PARTⅣの2(26) ジャックポットは母親孝行
園田みさきのおかげで小笠原一家は富士山麓の先端技術の会社にかくまわれることが決まり、
その日のうちに園田洋子の運転するミニバンでその会社に到着した。
家に戻るのは危険なので、とりあえず着のみ着のままでやってきた。
これからしばらく暮らすことになる園田みさきの別荘は大きなログハウスで、生活に必要なものは何でもそろっていた。
キャッシュカードを使うと足がつくので、
当面、正見が自由に使える予算の中から生活費は賄われることになっていた。
衣類などは新しいものをネット通販で選んで、
ミュウが自分のパソコンから注文し、彼女の家に送ってもらって、
それを園田洋子が車で運ぶことになっていた。
ミュウはチュウを誘って、二人は会社の敷地の中にある池のほとりのあずまやに行った。
そこで富士山を見ながら話したかったのだ。
「ねえ、私どうしても恵美音を助けたいんだけど、
あなたはジャックポット達と一緒に恵美音とその親友の菜々美をかっさらったって言ってたよね」
「ああ。
実は、あの時はちょっとやばかった。
相手は結構腕の立つ連中で、しかも数が予想以上に多かった。
ぼくはロコというジャックポットのチームのエージェントと一緒に恵美音と菜々美を連れて先に現場を離れたんだ。
恵美音は菜々美を人質にしてたからおとなしくついてきて、まあ楽な仕事だった。
だけど、
現場に残って連中をくぎ付けにしていたジャックポットともう一人のエージェントは時間を稼いで逃げて二手に分かれて逃げて、
ジャックポットは足を撃たれて、路上を
周りを四人の敵に囲まれてしまった。
ジャックポットはプロ意識が強くてまじめなエージェントだから、
捕まって
彼が奥歯を強く噛もうとした時、
虫の知らせというか、ジャックポットを探しに戻ったぼくが四人の敵を叩きのめし、
ジャックポットは間一髪で自分の命を断たずに済んだんだよ」
「ふ~ん。ということは、彼はあなたに恩義を感じている・・・」
「まあね。肩を貸して二人で集合地点まで歩いて行く時、ジャックポットから、
『この借りはかならず返すから』って言われた」
「わかった。ジャックポットって日本人?」
「そうだと思うよ」
「何か彼の身元とか本名とかを特定するための情報って何かない?」
「そうだな。
多分、自衛隊のレンジャー部隊とかのまじめな隊員だったことがあるんじゃないかって気がするな、あの雰囲気は」
「顔は覚えてるんでしょ?」
「もちろんだよ」
「年はいくつくらい?」
「三十代半ばというところかな」
「とりあえず自衛隊のデータベースを当たってみましょうよ」
「いいよ。芳希に力を貸してもらおう。パソコンも、正見さんから支給されたのがあるから」
チュウは芳希に電話したあと、ミュウに言った。
「別荘に来てって」
芳希はすぐに自衛隊のデータベースにハッキングしてくれた。
チュウはミュウと同様に人並み外れた動体視力を持っていて、
ものすごいペースで元レンジャー部隊の者たちの顔写真をチェックし、
三十分もしないうちに目的の顔写真を発見した。
「これ、ジャックポット。今は髪の毛伸ばしているけどね」
「なるほど、結構生真面目な顔をしているね」
「ああ、今もそういう感じさ。仕事はきっちりこなすから、相棒としては信頼できたよ。な、芳希」
「ああ。仕事だったら殺しも爆破もするだろうけど、でも、悪い人間じゃないとは思ったよ。
あとは、ぼくが拾えるだけ情報を拾ってレポートするから。温泉とか行っていてもいいよ。
夜はかあさんが久しぶりに何か作るって言ってるから、ミュウも俺たち家族と一緒に夕食を食べようよ。
それまでにやっておくから」
「ありがとう。でも、一緒にここにいて作業を見ていたい」
「そうしたければもちろんそうしていいよ」
「じゃ、ぼくも立ち会うよ」
チュウもそう言った。
芳希はどんどん作業を進めた。
夕食の時間までには必要な情報が一通り出てきた。
確かにジャックポットは、以前自衛隊に所属し、レンジャー
それは過酷なレンジャー訓練を脱落せずに修了した者に与えられるものだった。
更に彼は、自衛隊習志野基地にある特殊部隊の初期のメンバーだったこともわかった。
本名は田中宗太郎だった。
彼の戸籍を調べると、兄弟姉妹はなく、母が一人いた。
彼は
その母は世田谷にある高級老人ホームに入っていることがわかった。
ジャックポットはほぼ毎月母の老人ホームを訪れていた。
訪れるのは原則として第一土曜日の夕方で、一泊して帰ることも多いということもわかった。
「ちょうどあさってが第一土曜日だよ」
ミュウはチュウの顔を見た。
「一緒に行くから張り込もう」
「ありがとう。正見さんにも協力してもらえるように頼んでみるから」
ミュウは早速正見に電話した。
「わかった。バンを出す。運転は岩さんに頼むから、ミュウ&チュウと芳希君とで行ってくれ。
佐久間君にもバックアップをさせよう。洋子さんにもジャックポットのことを調べてもらうようにするから」
ミュウはチュウの家族と夕食を共にした。食後のお茶を飲んでいるとき、園田洋子からミュウに電話があった。
「ミュウちゃん。
ジャックポットこと田中宗一郎のことでわかったことを伝えようと思って。
彼は、職場恋愛をしていた習志野基地の同僚の
身に覚えのない理由で、酒に酔ったその上官に呼び出されて暴行を受け、
堪忍袋の緒が切れて逆襲して過剰防衛で大けがをさせてしまって。
事情が
「そうですか」
「除隊後はアメリカ系の民間軍事会社に入社して
自衛隊の特殊部隊在職当時、休暇の時に自費でその民間軍事会社で研修を受けたことがあって、その時の縁での会社に入社したようね」
「その民間軍事会社の名前はわかりますか?」
「T製薬の大株主でもあるテフネトの傘下の、あのオルトアーミーよ」
「じゃ、栃木の女囚刑務所でウィルス兵器の人体実験をしている情報を、
オルトアーミーの元社員だったジャックポットが、
当時の同僚とのつながりを利用して入手できた可能性も考えられますね?」
「その可能性はあるわね。
で、彼は今から十一か月前に『別の会社に移る』と言ってそこを辞めたそうよ」
「『別の会社』というのが
「そのようね。
みさきおばのコネも使って調べたところ、
田中宗一郎のお母さんの入っている世田谷の高級老人マンションは入居金が最低五千万円もかかるんだけど、
彼のおかあさんの入居金は八千万円だったそうよ」
「そんなに?」
「ええ。その他に毎月三十万円の費用がかかるようなんだけど、
彼は入居金と一緒に一億二千万円も先払いしたそうよ。
『自分はいつどこでどうなるかわからないから、このお金とその利息でしっかり面倒を見て欲しい。
もしも母が亡くなった時に余っていたら、ユニセフに寄付してほしい』
と言って、その内容の契約書も作ってあるそうよ。
彼のおかあさんは高齢出産で彼を生んで、
シングルマザーで、小料理屋をやりながら子育てしていたんだけど、
彼が十歳の時に店が潰れて借金も残って、
そのあとは相当苦労しながら彼を育て上げたようよ。
そういう母親だから、彼は、
『楽させてやりたい。贅沢させてやりたい』
と思って、今の老人マンションに母親を入居させたんだと思うわ。
母親は今七十五歳だから、仮に百五歳まで生きたとしても費用は先払いしたお金で問題なく賄えるわけで」
「そのお金を作るために
「おそらくね。
部屋はマンションの二階にあって。
おかあさんがそこに入居し、合計二億円のお金が一括で支払われたのは十か月前のことで。
多分
契約金だけで足りなかったら、それまでの貯えを使ったり、
きっとおかあさんには『海外で事業に成功して稼いだお金を使った』とか、そういう説明をしたんじゃないかと思う。
彼にしてみればそれが自分のできる最後の親孝行だろうとかなんとか考えたんじゃないかしら。
いつ命を失うかわからない仕事だから。
アメリカ系の軍事会社で働いていた五年間はおかあさんを一人にしておいたんじゃないかと思うし。
その間におかあさんは
電話を切ってから、ミュウはチュウと芳希に、薗田洋子からの情報を伝えた。
「なるほど。ジャックポットは最初に出くわしたとき、
『すごい額の契約金ももらえる』
といってぼくをリクルートしようとした。
根は悪くない奴かもって思ってたけど、
とチュウは呟いた。
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