PARTⅤの7(39) 世界で世論が沸き起こり

 コントロールルームに陣取るゾンビ部隊のリーダーであるジャックポットは、


「原発の周囲半径一キロ以内は完全に無人にすること。


 この要求を破った場合も、稼働中のすべての原発をただちに暴走させメルトダウンさせる」


 と脅してあるので、日本政府は目立たないような少人数のチームを派遣することしかできないと考えていた。


 そして、来るなら、キャットガールと鼠小僧のチームだろうと予測していた。


 彼らの筋力や運動能力についてはゾンビ化した自分たちと彼らとは互角だと認識していた。


――こちらは自分と八人の自衛隊の現役の特殊部隊員がゾンビ化した者たちなので、戦闘能力は非常に高い。


 同等の戦闘能力を持っているのがキャットガールと鼠小僧の二人だけだとすれば、


 自分たちの方が断然有利だということになる。


 油断しないで備えていれば、負けることはないだろう。


 コントロールルームの構造上、相手の侵入経路は入り口のドアと通風口の二つしかない。


 攻めにくく守りやすいロケーションだ。


 彼はそう判断していた。


 その判断は常識的には正しかった。


 通風口はドアから見てコントロールルームの左手中央にあり、


 同じコントロールルームの奥手には原発のコントロールパネルが設置されていた。


 コントロールパネルのそばには、先ほどジャックポットがスカイプで下河辺総理大臣に中国に対して


「日本は中国の支配下に入りたいという声明出せ」


 という要求を突きつけた時に使ったパソコンのディスプレイがあった。


 いざという時に原発のコントロールパネルに設置した爆薬を爆発させるリモートコントローラーのボタン付きスイッチは、


 ジャックポットの胸のポケットの中にあった。


 通風口からは催涙ガスや麻酔ガスが流れ出てくる可能性もあった。


 しかしゾンビ戦闘員にはそういうガスは全く効果がなかった。


 コントロールルームにいた原発の職員たちは後ろ手に縛られて、入り口から見て向かって右側の真ん中のあたりに座らされていた。


 その後ろに、ゾンビ戦闘員たちはいた。


 ジャックポット達のゾンビ部隊のためにセキュリティをコントロールするバックアップ要員は、


 原発の西側の路上に停まっているバンの中にいて、


 バンの外側には二名の護衛要員がマシンガンを構えていた。


 バンの中のバックアップ要員は、もう一つ、


 二十四時きっかりに遠隔操作でネオゾンビ部隊の八人のメンバーの頭の中のチップからワクチンと毒を放出し、チップを消滅させる、


 という任務を与えられていた。


 そのバックアップ要員はキャットガールや鼠小僧や恵美音や芳希達の存在に気付いてはいなかった。


 芳希は到着してすぐに同行してきた自衛隊特殊部隊員に闇の結社ダーク・ソサエティのバックアップ要員のバンの発見を依頼した。


 暗視ゴーグルをつけた自衛隊の特殊部隊要員は依頼されたターゲットを発見し、


 直近の植え込みの中から監視していた。


 二十三時五十五分。


 キャットガール、鼠小僧、ゾンビガール恵美音の三人は、コントロールルームの通風孔の内側に到達し、


 そのことを芳希に連絡した。


 芳希は闇の結社ダーク・ソサエティのバックアップ要員のバンの直近でスタンバイしている自衛隊特殊部隊員に作戦開始を指示した。


 彼らは夜陰に乗じて敵の警護要員に接近してサイレンサー付きの麻酔弾で眠らせ、


 バンの中にいたバックアップ要員も同様に麻酔弾で眠らせた。


 原発のセキュリティシステムは芳希のコントロール下に入った。


 二十三時五十八分。キャットガールは芳希に、


「出口は開いている?」と尋ねた。


「大丈夫。開いている」という返事がすぐに来た。


「恵美音、突入作戦を開始していい?」


 キャットガールが尋ねると、


「いつでも大丈夫」


 という答えが返ってきた。


「デバイスのセットは完了している、ラット?」


 キャットガールが尋ねると、鼠小僧はうなずいた。


 キャットガールは芳希に、


「三十秒後にコントロールルームの照明を消して」


 と連絡し、鼠小僧と手をつないだ。


 鼠小僧は腕に腕時計のような形の物質転送装置をつけていた。


 二人の前には、鼠小僧のスマホが電源の入った状態で置かれていた。


 いきなりコントロールルームの照明が消えた。


 ゾンビ戦闘員たちはそういう展開をあらかじめ読んでいて、暗視ゴーグルをつけて待ち構えていた。


 ジャックポットをはじめとする九人のゾンビ戦闘員のうち、


 四人は入り口のドアに向かって、


 あとの五人は通気口に向かって、


 それぞれ銃を構えた。


 通気口の中からバタバタと音がした。


 ゾンビ戦闘員たちは反射的に通気口を見た。


 その時、彼らの背後にある、スカイプに使われたディスプレイから光がほとばしり、


 それは手をつないでいるキャットガールと鼠小僧になった。


 恵美音が足でバタバタと足で音を立てた時、


 鼠小僧はキャットガールと手をつないだまま腕の物質転送装置の転送ボタンを押し、


 二人は光になって目の前の床においてあった鼠小僧のスマホに吸い込まれ、


 データ化されたデジタルキャットガールとデジタル鼠小僧となってサイバー空間を光の速さで移動し、


 スカイプに使われたコントロールルームのディスプレイの出口から出て元の姿に戻ったのだった。


 照明がぱっと点いた。


 二人はホルスターから電磁パルス銃を手に取り、ゾンビ戦闘員たちの頭を次々に撃ちはじめた。


 頭を撃たれたゾンビ戦闘員たちは頭にショックを感じ、自分に戻った。


 五人目が頭を撃たれた時までに、


 ジャックポットを含む、入り口から見て前列にいた四人のゾンビ戦闘員は異変に気づいた。


 彼らは咄嗟とっさに身をかがめたり、テーブルを倒してその後ろに転がり込んだりした。


 ジャックポットは反射的に思わず伏せたが、


 伏せた瞬間、床に胸のポケットの中身を強く押し付けた。


「あ」


 ジャックポットは思わず声を上げた。


 キャットガールと鼠小僧の背後でボンッという小さな爆発音がした。


 大した爆発ではなかったが、それは原発のコントロールシステムを破壊するには十分な爆発だった。


 キャットガールと鼠小僧も思わず「あっ」と声を上げた。


 原発のコンロトールを不可能にする爆発だったことを理解していた。


「ラット、もう、ピンポイントで電磁パルスを撃つ必要はないから」


「わかった、キャット」


 二人は電磁パルスの拡散範囲を最大限になるように広げ、


 残りの四人めがけた撃鉄を引いた。


 電磁パスルは残りの四人の頭の中のチップを作動停止させ、彼らも我に帰った。


 キャットガールは鼠小僧に、


「恵美音とメルトダウン防止対策を進めて」


 と指示し、


 そのあと、我に帰った九人のゾンビ戦闘員たちに言った。


「あなたたちを闇の結社ダーク・ソサエティの操り人形にしていた頭の中のチップは電磁パルスで壊した。みんな、元の体に戻りたいでしょ?」


 ゾンビ戦闘員達は一斉いっせいにうなずいた。


「俺も無理矢理やられた。もう闇の結社ダーク・ソサエティとは手を切るよ」


 とジャックポットは言った。


「じゃ、私がウィルスワクチンを入れたワクチン弾をみんなの手に撃つからそでをまくって。ちょっと痛いけど我慢してね」


 ゾンビ戦闘員達は一斉にうなずき、袖をまくって、手をあげた。


 キャットガールは次々に彼らの腕にワクチン弾を撃ち込んだ。これで彼らはみんな元の体に戻れる。


「私のマスクにはビデオカメラがついていて、突入してからの一部始終の音声と映像は世界中に配信されている。


 みんな、操られていた時の記憶も、その前の記憶もあるんでしょ?」


 九人は頷いた。


「じゃ、順番に、誰がなんのために,あなたたちを操ってこの原発を占拠させたのか世界に向けて証言して。


 メルトダウンは私の仲間が何とかしてくいとめるから」


「そんなことできるのか?」ジャックポットは尋ねた。


「ええ、きっと大丈夫。だから、みんなで証言して」


 九人は頷いた。


 キャットガールとジャックポット達がやり取りしている間に鼠小僧は天井を見て、通風口の向こう側にいる恵美音に、


「僕のスマホを持って、降りてきて」


 と声をかけた。


 恵美音はすぐにスマホを持って降りてきた。


 彼女は大きなバックパックから銀色の耐熱服たいねつふくを出して身につけた。


 それは八王子の消防署から借りてきたもので、千二百度の熱にも耐えられるものだった。


「本当にいいの?」


「そのためのゾンビの体だから」


「わかった。済まないけど頼む」


 鼠小僧は父親の小笠原正則に電話した。


「とうさん。原子炉がコントロール不能になった。あれ、できてる?」


「ちょっと前に出来上がったよ。座標をセットして今送るから」


 鼠小僧は通話を切ったスマホをテーブルの上に置いた。


 すぐにスマホの画面から光があふれ出て、腕時計の形をした新しい物質転送装置になった。


「はい、これ、ワープ方式の物質転送装置。


 原子炉建屋にはパソコンはないけど、これなら行ける。


 座標はとうさんがセットしてくれたから、腕にめて転送ボタンを押して」


「わかった」


 恵美音は物質転送装置を腕に装着し、みんなに向かって、


「じゃあ、行ってきま~す」


 と、


 まるで海外旅行か何かに出発するかのように明るく言ってから目を閉じ、


 転送ボタンを押して炉心ろしんに向かった。


 体中を耐熱服で覆われた耐熱服を身につけた恵美音は姿を消し、


 原子炉建屋たてやの中の壁際に姿を現した。


 目を開けると建屋の中には高温の水蒸気が充満じゅうまんしていた。


 そこは微細みさいな核物質でいっぱいの高線量こうせんりょうの空間だった。それは防護服を身に着けていても即死するほどの高線量だった。


 肉体が死んでいて感覚も死んでいる恵美音だからこそ、動くことも作業することもできた。


 それは、キャットガールや鼠小僧にも不可能なことだった。


 高温の水蒸気の中では視界は効かなかったが、


 ヘリコプターの中で原子炉建屋の構造を勉強し、


 姿を現す場所と手動の燃料棒制御パネルとの位置関係はしっかり頭に入っていた。


 恵美音は壁伝いに手動の燃料棒制御装置のところに進んで行った。その操作方法もヘリコプターの中でしっかり勉強していた。


 恵美音は手動制御装置の電源を入れて、燃料棒を引き上げ、核暴走とメルトダウンを未然に防ぐことに成功した。


「やった。やった。やった」


 恵美音は一人、万歳をして叫びながら、あれ、と首を傾げた。


 近くの床の上の水蒸気が部分的に消えはじめ、その場所の床の上に白い猫が現れた。


 あの、背中にハートの模様のあるハートキャットだった。


 ハートキャットは恵美音のところにやって来て、恵美音にスリスリしはじめた。


「あなた、大丈夫なのね。不思議な猫・・・」


 恵美音はつぶやいた。


 ハートキャットは人間の声で話し始めた。


「あなたはすごいことをしましたね。


 おかげでたくさんの人が助かりました。


 でも、あなたの体中の遺伝子は高線量の放射線を浴びてぼろぼろになってしまいましたね」


 恵美音は思わず自分の耳を疑った。


「え、どうして人間の言葉を?」


「びっくりした?」


「ええ」


「それを言うんだったら、あなただって他人ひとから見たら超びっくりでしょ? こんなところで話していられるんだから」


「え、ああ、まあ・・・体のリスクは覚悟のうえでしたことですから」


「そのまま元の生身の体に戻ったら死んでしまいます。


 一緒に来て下さい。癒してあげますから」


「そんなことができるんですか?」


「ええ」


 目の前の空間にぽっかりとピンク色の扉が現れた。扉はひとりでに開いた。


「じゃ、ついて来て下さい」


 ハートキャットは扉の中に向かって歩き始めた。恵美音もあとについて扉の中に入った。


 扉の向こうは地面の中の大きなドームだった。ドームの壁は白い石英からなっていた。


 ドームの中に広がるのは、


 一面に様々な色の大きなクリスタルがそれ自身で光を発しながら林立する、


 幻想的なクリスタル・フォレスト(水晶の森)だった。


 猫のあとについて進むと、中央に一際大きな四本のピンククリスタルの結晶があり、


 その四本の内側は、壁と同じ、白い石英の床のスペースがあった。


「ここは富士山のハートのそのまたハートです。見ててください」


 ハートキャットがそういうと、


 四本の大きなピンククリスタルの結晶の内側の白い石英の床は見る見るうちに凹んで空の大きな露天風呂になった。


 露天風呂の中央に空いた穴から透き通ったピンクの湯が滾々こんこんと湧き起こり始めた。


「ピンクの温泉なんて初めて。素敵な温泉!」


 恵美音は思わずそう言った。


 何か気分がとてもウキウキしてきた。


「お湯がいっぱいになったら、入って下さい。


 耐熱服も、その下に着ている服も一緒に温泉につけて。


 腕の物質転送装置は防水じゃないんでしょ?」


「どうかな?」


「とにかくそれも温泉につけちゃって。私の力で壊れないようにしましょう」


 じきにお湯はいっぱいになった。


 恵美音は裸になって、身に着けていたもののすべてを温泉につけ、自分も温泉に入った。


「それでオーケーです。すぐに放射能は消えます。ゆっくり入っていて下さい。


 雪乃さんが着替えを持ってきてくれますから」


「雪乃さんってあの?」


「ええ。さあ、その温泉に祈ればゾンビの体を元の人間の体に戻してくれますよ」


「ほんとに?」


「ええ」


「だったら私、自分の体がこんな風になったらいいと思うんだけど・・・」


 恵美音はどうなったらいいかをハートキャットに話した。


「そうなりたいなら、そういう風に祈ってごらんなさい」


 そう言ったあと、ハートキャットは尻尾をピンと立てながら、ニャ~と鳴いた。



 原発のコントロールルームで、一同はモニターを見て、


 燃料棒が無事に引き抜かれ、各暴走とメルトダウンが回避されたことを確認してほっと胸をなでおろした。


 コントロール系は爆破によって壊れたが、モニター系は生き残っていて、それで確認ができたのだ。


 キャットガールのマスクにつけられているビデオカメラは彼女がコントロールルームに突入して照明がついたあとの一部始終を記録していた。


 その映像は佐久間によって世界中のテレビやネットの動画サイトに配信された。


 世界中の人たちは、事件が解決し、メルトダウンが回避されたことを知った。


 更に、心身ともに我に返ることのできた八人の自衛隊特殊部隊の者たちが、


「すべてはアメリカと中国が日本で戦争をするように仕向けるために、闇の結社ダーク・ソサエティがプロデュースした陰謀だった」


 と世界に向けて証言した。


 彼らは、


「もう事件は解決したのだから、アメリカと中国はこんな闇の結社ダーク・ソサエティの陰謀に乗せられることなく、軍隊を引き揚げて欲しい」


 と世界に訴えた。


 ジャックポットも、闇の結社ダーク・ソサエティの内部告発者として、


「全ては闇の結社ダーク・ソサエティの陰謀だった」


 と世界に向けて証言した。


 鼠小僧がベンツの運転席の下に仕掛けた盗聴マイクに拾われたスライと女の会話も全て、全世界の人の聴くところとなった。


 世界中で彼ら九人の訴えを支持し米中の軍隊の引き揚げを求める世論が即座に湧き起り、


 両国は軍隊を引き揚げざるを得なくなった。


 キャットガールも鼠小僧も、炉心に入ったままの恵美音のことが心配でたまらなかった。


 彼女はリスクを承知の上で炉心に入ることによって、日本を、世界を、311をはるかに上回りかねない放射能汚染の危険から守った。


「恵美音、聞こえる?」


 無線で呼びかけたが返事は返ってこなかった。


 キャットガールと鼠小僧は顔を見合わせた。


「どうしたんだろう?」

「さあ」


 マナーモードになっているキャットガールの携帯が振動した。雪乃からだった。


「恵美音さんはハートキャットがこっちに連れてきた。放射能はこっちで除去できたから心配しないで。体も元に戻ってるし」


「よかった。ありがとうございます」


「お礼はハートキャットに言って。恵美音さんは、今晩は私の実家に泊まってもらうから、よかったらあした、みんなで迎えに来てあげて」

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