ったが、ついにその日は王との面会は叶わなかった。他に何らかの事情があってのことなのかもわからなかった。その間彼の部屋を訪れる者もなかったし、彼も下手に動くことはせず言われた通り、ただ待った。
翌日も、ミジンコは王の許へ通されなかった。その日は朝から薄暗く雲がかかり、陽は射してこなかった。朝一番と昼前に寄宿舎を出て本塔にある王の間へ向かったが、やはり近臣達が王に面会することを許さなかった。彼らは、
ミジンコは仕方なく食堂へ移動したが、ちょうど昼時というのに驚くほど人が少なかった。騎士の修養中の時(彼自身は一人で食事することが多かったが)、いつも昼時は賑わっていた。なのに今は広いがらんとした食堂の所々に、二、三人ずつのグループが各々距離を置いて会話もなく、陰気な様子でスープをすすっているのだった。
「あるいはヨグルトの謀反の影響なのか? しかしまだ何ら直接の被害が及んでいるわけでもないのに。それとも王の悲嘆が伝わっているのだろうか……」
食堂係の姿はなく、各々自分で勝手に持って行くように、幾つかの皿と記名張が台に乗せてあった。メニューは力を付けるには質素で、スープは幾分冷めていた。見渡す限りミジンコの知っている騎士は見えなかったが、帳簿に記された名も知らない名前ばかりだった。訪れた者の数自体も少ないようだった。
ミジンコがぼやぼやと記名帳を眺めたりスープを汲んだりしている間に、二、三の集団はもう食器を片付け出て行き、長テーブルの隅や窓際の席に全部で四、五人の男が各々独りで座っているだけになった。
窓の外の雲が厚くなると部屋は異様に暗くなり、誰の顔もよく見えなかった。ミジンコも窓際に腰かけ、手早く食事を済ませたが、その間に他の者はもう皆食堂を出ていた。
城内はほとんど人の行き来がなく、午後はしばらく緑宝石の街を歩いた。王に会う前に、ヨグルトのことが少しでも聞けないかとミジンコは思った。空はますます雲が厚く、のしかかるようになっていた。
冬末が終わりアラタナス座の月を迎えるこの時期は、いつも商人やとりわけ花売りが多い。それがほとんど見られず、人の行き来がないわけではなかったが、町民たちは妙にこそこそ歩き、小声で話をする。閉まっている店さえ目に付く。ミジンコの入ったことのある喫茶店や軽食堂は何処も開いていなかった。花を飾る家は少なく、あっても色が悪かったり、既に萎れていたりするのだった。
そしてとうとう、小粒の雪がちらつき、とても春先の月と思えぬ風景になった。人々はまだ昼の時間のうちに通りから姿を消した。
夕方前に再び面会を求めに行くと、王間の前は真っ暗で、
「王は考えておられる」「王はお悩みだ」「王は独りで策を練っておられる」と彼らは言った。
「王の許しが出たら、こちらから迎えを
ミジンコは図書室へ一度だけ行って本を十冊ほど借りると、やはりいつも人の少ない食堂との行き来を除いて、ずっと自室で過ごした。図書室は明かりが
「……アラタナス座の月は、流動を示す。羊に角が生え、群れを成して銀河を渡っていく動きが見られる月だ。宇宙の気流の激しい時期だ。それがどうやら淀んでいる」
独り言のようだった。男は灰緑の衣に全身を包んでおり、兵士には見えなかった。
「……アラタナス座は火に属する。今は、火が淀みを示している……」
影のかかった男の顔の不気味さに、話しかける気は起こらなかったが、見覚えのある服装のように思えた。しかし、城に呼ばれた占い師か錬金術師なのだろうと思い直した。男はミジンコに気付いている様子もなかった。
四日を過ごすと、自室から出ることさえ禁じられ、運ばれる簡素な食事を取るだけになった。もうあらかた本も読み終えてしまっていた。その日、ミジンコは頭に浮かぶこともなく、降ったりやんだりを繰り返す粉雪を眺めるばかりだった。
翌朝、ようやく王からのお呼びがかかった。
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