PARTⅤの2(34) テロリストグループを制圧しない限り

 原発を乗っ取った八人のゾンビテロリストグループのリーダーは、


 他の者たちと同様に頭にチップを埋め込まれて操り人形にされたジャックポットだった。


 彼はリーダーとして部下の撮影するビデオカメラの前に立って、


 スライから指示された通りの日本政府に対する要求をビデオ撮影し、


 その映像を日本政府にただちに送付した。


「日本政府は現在開催中の衆参両院の国会で、今から六時間以内に、下河辺総理大臣に独裁権どくさいけんを与える法案を可決しろ。


 下河辺総理大臣は独裁権を得た時にはただちに核兵器の製造を開始し、一か月以内にその核兵器を完成させろ。


 また下河辺総理大臣は独裁権を得たら、今後はアメリカとの同盟関係を可及的かきゅうてき速やかに解消して行くことを宣言しろ。


 我々は死を恐れない。


 六時間のタイムリミットを過ぎても要求が実現されない場合は、


 ここで稼働中の五基の原発すべてをただちに暴走させメルトダウンさせる。


 なお、原発の周囲半径一キロ以内には一切の警察官・自衛隊員などをを立ち入らせず、


 原発の警備要員や住民などもすべて退去させ、


 今から一時間以内に完全に無人にすること。


 この要求を破った場合も、稼働中のすべての原発をただちに暴走させメルトダウンさせる」


 同じ映像は世界の政府やメディアにも同時に送付されていた。


 それはすぐに世界中で大きく報道され、ちまたではテロリスト集団の正体について様々な憶測おくそくが飛び交った。


「黒幕は下河辺総理大臣なのではないか? 


 彼は独裁者になって核武装をしたいから、裏でこういうテロリストグループを操っているのではないか?」


 という憶測や、


「いや、日本は官僚が裏で支配している国だ。官僚が黒幕なんじゃないか?


 下河辺総理大臣は何でも官僚の言うことを聞く人間だから、


 彼を独裁者にし、その独裁者を操ることによって、官僚は完全に思いのままにこの国を支配することができる」


 という憶測などが。


 下河辺総理大臣は緊急閣議を招集した。


 テロリストグループの要求に対する内閣としての方針を決定するためだった。


 閣僚の一人が、


「総理、はっきり言ってお手上げなんじゃないですか?」


 と質問した。


「とにかく、要求通りの法案を国会で審議するしかないでしょう」


 総理はそう答えた。


「法案はすでに事務方が作成中で、もうそろそろ完成するはずです」


 と官房長官はフォローした。


 緊急閣議の結論として、すぐに国会で総理に独裁権を与える法案の審議が開始されることとなり、


 与野党の国会対策委員たちも了承した。


 このニュースは直ちに国の内外に報道された。


 緊急閣議には事務担当の内閣官房副長官である難波保なんばたもつという男も陪席ばいせきしていた。


 閣議終了後、彼はトイレに行った。トイレには誰もいなかった。


 難波は個室に駆け込んで、盗聴不可能な携帯電話を取り出してかけた。


「難波です」


 と彼は話し始めた。難波が闇の結社ダーク・ソサエティへの情報提供者だったのだ。


「具体的な対策は立たないまま、これから要求通りの法案の国会審議に入ります・・・


 アメリカについてが何も話は一切出てきませんでした。・・・中国についても一切・・・それでは」


 電話を切った難波はトイレから出て、何食わぬ顔をして自分の席へ戻った。


 しばらくして彼はうしろから肩を叩かれた。


 振り向くと、グレーのスーツを着た体格のいい男が警察手帳をかかげて立っていた。


「難波さん。私はテロ対策チームの青山という者です。国家公安委員長の指示でちょっとお話をお伺いしたことがあるんですが」


 取調室で、難波は青山からパソコンに入った録音を聞かされた。


 さきほどの、トイレでの自分の電話が録音されていたのだ。電話の相手のスライの声は入っていなかった。


「各個室の便器の死角の部分にマイクを仕掛けておいたんですよ。


 監視カメラに映らないのはあそこだけなので、情報提供者が電話をかけるとしたらあそこだろうと推測しましてね」


 それは正見が国家公安委員長に提案したことだった。録音を聞き終えた難波に青山が質問した。


「相手の音声が入っていないのが残念ですが、


 これは国家反逆罪の証拠になる録音です。


 あなたの態度次第では情状酌量じょうじょうしゃくりょうも可能です。知っていることの全てを話してもらえますか?


 アメリカや中国はこのテロに何か関係があるんですか?」


「わかりません。私は依頼のあった情報を知らせるだけの役割で。


 アメリカと中国については何か話が出たかと聞かれたので事実を答えただけです」


「あなたの電話の相手は誰ですか?」


「わかりません。家の郵便受けに電話の入った袋が入れられていて、それで連絡を取り合っていましたし」


「その電話を持っていますね?」

「はい。これです」


 難波は素直にポケットから携帯を出して渡した。

「相手の番号は?」


「わかりません。それは一見普通の携帯に見えますが、かけられる相手は一人だけです。


 110とプッシュすると警察ではなく、その相手にかかります」


「情状酌量されたければ逆探知に協力してもらえますか?」


「いいでしょう」

 と難波は少し考えて答えた。


 取調室には青山のほかに三人の捜査員がいて、逆探知用の機材もおかれていた。


 難波は110をプッシュした。


 相手が電話に出た瞬間、難波の持つ携帯の電源が切れ、何をしても電源は二度と入らなかった。


――『110とプッシュすると警察ではなく、その相手にかかります』というのは嘘で、


 こうなることを承知のうえで、難波はその嘘をついたのではないか?


 青山はそう思った。


「難波さん、こうなると知っていてあなたは電話したんですか?」


「そんなことはありません」


 その答えは信用できないと思ったが、とにかく逆探知は失敗に終わった。


 正見は別室のモニターで取り調べの一部始終を観ていた。


――アメリカと中国か・・・何らかの関与があるなんてことはありうるのだろうか?


 そういう問題を立てて考えているうちに、正見はその答えについて一つの可能性があると思うに至った。


――まさか? 


 いや、全く可能性のないことではない。その可能性が現実のものとなった時には政治的にそれを防ぐことはできそうにない。


 うちのチームが原発内に陣取っているテロリストグループを制圧しない限り、阻止できる可能性はない。


 正見はそう考え、とにかく国家公安委員長に自分の考えを電話で報告した。


 そのあと、佐久間にアメリカと中国の軍事情報を収集するようにと指示した。

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