ネムネテ森の戦い(1)マグオの群れ

 夜半頃になって、トグロが騒ぎ始めた。と言っても、トグロらは主を起こすでもなく、何かに対しこそこそといぶかし気にささやき合っていたのだが、結局それでミジンコは目を覚ますことになったのだった。

 先程から、何かが野営を取り囲んでいるようなのだが、暗闇のため鳥目のトグロには見えないと言う。確かにミジンコも目覚めた時既に何かの気配を感じたし、かすかに足音も聞こえていた。しかしミジンコの目にも、全くの暗闇では何がいるのか確認することはできなかった。距離はかなり近い。

 戦いがあるかも知れない明日に備え早く眠ったわけだが、先手を打たれてしまったかとミジンコは思った。全隊が、森を背にして囲まれている形である。それにさっき知ったことだが、夜目が見えないのでは、今、仮に戦闘になってもトグロは役に立たない(ちなみに夜営の見張りの役にも立たなかったわけだ)。ここは戦意のないことを伝え、逃がしてもらうしかないか。まだ明確に、こちらが盗賊を追っていることが知られているわけでもない。

 そこまでミジンコが考えていると、取り巻く闇の中に動きがあった。包囲を狭めるような動きではなく、せいぜいひとりふたりがゆっくりと寄ってくる足音。しかもどうやら人間ではないらしい(盗賊団だって人間であるということはないのだが)、小さな足音だった。

「あのう……」

 拍子抜けするような、怯えた小動物の声を追討軍一同は聞いた。

「あのう、ぼくらは森の魔女の空き城に五十年くらい昔から住んでいるマグオっていう田舎の動物なのですけど、昨日の夜、危ない人達がやって来て、追い出されたんです。で朝戻ってみたらもういなかったんですけど、おっかないから森の浅いところを皆で泣きながらうろついていたんです。そしたらこんなところにあなた達いて……、ぼくら今もまだほとんどの者が泣きながらうろついていたところなんですけど、あなた達いてここ、通れなかったものですから……おそるおそる声かけてみたんです」

 闇から現れたのは、人間の膝くらいの全長しかない、きわめてひ弱そうな小動物だった。長い鼻が鼻水のようにぶらさがった、二足歩行の醜い生きもので、確かに泣いた跡があった。隣に来たもう一匹は両手で目を覆ってほとんどまだ泣いていた。

「そいつらは、どんな様子の者達だったか覚えているか?」

 ミジンコが声を発すると小動物はびくついて、あとから来た一匹は逃げ去ってしまった。そうして暗闇の方々ですすり泣く声がした。

「ごめんなさいっ! 何もぼくらしません」

 ミジンコは、比較的正常な最初の一匹を落ち着かせるのにも三十分ほど手間取った。そうしてやっと闇の中で泣いていた他の仲間もおずおずと出てきたが、マグオの単位でいう三匹がさっきの一匹の逃げたのにつられて何処かに逃げちってしまい、おそらくもう二度と戻ることはないだろうということだった。

 ともあれ、おかげで予想外なところで情報を得られることになった。

「恐い人達はこれから森の奥に行ってそこでしばらく過ごすので、一晩宿を借りるだけだと言っていました。そのあとどうするのか、ぼくたちを食べるのかって聞いたら、それからもっと遠いひしへ行くんだって言ってました。でもやっぱりあの人達はぼくらを食べる気がしたのでぼくら逃げてきたんです」

「危ない人達は、皆、青白い顔で死体のようでした。それだのに皆皆、剣を持って、旗を振り回して、硬いものを着て、そのどれにもむかでの絵が描いてありました」

 数はわからなかった(三匹、としか言えなかったからだ。この動物はどうやら三以上を数えることができないらしかった)。話しているうち、盗賊のことでも思い出したのだろうか、途中で泣き出す者も何匹かいた。ある者は、さっきから動かずじっとしているトグロを恐いと言ってまた泣き出した。

「話を聞かせてくれてありがとう。おそらくその一晩だけ宿を借りると言ったのは嘘じゃない。もう戻って大丈夫だ、かわいそうな動物達」

「いやいいんです。こんなおっかないところ。ぼくらもう田舎に帰ろうと思います」

 そんな臆病な動物がよくも魔女の古巣に住みついていたものだ、とミジンコは思った。そして、泣きながらこの小動物の群れが帰った故郷は何処なのか、マグオというこの惨めな動物は、後代のある動物地理誌の「絶滅した放浪動物」の頁にたった数行を残すのみである。

 

 翌朝。昨夜のことで寝ついたのが夜更けだったミジンコをよそに、トグロ達は珍しく活気づいていた。ランスを掲げたモゴラーヌが「ワレワレ一同、むかでを倒すんだ! むかでを倒すんだ!」と叫んで、他にも二、三羽が竹槍でそれを真似て、皆ではしゃいでいた。

「おはようございます、隊長。ワレワレ一同、昨夜の話をミジンコ隊長の傍に従っていたモゴランせんぽおから教えてもらいました。討つべき敵の正体がわかって気合をいれている次第であります!」

「むかでを倒すんだ!」

「むかでを倒すんだ!」

「しかしおそらく大きなムカデだぞ。剣も持っているし……」

 ムカデの紋章は、北方の独立領センチピデアの印だった。センチピデアの民は、退化した巨人族の末裔と言われる。背丈は人間より幾分高く、青白い顔をしており、生まれた時から全ての者が大人で、子どもというものは存在しないと伝えられる種族だった。ミジンコは幼い頃、この半ば伝説めいた話を聞いていつもぞっとしたのを思い出した。

「よし。ならば我々は今よりムカデ盗賊団追討軍だ。さあ森へ入るぞ」

 草原を照らす朝の眩しい陽光を背に森へ踏み込むと、薄暗く冷たげな湿っぽさに包まれた。

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