PARTⅤの4(36) 恵美音はゾンビの体でこの作戦に

 国会では下河辺総理大臣に独裁権を与える法案についての審議しんぎが行われていた。


 審議に先立って開かれた衆参両院合同の国会対策委員の打ち合わせでは、


 時間稼ぎをしつつ、タイムリミットまでには法案が可決成立できるようなスケジュールが全部の委員によって合意された。


 事件が解決せず、結局タイムリミットぎりぎりで法案を可決成立させなければならなくなるのではないかと、


 どの委員も考えざるを得なかった。


 審議は打ち合わせ通りにだらだらとおこなわれ、


 衆議院では可決され、参議院での審議もだらだら進められた。


 国家公安委員長に『八王子警察署でワクチンが完成した』という報告が入った時には、もうタイムリミットまで十分を切っていた。


 もうこれ以上の引き延ばしは難しかった。


「それではもう時間がありませんので、法案に賛成の方はご起立願います」


 参議院議長がそう言うと、全員が起立した。


「では、全員一致でこの法案は可決成立しました」


 議長はそう報告した。拍手は全く湧き起らなかった。


 下河辺総理大臣は独裁権を得、彼が自由に法律を作り、条約を結ぶことができるようになった。


 このニュースはテレビニュースの速報で全世界に流れた。


 原発のコントロールルームを占拠中のゾンビ部隊もそのニュースを見た。


 目出帽をかぶったリーダーのジャックポットはスカイプで下河辺総理大臣に連絡を取り、新しい要求を伝えた。


「今から五分以内に、中国に対して、『日本は中国の支配下に入りたい』という声明を出せ。


 タイムリミットがすぎてもこの要求が満たされない場合はただちに原発をメルトダウンさせる。


 繰り返すが我々は死を恐れない。もう残り時間はあまりない。さあ、すぐに声明を出せ」


――ここはひとまず、要求に従うしかない。脅迫された結果の決断であることは世界の知る事実だし・・・。


 下河辺総理大臣は独裁者として早速その声明を出した。



 八王子警察の駐車場から、自衛隊習志野駐屯地に所属する特殊部隊の二台のヘリコプターが離陸した。


 一台は中型のUHー1Jでこれにはキャットガール、鼠小僧、芳希、恵美音、芳希、岩田が乗っていた。


 もう一台は大型の輸送ヘリCHー47で、こちらはチームのバンを吊り下げて輸送していた。


 CHー47には十名の自衛隊の特殊部隊員も乗っていた。


 ヘリコプターに乗っている恵美音はゾンビの体をしていた。


 彼女は浜村の作ったワクチンをテスト的に飲んで、その結果、いったんは普通の体に戻った。


 そのあと自分の意志でゾンビウィルスを再び注射させてゾンビの体に戻っていた。


 彼女がゾンビの体でこの作戦に参加することについて相談を受けた正見、ミュウ、チュウの三人は最初はみんなで大反対した。


 しかし恵美音は、


「万一の事態が起こらなければワクチンを注射して元の体に戻ればいいし、


もし万一の事態が起こってしまったら、自分以外にこの国を救える者はいないから」


 とみんなを説得した。


 結局はみんなも納得せざるを得ず、


 恵美音は自分の意志で浜村にウィルスを注射してもらって、ゾンビの体になってヘリコプターに乗ったのだった。


 浜村の作ったワクチンは麻酔銃の弾に麻酔の代わりに入れて、ワクチン銃として使う計画だった。


 ワクチン銃はすぐに準備され、キャットガールと鼠小僧に渡された。


 彼らがヘリコプターで出発する少し前に、鼠小僧と芳希の父の小笠原正則から芳希に電話があった。


「おとうさん、電磁パルス銃とあれができたの? わかった、このスマホ経由で送ってくれるんだね」


 芳希は電話を切ったスマホをテーブルの上に置いて待った。


 すぐにそのスマホの画面から光があふれ出、それは二丁の電磁パルス銃と一個の腕時計のようなデバイスになった。


 正則がインターネットを利用した物質転送システムでそれらのものを送ってきたのだ。


 電磁パルス銃はターゲットに向けて発射すれば、三メートル先で半径十センチほどの円状に広がり、範囲内にある電子機器を無力化する。


これをゾンビ戦闘員の顔に向けて発射すれば、ゾンビ兵士の頭の中のチップは無力化する。


 彼をコントロールすることもできなくなるし、チップは毒を放出することも、自己消滅することもできなくなる。


 腕時計状のデバイスは、人間用のポータブルな物質転送器だ。


 人間がそれを腕にめて使えば、


 自分の目の前にあるパソコンまたはタブレットまたはスマホを入り口にして、


 データ化した自分をインターネットを経由して別のそれらまで送信し、


 それらのディスプレイを出口として移動することができる。


 その人間と手をつないだ人間も一緒にディスプレイからディスプレイへと移動できる。


 その人間が持ったり抱えたり身に着けたりしているものも同様だ。


 正則が家で家族に、ノートパソコンからノートパソコンへとリンゴを転送させたときは、


 入り口と出口の両方のパソコンにソフトをインストールする必要があった。


 しかし、この腕時計型のデバイスを使えば、入り口・出口、どちらのパソコンにもソフトとインストールすることなく転送できる、


 そういうデータ変換方式の物質転送器だった。


 芳希は正則に「とうさん届いたよ。ありがとう」と電話した。


「もう一つの腕時計型物質転送器も完成したらすぐに送る。それはいざという時の恵美音ちゃん用だから」


 正則はそう言った。


 二台のヘリは原発に向かって夜空を飛んだ。


 ヘリの中で恵美音は一所懸命いっしょけんめいに必要なことを勉強した。

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