PARTⅤの5(37) ウソと陰謀は大きければ大きいほどいい

 正見は内閣府の自分の部屋に陣取り、全体状況を分析し、国家公安委員長の高橋正人とも連絡を取りながら作戦を統括していた。


 情報を収集していた佐久間が正見に報告した。


「アメリカの太平洋艦隊が日本に向けて移動しています。


 五万人の海兵隊かいへいたいが同行しています。


 アメリカの情報によれば、七万人の中国人民解放軍ちゅうごくじんみんかいほうぐん海軍も既に日本に向かっているようです。


 何のためなんすかね?」


 佐久間はマカデミアナッツのチョコバーをひとがじりしながら緊張した表情で正見を見た。


 その時、電話が入った。高橋国家公安委員長からだった。


「正見君。少し前、中国とアメリカから相次いで通告が入った。


 中国は、


『原発がメルトダウンした場合に自国民を保護し、必要に応じて日本国民の救援・避難を手伝うために我が海軍を派遣した』


 と通告してきた。


 アメリカは、


不測ふそくの事態に備えて、我が太平洋艦隊を日本近海に向けて派遣した』


 と通告してきた。


 どういう意味だと思う、アメリカが言っている『不測の事態に備えて』って?」


「中国と同様に、


 メルトダウンが起こった時に備えて、日本政府から要請があればすぐ救援・避難活動を手伝うためとか、


 そんな意味にも取れなくはないけど。


 でも、もっと別の意味じゃないかと・・・」


「もっと別の意味と言うと?」


「中国が侵略目的で日本に上陸した場合に備えて、という意味とか・・・」


「その場合にはアメリカも日本に上陸し、


 それでも中国が引き下がらなければ戦いも辞さないという意味だと言っているのか?」


「正にその展開を、闇の結社ダーク・ソサエティは企画し、プロデュースし、実現しようとしている可能性があると思います」


「君の考えはわかった。また電話する」


 電話を切ったあと、佐久間が正見に尋ねた。


「まさか、アメリカと中国が日本で戦争するなんてことにはならないっすよね?」


「そのまさかについて、今、国家公安委員長と真面目に話してしていたんだよ」


「そんなことが起こるなんてことは、やっぱり信じられないっす」


 正見は肩をすくめた。


「こんな話を聞いたらほとんど全ての人が君と同じように反応するかもしれないね。


 でも、そういうことを平気で仕掛けてやってのける連中がいる。


 そういう連中はこれまでにもしばしば戦争を演出してきた。


『ウソと陰謀は大きければ大きいほど良い。


 大きければ大きいほど、一般大衆はそんな嘘や陰謀はありえないと信じたいものだから』


 とか何とかうそぶきながらね」


「そうかもしれないけど、


 でも、やっぱり、やっぱりありえないって思うっす」


 佐久間はチョコバーをガリっと音を立ててかじった。


 しばらくして、高橋国家公安委員長からまた電話が入った。


「正見君、中国の国営放送が中国に対する下河辺総理の声明について、中国政府が緊急声明を発表した。


『これは日本の原発を占拠しているテロリストグループの黒幕が中国であるという根も葉もないことを国際社会に強く印象付け、


 国際社会における我が国の権威を信用を著しく失墜しっついさせ、


 それにともなう多大なマイナスの効果を我が国にこうむらせるための陰謀であり、


 実質的な宣戦布告せんせんふこくに等しい。


 我が国はこのような邪悪極まりない陰謀に決して屈することはないという意志を断固世界に示すだろう』


 そういう声明だ。


 すぐに世界のテレビが放送するだろう。


 総理の声明は実質的な宣戦布告に等しいと言っているのだから、上陸するつもりだろう」


「アメリカも太平洋側から日本に接近していますね?」


「ああ。アメリカは少し前に『日本に上陸すると』通告してきた。

 

 最悪の場合には日本を戦場にしたアメリカと中国の局地戦が勃発ぼっぱつするかもしれない。


 小競り合いで終わればまだしも、


 その展開次第では、戦場になる日本はとんでもない人的及び物質的被害を被りかねない。


 核兵器は使われなくても、


 威力のある通常兵器が飛び交い、


 多くの国民が巻き込まれて殺されてたり傷つけられたりし、


 国土は荒廃し、


 経済は完全に破たんしかねない。


 双方の兵士も沢山死んだり傷ついたりするだろう。


 どっちが勝っても、


 あるいは停戦になっても、


 日本が外国に管理支配されることにもなりかねない」


「今国家公安委員長が言ったすべてのことがこの陰謀の狙いで、それをプロデュースしているのが他ならぬ闇の結社ダーク・ソサエティです。


 何故なら、既に報告しましたように、今原発を占拠しているのは闇の結社ダーク・ソサエティのゾンビ戦闘員部隊ですから。


 闇の結社ダーク・ソサエティはビジネスとしてこの陰謀をプロデュースしていて、


 そのビジネスを依頼しているクライアントが別に存在するに違いないと、


 私は判断しています」


「クライアントか? 


 この陰謀を成功させることによっておおもう儲けできる連中と言えば、


 巨大軍需産業きょだいぐんじゅさんぎょうとそれに連なる者たち・・・」



「そうでしょうね。


 あらゆる戦争は詰まるところ、そういう連中が起こさせるものだという風に私は思っています。


 一回大きな局地戦をして武器が使われて在庫が一掃されれば、


 あらたな武器の発注があって、それで大儲けできるわけですから。


 巨大軍需産業とその周りの連中にとって、


 彼らのビジネスのためには十年に一度は戦争が必要だという説をご存知ですよね?」


「ああ。もちろん」


闇の結社ダーク・ソサエティはそういう連中のためにこの陰謀を企画立案し、実行していると私は判断しています」


「日本は今まさにそういう連中にいいように利用されていると?」


「日本は今回のことも含めてそういう連中に、


 もうずっと長いこと、様々な形でいいように利用され続けてきていると思っています。


 その都度その都度で利用される程度の大小はあれ。


 でも、少なくとも一つだけは安心していいかもしれないことがあります」


「なんだい?」


「原発がアメリカと中国の局地戦を日本で起こさせるための手段だとすれば、


 闇の結社ダーク・ソサエティは本当に原発をメルトダウンさせたりはしないだろうということです。


 偶発的な事故がない限り・・・。


 そういう前提の上で、


 この国が戦場になるようなことは絶対に阻止しなければなりません。


 アメリカと中国の権力者が直接または間接的に闇の結社ダーク・ソサエティとつながっているとすれば、


 彼らは、


『原発がメルトダウンすることはない』


 ということを最初から確信したうえで行動し安心して日本で戦争ができますし」


『安心して戦争されても、とんでもない迷惑だ。


 こうなったらやはり君のチームが最後の頼みの綱だ」


「私のチームなら必ずやり遂げます」


 正見はそう断言して電話を切った。


 鼠小僧がスライのベンツの運転席の下に仕掛けた盗聴マイクの音声を伝えるモニターからは断続的に会話が聞こえてきた。


 正見が高橋国家公安委員長との電話を終えたすぐあと、スライと同乗している女との間のこんな会話が聞こえてきた。


「支部長の描いたシナリオの通りに進んでいますね。さすがだと思います」


「ありがとう。


 我々闇の結社ダーク・ソサエティが糸を引いているなんて世界は思いもよらないだろう。


 アメリカと中国は東京や名古屋や大阪も含めてこの国を破壊しながら数か月局地戦をしたあと、停戦するだろう。


 大阪より西は中国が、それより東はアメリカが管理し、


 十年単位の復興ビジネスで双方の国に関係するうちの直接・間接のクライアント達が懐を潤わせ、


 そのうちに西日本、東日本、二つの国になって、それそれ息のかかった政権ができる。


 それぞれが核兵器は持たないようにしておいて対立させておけば、


 今回のようにまた巨大軍需産業のために戦争をプロデュースして稼ぐことができるだろう。


 テロリストグループの頭の中のチップには毒とワクチンを仕込んであるから、リモートコントロールでいつでも処分できる。


 もうすぐガスマスクをかぶった正体不明の者たちがコントロールルームに催眠ガスを流してテロリストグループを制圧し、皆殺しにする。


 言っている意味はわかるよね?」


「正体不明の人達を送り込むタイミングで、彼らをリモートコントロールで処分するんですね?


 正体不明の者たちもうちが準備した工作員達ですね?」


「そう。その連中を、アメリカは中国の特殊部隊だと言い、中国はアメリカの特殊部隊だと言うだろう。


 とにかくメルトダウンは回避され、アメリカも中国も心置きなく日本に上陸して開戦するだろう。


 それがクライアントとつながっている両国の上層部の意向なのだから」


「ベトナム戦争の時のトンキン湾事件や満州事変や日中戦争の時のように、相手が先に手を出したように見せかけて?」


「米中のどちらかがそういうことをする展開になる可能性は大きいと思う。


 とにかく戦争がはじまれば、闇の結社ダーク・ソサエティに成功報酬が入り、こっちにもボーナスが回ってくる。


 古の権力者は言った。


『戦争は必要だ。国は一つだけでいい』と。


 でも今の権力者は言うだろう。


『国は二つ以上必要だ。戦争というビジネスチャンスのために』


 とね」


「なるほど。これからもっと北までドライブですよね?」


「ああ。北海道までドライブしようと思ってる。


 そっち方面ならまず戦争に巻き込まれないで済むし、


 いろいろな温泉にでも入りながら、久しぶりにゆっくり骨休めすることもできるし。


 まあ巻き込まれたとしてもこっちはプロだから、どうってことはないけどね」


「要は、ゆっくり骨休めしたいんですね?」

「ああ」


 そこまで聴いた佐久間はムカついた顔をして、チョコバーをガリっとかじってから、正見に提案した。


「こいつらぼくたちのことなんて全く考えてないっすよね。


 何様だっていうんだ、エッラソーに。


 この会話を世界のマスコミに流したらどうっすか?」


 正見は肩をすくめながら答えた。


「この会話だけじゃ戦争は止められないだろう。


 でっち上げだって言われるかもしれないし、


 やらせじゃないという確証がないとテレビや新聞は取り上げられないだろう。


 でも、ほかの材料を手に入れて、そういうものをまとめて世界に流せば・・・」


 正見はミュウやチュウたちに闇の結社ダーク・ソサエティのプロデュースするこの陰謀の全体像を伝え、戦争を止めるための自分のアイディアを話した。


「それは私たちも考えていました。


 正見さんと佐久間さんとで、いつでも世界に配信できるようにしておいて下さい」とミュウは言った。

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