PARTⅣの5(29) ゾンビ戦闘員第一号は
ジャックポットはスライから指示された仕事のために、
自分の古巣である習志野の自衛隊特殊部隊の情報を得る必要があった。
自分のチームのハッカーのロコに習志野自衛隊のコンピューターをハッキングさせたが、
必要な情報を得ることはできなかった。
しかし、手掛かりになる情報を一つ手に入れることができた。
ジャックポットが自衛隊に所属していた時の職場恋愛の相手で通信技官をしていた片桐裕子が、
年上の自衛官中山清と結婚して、中山裕子になっていた。
中山清はジャックポットの特殊部隊在籍当時の新任の教官だった。
彼からは過酷な訓練を受けたが、
ジャックポットはこの男が嫌いではなく、何かの時に片桐裕子を彼に紹介したことがあった。
その時、中山は彼女の目の前でジャックポットに冗談のように笑いながら言った。
「彼女か。いい女じゃないか。大事にしないと俺が取っちゃうぞ」
と。
そして、ジャックポットが自衛隊を除隊になって海外に姿を消したあと、中山は本当に彼女を取ってしまっていた。
そのことはしかたないと思った。
とにかく、裕子に接触すれば必要な情報を得るための道が開けるかもしれないと思った。
昔の彼女をそういう形で利用するのは気が引けたが、
仕事のためだ、ほかに方法はみつかりそうにないんだから、
と自分に言い聞かせて、
本名の田中宗一郎を名乗って連絡を取ることにした。
中山夫妻が結婚したのは二年前で、まだ子供はいなかった。
結婚してからも、裕子は相変わらず通信技官の仕事をしていた。
その日。夕方近い時間に、報告書を作成していた中山裕子の内線電話に一本の電話が入った。
「もしもし、え、宗さん? うそでしょ? どうしてたの? ・・・ああ、風の噂に聞いてたけど・・・
あの時は本当にごめんなさい、私のために・・・
いいわよ。私、結婚してて、でも、彼は今出張中で、きょうは仕事のあとなら時間は全然大丈夫だから・・・
うん、わかった。じゃ、懐かしの【風の館】で、六時に」
ジャックポットは、
「今はアメリカのブラックホークで仕事をしていて、
休暇で母親に会いに日本に戻って、君にも会いたくなって、
今も通信技官をやってるんじゃないかと思って電話した」
と言い、昔デートに使っていた
ジャックポットは少し早めに【風の館】に着いて待った。中山裕子は約束の時間に十分遅れて姿を現した。
「ごめんなさい遅れちゃって」
と頭を下げた彼女は、座るとまた頭を下げた。
「ごめんなさい。私、二年前に中山さんと結婚しちゃった。
電話でも言ったけど、私のせいであなたがあんなことになっちゃったことをあらためてお詫びします。本当にごめんなさい」
「いいよ。もう過ぎたことだし。
『大事にしないと俺が取っちゃうぞ』って中山さんに言われたことがあったけど、
本気だったんだね。
でも、俺もアメリカに渡ってあっちの子と付き合ったりしてたし、姿をくらました俺の方が悪いんだ。
あらためておめでとうって言わせて欲しい」
「ありがとう」
「で、うまく言ってるの?」
「ええ。まあ」
裕子は嬉しそうに答えた。
「それならよかったよ。中山さんは厳しいけど、いい教官だった。今もサバイバル訓練とかやってるの?」
「今は現場は離れているけど、訓練全体を指揮する立場にあるのよね」
「そうなんだ? サバイバル訓練はとんでもなく厳しかったけど、
でも、ああいう訓練を受けたりしていたからアメリカでも就職できたし、今となっては懐かしいな。
今年もサバイバル訓練は今月か来月にやるの?」
「今月の三十日からって言ってた」
「迷いこんだらそう簡単には出られない富士の樹海でやるんだ?」
「そうよ。でも。あなたの時もGPS発信機を身に着けてたでしょ?」
「ああ。そうだったね。でも、俺は自力で集合日集合の時間までに集合地点にたどりつけたよ。
あの時は六人がサバイバル訓練に参加して、そのうちの四人が集合時間に集合地点にたどり着けず、
その四人のうちの二人はケガして動けなくなっていたところを救助された。
GPSがない時代だったら死んでただろうね」
二人は食事をしながら昔の懐かしい話をして別れた。
別れ際に二人は携帯の番号を交換した。
それだけではなかった。
ジャックポットと裕子の隣のテーブルにはジャックポットのチームのハッカーのロコが同じ組織の女性とカップルを装って陣取り、
裕子の携帯に勝手にブルートゥース接続して、
盗聴したりメールを同期して盗み見したり電話帳のデータを盗んだりできる、いわゆるペアリングを完了していた。
――ごめんな。裕子。
ジャックポットは駅の改札で手を振って自分を見送る裕子に心の中で謝った。
あとは簡単だった。
ロコは裕子の携帯から夫中山清の電話番号を盗み、彼の携帯に侵入して、
三十日から富士の樹海で行なわれる特殊部隊のサバイバル訓練の詳細情報を入手した。
秘密基地に戻ったジャックポットはスライに報告した。
「ご苦労さん。まあ、一杯やってくれ」
スライはジャックポットに上等のブランデーをふるまった。
ジャックポットはうまそうに味わいながらゆっくりと飲んだ。
しかし、飲んでいるうちに急に不自然に眠くなって来た。
「支部長、ま、まさ・・・」
質問の途中で、ジャックポットはブランデーグラスを床に落とし、椅子に座ったままイビキをかいて眠り始めた。
「悪く思うなよ。恵美音の監禁場所の情報
ジャックポットはそのまま医務室の処置台の上に運ばれ、チップを埋め込まれた。
チップには長さ十ミリほどの神経繊維によく似た特徴を持つポリマーを使った、
髪の毛より細い中空の管がくっついていた。
その管には毒とワクチンが入っていた。
万一ゾンビ戦闘員が敵の手に落ち、ワクチンで元の人間に戻された場合には体の温度が上昇する。
その温度の上昇を感知したチップは毒を放出して戦闘員を死に至らしめ、それ自身も自動的に消滅するようになっていた。
また、遠隔操作によっても、ワクチンと毒を同時に放出して、ワクチンで元の人間の体に戻し、毒で命を断ち、チップも消滅させることができた。
ジャックポットは世田谷IT企業のオーナーの豪邸で鼠小僧に出くわした。
その時、鼠小僧はお金を、ジャックポットはUSBメモリーを、それぞれ持ち帰った。
そのIT企業は医療用の極小シリコンチップを開発していた。
UBSメモリーにはその極小シリコンチップの製造に関する情報が入っていた。
そのチップを頭に埋め込むことによって人間を操れるようにしたのだった。
そして最初にチップを埋め込まれたのがジャックポットだった。
チップを埋め込まれたジャックポットは直ちにゾンビウィルスを投与され、
スライの意のままに動く操り人形のゾンビ戦闘員の第一号となった。
彼は命令されたことを、
自分の意識や知識や記憶や体験を失うことなくフル活用し、
同時に人間離れした筋力と運動能力を持って
そういうゾンビ戦闘員にされたのだった。
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