PARTⅢの8(22) 花吹雪ものの瞬間だった

 ミュウのスマホに着信があった。知らない番号からだった。


「もしもし」

「ミュウ? ぼく、鼠小僧だよ」


「うそ。今、どこ?」

「そっちにこの電話の番号、出てるでしょ?」


「ええ」


「なんか病院みたいな建物の中に家族と一緒に拉致されてて、場所がどこかはわからないから、


 そっちでこの番号の携帯の位置を調べて」


「わかった。うちのチームの担当にすぐやらせる。建物の図面もあったら手に入れておく」


「頼むね。それで、家族が一緒なんで、ぼく一人じゃ逃げられないから手助けしてほしいんだ」


「何をすればいい?」


「車でそばまで迎えに来て欲しい。


 今晩中に脱出できないとまずいことになるから、できるだけすぐに来て欲しい。


 君は中に入って欲しいから、運転手は別に用意して欲しい。


 今から脱出作戦に必要な機材一式を言うからそれも持ってきて」


「わかった」


 鼠小僧は機材一式を伝えた。


「了解。でも、爆薬はこっちにはないかも」


「なら、こっちで調達しておく。こっちの場所がわかったらすぐ電話して。


 都心から高速に乗って、途中で二回、料金所を通って、一時間ちょっとで着く場所だから」


「了解。そっちのセキュリティなんかには、どう対処しようか?」


「ぼくが管制室のパソコンでやれる。パスワードはもう調べてあるしね。君には家族を護衛してそっちの車まで連れて行って欲しい」


「任せて。すぐチームに召集をかけて、多分、二時間以内に前後で着けると思うけど、それで大丈夫?」


「ちょうどいい時間かも」


 ミュウは早速佐久間に電話して、鼠小僧からの依頼事項を伝え、そのあと、正見に電話した。


「わかった。


 君のマンションの前にメンバーを召集する。


 バンはぼくが会社の駐車場から運転して三十分以内にそっちへ行くよ。


 必要機材もぼくが会社から持ってゆくよ。みんなも三十分以内には君のマンションの前に集まれると思う」


 会社というのは内閣府のことだ。


 正見との電話を切るとすぐに佐久間からミュウに位置情報を知らせる電話があった。


 東京の奥多摩地区の山林の雑木林の中の、元老人介護施設だった建物の建っている場所だった。


「建物のそばには渓流けいりゅうが流れていないか?」

 正見は尋ねた。


「ちょっと待って下さいね・・・ああ、流れていますね」

 佐久間は答えた。


 正見は、富士子に鼠小僧とその家族の監禁場所についてクリスタルに尋ねてもらった時に、彼女が、


「雑木林・・・渓流・・・見えるのはそれだけ」


 と言っていたのを思い出していた。


「確かに、都心から高速に乗って二回料金所を通り、夜なら一時間ちょっとで行ける場所っすね。


 元老人介護施設なら病院みたいな場所というのにも符号するし。


 建物の図面はみつからなかったけど。


 なんか、EM研究所とかいうわけのわからない名前の研究所ということになっているみたいっすよ」

 

 と佐久間は言った。


 ミュウは鼠小僧に電話して位置情報を伝え、


「あと三十分以内にチームが私のマンションの前に集まって、そっちに向かって出発できる」


 と伝えた。


「わかった。みんなが集まって出発したら、スピーカーフォンで電話して。


 ぼくがみんなに段取りを説明したうえで、作戦の分担と確認をしよう」


「了解」


「建物の図面は?」

「ごめんね。見つからなかった」


「じゃ、手書きでぼくが作っておくよ」


 ミュウのマンションの前に、正見、ミュー、岩田、佐久間の四人が集まった。


 正見は、リサーチャーの園田洋子には招集をかけず、電話で状況を説明しておいた。


 正見チームのバンがその建物の近くに着いたのは午前二時近くだった。

 

 バンの中で、ミュウはあの猫耳の黒いマスクをかぶって、煮干しをかじりながらみんなに、


「これをかぶっているときは、キャットとかキャットガールとか呼んで。ミュウはNGだからね」


 と宣言した。


 バンの後ろのドアがノックされ、「鼠だよ」という声が聞こえた。


 ドアを開けると、黒いほっかむりに黒装束の鼠小僧が立っていた。


 キャットガールと鼠小僧が初めて揃い踏みした、


 花吹雪ものの瞬間だった。

 

 キャットガールは鼠小僧を中に招き入れた。


 鼠小僧は手書きの建物の見取り図をキャットガールに渡し、キャットガールはそれをすぐに頭に叩き込んだ。


 正見は二人に連絡用の、マイク付きイヤホンを渡した。


 鼠小僧はキャットガールに爆薬を渡した。


 携帯で決められた番号にかけると爆発する方式のものだった。


 ミュウはその番号を教わって、自分の携帯に登録した。


 二人は速やかに建物の天井に侵入し、二手に別れた。


 鼠小僧は管制室に侵入し、パソコンにパスワードを入れて立ち上げ、キャットガールからの連絡を待った。


 キャットガールはます一階の正則のラボに侵入して、


 完成直前の物質転送機に爆弾をしかけ、


 それから二階の、芳希の待つ部屋の天井の換気口を開けて、


 背嚢はいのうから縄梯子なわばしごを出して下におろした。


 芳希が登ってきた。彼が登り終えるまで、キャットガールは縄梯子の端を両手で持って支えた。


 芳希は体重が六十五キロあったが、遺伝子操作で生まれつき筋力を強化されていた彼女には何の問題もない重さだった。


 キャットガールは芳希を連れて天井を移動し、


 同じ二階にある小笠原正則・冴子夫妻の部屋に二人は降り立った。


「こちらは今ご両親の部屋に四人そろってスタンバイ」と連絡した。


「了解。では作戦開始。・・・廊下の監視カメラのループ完了。今からそっちの部屋のロックを解除」


 ミュウはドアをあけて「じゃ、ついてきてください」と鼠小僧の家族たちに声をかけ、


 四人は廊下に出た。


 一階の正面玄関を入ったところに元老人介護施設の受付だった部屋があった。


 そこは二人の闇の結社ダーク・ソサエティの警護要員が詰めている詰所だった。


 椅子に座っている二人の前には監視カメラの映像を映し出すディスプレイが並んでいた。


 どの映像にも異状は見られなかった。


 二人はうしろから肩を叩かれた。


 振り向くとキャットガールがほほ笑んでいた。二人はびっくりして身構えようとしたが遅かった。


 キャットガールが左右のこぶしで二人の警護要員のあごに同時にパンチを食らわせたのだった。


 彼らは低いうめき声をあげて昏倒こんとうした。


 キャットガールはスマホを手に取って、爆破用の番号をプッシュした。


あとは発信のボタンにプッシュすれば、爆薬は爆発する。


「警護要員クリア」

「了解。玄関、開けます」


 玄関が開いた。


 キャットガールは鼠小僧の家族と共に玄関の外に脱出して、車に向かって走り始め、


 走りながらスマホの発信ボタンをプッシュした。


 建物の中から爆音がとどろいた。


 眠りを破られた闇の結社ダーク・ソサエティの面々は爆音のした一階の奥の方に向かって銃を手に走った。


 鼠小僧は天井伝いに警護要員詰所に出て、正面玄関から外に出て闇の中を走った。

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