ネムネテ森の戦い(3)ヨデアの樹の決戦
おぞましいオバーバの城の戦いは、半刻近く経ってようやくけりが付いた。力の弱まった虫の牙と巻きつく体を抜けたミジンコは、落とした剣を拾ってとどめを刺した。
下がっていた広間の温度は、魔女の魔法が完全に切れたためか、あるいは流れ出した昆虫の体液のためか常温に戻りむしろ蒸し暑く気持ち悪かった。体液でべちゃべちゃになった床に、二羽のトグロが体を浸して死んでいた。虫の尻尾にやられたのであった。
「仲間を悼んでやりたいが、なるべくこれ以上犠牲の出ないよう、すぐさまヨデアの樹の根城へ我々も向かおう。追跡隊が逃げた一人を無事捕まえていればいいが、あいつを捕まえられないまま深追いしてしまうと危ない。仲間に合流されてしまっては勝ち目はないのだ」
薄暗い森を駆ける。旧ムデムデの居城を通りすぎ、さらに駆けると、梢の隙間から他の樹々より頭ひとつふたつ分と高く
ヨデアの手前にあるガレキンの廃城に来た時、追跡したトグロの一羽が行き先の方向から走って来た。
「ミジンコ隊長! 報告します。ワレワレは例の、ヨデアの樹に敵を追い詰めました! だが、大部のものどもはそれまでに逃げ散らせました!」
ミジンコは驚いた。このトグロ達が手練れと聞いていたセンチピデアの盗賊団を本当に追い詰めたなんて容易く信じようもないことだった。
「ここからちょっと前の場所で、ムカデの一味は、ワレワレを待ちかまえていました。だがワレワレの追っかけていたやつが叫んで、ワレワレが魔女の城から追ってきたと言うのを聞くと、そのまま一緒になって奥へ逃げて行ったんです」
なるほど。盗賊は、トグロを魔女の手先と勘違いしたのだ。うまくやった幸運な動物達に、あとで褒美をやらねばなるまいとミジンコは微笑んだ。
「ワレワレは奴らムカデ盗賊団が敵と心得てましたから、そのままムカデの旗を追っかけて行ったら、とうとうヨデアの樹にやつらを追い詰めたんです」
「よくやった。モゴラーヌ達がまだ包囲しているのだな」
「もう済みました」
「何?」
「報告します! 最後、ヨデアの樹の根城に立て籠もった盗賊残りは七人に過ぎませんでした! モゴラーヌがそのうちひとり殺し、もう一羽大きいのが頑張ってひとり殺し、全部で二人こわしました! その二羽は、出てきたロクムカデとナナムカデと名乗るやつになぶられて、へばりました。でも、馬鹿なあいつら、そのあとマモ竜のいる裏の林の方へ逃げて、とうとう戻って来ませんでした!」
「モゴラーヌとその、大きいのは……死んだのか?」
「死んでしまいました! 討ち死にです!」
「そうか……」
ミジンコは、肩を落とした。多少の犠牲は仕方ないものだし、トグロは本当によくやった。この報告トグロは、盗賊残党は裏の林へ逃げて、つまりそこに住むという古代の伝説の竜にやられたとでも言いたいのだろうが、残念ながら逃げおおせているだろう。古の悪鬼であるマモ竜など、もう遠の昔、過去の時間に連れ去られ、図版の中にしかいない、もう裏森などには存在しない生き物なのだから。
「他のトグロ仲間は?」
「あとも皆死にました!」
なんだって?
「お前以外、十九羽全滅したというのか?」
「みな必死で、逃げようとしたやつらを取り押さえに行ったけど、駄目でした……ワタシ、ビリで転んで、起き上がったら、もうみなが殺されていくところでした。……ンでも」
「お前が出遅れたのは気にしなくていいんだ。それでこうして報告を聞くことができたし、生きていてくれた。さき、……でも、と言いかけたな。なんだ? さあ、続けよ」
「ン……でも、ワタシ見ました。トグロ仲間寄ってたかって引っ張ったら、ナナムカデのポケットから落っこちたしゃれこうべが、西のユミテの都の方に飛び去ったのを!」
「……確かか」
その時、恐ろしい深みから響くような唸りと、森奥に悲鳴がこだましたのだった。樹々が倒れ、巨大な翼が見えた。化石のようにも見えたそれは、しかし、確かに羽ばたいてみせた。あれは……マモ竜。マモ竜だ。
悲しく深いおたけびが森中に響きわたり、重たい羽ばたきは森の空気を震わせた。だが竜はついに空へ飛立つことはなく、地の底へ沈んでいく。先の羽ばたきの音はもう、地響きに変わっている。別の時間へ沈み込んでいくもの達……
姫の体を奪った盗賊は、今、過去の怪物に連れ去られたのだ。しかし、私が探す姫の記憶は、その前に盗賊の手を離れ、今のこの世界にまだ残った。
「……行くのだ、ユミテへ! それから、敵を討ち取ったモゴラーヌと、大きいの、に勇士の称号を、戦いに散った者達に戦士の称号を与えよう。安らかに眠れ勇敢なる者達よ。そしてお前たち残ったトグロは今から、ミジンコ直属の旗本としよう」
(第1章了)
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