PARTⅣの3(27) 恵美音ちゃんの居場所を教えて

 翌日の深夜、チュウはほっかむりをして鼠小僧になって世田谷の老人マンションのジャックポットの母親の部屋に忍び込んだ。


 ジャックポットの母親は広い洋間のベッドでスヤスヤと眠っていた。


 ベッドの脇には車椅子もあった。


 鼠小僧は天井のベッドの上に超ミニサイズの監視ビデオカメラを仕掛けた。


 翌日土曜日のお昼から、そのカメラで洋間を監視する手はずになっていた。


 チュウが帰ったすぐあとに別の人間が二人、同じ部屋に侵入した。


 背中にデイパックを背負った彼らはジャックポットの母親が眠っている部屋の隣の押入れのある和室に侵入し、


 そのまま翌日まで潜伏した。


 土曜日の夕方、


 ジャックポットは母親の老人マンションの玄関をくぐり、母親の部屋の洋間に姿を現した。


 夜になってジャックポットがトイレに行って戻ると、


 トイレに行く前は椅子に座って起きていた母親がベッドの上で寝息を立てていた。


「かあさん、かあさん、大丈夫?」


 ジャックポットはベッド際に行って声をかけた。


「薬で寝ているだけだよ」


 後ろから男の声がした。


 ジャックポットが振り向くと白衣を着て医者のような恰好をした男が二人立っていた。


 一人はサイレンサーのついた拳銃を持っていた。


もう一人は薬の入ったカプセルを持っていた。


 彼らの顔は見覚えがあった。鼠小僧と一緒に恵美音とその親友をかっさらった時にいた、彼女たちを拉致していた男たちの中の二人だった。


 カプセルを持った男が言った。

 

「あんたの母親は半日以内にこのカプセルの薬を注射しないともう永遠に目覚めない。


 毒を混ぜた眠り薬を打っておいたから。


 お前がかっさらっていったあのゾンビ少女の居場所を教えてくれたら、薬を注射してやろう」


「わかった。連れていってやるよ。


 でも、そうしたら確かにかあさんにそれを注射してくれるんだろうな?」


「ああ。もちろんさ」


 信用できるかどうか疑問だった。でも言うことを聞くしかなかった。


「さあ、母親を車椅子に乗せて、お前が連れてゆくんだ。俺たちの先を歩け」


「わかった」


 ジャックポットは眠っている母親を車椅子に乗せて部屋を出た。


 二人の男は後について歩いた。


 彼らは白衣のポケットにそれぞれ銃とカプセルを忍ばせていた。


 途中で別の入居者の家族とすれ違ったが、怪しまれることはなかった。


 玄関を出て道路に出た時、


 いきなり二つの影が脇から飛び出してきて、あっという間に白衣の男たちを道路に昏倒こんとうさせた。


 それはミュウとチュウだった。


「おお、鼠!」


 ジャックポットはチュウの顔を見て小声で叫んだ。チュウは笑いながら言った。


「きのうの晩におかあさんの部屋に監視カメラを仕掛けて、さっきからずっと監視していたんだよね。


 さあ、カプセルを奪って。注射器を用意するように連絡してあるから」 


「ありがとう」


「すぐに車が来るから、おかあさんに注射してあげてね」


 昏倒している二人の男に後ろ手に手錠をかけ猿轡も咬ませながら、ミュウは言った。


「ありがとう。そいつらは?」


「乗せて行く余裕もないし。


 とりあえずそこの植え込みの中に転がしておいて、警察に連絡して面倒をみてもらえばいいと思う。


 どうせ、叩けばホコリが出るような連中でしょうし」


「ありがとう、あんたにはこれで一つ借りができた。


 それから、チュウ、あんたにはこれで二つ借りができた。必ず返すから」


 ジャックポットは二人に言った。


「だったら、頼みを一つ聞いてもらえたら、貸し借りはなしということでいいよ。ね?」


 チュウはミュウに言った。ミュウは「いいよ」と頷いた。


「頼みって?」

「恵美音ちゃんの居場所を教えてほしい」


 ジャックポットは少し考えてから答えた。


「それか。わかった。でも、条件がある」

「条件って?」


「かあさんに危害が及ばないように、俺に自白剤を打つかなんかして聞き出してほしい。


 針を刺したあとと、体の中の薬物が検出されるように。


 それと、捕まる時にできたような、殴られた跡なんかも。


 あと、しゃべらされたあと、護送中に護送車が交通事故にあって、そのどさくさにまぎれて俺が逃げ出したように偽装してもらえるとありがたい。


 それでも責任は取らされるとは思うけど」


「わかった。いいよね?」

 チュウはミュウを見た。


「大丈夫、私が話をつけてあげるよ」

  

 とミュウは答え、正見に電話してオーケーをもらって、そのことをジャックポットに伝えた。


「ありがとう」とお礼を言うジャックポットに、ミュウは提案した。


「ところであなたのおかあさんだけど、部屋に戻したらまたあいつらかその仲間に狙われちゃう。


 当面、こっちで面倒をみましょうか?」


「それは条件付きなのか?」


「いいえ。条件を付けることは全く考えてないよ。


 すでにここに来る前に、こういう事態もありうることを予測して、信頼できる有力な協力者にも相談して、


 あなたのおかあさんをかくまえて、ちゃんと面倒も見てもらえて快適に暮らせる場所を確保してあるんだけど、どうする?


 あなたが闇の結社ダーク・ソサエティに連れて行く?」


 信頼できる有力な協力者とは園田みさきのことだった。


「いや。闇の結社ダーク・ソサエティにかくまってもらうとしたら、どこか秘密基地にでも連れて行くしかないけど、


 老人の生活できるような秘密基地などないだろう。


 それに連れていったらどうごまかしても遅かれ早かれ俺が悪い連中の仲間だということがかあさんにバレてしまうだろう。


 そうなったら最悪だ。


 そのことだけは死んでも知られたくない。


 あんたたちは信用していいよな?」


「あたしたちのチームはね」

「わかった。もう少しだけ考えさせてほしい」


 ジャックポットは孤独な人間だった。


 そういう孤独な人間だからこそ、


 彼は唯一の肉親であり自分を愛して育んでくれた母親との絆を、決して失ってはいけない世界で一番大事なものと考えてきた。


 そして母親は幼いころから腕っぷしの強かったジャックポットに対して、


「あんたは強いけど、その強さはいいことに、できれば世界を救うために使いなさい。絶対に悪いことには使っちゃだめよ」


 と口を酸っぱくして繰り返し言いながら彼を育てた。


 彼が自衛隊に就職したのも、いつか世界を救うようなことができるかもしれないと思ったからだった。


 311の時の災害出動では、


 自分はすごくいいことをしているという充実感と満足感を得られた。


 自衛隊特殊部隊員としても、いつか本当に世界を救うような仕事をできたらと心の中で考えていた。


 だが、歯車が狂って自衛隊を辞めた。

 

 喧嘩両成敗けんかりょうせいばいという言葉があるが、ジャックポットの彼女にちょっかいを出した上司はお咎めなしだった。自衛隊幹部の甥だったとう理由で・・・。


 世の不条理ふじょうり骨身ほねみみて味わったジャックポットはアメリカに渡ってオルトアーミーに入った。


 オルトアーミーは彼に中東地域での危険でダーティーな仕事を担当させた。


 その仕事で、彼は殺るか殺られるかの場面で相手を殺る体験も重ね、心はすさんでニヒルになっていった。


 ある時、危険な作戦で負傷し、命を落としてもおかしくない状況の中で奇跡的に生還し、療養を余儀なくされた。その時、彼は考えた。


――俺はいつ死ぬともしれない。


 多分、そう長くは生きられないんじゃないか。


 でも、そうなったらかあさんはどうなる? 


 心配ばかりかけてきたし、


 放っておいたうちに難病にかかって車椅子生活になってしまったかあさんに、まだ何も返していない。


 せめて生きているうちに目いっぱい稼いで親孝行して、俺が早死にしても困らないだけの金も残してやりたい。


 そのためにはもっと危なくて危険で非合法で命を張るような仕事をしたって構わない。


 それで、闇の結社ダーク・ソサエティにリクルートされて高額の契約金とサラリーを提示された時、それに乗って転職した。


 闇の結社ダーク・ソサエティとはあくまで母親孝行するお金を稼ぐためのビジネスの関係と割り切っていた。


 そういう彼が久しぶりに日本に返って母親にあった時、母親は言った、


「あなたもいろいろひどい目にあったかもしれないけど、


 でもあなたは強い子だからなんとか乗り切って、新しい仕事もみつけて、私に会いに来てくれた。


 ありがとう。


 でも、その強さは絶対に悪いことには使っちゃだめよ。悪いことに使ったら、私は死んでも死にきれない」


 と。


 それを言われた時にはすでに、ジャックポットは闇の結社ダーク・ソサエティのエージェントとしての悪事に加担していた。


 自分が悪事に加担していることがバレるようなことは絶対に避けたいと思った彼は、


「アメリカで信頼できるビジネスパートナーと警備会社を作ってそれが大成功しているから心配しないで」


 と言った。


 母親を老人マンションに入れるときに使った多額のお金もその会社で儲けたお金だと嘘をついたが、


 母親にそういう嘘をついた罪悪感にさいなまれる日々を過ごしていた。


――この罪悪感を払拭ふっしょくできるなら、自分はなんでもする。


 そう思い詰めていた。


 ジャックポットは基本的に本能で動く人間だった。今、彼は本能的にこう感じていた。


――鼠小僧やキャットガールは信頼できる奴らだ。


 かあさんは、この施設においておけないのなら、彼らに任せた方がいい。


 ああ、できれば、最初から彼らと組んで仕事がしたかったな。


 すでに、恵美音の居場所の情報を教えることを約束して闇の結社ダーク・ソサエティを裏切ってしまったのだから、


 この先はかあさんの安全を確保した上で、


 できれば闇の結社ダーク・ソサエティとは縁を切った方がいいのかもしれない。


 そうできたら、この罪悪感を少しでも払拭する道も開けるかもしれない。


 と。


「わかった。かあさんのことは頼む。俺もタイミングを見て闇の結社ダーク・ソサエティと縁を切ることを考えるから、その時は力を貸してほしい」


 それがジャックポットの結論だった。


「わかったわ。ところで、闇の結社ダーク・ソサエティはあなたのおかあさんのことを把握しているんでしょう?」ミュウは尋ねた。


「そうだと思う。はっきりとそう言われたことはないけど」


「だったら、


 今後闇の結社ダーク・ソサエティの手がおかあさんに及ばないよう、


 おかあさんはあなたが帰ったあと急に意識不明になって、病院に運ばれたけど、手遅れで死んでしまったように完璧かんぺき偽装ぎそうしておくけど、


 それでいいかしら?」とミュウは尋ねた。


「ああ。そうして貰えれば助かる。ありがとう」とジャックポットは答えた。

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