第3章 マコと土毒蜘蛛

囚われたマコ

 年が明けたあたりから、ユミテの都にちらほらと、マコの噂が聞こえ始めていた。旅立った四人の騎士のうち、真西に向かったというマコは確かに、ミジンコと一番近い距離にいることになるはずだ。

 最初のうちは、クシュウイン族の探求者の一人がユーハナ峠を抜けたとか、安亀県で県令のもてなしを受けたとかいう程度だったが、そのうち妖果実ロヒィテを討伐した勇者マコだとか、冷牟井レムイ魔境から帰還し得たマコ卿だとか名前も聞かれるようになり、風評は都の巷に広まっていった。(尚地名から推測するに、北西~西果てよりの進路を取っているのが窺えたが、行動範囲は広く、また噂に従うと随分短期間で移動しており、マコの探索自体はあまり芳しくないと思われた。ただ、各地で随分な功績を挙げてはいた。)

 しかしそれも、霊亀レイキ県という名をミジンコが耳にする頃までだった。ミジンコはその名に何となく不安を覚えたのだった。するとやはり間もなく、王宛の手紙を携えたマコの小動物の死骸が亀圏キケン州のあちこちで見つかったという噂が流れ、程なく、猩魔山しょうまさんに隠れ住むというカラス天狗が数人このユミテにも飛来し、マコが七骨峠しちこつとうげで囚われたらしいことを知らせて飛び去ったという。ミジンコはその現場には居合わせなかった。

 このカラス天狗というのは、七骨峠にかつて城郭や温泉郷を築いていた旧勢力の残存者で、マコがその場所で囚われたのが事実とすれば、その捕り手はおそらく、彼らの住居を滅ぼした土毒蜘蛛ツチグモであろう。

 思えばマコは不憫であった。マコは、かつて姫が、後に彼の求めるところとなるその指で西を指したことから、姫の指の在り処を、西の拝火教団の宗教集落か、あるいは散在する西域温泉地だと推測していた。しかしマコも、姫が火の魔法の使い手であることを知っていれば、あまりに多すぎる温泉地など巡る必要もなかったろう。そして秘境七骨峠しちこつとうげの禍禍しき土毒蜘蛛なぞに囚わることも……。しかしマコは、仮にそこにある可能性高しと見たとて、拝火教の聖地は避けていたかも知れない、とミジンコは考えた。本来ならヨグルトか私が行って始末をつけるべきである場所――マコはあの土地には相性が良くない。それに、姫の火の魔法の秘密を知っていたのもヨグルトと私だけだったのだ。ヨグルトは彼にとっては好所、戦いやすい東の海域へさっさと行ってしまったし、私とてわざわざマコと使命を取り替えてやって西域などに行く気も起こらなかった。だけどもしマコが死んでしまったら、その時はここの仕事を終え私が向かうべき場所――であろうと。


 翌日の正午、ミジンコは噴水のある街の広場で二人のカラス天狗と会った。

「やはり間違いございませぬ。あの今となっては戻るのも忌まわしい――奴目が巣くっておりますゆえ! ――廃墟に、マコは囚われ早二十日になります!」

「化け物はマコを生かしているのか?」

「あやつめは、常に痛みの途切れぬやり方で、百日かけて獲物の血を残らず抜き取ります! 奴の巣は逃れ得ぬ囹圄れいぎょ……」

「それが本当ならあんまりだ。何かよい方法はないのか?」

「マコは、貴方に、助けを求めておりますミジンコ殿!」

「……七骨峠の地理を簡単に教えてもらえるか?」

「宜しき哉。奴の巣食う廃墟――今ではかつての名残なくあやかし城と呼ばれておりますところ――にはいささかの距離がありますぞ。ずは列鵠仙れっこくせんの穴倉を目指します。それから……」

 土毒蜘蛛の陣取る山の裏側に隠れ里があるというカラス天狗も、若干の援軍を口約束した。ミジンコはその日中のうちに仕度を整え、軽い荷物を持って夕刻出立したのだった。ミジンコはビスケミンクらに事情を話し、皆はそのまま都で探索を続けてくれることを承知した。ビスケミンクはミジンコに従って救援に行くことを願ったが、彼は断った。デラネテはユミテ州王への兵の要請を提案したがこれもミジンコは拒んだ。

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