夢の都ユミテ

 ミジンコ達はテラス=テラの太守館を発って、二日は各晩、丘陵下の宿に泊まった。三日目にはもう都の大丘陵の上りに入った。その中途で日が暮れたため宿をとり、四日目の正午、州都〝ユミテの夢〟に入ったのだった。

 街のどの家も、戸口や二階の出窓、屋上に好きな木や植物を植えて育て、今は様々な色の落ち葉が舞い過ぎ行く秋を示していたが、冬を迎えようとする季節もこの土地は賑わっていた。

 ユミテ州は、中原がかつての大火で燃えた時に多く人民が避難し、移り住んだ土地である。その中には学者や豪族も多く、彼らが資金を投入し丘陵を人が住めるよう開拓し、当時の州王も加わって協力し合い畑や果樹園を実らせ今豊かな国となっているのであった。東西では未開のままの丘陵帯がそのまま国境の役割を果たしており、ユミヒース郡、天ピリア郡、天使化石郡、テラス=テラ郡、首乃骨郡、余り骨郡、ユド郡の七郡が州都を取り囲んでいる。

 植物や果物は豊富だが、動物の方で特徴的なのは、この州にしか生息しない七本足の猫が州都近辺でよく見られるというくらいで、トグロやそれに類似するような動物(ウサモトやモモフト兎など)あるいは怪物の類はいなかった。その他は、州都やどの郡にも同じように、犬、足長犬、ターコイス(豚の一種)、食用カエル、食肉用に肥大させられたコガネムシなど何処でもごくふつうに見られる生き物が愛玩動物や家畜として飼われているだけだった。特産品で言えば、西境の丘陵地帯(首乃骨郡やユド郡の辺境)に点在する塚には幾種かのお化けの奇形が埋まっており、これが珍品として王侯や領主に高額で裏取引された。これを採ろうとして土俗の巨大なビラのある虫の類(あるいは痩せた竜の一種とも)に運悪く見つかると殺されることもあるので、そこへ行って採掘を行う者は少ないということであった。

 

 ビスケミンクの兄を頼ることができ、おかげでミジンコのユミテ滞在は随分楽なものになった。彼女の兄の住み込むユーテルナ館と呼ばれるその寄宿舎は、これから迎える年初め(一月)から冬末(三月)に向けて休暇を得、郷里の郡へ帰省する者が多いので空き部屋があり、高官である彼の紹介で、その間なら無料で二部屋分借りられることになった。また、仕事と身分ゆえ、もう十年間テラス=テラの実家へ帰ることのなかった彼は、成長した妹との再会を大変喜んでいた。この地盤があって、ミジンコは使命である姫の御髪探しに集中することができた。彼女の兄デラネテにはとくにこのことについては言わなかったし、彼の方でも詮索するようなことはなかったのだが、この使命を知ったビスケミンクは、実際の探索にまで協力してくれた。

 ユミテの都に降った鴇色ときいろの雨については、多くの人がそれを見て知ってはいたが、とくにそれについてその後も考えている人はいなかった。この広い都でそれを探すことは困難を極めたが、鴇色をした髪を持つ人などおらず、もし見つかれば、それは確実に姫のものだと判別できる。そして、一週間もすると一本が見つかり、次の週のうちに二十本近くが集まった。今はユギエル座の月(十一月半ば)、ミジンコは冬深(冬が最も深くなる十二月末)を目処に自分の任務たる髪の毛を集め終えたいと思っていた。

「ねえ、ミジンコ。もうすぐこのユミテの夢は、ミカエル座の月(十二月終盤)の冷季節祭に向けて、色とりどりになるわ」

 都に付いて来たビスケミンクは探索を黙々と続けたが、一日を終えユーテルナ館に戻ると、とくに成果があった日は明るい笑顔でミジンコや仲間に話しかけた。

「どの家も自分の家の植物に、あらゆる色の灯かりをともして、この州にいないたくさんの動物の形の飾りを付けて、冬を祝うの。他の州の冬は、皆家に籠って、暗く寒いらしいわ。ミジンコの州もそうだった?

 私は毎年この季節になると、いつもお城の塔からそれを見ていた。寒くて風邪を引くからと言って、父上や、バハマやパコッタが、窓は開けさせてくれなかったけれど。ね?」

 何も聞かず「鴇色の糸くず探し」に協力してくれている二人のじいも、ビスケミンクの話に楽しそうに笑い、「わしらも人生の終わり前に、再び都に出させてもらえてよかった。出る前は、もう館から出るのも億劫じゃったのじゃよ」といつも言うのだった。老人達はさすがにすぐ疲れが出るのか、目が悪いのか、なかなか髪の毛を探し出すことはできなかったが、それでも今まで溝の中や家畜の餌箱から三本を見つけていた。ビスケミンクは都中を走り回り、二十本のうち半分を探し出していた。尚疲れを知らないような素振りを見せていたが、都へ来てからの彼女は、あどけなかった表情に何処とない悲哀が加わったように感じられた。

「私もいつか必ず、都の冷季節祭に参加しようと思っていたの。それがミジンコのおかげで叶ったわ。そう、私はトグロの形の小さな飾りを二つ作って、この寄宿舎の屋上にあるマルテの樹のてっぺんにつけましょう」

 生き残りの二羽のトグロもユミテ国へ入ってからは元気で、一本も見つけることはなかったが、このけな気な動物も探索に加わっていた。動物嫌いだったバハマも今では、トグロのぼんぼりに触れるくらいはできるようになって、彼なりに親交を深めていた。


 しかし滞在三週目が過ぎ十一月が終わろうとする頃、トグロのうち一羽が、いつもなら早々と帰宅している夕方になっても戻っておらず、その一羽にはとうとう再会することがなかった。ミジンコはこの旅で、トグロが忠実で且つ純真な動物と知ったので、逃げてしまったということではないだろうと思った。トグロはおそらく悪い商人に捕まって、売られるか食べられてしまったのだ。バハマは、「やはり動物か……!」とつぶやいて、しかし彼だけがその動物のために泣いた。ビスケミンクは、夜中トグロを探したあと、何も言わず、ただ悲しそうな顔を見せていたが、次の日からまた黙々と髪の毛の探索を続けた。とうとう最後の一羽になったトグロも、それを助けた(彼は四週目にして自分の手で初めて一本を犬小屋から見つけ出した)。

 そうしてユーテルナの館に到着してから一ヶ月が経過し、髪の毛は、ばあやの言った百三十三本のうち百三本が集められていた。(十二月半ば)

「もうひと息ね」

「ありがとう、皆。残すところ三十本。だけど、目星を付けていた冬深までには、残念ながら間に合いそうにないな。本当は冷季節祭(※十二月二十三日~二十五日が本祭。もう街はほとんどの家や商店街が飾り付けを終えている)までに終わらせて、軽やかな気持ちで私達もその日は祭りに加わりたいと思っていたのだが。二十五日が終わればせっかくの街の飾りが全部取り払われてしまう。本祭の行われる三日間は、皆で休んで、祭りを見に行くもよし、加わるもよし、はたまた寄宿舎の暖炉の前でお酒を飲んで寝るもよし、としようと思うんだけど……どうかな?」

「いいぞ、いいぞよ。まあ、わしらはほとんどぐうたらやっておって、役に立っておらんから。あまり気は遣ってもらわんでいいが、とりわけ若いお二人はよう頑張っとるから、ゆっくりしなされ」

「もともと、私のやるべきことです。本当なら一人で、何年かけてもやらないといけないことだったのですが、お嬢さんや、パコッタさん、バハマさんの助けで本当にどれだけはかどっていることか……。実際の捜索だけじゃありません、気持ちも……一人でこれをやっていたなら、途方に暮れて、本当に何年もかかっていたかも知れません」

「なァに……」パコッタは気恥ずかしそうにして、鼻の頭をかいた。

「わしはお嬢様のためにやっておる。お嬢様があんたさんを助けると言ったら、それすなわちわしもあんたを助けるゆうことじゃ。むろんしかし、こうやって都中を見て回れるのは、全然いやじゃあない。わしなんか、パコッタの倍はこの不思議な糸切れを見つけておる。もっとも、何のためにこれを使うのか、わからんし、これ自体に興味はないがのう」

「バハマさん、本当にありがとう。ビスケミンクも、間もなく訪れる冷季節祭に備えて、もう今から一週間は、綺麗になった街並みを見て歩き、探索はそのついでくらいに考えて、飲食店や喫茶店で休みながらやってくれたらいい。冷季節祭は、楽しもう」

「……うん」ビスケミンクはテラス=テラで初めて会った時よりは幾分やせて、肌も外の冷たい空気に触れていっそう白くなったように見えた。「でも、それまでは、一生懸命探します」

「お嬢様……私めも、一生懸命、やりますよ。でも、冷季節祭には、わしはじゃあ、本当にお酒でも飲んで、暖炉の前で丸くなってますわ」バハマは言った。

「ではわしもそうしますか。お嬢様は、騎士様と、そうじゃ、お二人で少し仲良く……つまり冷季節祭によくあるような、恋人同士のように、街を歩いてきてはどうですか」

「トグロも!」うとうと眠っていたトグロが起きて言った。

「トグロはわしと、暖炉の前で寝るのじゃ! パコッタが見張りに付いていけばええじゃ」

「ふふ、なんで見張りがいるんですの」

 ビスケミンクも今は、楽しそうに笑った。皆も笑っていた。彼女が、何気なく言ったひとことを、ミジンコは心の中で反芻してみた。そうなのだ、見張りなんて本当に要らない。自分は聖騎士だ。今では身近になったこの女性に、触れることもできないのだ。他の三人は――ヨグルトは、ヨワリスは、マコは、探索を何処まで終えているだろうか? 冷季節祭さえ自分は本当は休めないのだとミジンコは思った。だけど、ミジンコもせめて今この時だけは、皆とただ楽しく笑っていたかった。

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