旅の準備

 旅の準備には、四日の猶予が与えられた。ミジンコは、修練のあいだ彼に付き添い、ある時は師となり剣の相手となってくれた老騎士達に、自らの定められた使命を告げ、今までの礼を述べた。老騎士達は、世話した若者が特別な任務の聖騎士の身分になったことに、まずは祝いを述べた。

 一人の騎士の修練には、数名の騎士が付いてその世話をすることになっている。中には古参の騎士も含まれる。彼らは古い戦いを勝ち抜き、時に旅を成功させ生き延びてきた者達なので、ミジンコは尊敬の念さえ持っていた。ミジンコが聖騎士の身分になっても、その気持ち、親しくなった間柄は変わるものではなかった。

「なあに、まだ礼は早いぞ。四日のうちに、その在り処を、いやせめて方角とヒントだけでも見つけねばならぬ。無論、皆目見当がつかんでも決まった旅には出ねばならんが」最年長のケクックは、白い古樹のような髭を指で擦りながら言った。「最後まで、わしらの古い知恵と経験を生かして情報を集めるぞ。礼はその後……できれば、わしらが老いさらばえて、いなくなってしまう前に帰ってきておくれ。そして、旅は成功しましたとな、そう言って、育ててくれたことを感謝してもらわねば」

 ミジンコはこの言葉に喜び、力を与えられた。

「それは気が遠くなるぞ。ケクックはいちばん古いからいちばん生きておる可能性は薄いわい。骨になっても待つかな」他の老騎士が言って、皆で笑いあった。

 ミジンコからしてみれば、どの老騎士もほとんど変わらないくらいの古株ばかりだけど。この人達には、旅が終わったら本当にもう一度会いたい――自分が戻って来れるのは長い旅の後になるかもしれない。その時、もう彼らが亡くなってしまっていたなら、きっと少し寂しいだろう――とミジンコは思った。

「さあ、探すものの情報を集めるのじゃ。若い騎士に、最初の少しでも力になってやろう。ミジンコ、わしらは早速手分けし郡を駆けてくる。お前は今日はもう休むがいい。そして明日からは、城の図書館を使え。仲間にも、旅立ち前にもう一度そこで会えるかも知れんぞ」

 

 翌日、昼下がりの図書室で会ったのは、調べにてこずるマコだけだった。ヨグルトとヨワリスは、王に手短な挨拶をし、簡単に荷物をまとめると、それぞれの方角へはや出立したのだ。ヨグルトには、この日の午前中に会っている。彼はまさに城を出んとしているところだった。

「必要なものは旅先で揃え、いらなくなったら旅路に捨てていけばいいのさ」とヨグルトは言い、古代の剣と、おそらく古い文字・文様の解読書あるいは魔法の解説書かも知れない、厚めの本だけを携えて発っていった。彼によると、ヨワリスは昨夜のうちに城を出たとのことだった。

 夕方には早速、ケクックが最初の情報をもたらした。髪の毛は、姫のしゃれこうべごと何者かによって持ち去られたようだと。今からその足取りを探ることにすると。

 三日目、昼のうちは誰もミジンコを訪れなかった。この日はマコも図書館におらず、他に人もなく一人だった。マコはまだ旅立ってはいない。マコ邸にも小さな蔵書館がある。そこにいるのだろう。

 ミジンコは旅に携えていく本として、名前の書『ミルネステルダス』と郷土史・地理誌の名典『モクの書』の二冊を選んだ。

 夜になって老騎士がやって来た。彼らによると、持ち去った者は北西方面、おそらくネムネテの森へ向かった。

 ヨグルトは言っていた。「おれは東へ向かう」と。

「おれの探すべき血は、どうやら海へ流れ去っていったらしい。海へ着いたら、そこからどうするかはわからない。ヨワリスは北へ行くとだけ言っていた。おそらく我々は同じ方向へ向かうことはないだろう」

 最後の四日目、マコはまだ図書室で調べものにひとり手こずっていて、ミジンコは老騎兵ケクック、ケィンベル、ミーミケクらが諜報を持ってくるのを待つ傍ら、彼を手伝ったり、一緒にココアを飲んだりした。聞けばマコの教育には、一人の老臣と年老いた父が付いていただけなのだと言う。王に期待されている者ほど優秀な騎士が付けられる。ミジンコはその点で恵まれている方で、マコを少し不憫に思った。

 夜も近くなって、城の二階にある図書室の大窓から下のシェリィの木の花が光り出すのを見ていると、ミーミケクとミガが馬を駆ってきた。二人は真下へ来て冑を脱いだ。ミーミケクは髭も髪の毛のひとつもないしわくちゃな顔の年寄りで、ミガは騎士らの中ではまだ若く、ごつごつの顔をごわごわの黒髭で隠したような大人しい大男だ。

 二人はそのまま下からものを言うのでほとんど聞き取れなかったが、「足取りが掴めた」という言葉が耳に入ると、マコに別れを告げミジンコは階を下りて行った。

「数十人の妖しい盗賊団が、しゃれこうべを持って、印はわからないがどこか異国の旗を振り回しながら、ネムネテの森に向かった」というのだった。そのしゃれこうべはまだ薄い鴇色ときいろを保っていたらしいと聞いて、ミジンコは間違いないだろうと思った。

 見あげるともう図書室の明かりは消えていて、三階四階も真っ暗で、その遥か上空にふと赤を帯びた星が浮かんだ。どうやら、兆星だ。次に不自然な形に曲がった星々が、赤みを帯びた星をわし掴みする形をとって次々と浮かび上がってくる。間もなく星々は青白い光を放ちながら、この土地の空にない星座を結んだ。しゃれこうべを有するまがまがしい侵入者達の存在を、夜空が示し出したのだ。星は六十から七十といったところ。これで盗賊団の数も、おおよそ察しがついた。そしてすぐ、それらが、種と水を示すアレグホノト座からふいに立ち現れた黒雲に隠れた。

「……敵は森へ入ったのだ」

「ミジンコ殿。森での盗賊追跡は困難を伴う。おそらくは戦も……」

 

 王に面会するため、ミジンコは騎士邸に帰り翌日を待った。ケクック、ケィンベルも真夜中までには戻りほぼ同じ情報をもたらした。

 六人の騎士で夜中の食堂に集い残り物の冷たい夕食をつついた。ケルンルナは色の落ちた洋燈ランプのような顔で「王はこの旅におそらく兵を出すまい」と呟いた。湿っぽい隙間風が灯かりを揺らしたように席を暗くしたが、彼は静かに食事を続け、ケクックが咳払いをし話題を変えるつもりで言った。

「ではひとつ、参考になるようにわしが若い時分にやった盗人退治の話でもするかの」

 

 翌朝、ミジンコはひとりで城を出てきた。

 隊を編成する必要性を説いたが、任務の性質上、人間の兵を持つことは許されなかった。ミジンコは仕方なく、トグロというこの地特産の動物を賊討伐の兵力として三十羽連れて行くことにした。

 トグロは皆一様に、ねぼったいまなことむっくりした鼻の目立つまぬけた顔に、長い耳を垂らし、全身もむっくりしていた。頭のてっぺんから、ぼんやりとした青や薄緑色のツリガネ草状の灯り(ぼんぼりと呼ばれる)を下げている者もいる。体は人間の半分くらいの大きさで、剣鎧をまとうこともできた。しかし今回出された軍資金はわずかで、ミジンコはなんとか全員に、竹槍と胸当てをまかなってやるのがやっと精一杯だった。だが名誉ある仕事に加えてもらって誇らしいトグロ達は、けな気にも、自分の巣穴に貯めた少ない小遣いでめいめいに装備を整えたのだった。

 こんな調子なので、城下町を発ったミジンコの率いる追討隊は寄せ集めの義勇軍の見映えだった。そしてこのけな気な動物、トグロの過半数は、二度と生きて故郷へ戻ることはないのであった。

 

 小動物を率いたミジンコは、人々の静かに見守る中、城下・緑宝石りょくほうせきの街を出て行った。ミジンコが退出する時、王の最後に言った言葉がしばらく残響して頭に浮かんでいた。

「さあ時は来たのだ。旅立て」

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