トグロ
トグロ達は、森の友達ウサモトを馬がわりにしてそれなりに乗りこなし、何も言わず追従してきていた。ほとんどの時もの言わぬ動物なので、眠いのか無関心なのか、初陣に緊張しているのか判別しがたかった。
ウサモトとは、
日中の内にはバックラー郡第一の町・メラに着きたいとミジンコは思っていたので、一時間もすると休息を打ち切り出発させた。
しばらくするとひとり、立派なランス(騎士の持つ槍)を脇にしたトグロがウサモトを駆りつつミジンコの横へ付けてきた。
「これハ……ワタシの先祖トグロが、昔のメメカブト州の騎士ワッカッカから奪ったものであります。悪い騎士で、先祖トグロ仲間を焼いて食べたのです、そいつハ。この太槍ハ、蟹虫模様が沢山、銀細工でなされた格式高い一品で、ワタシの古い巣穴に代々隠されてありました! そンで、この名誉ある戦に持ってきたンです!」
一風変わった喋りかたをするトグロだな、とミジンコは思った。トグロはもっと暗くてごもごも言うのが常だ。
「では名を聞こう。あなたの名は何と言う?」
「名! 名ハ……トグロです。ワタシらハ皆、トグロっていうンです……」
ミジンコは、快活だったこのトグロがやっぱりごもごも口ごもってしまったのを何となく不憫に思った。
「……うん。よし、ではあなたを我が隊の先鋒に推選し、モゴラーヌと名付け呼ぶことにしよう! モゴラーヌ。そのランス……太槍で、見事敵を討ち取ってみよ!」
トグロは嬉しくていっぱいになり、ぼんぼりを染めた。
「隊長ー! 推薦じゃなくて認定だよぅ! ミジンコさんが、この追っ手の隊長だろぅ?」
「そうだよぅ!」
「そうだよぅ!」
仲間の栄誉に嬉しくなったトグロ達もウサモトを寄せてきては、喜んだり笑ったりするのだった。
ねぼったい目をしたまま笑うんだな。でも今ようやく彼らは初旅の緊張を解けたわけだ。と思うとミジンコも、微笑んで彼らに返した。
メラの町に着いた時には夕刻で、盗賊に関することを聞いてまわるにしても翌日を待つことにした。
メラはバックラー郡では最大の町で、旅客や旅商人が多い。時間帯のせいもあったが、動物を泊めてくれる宿となるとさらに探すのが困難になる。結局、町なかの共同広場で野宿になった。トグロ達はまた元気を失ってしまい、木陰に群れて丸くなるとすぐ眠ってしまった。ウサモトは眠るトグロの円に寄り添って、彼らもまた見る間に眠った。疲れているのか元来そうなのか、この動物達があまりに早く眠りに入れるのをミジンコは羨ましく思った。
ミジンコは図書館から持ってきた正座と名前の本『ミルネステルダス』や『モクの書』を午前0時の町時計の鳴るまで読んだ。ミジンコの腰かける樹の頭上にも町の方々にも灯かりがともっており、この町は安全そうだ。他の街灯の下にも、宿にありつけなかった旅人達がうずくまって飯を食べたり本を読んだりしているのである。
しかし、ここでは盗賊に関する大したことは聞けないかもしれないとミジンコは思った。まずこのように安全な町に盗賊は来ていないだろう。町人は知るよしもなかろうし、旅人なら何か知っている者がいるか。しかし、姫の死とは内的なことであり、旅人らの与り知るところではない……。
ミジンコは灯から遠ざかり、群れて寝るトグロ達の傍に腰をおろすと、布団代わりのマントに身をくるませ横になった。それから、トグロか……とミジンコは思った。昼間、トグロが悪党から槍を奪った話を聞いたが、おそらく相手から勝ち取ったということではないのだろう。そもそも戦場で敵の手から奪ったのではなく、住居から掠め取ったという意味だろう。この動物は奪ったり殺したりするのに向く種類ではなく、元来、億劫な穴暮らしの、草野菜を集めたりウサモトの塒から盗んだり分けてもらったりする程度の草食動物なのだ。少しでも戦力の足しにと連れてきたものの、そんなトグロが三十いたところで、およそ六十はいる盗賊団とまともにわたり合えるだろうか? とはいえ、トグロは州に住む動物の中では知能のある動物とは言われる。
灯が、街外れの方からぼつぼつと消え始めた。眠れない様子のトグロが一羽、ミジンコが起きているのを見て歩いてきたが、話しかける話題が浮かばなかったのかすぐに寝床へ戻ってため息をついているようだった。
「眠れないトグロもいるのか……」
翌日、午前中いっぱいを使ってメラ町役場、商店街、朝から賑わう酒場、老婆街などを巡って情報収集を行った。
やはり盗賊の情報はほとんど得られない中、メラ一の大宿の食堂で、郡太守の館に雇われていたという者に会った。ムクの塔が燃えていた最後の夜に、そこで財宝が盗まれたこと、それにもしかしたら、太守が盗賊一味の正体をすでに調べ上げているかもしれないとのことを聞けた。
また、この男はもともとクラケン家に属する者だという。太守の所をお暇しクラケン家に帰る途中、メラの宿に滞在していたのだと。男は「もう潮時なのだ」と言ったが、彼がその許を去った太守のことを指すのか、それともこの州のことか、国のことなのかはわからなかった。大仰な衣を纏ったその男は、その口ぶりもあって魔術師か、あるいは錬金術師の類を思わせた。
ミジンコと彼に率いられるトグロの一団は、その日の昼三時頃、メラ乃宝石館へ到着した。メラの町より北三キロメートルに独立して佇む、砦と美術館を混ぜたようなその建物がバックラー郡太守の住まいであった。
「動物は困りますな! 動物だけはどうかご勘弁してもらわんと」
「少し話を聞かせてもらいたいだけだ。この者達を外で待たせるのも、長居はせぬからかまわないが……」もう少し言い方に気をつけてやれ、と言いかけたが、ミジンコは黙ってトグロ達に向き直り、哀れっぽい表情の彼らに優しくひと声かけて太守のあとに続いた。
格好も面持ちも上品そうな貴族の男だった。余計なことを言って、厚い外装の奥にありありと窺えるきゃしゃな神経とプライドを損ねることは避けたかった。情報の少ない今、盗賊達の動向について少しでも聞き出す必要があったからだ。
太守は、騎士に対しては礼儀正しくもてなしをしてくれた。
「レイピア湖に浮かぶムクの塔上に、私めもこの目で見ました。あまりに美しすぎるその炎はしかし、見つづけるには悲しみを耐えねばならなかった。近づくことはもちろんはばかられた。あれはそれだけの決意の火だったのです。火が最も輝いた最後の夜、私はバルコニーからそれを見るのを、夜、うむ、八時頃にはもうやめましたよ。寝る前にどうも感傷的になりすぎていかんと思いましたのでな」
太守は酒を出すよう召使いに命じた。ミジンコは黙っていた。そして太守はまた続けた。
「部下達も、遅い者で十一時には見納め眠りに就いたようです。今から述べることは、そのあとに起こったことになりますな。姫を焼身自殺に至らしめた元凶たるやつらは、闇を縫ってこちらの方面にやって来おったのでしょう。悲しみに沈んで眠る我々の館からも、やつらは掠めていきましたよ。先祖代々のメラ銀の盃、指輪、それから種々の宝植物。
報告いたしましょう。やつら――すなわち盗賊団、の人数は五十七人あるいは六十一人。盗まれた我が財宝の数が五十七だったのです。但し、そのうちの一つに蝋燭飾台がありまして、あれだけは特別に大きい。館の古宝です。あれは五つに分割できますので、あの賎賊の輩がそうして持ち運んでいったのなら六十一人ということになります。ですから普通の体躯の者が六十一人か、あるいは飾台をひとりで運べる馬鹿力の巨躯がおって五十七人か」
「本当にそう推測してよいものか?」
「お聞きください。さらに裏づけもあります。ええ、この私めが調べたのです。まず私自身の出させた追っ手(この私とてむざむざ宝を奪われて黙っておりますまい)によって、やつらはセ・ピ・デの盗賊と名乗ったことが知らされた」
「セ・ピ・デ? 聞いたことがない」
「まあ。バックラー郡太守は代々古文書学の家系。そしてセ・ピ・デとは私めの調べたところ(二夜を要しましたが)、〝五十本から六十本の手足〟を意味する古代語であることがわかった次第でございます。先程の話と合わせて、これは人数と見ていい。そして五十から六十なので六十一の方は除外され五十七……。あの飾台を持つほどの巨躯は、おそらく強敵になりますぞ。それから問題は、手足というからには……」
「追っ手は今も敵を探しているのか?」
「いや正体のわからぬうちは軽率なことはできますまい。待機させとります。今はまだ数を調べ上げたところ。手足というからには動かしている胴体があるはず。私めは今、さらに辞書や古文書を紐解いておるところで……」
ミジンコは礼を言おうと立ち上がったが、太守はまだ喋り続けていた。
「……まあ奴ばらにとっては、私めの宝銀細工のような物質も、姫君の、なんですかその……貞操、のような概念的なものも、同じように奪うべきなのでしょうなあ。わたしにとって宝物など、盗まれてもまた買えばいいだけの話。やつらが盗んだ、姫君の、なんですかその……ははは、そういった類のものに私ゃ興味はございませんがなあ」と太守の言うのを聞くと、そのまま後ろを向き、扉を開け放つと足早に客間を去った。
「ほう、あなたは……ふん、とにかく、私の兵を貸すつもりはないですからな、いやこれは貴殿の態度に関係なく、郡の基本姿勢のようなものでまあ言わば……」
最後に、後方でかすかになっていく声が、動物、兵、ろくな、とか吐き棄てるように言ったのが聞こえた。
あなたの兵を借りるつもりはない。姫のそれを取り戻すのは私の仕事だ。ミジンコが入口を出ると、外で、トグロ達は整然と待っていた。
盗賊達が何処からネムネテの森へ入ったのか見当はつかないが、レイピア湖の畔を目指し追討隊は馬を馳せた。夕刻前にメラの町から四キロメートル、メラ乃宝石館に燈る遠い灯かりが見える木立ちの丘に陣を敷いた。
ネムネテの森は騎鈴州の西郡域(バックラー郡、
ミジンコが持参した郷土資料で調べたところ、この森には、かつて落武者や魔女狩りから逃れた異端が築いた幾つかの城跡および現在も隠れ家となっている秘密砦がある。オバーバの城、ガヂェン古城などが有名だった。そして森奥部には古代、妖竜・マモ竜が住んでいたとされる
ミジンコは、明朝森へ入りヨデアの樹を目指して北西へ向かうことをトグロ達に告げた。それから「今までご苦労だったが、ここから先は無理に付いて来てもらう必要はない。巣へ帰りたい者は帰っていい」とも伝えた。武器まで揃えてあげたわけだが、森でこのけなげな草地の生きものを死なせるのは気の毒に思えたのだった。
だがトグロは皆、それぞれのウサモトだけを帰してしまった。一羽が「残る」とぼやくと、皆「残る」「残る」とくぐもった声をあげた。気乗りしないのに無理をしているのではなかろうかとミジンコは疑ったのだが、彼らなりに決意を込めた言い方だったのだ。
駆け去るウサモトの群れは、すぐ白い粒のように小さくなって、平野の果てにやがて見えなくなった。
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