PARTⅣの1(25) みさきちゃんと正悟ちゃん

 この世界には金に取りかれている人間たちとそうでない人間たちがいる。


 今の世界では金に取り憑かれた人間の力の方が強い。


 園田みさきは金に取りつかれていない人間であり政治家であり実業家だった。


 めいの園田洋子から鼠小僧一家をかくまってくれないかという電話があった時、彼女はピンと来て尋ねた。


「洋子ちゃん、政府でかくまえないということは、闇の結社ダーク・ソサエティのスパイが政府内にいるってことね?」


「ええ。それが誰かは特定できませんが、確かにいます。


『スパイの手引きで内閣府の正見さんの部屋に盗聴マイクを仕掛けた』


 と鼠小僧が言っています」


「そう。それで私に?」


「はい、みさきおばさまなら信頼できるし、かくまう力もあると思うんで。


 鼠小僧は私たちのチームの仲間になりましたし」


「わかった。いいよ。私が責任を持ってかくまってあげましょう。


 富士山にある会社の敷地の中に私の別荘の一つがあるから、


 そこを鼠小僧さんの家族に使ってもらいましょう。


 富士山も大きく見えるし」


 その昼。


 園田みさきは私立の一貫性の学園の幼稚舎ようちしゃから高校まで共に遊び共に学び、


 同じアメリカの大学に留学した幼馴染おさななじみ光岩正悟みついわしょうごとランチを食べる約束をしていた。


 光岩正悟は、日本を裏で操っていると言われている光岩財閥の総帥そうすいで、


 金に取り憑かれているようなタイプの人間の頂点に位置するような人間だった。


 その点では、世の中にはお金以上のものがあると考えている園田みさきとは正反対の人間だった。


 しかし、幼いころから男勝りで姉御肌あねごはだだったみさきは、幼稚舎の時にクラスメートにいじめられていた正吾を助け、


 以来、みさきが姉貴分で正吾が弟分みたいな関係の友達になり、現在までプライベートな交流が続いていた。


 日本を裏から操っていると言われている光岩財閥の総帥である正吾にとって唯一ゆいつ頭の上がらぬ、


 そして唯一心を開ける友人がみさきだった。


 みさきの兄の再婚相手が光岩家で長いことメイドをしていて正吾の長男の養育係も務めた女性だというつながりもあった。


 みさきが光岩の持ちビル、六本木のシャイニーロックタワーの四十八階の懐石かいせきレストラン『芭蕉ばしょう』の個室に十二時きっかりに姿を現すと、


 先に来て席についていた光岩正吾はニコッと歯をむき出して笑った。


「やあ、みさきちゃん、正午に正吾とランチデートだね」

 

 こんなオヤジギャグを気軽に飛ばせる相手も、正吾にはみさきくらいしかいなかった。


 正吾にビジネスでかかわってる者たちは誰一人として、


 まさか彼がそんなオヤジギャグを口にするとは夢にも思っていないはずだった。


 懐石ランチを食べながら、みさきは単刀直入に尋ねた。


「ねえ、正悟ちゃん、あなたも、闇(ダーク・)の(ソサ)結社(エティ)の話、聞いてるでしょ?」


「ああ。危ない連中らしいね」


「これまで世界を裏から動かしてきている人たちとはつながりがあるのかしら?」


「利害ではつながっている部分はあるかもしれないね。ビジネスってそういうものだという意味では。


 でも、その名前を聞くようになったのは最近になってからだよ」


「ふーん。あなたは、つながりがあるわけないよね? わかりきったことを聞いて悪いけど?」


「構わないよ、みさきちゃんだから。もちろんつながりはない。


 俺も正体を知りたいよ。


 聞きたいことがあるんでしょ? 知っていることはなんでも教えてあげるよ」


「ありがとう。しばらく前に、栃木の女子刑務所で火事があったことを知ってた?」


「ああ。新聞に書いてあった」


「情報源はあかせないけど、あれは、闇の結社ダーク・ソサエティの仕業だという確かな情報があるのよね」


「そうなんだ?」


「ええ。あの刑務所には秘密のラボがあって、


 そこでウィルス兵器なんかが作られていたようなんだけど、


 それを闇の結社ダーク・ソサエティが横取りして、ラボを爆破したようなのよ」


「なるほどね・・・」


 そう答える正吾の表情を読んで、みさきは、


『正悟ちゃんも情報はつかんでいる』


 と思った。


「捜査機関が踏み込む前にラボは爆破されちゃったから、


 結果的に証拠は隠滅いんめつされ、刑事事件として立件りっけんできる証拠は得られなかったのよね」


「でも、ウィルス兵器がらみだと日本のそして世界の安全保障にもかかわる問題だから、


 当然、国家機関による捜査は続けられている」


「そう。


 刑務所の運営会社にはT製薬がお金を出していて、T製薬には外国のファンドがお金を出している。


 そういうラインがウィルス兵器を製造させたんだと思うけど、どうかしら?」


「そうなんだろうね」


「そういうラインの情報ならあなたの方が政府よりも持っているんじゃないかと思うんだけど、誰が黒幕か察しがつく?」


「まあね」


「捜査機関はテフヌトというファンドだって推測してるんだけど?」


「俺に入ってきている情報もそうだよ。


 テフヌトはオルタアーミーというアメリカ政府御用達の民間軍事会社をやっていて、その会社には武器開発部門もあるという情報が入ってきている。


 彼らは子飼いの戦闘員や秘密工作員も沢山抱えている。


 敵に回したら、相当厄介相手だ。


 ちょっとした国と戦争をするくらいの覚悟がなければできないだろう」


「そう。じゃ、闇の結社ダーク・ソサエティは平気でその相当厄介な相手からウィルス兵器を横取りしたってことなんだ?」


「ああ。少なくともテフヌトに匹敵する実力を持っていると考えるべきだろうね」


闇の結社ダーク・ソサエティは何をしたいのかしら?」


「具体的にはわからないけど、単なるビジネス以上のことをしたいんじゃないかという気がしないでもない」


「私もそんな気がしないでもない」


 二人は無言になって窓の外の景色を眺めた。


 空の雲が激しく形を変えながら動いていた。

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