冷季節祭の夜
結局悲しいことは繰り返しやってくるもので、冷季節祭の始まる二十三日の前夜に、寒さに弱い動物トグロは熱を出して寝込んでしまった。
官吏であるビスケミンクの兄デラネテもその晩からは仕事を解かれ、祭りの日は皆と一緒にいようと部屋を訪れたのだが、病気のトグロを心配して国医のもとへ出向き薬を持ってきてくれたのだった。トグロに早速熱冷ましの薬を処方してその日は寝たが、翌日も動物の熱は引かず、夕刻になると、可哀想に動物はクサリ病になってしまった。熱のため動物の体は弱って、細菌や微小な虫に侵されてしまったのだった。
もう冷季節祭は始まっていた。初日の夜のパレードの笛の音が、太鼓の音が、人々の歌い声が、曇った硝子の窓越しに小さく響いてきていた。
ビスケミンクは外に出ずに、ずっと動物の看病をしていた。次の日になると、さらにひどくなった動物の腐蝕部から、涌いた虫や蝿を取り除いていた。動物は大部が黒くなっており、こうなるともう助かる見込みはなかった。トグロは喋ることもできなくなっていた。パコッタは時々部屋を見に来たが、いたたまれなくなってすぐに出て行った。ミジンコも一緒に部屋にいて動物の汗や汁を拭いていた。ビスケミンクに、もう部屋を出ていいと言おうとしたが、今までついてきてくれたけな気なトグロの前ではやはり言えなかったし、彼女も最期まで看取るつもりだった。トグロは、夜半過ぎに死んだ。その日もパレードは終わって、静かな夜に鐘の音が響いていた。
冷季節祭の最後の日、ミジンコは昨晩衣に包んでおいたトグロの死骸を埋めにいくことにした。ビスケミンクは、布団を深くかぶって眠ったまま起きなかった。パコッタがユーテルナ館の入口にもたれていて、祭りも最後だし今日はひとりで見に行こうかと思っていたところだと言い、動物を運ぶのを手伝ってくれることになった。死骸は、腐敗が激しかったので、廊下の窓の傍に出して固めてあった。パコッタによると、バハマはトグロが病気になって直らないだろうと聞くと、それからずっと暖炉のある部屋でうずくまって泣くばかりで、今も泣いているのだという。
「バハマはもともと頑固な爺じゃったから、死ぬ前に一度あんなくらい泣いといた方がいいんじゃ」祭りの賑わいが随分遠く聞こえる小さな林まで来て、トグロを埋め終えると老人は言った。「わしら、太守によおくお世話になったが、こうして、もう最後じゃろうが館を出て都を見て回れて幸せなんじゃ。館でずっと暮らして、とびきり楽しいこともとびきり悲しいこともなかったからの。昔みたいに戦争もないし、それでいい老後じゃと思うとった。でも何と言うか、けっこう貯め込んどった感情を、一気に出せた気がするのじゃわ。このずんぐりしたの(トグロ)は、気の毒なことじゃったが……。
わし、祭りを見てくるわ。できればあんたが、お嬢さんを誘ってあげれば、わしも、バハマも本当に嬉しく思うんよ。これは本当なんじゃ」
そう言ってパコッタは、人ごみの方へ、林を抜けて歩いて行った。
ミジンコは寄宿舎に戻ると、ビスケミンクも部屋を出てきたところだった。
「ごめんなさい、寝過ごして……私……。兄から、ミジンコさん達が埋めに、……お墓を作りに行ったって聞いて」
「もうお墓は済んだ。……済んだけど、墓標も花も忘れていたから、それを今から買いに行って、お墓に添えて、その後はせめて最後の夜の、パレードに私らも加わろう」
二人が寄宿舎から、人々のざわめく街路へ出てみると、雨が降ってきていたのだった。祭りをしていた人達が、めいめいの家や、店や、この寄宿舎にも、駆け込むのを立ち尽くす二人が見る中、雨はどんどん強くなった。街は真っ白く濁り、木々の灯が見えなくなり、飾りや小さな旗は雨に流された。
「墓はわからなくなるな。林の中も、空気は冷たくなる」
いつまで経っても雨が小降りにさえならない中、冷たい十二月の夜に、二人は青い花を持ってトグロの眠る林を訪れたのだった。夜は暗く、パレードも、鐘の音もなく、雨の音だけが響いていたのだった。
滅多にない十二月の雨は、冷季節祭が終わって、冬深(十二月末日まで)の間中振り続けた。また年初め(一月初旬)にかけても賑わうはずだったユミテの都は、この冷たい雨の中でひっそりとしてしまった。ミジンコの探索も一時休止することにしたが、各自、自室で小さなゲームをしたり、暖炉のある部屋で寝転んだり、気晴らしに近くへ食糧を買いに行ったりするばかりだった。
年が明けると雨もやみ、街は活気を取り戻し年明けの祝いが方々で始められた。髪の探索も再開し、雨で何処かに流れていないか心配されたが、前と同じくらいの順調なペースで見つかり、ユミテの夢滞在二ヶ月が過ぎる頃(一月半ば)、探し物はとうとう残るところ一桁を切った。
(第2章了)
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