PARTⅤの3(35) 残しておいてって、なんのために?
佐久間はフランスのDGSAが調べてくれた浜村の携帯の番号から浜村のいる場所をすぐに割り出した。
埼玉県の飯能のちかくの山の中の某宗教団体所有の二階建ての建物だった。
その宗教団体はダミーで、
建物の外に警備要員はいなかった。
「ここが知られる可能性はないと考えているようだね?」
鼠小僧はキャットガールに言った。
「そうね。富士子さんとハートキャットが力を貸してくれなかったらここはわからなかった。
私たちにそういう調べ方があるなんて、
芳希はこの施設が利用しているWiFiを利用して相手のコンピューターに侵入し、
バックアップ態勢を整えた。
敷地内に侵入した二人はまず駐車スペースに行った。
そこに駐車している七台の車のうちの一台は黒塗りのベンツだった。
「あれが支部長の車だよ。芳希、ベンツのセキュリティを解除してもらえる?」
鼠小僧のほっかむりにも新たに小型カメラが仕掛けられ、
芳希はモニターを通して二人の正面にあるものを見ることができるようになっていた。
「ちょっと待ってて・・・もう大丈夫、これでアラームが鳴ったりしない」
鼠小僧はベンツの運転席のドアをピッキングしてあけ、運転席の下にGPS発信器兼盗聴マイクを仕掛けた。
鼠小僧は以前、内閣府の正見の部屋に盗聴マイクを仕掛けて戻った時、ジャックポットからそれがスライの車だということを確認していた。
もしもそのベンツがあったら盗聴マイクを仕掛けようとあらかじめ打ち合わせしてあった。
「お待たせ。じゃ、行こうか」
二人は芳希のバックアップのもとに相手に知られることなく建物裏手の窓のガラスを切ってカギを開け、
中に侵入した時、芳希から二人のイヤホンに連絡が入った。
「正面玄関からスライが女と一緒に出てきて、駐車場に向かって歩いて行く・・・若い男も一緒だ。運転手じゃないかな?」
以前に別の場所に監禁されていた時以来、芳希もスライと秘書と愛人を兼ねている若い美人の女性の部下の顔を知っていた。
「今は浜村さんの確保が最優先」ミュウが言った。
「そうだ、あいつはGPSでわかるし、車の中での会話も盗聴できる。行こう」
鼠小僧も同意した。キャットガールは芳希に尋ねた。
『芳希さん、浜村さんのいる部屋は特定できてる?」
「ああ、二階の奥の左から二番目の部屋だよ。誘導するから」
「了解」
二人は途中で出くわした二人の敵をあっさりと片付け、浜村のいる部屋の前に立った。
ドアに鍵はかかっていなかった。鼠小僧はドアを静かに開け、キャットガールと二人で中の様子をうかがった。
二人の男が向かい合わせに座ってチェスをしている横顔が見えた。
一人は浜村だった。
もう一人は知らない顔の男だった。
知らない顔の男は手錠と足錠をされていた。浜村の科学者仲間ではないかと鼠小僧は思った。
浜村は手錠も足錠もされていなかった。
浜村は立ち上がって窓のそばにいって景色を眺め始めた。
対戦相手がなかなか次の手を指さないので景色でも眺めながら待とうと思ったようだった。
鼠小僧は二人に小声で声をかけた。
「こんにちは。ぼくは敵じゃないよ」
二人は鼠小僧を見た。
「あんたは?」浜村は質問した。
「鼠小僧さ?」
「え、あの?」
「そう。知ってた?」
「ネットの噂でね。その鼠小僧が何故ここに?」
「あなたを救出しに来た」
鼠小僧の脇からキャットガールが顔を出して先を続けた。
「安心して。パリにいるあなたの息子さんの家族と金沢にいるご両親の身の安全は私たちがしっかり確保している。
だから、私たちと一緒にここを出ましょうよ」
浜村は窓の外を見たまま緊張した口調で質問した。
「君たちは政府のエージェントか?」
「そうよ」
「本当にルネたちも父と母も身に安全を確保してくれているのか?」
「もちろんよ。
詳しくはあとで話すけど、あなたのゾンビウィルスのおかげで、この国がとんでもないことになってる。
一緒に来てワクチンを作ってくれる?」
「どうせ何かとんでもないことに使われると思ってはいた。
わかった、ぼくだって好きで悪いことをしているわけじゃない。
ついて行ってワクチンを作るよ。どうせならこのチェス友達も一緒に頼む。
彼は
キャットガールと鼠小僧は顔を見合わせて頷いた。
「一緒に来ます?」キャットガールは友田に確認した。
「できれば是非」友田は頭を下げた。
ミュウはピッキングツールを取り出して、すぐに友田から手錠と足錠をはずしてやった。
鼠小僧はバックパックから一巻きのロープを取り出した。ロープの先端にはかぎ爪がついていた。
彼は窓を開け、ロープのフックを窓の桟にひっかけてから振り返った。
「じゃ、
下の部屋に誰かいたら窓から飛び込んでやっつけて、ドアから入ってくる奴もやっつけるから、
浜村さんと友田さん、あんたたちはロープを伝って下に降りてキャットと一緒に車まで逃げて」
そう言った鼠小僧は上半身を窓から乗り出して、逆さにロープを伸ばしながらゆっくりと降り、下の部屋の窓の中をのぞいた。
誰もいなかった。
鼠小僧はロープから手を放し、半回転しながら着地し、ミュウに向かって手で合図した。
「じゃ、浜村さん、友田さん、ゆっくりでいいから降りて」
ミュウに促されて、二人は順番にゆっくりとロープ伝いに降りた。
あとから降りた友田の足が地面に着くころ合いを見て、ミュウは二階の窓からジャンプして音もなく着地した。
四人は無事にバンに乗り込むことができた。
バンは都心に戻らず、八王子を目指し、八王子警察署の駐車場に入った。
警察の取り調べ室に入ると、そこにはワクチン製造に必要な機材が搬入されていた。
取調室の壁にはマジックミラーがあり、その向こうで控えて待っていた恵美音もすぐに取調室に入ってきた。
浜村は恵美音の顔を見て、深々と頭を下げて謝った。
「恵美音さん、本当に済まん。
T製薬のための仕事も
大事な人間たちの命を質に取られ、自分自身も殺されるのが怖かったからしかたなくやった。
刑務所で君にウィルスが注射されたときは立ち会うのがつらかった。
でも、君にまた会えて、元の体に戻してあげられるチャンスももらえて本当によかったと思ってる、
許してもらえるとは思わないけど、今からワクチンを作って君に一番最初に打ってあげるから」
「わかったからとにかくワクチンを作って。
急がないと間に合わない。私からゾンビウィルスを採取してワクチンを作って。
でも、余分にゾンビウィルスを取り出して、一人分はすぐに使えるように残しておいて」
「残しておいてって、なんのために?」
「最悪の事態を想定して、みんなと相談して決めたことなの。とにかく言われたようにして」
「わかった」
浜村は恵美音の指示に従って余分にゾンビウィルスを採取し、ワクチンを作り始めた。
キャットガールは友田に質問した。
「
「そうです。その八人以外にもジャックポットという
同席していた鼠小僧が、
「ジャックポットにもですか?」
と質問した。
「そうです。彼らは私がチップを埋め込んだあと、みなゾンビ戦闘員にされました。
チップの第一の目的は、それによって、それを埋め込んだ人間を操ることです。
それからチップには細い管がついていて、その管にはワクチンと毒が入っています」
「へえ?」
「
その上昇を感知すると、チップは毒を自動的に放出して命を奪い、証拠隠滅のためにチップ自体も自動消滅します。
また遠隔操作でワクチンと毒を放出させ、チップ自体も自然消滅させて証拠隠滅することができます」
ミュウは質問した。
「チップは外したり無力化したりすることはできますよね?」
「ええ。もちろん」
「チップを外されたり無力化させられたりした人間には、チップを埋め込まれる前の記憶や、チップを埋め込まれている間の記憶はあるんですか?」
「両方ともあります」
「チップがワクチンと毒を放出したとします。
元の人間の体に戻るのにどのくらいの時間がかかりますか?
また毒が回って死ぬまでどのくらいかかりますか?」
「ワクチンは即効性で、一分とかからないと思います。毒は私の専門外なので、とても速いとしか言えません」
「ゾンビだったことの証拠隠滅はワクチンの放出後すぐにできるんでしょうか?」
「そうです。チップは三十秒で消滅します。
いずれにしても、遺体を解剖に回した時点では、ゾンビの痕跡もチップの痕跡も全く残ってはいないことになります」
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